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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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099 第2次モスト川の戦いの戦後処理

「あの臆病者はどこに逃げた!」

「臆病者、はないでしょう。ロクス司令官。」


 アイビスの森にあるクロの家に、2人の獣人が数名の供を連れて訪れていた。国王直轄軍の4軍団のうち1つを束ねるロクス司令官と、王国を影から支える執事ヴォルフだ。

 そのロクスの怒声が、いつもは静かなクロの家周辺に響き渡る。屋根の上にいるスイーパー達が威嚇の声を上げるが、ロクスは気にした様子もない。


「しかし執事殿!奴が目覚めたというから来たのに、なぜ不在なのです!」

「入口に書いてあったではないですか。冬支度に必要なものを揃えに出かける、と。」

「なぜ今更!雪などとっくに降り始めているではないか!」


 確かに冬支度をするには遅すぎるタイミングだ。もう10月中旬になろうという時期。普通なら10月に入る前に支度しておくべきだろう。


「それは、クロ殿はここに住むのが今年が初めてですし、炉の建設や戦争で忙しかったからでしょう。」


 そもそも、9月下旬には、もう今年の出兵はない、と言っていたところへ、急に参戦要請を出したのは王国の方だ。クロの冬支度が遅れた原因の一端が王国にあると言ってもいいだろう。

 しかしロクスは納得しない。


「言い訳にならん!やはり敵前逃亡の咎で責められるのを恐れて逃げたに違いない!」

「未だ信じがたいのですが、本当にクロ殿は敵前逃亡を?」

「何度も言っているではないか!奴は敵の戦艦を奪った後、それに乗って逃げたのだ!」


 ヴォルフは戦場にいなかったため、ロクスの言葉が真実かは知らない。他の兵士などに聞き込みをしても、ほとんどの者が見ていないのだ。何しろ、ロクス軍の兵士は突撃して散ったか、撤退した者の2種類しかいないからだ。生き残った者は皆、戦艦が現れてすぐに前線を離れた者たちなのだから、クロの動向は見ていない。


「あなたが直接見たのですか?」

「そんな暇などあったわけがない!副官のドナルドが報告して来たのだ!」

「そうですか。」


 ・・・これは後でドナルドさんに直接聞くべきですね。


 ついでに言えば、クロは軍の兵士ではなく傭兵なのだから、仮に敵前逃亡していたとしても、違約金が発生する程度で、罪に問われることはない。傭兵は不利と踏んだら違約金が発生しても逃げるべき。傭兵の常識だ。命より大事な物などないのだから。

 しかしそれを説明しても、ロクスは納得しないだろう。ヴォルフはそう考えて黙っておくことにした。



 王城に戻ったヴォルフは、国王に挨拶した後、デスクワークを始める。周囲には同じように机に向かう部下たち。皆、懸命に戦後処理に関する書類を片付けている。

 もう戦争を始めて10年以上。この作業も慣れたものだ。初めの頃はヴォルフと他数名で必死にやっていたこの作業も、今は十分な人員がいる。手間ではあるが、無理ではない。

 しかし今回に限っては問題が浮上していた。


「戦死者が多すぎますね・・・」

「まったくです。」


 遺族への補償に関する書類を睨むブラウンが愚痴をこぼすと、ヴォルフが同意する。

 今回は特に死傷者が多い。何しろ、ロクス軍が半壊したのだ。この一戦にすべてをかけると言わんばかりにほぼ全兵力を川に送り込んだところへ、戦艦の砲撃を受けたのだ。半数生き残っただけでも運がいいと言えるだろう。


「クロ殿がいなかったら、こんなものでは済みませんでしたよ。」

「そうですね・・・」


 実際、クロが戦艦を止めなければ、更なる砲撃で川だけでなく西岸の陣地も攻撃されていただろうし、帝国軍本隊が反撃に出ていた可能性も高い。そうしたら全滅の恐れすらあった。

 しかし、それだけの功績を上げたクロに対して、ロクス司令官は臆病者と言う。


 ・・・本当に逃げたとしても、それを帳消しにして余りある戦果だと思うのですがね。


 ロクス司令官は無能というわけではない。むしろ、部下を奮い立たせるカリスマ性は抜きんでている。今回はそれが裏目に出ただけだ。

 他にも、ロクスは国民の評判がいい。ロクスの身近にいる者以外からは、国一番の猛将と呼ばれている。その理由は戦争初期、第1次モスト川の戦いでの活躍だ。

 勢いに乗る帝国軍を、数年にわたりモスト川で防いで見せた。それほど長い間戦えたのも、彼の兵士を奮い立たせ、士気を高めさせる手腕があってこそ。彼の活躍がなければ、今頃、王都付近まで侵攻されていたかもしれないのだ。

 だからこそ、普段の彼の暴言を皆大目に見ている。無茶や理不尽も聞き入れている。ロクスは今の王国に不可欠なのだ。彼に憧れて兵に志願する者が多いのだから。

 部下の一人がヴォルフに尋ねる。


「ヴォルフ様。ロクス軍から水魔法使いと風魔法使いの補充が要請されていますが・・・」

「わかっています。しかし、そう容易く特定の魔法使いを揃えられません。兵士は畑で栽培できるわけではありませんからね。」


 どんな属性を持って生まれるかは、遺伝の影響もあるが、基本は運次第だ。だから、特定の属性の魔法使いを集めろと言われても、いる分しか集められない。


「では拒否しますか?」

「そういうわけにもいきません。水魔法使いと風魔法使いは沿岸警備にも必須ですから。・・・どうにか他の軍団から集めましょう。移籍希望者を募ってください。」

「かしこまりました。」


 指示された部下がテキパキと必要書類を作成していく。


 ・・・すっかりこの仕事にも慣れてくれましたね。


 ここにいる部下は、身体的な障害で他の仕事に就けなくなった者たちを集めてヴォルフが育てた者たちだ。ブラウンのように耳を失ったものだけでなく、尾を失ってうまく走れなくなった者、片足を失った者、隻腕、隻眼、首に大きな傷を負って喋れなくなった者もいる。障害を負った当時は腐っていた者も多い。それがここまでできるようになった。ヴォルフは部下の成長を内心でこっそり喜ぶ。


