098 埋立地の変化
家の戸締りをして出発したクロ一行は、まず埋立地へ向かう。これから数日かけて出かけるため、材料の受け入れを休む旨を伝えなければならない。
マシロに乗って移動すること十数分。王都を北東に臨む位置に、ゴミの山がある。王都で出るゴミは可能な限り再利用し、食品ゴミは堆肥化しているが、どうしてもリサイクルできないものはここに捨てられる。それが数十年続けられ、初めは大きな穴に投入していた埋立地も、穴は既に埋まって、山になってしまっている。
しかしここが山になったおかげで生きていける者達がいる。ホームレス達だ。
王都は獣害対策といざという時の防衛のために高い城壁で囲まれている。それゆえ、街が広がることがない。それに対して人口は増え続ける。ここ10年は戦争であまり人口が増えていないが、それでも減少には転じていない。
そうなれば当然、王都からあぶれる者が出て来る。そういう者は大抵、金がない者たちだ。王都に住むことができなくなった彼らは、他に住む土地を探す。しかし他の町もいっぱいで、空き家はなかなかない。そのうえ、飢えた余所者は犯罪の温床になるとして忌避されやすい。荒っぽい性格が多い獣人は、飢えると平然と窃盗、強盗に走る。
仕方がないのでどこかに新たな村でも作ろうということになるのだが、ここで立ちはだかるのが獣害問題だ。
既に街になり、簡易でも柵などが設置されている場所は、獣も寄り付かない。ヒトの領域だと理解しているからだ。しかし新たにできた村には平然と入って来る。獣人は身体能力が高いが、皆が皆、獣を狩れるほど強くはない。よって、新たに村を作るにも、獣が寄り付かない場所でなければならなかった。
そこで彼らが目を付けたのが埋立地だった。王都から定期的にゴミが運ばれてくる埋立地は、ヒトの領域として認識されていたし、山のように積み上がったゴミは防壁の役割を果たす。そうしてホームレス達はここに住み着いたのだった。
クロ達がゴミの山を乗り越えて奥に進むと、中央部に向かって緩やかな下り坂になる。そして一番低いところに土の地面が見えていた。
ここが埋立地の底、というわけではない。ホームレス達が住処を作るために外側から土を運んで均した、人工の土地だ。その人工地面の上に、土でできた小屋が並んでいる。
ホームレス達の中で建築魔法が使える者が建てたらしい。素人でも簡単に小屋が建てられるのだから、魔法は便利なものだ。
しかし、当然、プロが作るものとは及びもつかない。プロが建てた家は、まるでコンクリートのように頑丈だが、ここの小屋は本当に土を積み上げただけのようだ。土のかまくら、といった感じで、アリ塚の方がまだ頑丈そうだ。
「お、クロさんだ。」
「回復したのかい?よかった。」
クロ達が来たことに気付いたホームレス達が寄って来る。クロは一応礼儀としてマシロから降り、対応する。
「おはよう。しばらく買取が滞ってしまったようで悪かったな。」
「いやいや、戦争なら仕方ないさ。クロさん達が無事に帰って来ただけ、いいよ。」
・・・結構、危なかったけどな。
そんなことを内心で思いつつ、クロはさっさと用件を伝える。クロは人混みが苦手だから、あまりホームレスに群がられると困る。
「悪いが、またちょっと買取を休む。3日か4日くらい家を空ける予定だ。」
クロはこう言ったらホームレス達は渋い顔をすると思っていたが、意外にも彼らは気にした様子もなく答える。
「へえ、なんかあるのかい?」
「ただの冬支度だよ。」
「ああ、なるほど。そらあ、大事だな。」
「・・・いいのか?また買取を休むなんて言ったら、あんたらの生活が苦しくなるかと思ったんだが。」
ホームレス達の意外な反応が気になって、クロは問う。すると彼らはニヤリと笑って答えた。
「それなんだがな。なんと、俺たちの仕事が国王様に認められたのさ!」
「は?」
どういうことか聞いてみると、どうやら埋立地のゴミをクロのところに持っていく仕事が、国家事業になったらしい。
今まではホームレスの釘拾い感覚だったが、これからは国で使用する地金製造の一工程として認められる。
クロが地金製造を始めるまでは、フレアネス王国で使用される地金は、外国からの輸入に頼っていた。国内の鉱山はまだ1つ掘っているものがあるが、もう大して出ないらしい。
外国から買えば、その分、国の金は失われる。財政に大きな負担がかかっていた。そこへクロが現れた。
王都のすぐそばで生産するため、輸送費の分、他の国から買うよりずっと安い。さらにクロに支払った金は、クロがフレアネスから土地を買う時に戻って来る。フレアネスにとってこんな有難いことはない。ヴォルフの部下で財政の管理を担っていた者が泣いて喜んだとは、ヴォルフの談だ。
そしてクロの地金製造開始から1ヶ月以上経ち、炉が完成して大量生産の目途も立った。そこで国は本腰を入れてクロの地金製造を支援し、国内の地金需要をクロが製造する地金で賄えるようにしたいようだ。
「まだ正式決定じゃないらしいけどな!」
「まあ、だろうな。」
何しろ、まだクロのところに話が来ていない。昨日まで昏睡状態だったのだから、仕方ないだろう。
「まあ、儲かるのはいいんだが、入荷が増えると忙しくなるな。」
「ええ~、それはやだなあ。」
