165 ペアリング
2月11日。ピキルとの交渉から1週間たったが、コンダクターが再訪することはなく、平和な日々が続いていた。
もちろん、平和だからと言って暇ではない。製錬業は毎日やっている。
化け狸達は既に製錬業の立派な戦力となっている。教室は開いておらず、時々個別指導を行うくらい。クロが常に見る必要もなくなって来た。
現に、先日ピキルと交渉に行った時も、クロが不在の間、変わらず製錬を続けていた。
今は化け狸達が3班に分かれ、そこにクロ達を加えた4班で、1日4回の製錬を行っている。
1番方がクロ達。2,3,4番方は狸達に任せて、クロ達は別件や家事、休息。4番方の終わり頃、夕方にクロが点検して1日の製錬業を終える。そんな流れになっていた。
つまり、最近は日中、クロの手が空いている。
それを見計らったのか、きっちり1番方が終わった後に、久々にスミレがやって来た。
「こんにちは~。」
「よう。」
「いらっしゃいませ。」
事前に来訪を察していたマシロが、クロと共にスミレを客間に迎える。
今日は雲行きが怪しいので、クロは室内で読書していた。本を置いてスミレに挨拶する。
「久しぶりだな。忙しかったらしいが?」
「そうなんですよぉ。あ~あ、山の魔獣、見たかったですねぇ~。」
「ブラウンから見せてもらったんだろ?」
ブラウンの話では、ブラウンが見て回った記憶を『コピー・メモリー』でスミレにも見せると言っていた。
「もちろん!でも、『コピー・メモリー』で見る記憶は、やっぱり当人の主観が入ってますからぁ。違和感も大きいし、着眼点も違いますぅ。とても満足できません~!」
「ブラウンさんの苦労が報われませんね・・・」
マシロがここにいないブラウンに同情すると、スミレは慌てて取り繕う。
「いやいや、ブラウンさんには本当に感謝してますぅ。欲を言えば、って話ですよぉ。」
「・・・まあ、山の上とは領地が接することになるから、行く機会もあるだろ。あ、ピキルの話は口外しない件は守ってくれよ。ブラウンも言ってたと思うが。」
ついこの間、山頂付近まで行って来たことやピキルとの定期会合の話はせずに、さらっとクロはそう言う。ついでにピキルの情報についての念押しもした。
言われたスミレは少しわざとらしくむくれて答える。
「もう~、ブラウンさんといい、クロさんといい、私を何だと思ってるんですかぁ?仕事柄、守秘義務は守る方ですよぉ。ご心配なく~。」
確かにスミレは国王の依頼で諜報活動も行っている。市井に流せない情報も多々握っているだろう。守秘義務に関する信用も置けるから、この仕事を任されていると言える。
しかし、それでもクロは心配になる。
「そうだろうけど、性格がなあ。今日も仕事の愚痴を言いに来たんだろ?」
「そうなんですよぉ。聞いてください~。」
早速情報漏洩している気がするが、スミレが言うには、本当に重要な情報は話していないし、フレアネス王国の市井に流せない情報も、王国でないここなら話せる、ということらしい。
それは屁理屈ではないのか、と思わなくもないが、クロにとってはどうでもいいことだ。スルーしておく。
「停戦したことで、フレアネスは国内の問題を片付け始めましたぁ。私の担当は、山賊対策ですぅ。」
「やっぱ、いるのか。」
クロは山賊を隣国のカイ連邦で一度見たが、フレアネスでは見たことがなかった。
「いますよぉ。マシロさんの足で超高速移動しているクロさん達は見かけないでしょうけどぉ。」
「自前で走って移動することもあるぞ。」
「前線かその近くの話でしょう~?いくら山賊でも、戦争やってる間近で仕事なんかしませんって~。山賊なんてプロの兵士には敵わないんですから、狙うのは商人とかですよぉ。」
「・・・・・・」
クロが以前カイ連邦で見た山賊は、兵士を狙って前線付近にいて、兵士を袋叩きにしていたが、あれはカイ連邦の兵士が弱いということなのだろうか。気にはなったものの、話がこじれそうなので言わないことにした。
とにかく、スミレの話では、貧困で町に住めなくなったものや仕事が取れなくなった傭兵崩れがよく山賊になるらしい。埋立地の者達もそうだったが、結構どの町も人口密度が高く、追い出されるヒトは結構いるらしい。