「失礼します。」


 そこへ別の部下が戻って来た。


「お疲れ様です。ドナルド副官から話は聞けましたか?」

「はい。やはりロクス司令官が逃亡した部分を誇張して報告していたようで・・・」


 ドナルド副官から直接話を聞いてきた部下が、詳細にクロの戦果を述べる。それを聞き終えたヴォルフは、ふうと息を漏らす。


「まさか、魔法で戦艦を飛ばすとは・・・それで、その戦艦は今、どこにあるかわかりますか?」

「それはリュウイチ副管から聞いてきました。何でも、ミタテ平野に落下したのを見た、と。」


 リュウイチ副管はマシロが<雨>に敗れるところまで見ていた。その結果をモスト川にいる本隊に伝えに行こうとした途中で轟音を聞き、慌てて戻ってみると、さっきまで雨が降るだけでなにもなかった平原に突如壊れた戦艦が出現していたらしい。

 戦死したと思われていたマシロが、数日後に王都に買い出しに出てきているのが発見され、生きていたことが先日わかった。以上の事柄をまとめれば、モスト川から戦艦に乗って飛んで行ったクロは、ミタテ平野のマシロを助けに行ったのだと推測できる。


「つまり、クロ殿は逃亡したというより、ミタテ平野に援軍に向かった、というべきでしょう。敵前逃亡とは言いにくいですね。」

「そのおかげで<疾風>が生還できたことを鑑みれば、咎めるべきではないでしょうね。」


 ・・・さて、後は頑固なロクス殿をどう説得するか。


 ヴォルフが次に思考を移していると、また別の部下が飛び込んできた。帝国の動向を監視している部下からの連絡のようだ。


「緊急です!帝国軍に動きあり!」

「「なに!?」」


 思わず執務室の面々が声を上げる。何しろ、積雪し始めてから帝国軍が動くなど、開戦初年度以来初めてのことだ。初めの年にヴォルフが叩きのめしてからというもの、冬は決して帝国は動かなかった。

 詳細を聞くと、帝国軍は第2次モスト川の戦いの後、西大陸北岸を偵察する動きを見せていたという。それが先日、急に撤退したと思ったら、今度はミタテ平野の北に兵を集めているらしい。


「今、ミタテ平野にはホフマン軍がいますね?」

「はい。しかし、モスト川にも配備するために、ミタテ平野には半数しかいません。援軍を差し向けるべきでしょうか?」


 ホフマンは司令官の1人だ。狸系獣人で、大らかな性格だ。戦果は平凡だが、地味に確実に仕事をこなす。


「援軍は必要ですが・・・」


 ヴォルフは言葉を切って考え込む。


 ・・・帝国はなぜ、今、動く?冬季に攻め込むリスクは承知しているはず。輸送機関もマヒしているから、兵を集めるのにすら難儀しているはずなのに。無理を押してでも攻める理由がある?モスト川は橋が落ちたから、そこを避けてミタテ平野へ?いや、何かある。


 ヴォルフは頭の中にある情報を引き出しては検討し、帝国の思惑を予想する。

 <雨>と共に攻め込む可能性も考えたが、冬は無理なはずだ。雨と雪では操作に必要な属性が異なる。<雨>が雪も操作できる可能性もあるが、それでもわざわざヴォルフが暴れられる冬に来る理由がわからない。ヴォルフが操作できる雪がない、冬以外の方が有利なはずだ。

 今すぐに攻め込まなければならない政治的理由があるのではないか?東部戦線は関りがないはず。あちらが休戦状態なのは確認済みだ。帝国内で問題が起きた?その問題とは?

 そこまで考えて、ふと先日舞い込んだ情報を思い出す。そして一つの可能性に思い当たり、書類をひっくり返して、帝国内にいる諜報部員からの報告書を取り出す。それを見て確信を得たヴォルフはニヤリと笑う。

 珍しい表情のヴォルフに、ブラウンが尋ねる。


「ヴォルフ様、どうされました?」

「ブラウン。援軍には私が出ます。1ヶ月、いや、3週間ほど、国を任せてもよろしいですか?」

「えっ!?あ、はい!お任せください!」

「よろしい。あなたを育てて正解でした。」


 今までヴォルフは事務処理などに追われて前線に出る余裕がなかった。しかし今なら任せられる部下がいる。


 ・・・いささか不安はありますが、この好機を逃す手はありませんからね。


 すぐさま外出の準備を始めるヴォルフに、珍しく褒められて照れるブラウンが尋ねる。


「あの、どうされたのですか?嬉しそうな様子と言い、急に前線に出られるのと言い・・・」

「ああ、それはですね・・・」


 答えつつヴォルフはコートを羽織り、洒落たハットを被る。そしてまたにっこり笑った。


「この戦争の、勝ちが見えたからですよ。」


 まさかの発言に呆然とした部下たちを置いて、ヴォルフは颯爽と執務室を出る。その足取りは、とても100歳を超える老人には見えない。



 数日後、ミタテ平野に進軍した帝国兵は、10年前と同じ悪夢を見ることになった。

 最前線に出たヴォルフが単独で無双する様を見て、駐留していたホフマン司令官は、「出番ないねえ・・・」と呟いたという。


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