ムラサキが嫌そうに言う。顧客の前で言うセリフではないが、製錬で最も負担がかかるのはムラサキなので、気持ちはわかる。
そのムラサキの気持ちを察したのか、ホームレス達も笑って説明する。
「心配しなくても、そんなすぐに持っていく量は増えないさ。いずれ増やすための準備ってところらしい。」
「準備ねえ。」
「そうさ。システムがどうのって言ってたな。買取の金は国が受け取って、俺らには国から給料が支払われるようになるんだと。」
「めんどくさいだろそれ。」
クロには間に国を挟む手間がデメリットに思えて仕方がない。前世の会社での煩わしい手続きが思い出される。
しかしホームレス達はメリットもあると説明する。
「確かにちょっと面倒に思えるかもしれないけど、いいこと尽くめなんだ!国の事業になることで、いろいろと保証を受けられるんだよ!」
「へえ。」
「例えば、クロさんが事情で材料の受け入れができなくても、国から支給される給料は変わらないんだ!」
「ああ、それでさっき受け入れできないって言っても困らなかったのか。」
彼らは今後、ホームレスではなく、国家事業に携わる作業員、言わば公務員になる。金がない辛さを経験した彼らにとって、安定収入はとても魅力的なことだろう。もう食うに困ることはないのだ。
「そう!まだ決まったわけじゃないけど、クロさんが受け入れてくれるなら、通るはずだ!頼むよ、クロさん!」
「俺たちは今までまともな家も職もない負け犬だった。王都での競争に敗れたんだからその通りなんだけど、悔しかったんだ!でも国に認められれば、もう俺たちは負け犬じゃない!俺たちを蔑んでた奴らを見返してやれるんだ!」
「ふむ。」
・・・負け犬が勝ち組の鼻を明かす、か。悪くないかもな。
クロは天邪鬼ゆえ、そういった下克上的な話は好みだ。それに一役買えるのなら悪くない。
見れば、初めてクロがここに来た時には、死んだ目でゴミを漁っていた者たちが、今は希望に満ちた目をしている。クロがこのホームレス達に仕事を与えようと思ったのも、そんな底辺の者たちの成り上がりを狙ってのことだった。そうなったら、面白そうだと思った。
だから、こうして彼らの仕事が国に認められるのはクロの望み通りと言える。受け入れるのはやぶさかではない。しかし。
・・・でも、なんかこう、希望に満ちた目をされると、面白くないなあ。
クロは天邪鬼である。絶望している者には優しいが、希望に満ちたヒトは蹴落としたくなってくる。捻くれた性格だった。
そのクロの気持ちを察したマシロが、一言付け加える。
「マスター、私からもお願いします。ハヤトの故郷の人々が救われるのは、私にとっても嬉しいことです。なにより、戦争が続くうちは、王国を支援することが、私たちの土地を守ることにもなるはず。」
「・・・条件次第だな。まあ、前向きに検討しよう。」
クロは無表情で答えるが、とりあえず受け入れる意向であることを示す。
「「おお、ありがとう!クロさん!」」
「ありがとうございます。」
マシロの静かな謝辞は、ホームレス達の歓声に紛れた。握手を求めるホームレス達を振り払い、クロはさっさと退散する。
再び一行はマシロの背に乗り、次の目的地に向かう。その道中、マシロの小言を聞く羽目になる。
「マスター。一度支援すると決めた者を途中で放り出すのは無責任だと思いますよ。」
「悪い悪い。ただ、やっぱり俺はヒト嫌いだな。あんなに群がられると胃が痛くなる。」
ヒト嫌いの話を持ち出して、誤魔化す。天邪鬼ゆえの捻くれた性格は、クロは治す気はなかった。それが自分の本質の一部と思っているからだ。
窃盗団を討伐したりして人助けをしたかと思えば、その窃盗団の首領の首を振り回して往来を行くという嫌がらせをしてみたりする。その行動は他者から理解されることはなく、混乱をもたらすものとして嫌われる。それでもクロは天邪鬼はやめられない。
前世でその性質を前面に出せば、孤立するとわかっていたから、抑えていた。もうこの世界ではそれを抑えたくない。自分の思う通りに生きてみたい。そのために孤立するのも構わないと思っていた。一人で生きて行けるように鍛えたのだから。
それでも今、こうして仲間がいる。
ある程度心が読めるマシロだからこそ理解を示してくれるし、同じ逸れ者のムラサキだからこそ許容してくれる。他に行き場がないアカネだから傍にいてくれる。
・・・本当、有難いことだよな。
そんなことを思っていると、皆が一斉に声をかけて来る。
「誤魔化してるのは、わかってますからね。」
「なーに、にやけてるんだよ。」
「クウ?」
「いや、お前らがいてよかったなって。」
正直に言うと、各々反応を返す。
「そう思うなら、もう少し頼ってください。マスターの捻くれた性格を直せとは言いません。我々がフォローします。」
「そうそう。オレ、役に立つだろう?もっと褒めていいぞ!」
「キャン!」
「2人とも、調子に乗らないように。」
「いいじゃねえか、たまには。クロがこんな素直に言うのは珍しいんだから。」
「クーン。」
「ムラサキは、たまにではなくいつも調子に乗っているでしょう。」
「うるせー!」
そんな言い合いをしながら、一行は南に向かう。行先は、アイビス山脈南部の防溶岩林。アカネの故郷だ。




