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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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100 夢について

 クロは暗闇の中、目を覚ます。夜はまだ明けていない。今は冬の初めで日の出が遅くなっているが、それでもこの時間は起きるには早すぎる。

 夜目が効くクロには暗闇でも周囲がそこそこ見える。ここは眠る前と同じ、森の中だ。昨日は目的地であるアイビス山脈南部に向かう途中の森の中で野営することにしたのだった。交代で見張りをし、クロは深夜から眠ったはずだった。


 ・・・普段なら体感で時間がわかるんだが、今日はダメだな。


 ひどく気分が悪く、頭痛もする。魔族が頭部に損傷もなく頭痛を感じることはまずない。おそらくは精神的なものが原因の幻痛だろう。

 クロが目覚めた気配を感じて、見張りをしていたマシロが声をかける。


「もう起きたのですか?マスター。1時間ほど早いですよ。」


 倒木に座るマシロの傍には一緒に見張りをしていたはずのアカネが寝ている。まだ若いアカネに夜番はきつかったようだ。


「夢見が悪くてな。・・・二度寝する気になれないから、もう起きることにする。」


 大木に寄り掛かっていた態勢から、クロは身を起こす。隣のムラサキを起こさないようにそっと立ち上がり、衣服を軽く正してマシロの隣に座った。


「夢、ですか。また敵兵に殺される夢を?」

「そうだ。まったくひどい夢だよ。」


 昨夜見た夢は、昏睡中に見ていたものと似たようなものだった。おそらくクロが殺したのであろう者が、様々な手段でクロを殺す夢。銃で撃たれたり、剣で斬られたり。皆、クロに殺された恨みをクロに晴らしていく。そしていつもクロは無抵抗で、現実のような再生能力はない。痛みに対する耐性もなく、苦しむ。


「今回は3、4回くらい殺られたかな。はっきりとは覚えていないが。」

「殺されるような夢なのに、覚えていないものなのですか?」

「ん?夢ってそういうものだろ?」


 2人で首を傾げて向き合う。クロは夢はどんなものでも目を覚ませばほとんど忘れる物だと思っている。しかしマシロはそうではないようだ。


「私は覚えていますよ。いつも同じような夢を見ます。雨の中にハヤトがいて、私はいつも助けようとしても助けられない。私はその夢を見るたびに少しずつ前進しているのですが・・・ハヤトに届く気配はありません。」

「そうか。でも進んでるなら、いつか届くだろ。」

「だと、いいのですが。」


 マシロにとって、ハヤトの仇を討つのがどれだけ重要なことなのか、垣間見える気がした。反省会ではマシロの無謀を止めるべきだったと反省したが、マシロとしては譲れないところだったのだろう。止めてもどのみち戦っていたかもしれない。

 わずかな沈黙の後、マシロが話を戻す。


「マスターは、見た夢を覚えていないのですか?」

「部分的には覚えているけど、大部分は忘れるな。今回も大雑把にしか覚えてない。殺されたって事実と、死ぬときの嫌な気分だけ残ってる。」

「そうですか・・・その夢を昏睡中に何度も見たと言っていたので、マスターのことだからもう慣れているのではと思いましたが。」

「慣れる、ねえ・・・」


 確かにクロは色んなことに慣れやすい性質だ。体へのダメージも一度受けた種類の痛みにはすぐに慣れて怯みもしなくなる。マシロとの鍛錬も初めはマシロの速度に翻弄されていたが、今は十分についていける。死の恐怖にもこれまでの戦いでだいぶ慣れているつもりだ。

 しかし今回は違う。


「さっき言った通り、夢の内容は忘れちまうんだ。慣れるのは難しい。それに、夢を見ている間は、何て言うか、自分の身体じゃない感じでな。感覚はあるのに、自分の意志で動けない感じで。特に最近の殺される夢はそうだな。多分、俺への恨みを持った亡霊が、俺を殺して恨みを晴らすための夢だから、亡霊の筋書き通りに動くようになっているんだろう。」

「マスターへの恨みですか。戦場で殺し殺されるのは当然のこと。殺した相手を恨むのは、筋違いかと思います。」

「それはあくまで建前だよ。戦場での恨みを戦後に晴らすようなことがあると、世の中立ち行かないからそうするように言われてるだけで、殺した相手を恨む方が普通だ。・・・俺も前世で俺を殺した奴は憎いしな。」


 クロは前世の最後をチラリと思い出す。空港に来たテロリスト。それを1人返り討ちにしたら、別の1人に撃ち殺された。勝手に殺しに来たくせに、仲間がやられたら激怒していた。死ぬ寸前、クロはそのテロリストに深い恨みを抱いたものだ。