他に手段がなく、止む無く賊になったものも多いのだろうが、だからと言って山賊行為を許すわけにはいかない。スミレはその山賊を潰して回る手伝いをしていたらしい。
「手伝い?先頭に立って虐殺じゃなくて?」
「はっはっは、まさかまさか~。」
クロの問いをスミレは笑って否定する。いや、否定の雰囲気を醸し出しているが、明確には否定していない。
実際、スミレが戦っているところをクロは見たことがないものの、ムラサキを追い回した件などから、スミレの実力は相当なものではないかとクロは見ている。
そんなクロの観察を無視してスミレは話を続ける。
「私がやってたのは、主に山賊のアジトや稼ぎ場を探す仕事ですぅ。山賊って、現金だけじゃなく、金品や高価な魔道具も盗るんですよぉ。そういうのは換金しないといけませんよねぇ?で、山賊が利用する裏の質屋が各町に何件かあるんですけどぉ、その一部は、私と懇意なわけですぅ。」
「うわぁ、えげつねえ。」
いつの間にやら客間に来ていたムラサキがそんな感想を漏らす。
「なるほど。その質屋から下手人の情報をいただくのでござるな!」
これまた途中から参加していたヤマブキが、感心した声を出す。ヤマブキは純粋に野生出身なので、倫理とか常識を知らず、意外と効率主義だ。
スミレはギャラリーが増えたことに戸惑うどころか、より饒舌になって話を続ける。
「その通り~!まあ、情報がもらえなくても、待ち伏せて尾行すれば、アジトがわかりますからぁ。」
尾行と聞いて、追い回された経験があるムラサキがビクリと反応する。
「そうすれば、後は軍の皆さんに通達ですぅ。武力をもって制圧、改心の余地がなければ、これですねぇ。」
スミレは首のあたりでさっと指を動かす。かつての勇者や異世界人がこの世界に人道主義を広めたとはいえ、死刑制度は残っているようだ。
「あ、ちなみにこの方法で見つからない山賊は、傭兵ギルドに依頼出してますよぉ。お得な報酬額で。」
「いいなそれ。今度行ってみるか。」
対人戦はクロの得意とするところ。さらに報酬がいいとなれば、是非とも受けたい。白い目で見るムラサキを無視してクロはそう言った。
そこでスミレが急に話題を変える。
「あ、見つからない、で思い出しましたぁ。その過程で気になる魔道具を拾ったんですけどぉ。」
そう言いながらスミレはズボンのポケットから1つの指輪を取り出し、机の上に置く。
装飾は少ないが、透明な小さな宝石が嵌められている。クロには一見してそれが魔石だとわかった。
「ふうん。確かに魔道具だな。」
「手にとって見てもいいんですよぉ?」
「なんとなく、やめておく。」
スミレは時々、理由もなくいたずらを仕掛ける。唐突に取り出した魔道具など怪しすぎた。
「危なくなんかないですってぇ。」
そう言ってスミレは改めて指輪を手に取り、見やすい高さに上げる。
「これは、ペアリングですぅ。」
「ベアリング?」
「いや、ペアリング、ですぅ。結婚指輪ですよぉ。」
「ペア、ということは、もう1つあるということですか?」
マシロの質問に、我が意を得たりとスミレが喜ぶ。
「そう!流石、マシロさんは鋭いですねぇ。」
「恐れ入ります。」
「そうなんですぅ。これにはペアになっている指輪があるはずなんですぅ。で、この魔道具は、対になっている指輪の位置を持ち主に知らせる効果があるんですぅ。ペアリングとしては結構人気が高い商品なんですよぉ。」
「ほお、そりゃ便利だ。」
クロはすぐに戦略に組み込む方法を考える。互いの位置が常に把握できるなら、二手に分かれての行動も容易になる。傭兵としてできる仕事の幅も増えるだろう。
興味を持ったクロはその性能を尋ねる。
「位置がわかるだけか?」
「ほぼそれだけですが、もう一つ~。魔力を込めるとこれ、光るんですがぁ、なんとペアの指輪の魔石も同時に光るんですぅ!」
「なるほど。合図や簡単な情報伝達に使えるな。」
モールス信号のようにあらかじめ符牒を決めておけば、指輪の点滅だけで情報がやり取りできる。相当便利なようだ。
「すごいな。軍用に普及してないのが不思議なくらいだ。」
クロのその発言に、スミレとムラサキがきょとんとした顔を向ける。
「どうした?」
「いや、その発想はなかったですねぇ。結婚指輪っていう先入観があったせいでしょうかぁ。」
「お前、発想が荒んでるぞ・・・」
「そうか?」
いつものようにクロはマシロに尋ねる。
