その後の子爵。
プロットを読み返してみると、婚約した後の流れが恋愛ではなく、戦争中心の戦記ものじゃないかと言うことに気がつきました。
ジャンル詐欺になってしまいますので、とりあえず恋愛色の強い間に完結させて、別立てで戦記部分を(書ければ)書きたいと思っています。
結論から言えば、この社交会の目的は果たせたといえる。急遽思いついたかのように、フォゼリンガム公爵がロイスロッドと令嬢の婚約を発表したことに、ロイスロッド本人は度肝を抜かれたけれども、その鉄面皮がしっかりと役目を果たしていた。サリナといえば、白磁の頬を僅かに染めて、ロイスロッドに寄りかかっていた。逆説的に、それは彼らの親密さを感じさせたのである。
「驚きましたか?」と、サリナは目の前の男を見たが、その瞳はいつものように青い光を湛えているだけであったが、その光が少し強いようにも感じた。しかし、ロイスロッドは表情を変えないように努めているタイプの人間であったから、どうだっただろうか。
「令嬢はご存知でしたか?」
「ええ……あなたはこれぐらいしなければ捕まらない人間だと思っていましたから……」
ふ、と力のない笑みをロイスロッドが洩らした。そこに悪意はなく、ただすっと落ちたような表情が見えていた。
「令嬢のことを憎からずには思っているんですがね。私は王都には出て行かない人間ですから」
「私が行きます」
「ええ……」と困惑したであろう言葉がロイスロッドの口から零れ落ちる。正直なところ、来ることは構わないのだが、今も騒いでいる周囲がどう反応することか。ロイスロッドの心配はそこだった。
結論から述べると、ロイスロッドはこの社交会のあと、自身の領土に引きこもった。サリナは、「自分の家庭教師がロイスロッドの領地で仕事をしている」というもっともらしい理由で週に何回かのペースでロイスロッドの領地に押しかけたのである。彼の領地は、この時代の最先端をいっていた。なまじ魔法を使わないためにそれに代替する様々な手段が利用されていた。この時代には眉唾であった錬金術をよく利用したのもロイスロッドであった。これを、金属の加工法として見出したのである。さらに、要塞建築には数学的理論を用い、石積みの高い城壁ではなく、古代に失われたはずの火山灰と海水を利用した工材、いってしまえばコンクリートを利用して自身の要塞を作った。
サリナの父にあてた書簡には、こうした技術的優位を利用すべきであるという冷静な視点が書かれていて、史料として大変な価値がある。さらに、ロイスロッド─サリナ間の手紙のやり取りが始まったのもこの時期であった。俗にロイレナ書簡として伝わるものだが、この間には、率直に感情をぶつけあった両者の思いが描かれている。互いが互いを尊重し、好きあっていたことがわかる歴史的史料である。時折、ロイスロッドが宝石や、交易で得た珍しい品々が同封して送ることも少なくなかった。現在、そのいくつかは博物館でみることができるだろう。
もうひとつ特徴的だったのは、ロイスロッド・コンウェイが心血を注いで作り上げた軍隊であった。彼が整備した行政機構と税制は、全てこの軍のためといっても過言ではない。徴兵し、訓練し、職業的軍人を作り上げ、専門的育成を施すための軍学校まで開設するという徹底振り。それによって、きわめて整然とした軍隊が作り上げられていったのである。
「とても整っていて、私の知っている軍隊とは異なっている」とサリナの日記には記してある。この軍隊は、その後の1620年の内乱──リッシュモン内乱、または僭女の乱として知られる内乱で活躍する。この日記のわずか2年後のことだった。王都進軍を果たしたのも、彼のこの軍隊であった。同様に活躍した貴族として、エリック・ワーレンシュタインがいるが、彼は王軍司令官として各地で転戦をくりかえし、反乱軍を掃討する役目をおった。政治的なことには余り関わらない典型的な軍事貴族であった。
内乱のさなかに妻と夫になった2人だったが、その結婚生活は幸福なものだったといえよう。子宝にも恵まれ、貴族としてはこれ以降政争や戦争に巻き込まれることはほとんどなかった。南方に巨大な領土を持つことになった夫婦だったが、その関係は変わらなかった。変わらず夫は自領に引きこもっていた。違うのは、妻が時折自室に押しかけて引っ張りだすことであったのかもしれない。
ここまでお読みいただきありがとうございました。完結作としては正直不十分な気持ちもありますが、とりあえずの初期プロットとしてはまぁよかったのかと。生かせなかった力不足が悔やまれます。