103. 追跡
輸送艦キャメロットの艦橋に自分達は暗殺されるのではないかとの不安が襲う。
「大丈夫だと思いますよ、あちらさんはスターキッド単体には手も足も出ない事を十分理解しています。戦艦マリンも迂闊に手を出せば噛みつかれて痛い目を見ると思っている。だから我々を合流させて足枷にさせた後で一網打尽にするのが一番効率のいいやり方だと計画を立てているのではないのかと思いますよ」
ホーク艦長が皆を安心させようとする。
「何か私たちが合流することによって最強が最弱になるような言われ方ですかね、それとも熱いコーヒーに冷たいミルクを足して一気に飲むって事でしょうか」
サキが発言の失態を解消させようと皆が和むように言ったのだけど今一つ的が外れてしまい効果が現れない。
「どこで合流になりますでしょうか、戦闘が起きないことを条件で推察しても相当な長旅になるのでしょうね」
操舵士のヘラクレスが不安一杯な表情になった。
「遠征で一番消費が多くて不足して困る物資と言ったら食料ですね、今は多分3日分位しかストックは無い筈です。戦艦マリンの分も含めて再計算が必要になります」
いて座ゼータ星出身のアステラ副官がホーク艦長に進言する。
「分かった積み荷の再編を考えよう、どのみちこのままではスターキッドに追い付けないんだから、マリンの物資が底を突く前にアリオン艦長が何か考えるだろうね」
「それはそうと、今はスターキッドをどうやって止めるかが問題ですね」
サキが主題からどんどん逸れていく話題を元に戻そうと発言した。
「アシュラから得た情報ではヘンナ副司令官の私兵団がスターキッドとマリン、それに我々のキャメロットか一緒になった後で攻撃してくるのだが、あの通信記録の最後の言葉『後は我々に任せてあんたは高みの見物をするにゃ』あの人を上から見下ろして絶対に媚びない独特の口調は確かキャット星人のベンガルだよな、一体何処で待ち伏せしているのやら」
「取りあえずは直ぐに命の危険はないと思って良いのですよね、でも破滅に向けての出航って嫌ですよね」
航海士のラッキーが言う。
「ここに居座っていてもヘンナ副司令官が見逃してくれるとは思えない。だから私は一刻も早く出航したいね」
そう言いながら引き出しからマイクを取り出して口に当てる。
それを見て歌い出すのかなと思ったのはお調子者の2人組、ニハルとアルネブだけだった、
「現在の進捗状況を各自報告せよ」
ホーク艦長が艦内全体に響き渡る声を発した。
艦長に呼び止められたままになっていたサキは役目は終わったとばかりに、離れようとすると再び呼び止められる。
「サキ主任もうしばらく私の補佐をお願いします」
「恐縮ですが私にお手伝いできることはあまりないと思いますけど」
サキはホーク艦長の鋭い眼光から少しでも早く逃れたい。
「なに、君の特技を生かしてくれればいい、ここに座って通信傍受に専念して欲しい。新たな情報が得られた時は大きな声で全員へ伝えること、私は下に居るから安心したまえ」
(何に安心すればいいのかなあ)
艦長の指揮卓は一番後ろで階段1段分高くなっていて艦橋全体が見渡せるようになっている。
だからホーク艦長が振り向いて呼び掛けたりしない限り目が合うことがないので助かった。
サキはホーク艦長と目が合いそうになった時は自分も振り向けばいいやと思っている。
振り向いたところで壁しかないのだけど…。
「了解しました」
サキ主任は命令を快諾しましたとの意思表示と敬礼を行った。
輸送艦キャメロットはそれから1時間後、何事もなかったように準備を整え出航する。
「サキ主任、何もかも準備がスムーズに整い過ぎて誰かの策略を感じるのは私だけだろうか」
ホーク艦長が振り向きながらサキ主任へ話し掛け…そして首を傾げた。
「そうですねヘンナ副司令官が全て用意するから早く出ていけと言ってるように思います」
サキは振り返り壁に向かって返事をしてる。
(そうだ、ここに笑顔を振りまいてるホーク艦長のポスターを貼ろう)
サキはそう決意した。
輸送艦キャメロットは大きく口を開けて待ち構えるトラネコへ向けての航海を始めている。
一方、戦艦マリンからお茶会の招待状を貰ったスターキッドのコクピットは相変わらず賑やかしかった。