「いえ、良い着眼点だと思います。兵士の各班に配備できればとても有用ですね。」
「だろ?」
「ただ、この手のモノはかなり高価です。大量生産は難しいかと。」
「それもそうか。」
魔道具の肝となる魔石は自然由来のもので、人工的な生産はできない。いや、今の技術ではできていない。それゆえ、大量生産はできず、高価になる。
「話を戻しますよぉ?」
「あ、すまん。」
「とにかく、これが山賊が売り払った盗品の中にあったんですぅ。盗品は可能な限り持ち主に返却するんですが、これは持ち主が見つからなかったんですぅ。」
「見つからない場合はどうするんだ?」
「国が押収して有効活用しますぅ。今回もそうしようとしたんですがぁ・・・」
「何か問題が?」
「対の指輪が見つからないんですよぉ。」
その言葉に一同が首を傾げる。
「相手の位置がわかるのではないのでござるか?」
「そのはずなんですぅ。どんなに離れていても、指輪を嵌めて少し魔力を込めれば、相手の位置情報が得られるはずなんですがぁ・・・」
スミレは実際に指輪を嵌めて見せる。魔力を込めると指輪の魔石が淡く光った。
「魔石が光っている以上、機能は正常ですぅ。しかし、位置情報が来ないんですよぉ。」
「そりゃ、不思議だな。」
魔石は基本的に、割れようが砕けようがその機能を失わない。小さくなることでその効果が認識できないほど弱まることはあるが、なくなることはない。
機能を失うことがあるとすれば、強力な魔法攻撃を受けて、それに込められた魔力が弾き飛ばされた場合だけ。少なくとも知られている方法はそれだけだ。しかし、その場合、魔石はただの石に戻るので、光る機能もなくなるはずだ。
「活用するにも、対の指輪がないと使い道がほとんどありません~。で、私のポケットに眠ってるわけですけどぉ、マシロさん、持ち主探せません?」
スミレは指輪をマシロに差し出して尋ねる。
「私がですか?」
「マシロさん、魔力の残滓を追えるでしょう~?」
「まあ、多少は。」
マシロは警戒しつつも指輪を受け取り、匂いを嗅いでみる。
「・・・確かに持ち主と思しき、スミレさん以外の魔力を感じます。うっすらと。」
「おお!流石~。」
スミレは諸手を挙げて喜ぶが、クロが待ったをかける。
「待った。それは山賊のじゃないのか?」
「かもしれません。・・・はっきりとはしませんが、風属性が強い気がします。」
「えーと、ちょっと待ってください~。『ライブラリ』」
スミレはこめかみに指をあてて、記憶魔法を使用する。『ライブラリ』の記憶から山賊の情報を検索しているようだ。
「・・・マシロさん、風属性だけですか?」
「・・・多分、としか言えません。他の属性の魔力は感じませんが、誤差の可能性も・・・」
「いえ、その指輪は山賊の手を離れてからも結構経ってます。それでも属性が判別できるほど、ということは、風属性のみの者が持ち主だった可能性が高い。山賊にはそれはいませんでした。」
自身の口調が普段の間延びした物から変わっていることにも気づかないくらい情報の整理に躍起になるスミレ。クロはあえてそれをスルーする。ただ、いつもののんびりした雰囲気がブラフである可能性だけは記憶しておく。
情報の整理を終えたスミレは元の雰囲気に戻って結論した。
「はい!やはり、山賊の魔力ではないでしょう~。きっと元の持ち主は風の単一属性持ちの可能性が高いですぅ。であれば多分、水色髪ですねぇ。これは探しやすいですよぉ。」
「お役に立てて何よりです。」
マシロがそう言って指輪を返そうとすると、スミレはそれを押し返した。
「ですがぁ、残念ながら私は次の仕事に向かわねばなりません~。マシロさん、持ち主の魔力を覚えたでしょう~?ついでに探してくれません~?」
「私も暇ではないのですが・・・」
「報酬は私のポケットマネーから出しますからぁ。」
「どうします?マスター。」
マシロがクロに決を求めたということは、マシロは受けるのもやぶさかではないということだろう。クロは少し考える素振りを見せてから答える。
「じゃあ、別件のついでに探す程度でいいか?」
「ええ、もちろん~。」
「じゃあ、引き受けよう。報酬は用意しておけよ。」
「は~い。」
こうしてクロは指輪探しという奇妙な依頼を受けたのだった。




