105 悪魔が住む土地
襲撃者をせん滅したクロ達は、返り血を洗い落としに川へ向かった。冬の川は冷たいが、魔族である3人は体内の発熱機能で余裕で耐えられるし、アカネは炎魔法で自身を温めることができる。冬でも行水が可能だ。
各々体を洗いながら、先の戦闘について話す。
「しかし、皆殺しにする必要はなかったんじゃないか?」
唯一1人も殺していないムラサキが言った。ムラサキは猫のくせにかなりヒトっぽい思考をしている。戦場でもできる限り敵兵を殺さない配慮までするほどだ。
「いや、派手にやっておく必要があった。この領地に手を出したら、ただでは済まないと周知しなきゃいかん。」
逆にクロは積極的に殺す。もちろん法に触れない範囲で。今回は先に手を出して来たのは向こうだし、そもそもここはクロの領地だ。王国の法律は適用されない。
今度はマシロが話しかける。
「しかし、マスターが殺すと、また悪夢が長引くのでは?」
「まあ、そうだが。」
クロは結局、今日まで毎日、亡霊に殺される夢を見続けている。この5日間の鍛錬行の間も、野営の度にうなされていた。
夢の記憶は起きるとほぼ忘れるものの、ぼんやりと覚えている部分をつなぎ合わせれば、今までクロが殺した者たちが、クロに恨みを晴らすために夢に出ているのがわかった。今回殺した者たちも、夢に出ることだろう。
マシロは悪夢にうなされるクロの精神状態も読み取っていた。クロの精神は悪夢でひどく消耗している。正直、見ていられないほどだ。故にマシロは、クロがまた悪夢にうなされることがないよう、極力殺しはやめてほしいと考えていた。
「やるのは私に任せてもいいのですよ?」
「いや、任せっきりにできない。というか、むしろ俺がやる。やらなきゃならん。」
「しかしそれではマスターの負担が・・・」
「悪夢のことを気にしてるなら、今更10人くらい増えたところで変わらんよ。」
「・・・まだ亡霊はそんなにいるのですか?」
確認はしていないが、クロに恨みを晴らした亡霊は成仏すると考えている。ならば、戦場から戻ってから2週間弱。これだけ悪夢を見続けたら、そろそろ亡霊も減って来たのではないかとマシロは考えていた。ところがそうでもないらしい。
「俺が今まで殺して来たのは、300人以上。その全部が亡霊になっているとして、さらに1人1回ってわけじゃない。1人で何回も殺してくる奴もいる。少なくとも覚えてるだけでも、複数回は同じ顔が出て来たことが何回かある。」
クロが覚えているのは、悪夢のほんの一部。覚えているだけでそれなら、1人につき何回殺されているのやら。
戦場で死にかけた経験があるマシロは、その恐怖をよく覚えている。死というのは、意外にもあっさりと訪れる。あれ、と思う間に自分という存在が消える。何も感じなくなる。それが逆に恐ろしい。
戦場に何度も出るうちに、マシロはそれに耐えられるようになったが、耐えられるというのは我慢しているだけで、全く効かないわけではない。
もしクロの悪夢のように、何度も何度も繰り返しその感覚を味わったら・・・想像したくもない。
「よく、耐えられますね。」
「そうだな。自分でも意外だ。」
クロは平然と答える。その目には、いつも通り暗い昏い闇が宿っている。まるでクロが見続け、受け続けている死という事象を、その目に凝縮しているかのようだ。
悪夢に対して、クロが何も感じていないわけではないのは、マシロにはわかる。悪夢は確実にクロの精神を蝕んでいるのだ。それでもクロがそれに耐え、なおもヒトを殺すのは、その深い深い恨み故か。それとも何か別の目的があるのか。流石のマシロもそこまでは読み取れない。
短い会話の内に汚れを洗い落とした4人。クロは服をはたいて軽く水分を落としてから、『ヒート』と『ウィンド』で乾かす。
マシロは着たまま、クロと同じ魔法で乾かす。アカネとムラサキはぶるぶると身体を振って水気を切っている。仕上げに『ヒート』で身体を温めれば完了だ。
4人が家に戻ると、死骸はスイーパー達がその名に恥じずにきれいさっぱり片付けていた。100羽以上いる全員が満足げにカアカアと鳴く。
「掃除が簡単でいいですね。」
「やっぱこいつらは優秀だなあ。」
そんな感想を述べながら家の前を見渡していると、3羽のスイーパーが近づいて来た。白い塊を咥えている。
「あー、これは食えなかったか。」
「カア。」
何でも食べて綺麗するスイーパーとしては、食べられないものがあることが気に食わないようだ。不満げに鳴く。
クロはそんなスイーパー達の頭を軽く撫でながら、白い塊を受け取る。これは、クロが『圧殺』で潰した敵の成れの果てだ。圧縮しすぎてかなり硬くなっている。
それをじっと見て考え事を始めるクロに、ムラサキが話しかける。
「ところで、ここに手を出させないように周知するって言ったが、誰が伝えるんだ?皆殺しにしちまったから、これは誰も知らないだろ?」
ムラサキの問いに、クロは手にある3つの塊を弄りながら答える。