「アハハ、アリオン艦長ってなかなかに面白い人みたいね、普通逃げ出した賊を追い掛けている警察官は『止まれ』とか『待て』とか威圧的に声を掛けるのに『待ってもらえませんか』と言われるのも中々の憐れみを感じるわ、思わず『仕方ないわね』と言ってしまうじゃない。言葉を変幻自在に操り相手の心理を突いてくるって大した強者だわ」
アイリーンはクスクス笑いが止まらない。
「何て返事をするんだい」
昴くんが横から、できるだけ落ち着いた真面目な声を出す。
「そうね、ドロン…じゃなくてキャメロットと一緒にならお茶しても良いわって返事してみて、アリオン艦長ってどんな男の人なのか直接会ってお話してみたいわ、オビス司令官の幼馴染みってのは聞いたことがあったけど」
アイリーンは自分達にとって都合の良い条件をできるだけ多く付け加えても大丈夫だと踏んでいるのだけど、中々にいい案が浮かんでこない。
〈あれ?アリオン艦長のことを女性だと伝えたことはありませんでしたか〉
スターキッドAIが訂正してきた。
「えっ、だって『僕』って言ってるじゃん、普通だったら男の人としか思わないわよ」
「アイリーンも自分のこと『うち』って言ってるよね」
昴くんも会話に参加したいらしくアイリーンの揚げ足を取ってくる。
「男の人は『うち」っては使わないでしょう、だからうちが『うち』って使っても問題ないわよ」
「アイリーンの言っていることは良く分からないなあ、僕の通ってた中学校には自分のことを『俺』とか『わし』とか言ってる女子がいたからね、当然『僕』って言ってる子は何人も居たよ」
「そ、そうなのね、うちは同じ年の子供達の中に居たことがないから知らなかったよ、もしかしたら自分のことを『私』って言う女子は既に居なくなったの」
「いや普通にいるよ100人いたら95人は『私』って言ってるんじゃないかなあ」
「この子らは何の話をしてるんだ、楽しそうに話をしてるのは分かるけど私には内容が全く伝わって来ないのだけど」
オビスさんが不思議な言葉に戸惑う。
「気にすることはない、私たちには自分のことを表現する言葉は一つしかないだろう、あの子らの住んでるところではいくつもの表し方があってどれが一番正しいかを言ってるんだ、私たちにとってはどうでもいいことなんだ、だから全てが正しいとも言えるのではないかな」
「九論がそこまで分かってるのなら教えてやった方が親切なのではないかい」
「このままの方が面白いだろう」
「九論君もなかなかに意地悪な人間だったんだね」
「私はクローンだから普通の人間…地球人とは大分違うと思うな」
「それは、考え方が違うって思っていいのかな」
「そうだな外見以外は殆ど違う事にしておこうか」
(九論とオビスさんが意気投合してるみたいで良かったわ)
アイリーンがもし口に出しているのを聞かれたら2人が『離れた場所から見た目だけで判断するものではない』と長い話を始めていたに違いない。
「ねえ九論ロースさんがどこに行ったか知らない?さっきまで取調…じゃなかった休憩室に居たんだけどいなくなってるのよ」
「いや、こっちには来てないな」
〈皆がコクピットに集まって楽しそうにしだした頃、倉庫の方へ歩いて行きましたよ〉
「何で直ぐに教えなかったのよ」
〈一家団欒の場に水を差してはいけないと思いまして言いませんでした〉
「お前が水を差されたくなかったのだろう」
九論が嫌味を言う。
〈・・・〉
図星を指されて黙り込む。
「スターキッドAIは想像以上にAI離れしてるのですね、まるで本物の人間みたいですよ」
オビスさんが褒め言葉みたいに言ってしまう。
「オビスさんダメだよそんなことを言っちゃ、スターキッドAIが有頂天になってしまうから」
〈もう誰にも僕のことをAIだって言わせなくなりますね〉
「そんなことを言わなくてもAちゃんはAちゃんなんだから今まで通りが一番よ、それよりロースさんの事よ今どこに居るのか分かるかしら」
〈倉庫の…カプセルベッド?何これ…ロースさんがいっぱい居る!?〉
アイリーンたち一家が楽しんでいる間にアリオンが乗った戦艦マリンが鼻の先まで迫って来ている。
スターキッドAIは『キャメロットと一緒ならお茶会に出席してもいいわよ』と送信した後、また勝手に機関を停止して待ってあげていたのだった。
その遥か後方ではキャメロットのホーク艦長が最大限まで出力を上げ邁進する光輝燦爛たるマリンの推進装置を他の星星の輝きと見間違う事なく見据えている。