 ・・・まあ、今思い返せば、理由はどうあれ仲間を殺されたらキレて当然か。


 そんなことを考えると、ふと思いついたことをクロは尋ねる。


「真白はハヤトを殺した<雨>を恨んでないのか?」

「・・・どうでしょう。よくわからなくなってきました。」


 いつも迷いなくはっきりとものを言うマシロが、珍しく悩む。


「奴に勝ちたいのは確かです。ただ、殺したいのか、というと違うような・・・ハヤトの無念を晴らしたいとも思いますが、同時にあれほどの戦士に敗れたのならば、ハヤトも本望だったのではないかと、最近はそうも思うのです。」

「そう思えるんなら、恨んでいるわけではなさそうだな。」


 クロの基準で行けば、本気で恨んでいるならば、相手の事情になど考えが及ぶわけもない。相手を賞賛することもあり得ない。

 マシロは<雨>を戦士として褒めた。ならばかの敵に固執する理由は恨みではないだろう。

 クロはそう断言したが、マシロはまだ悩んでいる様子だ。


「そう、でしょうか・・・」

「まあ、すぐに決める必要がある案件でもないだろ。どっちみち決着をつけたいのが変わりないなら、やることは同じだ。力をつけて、勝てるようにならないとな。」

「そうですね。まずは、そこから始めましょう。理由は後で考えます。」


 ようやくマシロは迷いを振り切れたようだ。今後も悩みはするだろうが、足踏みはしないだろう。


「じゃあ、朝まで魔法の練習でもするか。いつもの鍛錬じゃ、2人が起きちまう。」

「そうですね。やりましょう。」


 そうしてクロとマシロはその場から動かずに、各々の武器を高速で飛ばし始めた。木々にぶつからないように、また各自の武器同士が衝突しないように、注意深く、それでいて速く動かしていく。次第に競争し始めて、野営場所の周りを複数の剣がぐるぐる回るようになった。その光景は日の出まで続いた。



 日が昇ったらすぐに出発だ。クロは荷物を背負って「黒嘴」も背中に固定する。ムラサキはクロのコートのフードに入り、アカネはクロの左手に抱えられる。その状態でマシロに乗って移動だ。

 マシロの走行速度は速く、森の中でも時速100kmくらい出せる。その速度で木々を避けて進むのだから、横揺れが激しい。しかしクロはそれにも慣れたもので、ハーネスの取っ手を掴む右手だけでその揺れに耐えている。ムラサキもそこそこ慣れているが、アカネは昨日が初体験だ。気分が悪そうにしている。

 少しでも気を紛らわせようと、クロとムラサキが話をする。


「ムラサキって夢は覚えてる方か?」

「寝る時に見る方の夢か?」

「そう。」

「んー、あんまり覚えてないなあ。楽しい夢を見てたときとかは、その良い気分が残ってるけど、内容はあんまり覚えてなくて寂しくなるんだよな。」

「へえ。俺は楽しい夢って見た覚えないからわからん。」

「お前・・・」


 位置関係からクロにはムラサキの顔が見えないが、憐れんでいるような気配が伝わる。


「まあ、楽しい夢を見ても忘れてるだけかもしれんが。」

「それは、悪夢だけ覚えてるってことだろ。それはそれで、お前の根暗な性格が見える気がするぞ。」

「根暗って程でもないだろ。」

「いや、俺から見れば十分暗い。」

「それはムラサキが能天気すぎるだけでしょう。」

「んだと、マシロ!」


 急にマシロが走りながら口を挟んできて、いつもの喧嘩に発展。ムラサキの『エアテイル』とマシロが操作するハーネスの一部の紐が、空中でビシビシと叩き合う。


 ・・・相変わらず真白は器用だな。


 マシロは高速で走りつつ、周囲を警戒しながら、ムラサキと喧嘩をしている。器用にもほどがある。



 結局、ビシビシ合戦の決着はつかず。1時間弱打ち合ったあたりで両者疲れてやめた。

 そもそも勝敗条件も決めずに始めた争いだから、いずれも負けを認めない以上、勝ちも負けもない。ただ、若干ムラサキが押していたことから、マシロが片手間だったことを考慮すれば、2人の魔法の腕前はほぼ互角のようだ。

 そして当初の目的である、酔って気分が悪そうなアカネの気を紛らわすことには成功したようで、争いの様子をアカネは楽しそうに見ていた。尻尾をぶんぶん振って参加したそうにしていたが、残念ながらアカネにはまだ物体操作系の魔法がほとんど使えない。参加はできなかった。

 ちなみに、原子魔法もまだ原子の概念が理解できないので使えない。いろいろと勉強し、成長しないと難しいだろう。

 それはともかく、日がだいぶ高くなったころ、ようやく目的地に見えて来た。


「例の林が見えてきましたね。」

「相変わらず火属性の魔力が多いな。」

「キャン!」


 懐かしい故郷に戻って来たのを理解したアカネが嬉しそうに鳴く。今にも飛び出しそうなアカネを、クロはしっかりと抱え直した。


「よし。まずはキュウビの巣に向かおう。」


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