「・・・それを今、考えてた。そうだな。皆疲れてるし、明日、それをやろう。」
「何する気だよ。」
「・・・挨拶。」
帰宅したその日は家の掃除だけしてゆっくり過ごし、疲れを取った。その翌日、早朝。
クロはマシロに乗って家を出ると、ある場所に向かった。
ーーーーーーーーーーーー
フォグワース領、侯爵邸。
建物はいかにも貴族らしく、大きな館と広い庭がある。しかし庭は木がぼさぼさに伸び放題になっていたり、草刈りが雑だったりと、手入れが行き届いていないのがわかる。館も外面はいいが、中は広さのわりに飾りが少なく、どこか殺風景だった。
その原因は、簡単に言えばお金がないこと。ただでさえ産業がない貧しい土地なのに、領主が罪人として処刑され、ますます廃れ始めていた。
日の出直後。数少ない衛兵が、うとうとしていた。夜勤の彼は、あと数十分で交代だ。彼にとって、今が一番つらいところ。もうすぐ終わると油断すると、すぐに眠気が襲ってくる。
もう少し侯爵様に余裕があった頃は、門の前に立つ衛兵を2人置いていたのだが、侯爵様が亡くなり、経済的に余裕がなくなった今は1人になっていた。
「ハア。フォグワース家は、どうなるのかなあ。」
溜息も独り言も漏れようものだ。彼の将来はフォグワース家と共にあり、その家は明確に傾いている。立て直す方策もないように見える。
そんな将来の不安に思いを巡らせていた時、朝霧の中から接近してくるものに気がつく。
「なんだ?」
彼がそんな短い言葉を放つうちに、それはもう彼の目の前まで来た。
霧の中から飛び出して来たのは、黒い男を背に乗せた白い大きな犬。門の前で急制動をかけ、止まる。同時に背中の男が犬の背から飛び降りて、衛兵の目の前に着地した。
「おはよう。」
「うっ・・・」
その男、クロに目を合わせた衛兵は、言葉に詰まる。目を合わせただけで、得体の知れない恐怖が襲って来た。
わけもわからず震える衛兵に、クロは一方的に話す。
「<赤鉄>、クロだ。故フォグワース侯爵の第一夫人に届け物だ。」
「え?は?」
この衛兵も、第一夫人がクロの討伐に私兵を送ったことは知っている。なぜそのクロがここにいるのか、理解が追い付かない。
そして彼が理解するより早く、クロは門に向かう。門は内側から閂がかかっているが、クロは触れただけで門の扉の向こうにある閂を外した。
「あれ?開いた?」
クロのあまりにも堂々とした侵入に、衛兵は間抜けな声を出す。ぼんやりと、昨夜自分が門の閂を確認し、衛兵用の鍵付き扉から外に出た手順を思い返す。
そうしている間にもクロはずんずんと奥に進み、庭の真ん中で止まる。
「あそこか。最上階。ひと際大きい魔力。第一夫人か。」
貴族は過去に国に貢献した優秀な者の血を引いているため、一様に魔力量が多い。少なくとも下働きとは一線を画す。
クロの魔力視で見えた範囲、館全体が見えているので館の中全体で、貴族らしい魔力を持っているのは1人だけ。第二夫人や成人した子息とかがいたら判別が難しかったかもしれないが、今はいないようだ。
「おい!あんた!不法侵入だぞ!」
ようやく気がついた衛兵がクロに駆け寄って来る。しかしクロは動揺も見せずに、衛兵に問う。
「あそこが第一夫人の部屋か?」
「は?何を言って・・・」
「だから、届け物だって言っただろ?あそこが第一夫人の部屋か?」
クロはそれらしき魔力が見えた最上階の部屋を指さして、2回問う。2回目には振り返って、また衛兵に目を合わせた。
「ひっ、あ、ああ、そうだが・・・」
恐怖に負けて衛兵が答える。それを聞いて、クロはニヤリと笑った。
「そうか。じゃあ、届け物だ。」
そう言ってクロはコートのポケットから布に包まれた3つ白い塊を取り出すと、1つを右手に持ち、野球の投手のように振りかぶった。
「てめえのだろ。受け取れっ!」
そう叫んでクロは全力で白い塊を最上階に向けて投げる。白い塊は、土魔法で強化されたコンクリートのような館の壁を易々と貫通した。その先の、魔力の塊が揺らいだのが見えた。
「おい!なにを・・・ぐっ!?」
クロの突然の行動に驚きつつも、剣を抜こうとした衛兵が、マシロに押さえつけられた。
「貴方が証人です。見ていなさい。」
「な、なにを・・・」
「2つ目。」
戸惑う衛兵を余所に、クロはもう1つ、白い塊をほぼ同じ軌道で投げた。塊は館の中でわずかに軌道を逸らしつつも、反対側の壁を貫いた。
「最後だ。」
3つ目を投げ、それがまた反対側に抜けると、最上階にあった魔力の塊は、徐々に濃度が薄れ、霧散した。
「配達完了。帰るぞ。」
「はっ。」
そうしてクロはマシロに飛び乗ると、霧の中へと姿を消した。
<赤鉄>がフォグワース侯爵夫人を殺害。
後の調査で、その夫人が<赤鉄>に対して暗殺者を放ったことに対する報復だと判明した。
しかしそれを正当防衛と評する者はいなかった。むしろフォグワース家への同情のほうが広まり、<赤鉄>は恐ろしい悪魔だとフレアネス王国内でも噂されるようになった。




