【8回表裏】
自分が焦がしてしまった鍋を見つめながら母親は「このタイミングで言うと説得力ないけど、家の手伝いとか…ほどほどでいいのよ?珠優奈」と娘に告げた。
「ほんとに説得力ゼロだけど…でも何で?突然…」
珠優奈は不思議に思い、聞き返す。
「前々から考えてたのよ……。例えばスポーツとか音楽とか…珠優奈が好きだと思うこと、もっと自由にやっていいのよ」
炊事だけではなく、啓子たち家族の家事全般は珠優奈の手助けによって成立していた。
もちろん珠優奈が望んでしてきたことだが・・・
「珠優奈が本当にやりたいこと!夢とか目標とか何かないの?」
無理して珠優奈が家事を手伝っている気がして、啓子は母親らしいことを口走る。
「夢か・・・」珠優奈は口ごもる。
どこの家庭でも自然になされている会話だろうが、自身が子供の頃にされて嫌だった質問を、大人になった自分が躊躇することなく、自然と口にしていることに気づき、啓子は吐き気がする思いだった。
「珠優奈!ちょっと待った!? 前言撤回・・・」そう言って考えを整理する為に、啓子はじっと口をつぐむ。
質問する大人にとってみれば、日常会話のきっかけに過ぎないかも知れない。けれど子供の頃の啓子にとって夢を問われることは、将来を値踏みされているのと同じことだった。
小さな啓子にとっては、その質問自体が圧力だった。
現実と折り合いをつけ、端から夢なんて存在しないモノとして日々を過ごしている、自分を棚に上げた大人に『あなたの夢は何ですか?』等と思春期の啓子は馴れ馴れしく聞かれたくなかった。
逆にそんな無神経な大人に対して『あなたの諦めた夢は何ですか?本当にそれで後悔していませんか?』と訊ねたいくらいだった。
やはり啓子は子供だったのだ。
そもそも大人が夢という最終目的地を語らせようとするから…子供は口ごもったり、拒絶反応を示したりするのだ、と啓子は随分後になってから気がついた。
啓子は大人になっていた。
小さな子供に問いかける際は、より分かり易くしなくてはならないが『何でもいいんだけど…自分からやりたいと思ったこと何かある?』と訊ねられれば、珠優奈は構えず素直に答えられただろうし、自分もそう聞けば良かった、と思い啓子は少し反省していた。
「思考停止な大人たち…。何も考えず…夢なんて聞くからいけないのよね。珠優奈がしていて無条件に楽しいこと…何かある?」
頭が整理された啓子は珠優奈に質問をし直す。
「う~ん……楽しいことか……沢山あるな~」
選択肢が多い再質問は、逆の意味で珠優奈を迷わせた。
「好きで楽しくて始めた物事も、続けていくうちに、段々別の感情が生まれたりすると思うんだよね!?『辛いな~』とか『しんどいな~』とか。何事も継続するのにはパワーが必要だからさ」
珠優奈は啓子の言葉に聞き入っている。
「そのマイナスの感情が生まれたとしても、なお続けられている好きなこと。それが目標なり夢の…入り口になると思うの。何事でも、自分が継続できていることから自信が芽生え、それが自身を支える土台とか幹になる。ただただ楽しいだけのことは…趣味の範疇を超えない…きっとね」
啓子と珠優奈。
友人のようでもある親子。
啓子は母親というよりは、たまたま先に生まれた一人の人間として…少しだけ前を歩いている先輩として…珠優奈に話をした。




