【7回表裏】
炊事・洗濯・掃除等の家事全般から、娘が通う中学校のPTA役員まで、母親は本当によくやっている。
彼女なりのベストは尽くしてきた。
そして母親の頑張りを間近で見てきた珠優奈は、啓子に感謝していた。
しかし啓子の手料理を口にする度に珠優奈は『毎日毎日、一生懸命ご飯作ってくれて本当にありがとう。でも…でも…全然進歩しないね。私が作った方が美味しいかも!? 口には出さないけど、きっとお父さんもそう思ってるよ。ジャーナリストとして凄い天才的な文章書くのに…お母さん…料理は向いてないのかな?』と口走りそうになる。
ただし言ってしまったら最後、親子の絆と母親としてのプライドは崩壊する。
だから決して珠優奈は口にしない。
ジャーナリストとして文字を紡ぐ仕事を長年してきた影響だろうか?
啓子は人と会話しているとき、話し相手の言葉に対して深く考え込み、心ここにあらずな、魂が抜けたような状態に陥ることがよくある。
もしも一つのことに深く没入できる才能がジャーナリストに不可欠なスペックならば、色々なことに目を配らなくてはならない料理をジャーナリストの啓子が得意な訳がない。珠優奈はそう思っていた。
母親にジャーナリストとして輝いて欲しいと思っている娘は、不味い料理を口にする度に『またか~ まいったな~』と思う反面、それが母親の物書きとしての才能を証明しているようで嬉しくもあった。
そして料理に集中できるように、啓子がキッチンの中にいるときは『できるだけ話し込まないようにしよう』と珠優奈は心がけていた。
しかし珠優奈も話し出したら止まらない多感な十代女子・・・
「ねぇ?なんか臭くない?あーーっ焦げてる~!? お鍋焦げてる~!? お母さん?お母さ~~ん?」
コンロの火によって、鍋の中の水分は奪われ、煙が上がっている。
つい母親は料理中に娘と話し込んでしまい、珠優奈の言葉によって啓子はイマジネーションの旅に出ていた。
鍋がコンロの火に焦がされている間中、母親の啓子は娘の珠優奈の成長記録を、再び記憶に焼きつけるように頭の中で、一頁一頁丁寧にめくっていた。
珠優奈に呼ばれ、キッチンの惨状に気がつき、慌てて啓子はコンロの火を消す。
「あーーぁ…またやっちゃった…」啓子は「あぁ……」と言葉にならない声を挙げた。
今まで高確率で調理器具を駄目にしてきた啓子。
もしも啓子が野球選手ならば、三割以上をマークする高打率のバッターである。それは一流の証明。
それがキッチンではなくボールパークならば・・・
ある程度結果として能力を数値化できるスポーツ等は別として…一般的に、才能や能力という目に見えない不確かなものを視覚化するのは難しい。
しかし啓子が駄目にしてきた調理器具は、母親のジャーナリストとしての才能の証だと珠優奈は考えていた。
周囲の状況に関わらず、物事を深く考えられることはジャーナリストになる為に必要な才能で、実際に料理をしている啓子よりも、キッチンの異変を先に感じ取れる自分には『ジャーナリストの素質はない』と珠優奈は思っていた。
才能は遺伝しない。
ジャーナリストとしての…物書きとしての…啓子の才能が珠優奈は羨ましかった。
そして血は繋がっているはずなのに、母親の能力が娘の自分に受け継がれていない、と勝手に信じ込み、そんな何一つ根拠のないことを珠優奈は寂しく思っていた。
ジャーナリストとしての才能がない自分は『どんなことがあっても、決して料理中に鍋を焦がすことはない』と本来は長所であることを珠優奈は残念に思っていた。
しかしそれは娘の思い過ごしに過ぎなかった。




