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1717  作者: るはん
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【8回表裏】


 自分が焦がしてしまった鍋を見つめながら母親は「このタイミングで言うと説得力ないけど、家の手伝いとか…ほどほどでいいのよ?珠優奈」と娘に告げた。

 「ほんとに説得力ゼロだけど…でも何で?突然…」

 珠優奈は不思議に思い、聞き返す。

 「前々から考えてたのよ……。例えばスポーツとか音楽とか…珠優奈が好きだと思うこと、もっと自由にやっていいのよ」

 炊事だけではなく、啓子たち家族の家事全般は珠優奈の手助けによって成立していた。

 

 もちろん珠優奈が望んでしてきたことだが・・・

 

 「珠優奈が本当にやりたいこと!夢とか目標とか何かないの?」

 無理して珠優奈が家事を手伝っている気がして、啓子は母親らしいことを口走る。

 「夢か・・・」珠優奈は口ごもる。


 どこの家庭でも自然になされている会話だろうが、自身が子供の頃にされて嫌だった質問を、大人になった自分が躊躇(ちゅうちょ)することなく、自然と口にしていることに気づき、啓子は吐き気がする思いだった。

 「珠優奈!ちょっと待った!? 前言撤回・・・」そう言って考えを整理する為に、啓子はじっと口をつぐむ。


 質問する大人にとってみれば、日常会話のきっかけに過ぎないかも知れない。けれど子供の頃の啓子にとって夢を問われることは、将来を値踏みされているのと同じことだった。

 

 小さな啓子にとっては、その質問自体が圧力だった。


 現実と折り合いをつけ、(はな)から夢なんて存在しないモノとして日々を過ごしている、自分を棚に上げた大人に『あなたの夢は何ですか?』等と思春期の啓子は馴れ馴れしく聞かれたくなかった。

 逆にそんな無神経な大人に対して『あなたの諦めた夢は何ですか?本当にそれで後悔していませんか?』と訊ねたいくらいだった。


 やはり啓子は子供だったのだ。


 そもそも大人が夢という最終目的地を語らせようとするから…子供は口ごもったり、拒絶反応を示したりするのだ、と啓子は随分後になってから気がついた。


 啓子は大人になっていた。


 小さな子供に問いかける際は、より分かり易くしなくてはならないが『何でもいいんだけど…自分からやりたいと思ったこと何かある?』と訊ねられれば、珠優奈は構えず素直に答えられただろうし、自分もそう聞けば良かった、と思い啓子は少し反省していた。


 「思考停止な大人たち…。何も考えず…夢なんて聞くからいけないのよね。珠優奈がしていて無条件に楽しいこと…何かある?」

 頭が整理された啓子は珠優奈に質問をし直す。

 「う~ん……楽しいことか……沢山あるな~」

 選択肢が多い再質問は、逆の意味で珠優奈を迷わせた。


 「好きで楽しくて始めた物事も、続けていくうちに、段々別の感情が生まれたりすると思うんだよね!?『辛いな~』とか『しんどいな~』とか。何事も継続するのにはパワーが必要だからさ」

 珠優奈は啓子の言葉に聞き入っている。

 「そのマイナスの感情が生まれたとしても、なお続けられている好きなこと。それが目標なり夢の…入り口になると思うの。何事でも、自分が継続できていることから自信が芽生え、それが自身を支える土台とか幹になる。ただただ楽しいだけのことは…趣味の範疇(はんちゅう)を超えない…きっとね」


 啓子と珠優奈。

 友人のようでもある親子。

 啓子は母親というよりは、たまたま先に生まれた一人の人間として…少しだけ前を歩いている先輩として…珠優奈に話をした。

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