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エピローグ 俺がお節介になったわけ

 俺が彼女とはじめて話したのは十歳の誕生日を迎えた日のことだった。

 忘れもしない、ようやく年齢が十の位に上がり、なんだか、大人になったような気がしたのを今でもよく覚えている。

 そんな日だったからだろう。

 俺はほんの少しだけお節介をしてみようって気になったんだ。

我が家の隣にそびえ立つ超巨大なお屋敷、その広い広い庭に、その少女の姿を見つけたのは、いつのことだっただろうか。

 いつも一人ぼっちで、椅子にこしかけて本を読んでいる女の子。

 外で遊ぶより、本を読むのが好きな子はいるし、家でゲームをしていたい子だっているだろう。

 だから、俺がやったことは余計なお世話であり、今風に言うと、だいぶウザい行動だったかもしれない。

 だけど、俺は勇気を振り絞って、その女の子に話しかけたんだ。

「ねぇ、外で一緒に遊ばない」

 って。


 夏休みを間近に控えたある日、俺はいつもの通り、学長室を訪れた。

 今日はきちんとノックを忘れないように、万全の態勢をとる。

 コンコン……。

 ………………反応なし。

「あれ……変だな」

 ちなみに、今日の俺は遊びに来たわけではなく、あちらから呼ばれてきたわけで、さすがに人を呼びつけといて自分は出かけるなんて非常識をるり子ちゃんがやるとは思えないんだけど。

「トイレにでも行ってるのかな?」

 ためしに扉を開けてみる……と、

「あっ…………」

 部屋に入ってすぐ、返事がなかった理由がわかる。

 るり子ちゃんは机に突っ伏していた。

 一瞬「何かの病気で倒れてるんじゃ?」なんて心配になって、急いで走りよる。と、可愛らしい鼻からすーすー、と、寝息が聞こえてきた。

――やれやれ、疲れて寝てただけか。

「にしても、ニノンじゃないけど、これじゃあ、風邪ひいちゃうだろうに」

 エアコンはつけっぱなし。室内は少しばかり寒すぎるぐらい。それに対してるり子ちゃん、下はミニのプリーツスカート、さらには靴はサンダルなんていう、なんとも寒そうな格好だ。

 上もまた寒そうだ。強く掴んだら壊れてしまいそうな華奢な肩から、すべすべの背中までが丸出しのキャミソールを着ていた。

 きめの細かい白い肌を見ていて、ふと、俺の脳裏に、一糸まとわぬるり子ちゃんの姿がよぎった。

 って! 俺はなにを考えてるんだっ! るり子ちゃんのそんな姿を想像するなんて、どうかしてるんじゃないか?

 思わず、頭を抱えつつも、俺はエアコンのスイッチを切った。

 それから、るり子ちゃんのそばに置いてあったストールを彼女の可愛らしい背中にそっとかけた。

「んにゅ……、んっ……、あれ? ツグル、おにーさん?」

 っと、どうやら、かけたひょうしに起こしてしまったらしい。

 ぽーっとした目で俺を見つめていたるり子ちゃん、だったが、すぐにその瞳に知性の光が戻ってくる。

「ふふ、なんだか、寝起きにツグルお兄さんの顔が見られるなんて、夢みたいです」

 それはいつものからかうような口調とは違う、年相応の少女のような声だった。

「るり子、今、ちょうどツグルお兄さんの夢を見てたところだったんですよ?」

「俺の夢? んー、それはあんまりいい夢じゃないんじゃないかな?」

 るり子ちゃんは、くすり、と笑いながら、

「そうかもしれませんね。覚えてますか? ツグルお兄さん、るり子と最初に出会った日のこと」

「細部までは覚えてないけど、ぼんやりとなら、ね」

「るり子は鮮明に覚えてますよ? あのころのるり子は、まだまだ幼くて、それで、ちょっとだけ嫌な奴でした」

「そうかな。そんなことも……」

「るり子の役に立たない人間は全員、生ゴミだって思ってました」

「ちょっとどころか、すげー嫌な奴だよ!」

「息をするだけで温暖化が進むんだから、酸素浪費してないで、とっとと死ねと思ってすらいました」

「嫌な奴っていうか、これはもう、正義の味方に討伐されても文句が言えないレベルだよねっ!」

「あの頃は子どもでしたから。今ではずいぶん、大人な考え方ができるようになりました」

「まぁ、今でも十分子どもだけど……」

 年齢的には十一歳、小学五年だし。

「一部の政治家に対してしか、な・ま・ご・み❤ 死ねばいいのに❤ みたいな感情を抱かないようになりましたし」

「❤つければ誤魔化せるわけじゃないよ! 可愛いけどさ……、っていうか考え方もまだまだ子どもだよ! 簡単に死ねばいいのに、とか言っちゃだめ」

 るり子ちゃんはくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「あっは、三つ子の魂百まで、ですね。でも、やっぱり、変わりませんね。ツグルお兄さん、あの頃のお節介焼きさんのままです」

 どこか遠くを見るような目をしてから、るり子ちゃんは続けた。

「まかり間違えば、割と最低の人間になっていたかもしれないるり子を、ここまで守ってくれたのは、ツグルお兄さんなんですよ」

 机に半ば体を預けたまま、るり子ちゃんは上目づかいに俺を見つめた。

「覚えていますか? あの日のことを、るり子はずっと覚えていますよ? お兄さんと出会うことができた、あの日のことを……」


「ねぇ、外で一緒に遊ばない?」

 そう声をかけたのは、だから気まぐれ以外のなにものでもなくって。

 だから、俺としては忘れてても当たり前の記憶なんだけど……。るり子ちゃんと同じように、俺もかなりしっかりと覚えていた。さすがに運命の出会いだ、なんて言うつもりはないけど。

「それ、るり子に言ってるの?」

 声をかけた女の子は、なんだかちょっと戸惑ったような顔をした。

「るり子? それが君の名前なの?」

「うん、そう。九瑠璃るり子って言うの」

「そっか。俺はツグル、殿ヶ池告だ。それで、どうかな? 一緒に遊ばない? ちょうど俺の妹も同い年ぐらいだからどうかな、と思ったんだけど……」

 半分は言いわけみたいなものだった。

 俺はただ、彼女を誘ってみたかったのだ。

「遊ぶ? るり子と? どうして?」

 どうして……、と尋ねられて、咄嗟に答えに迷う。出た答えは単純明快。

「君と遊びたいから、じゃダメ?」

「わかんない。るり子、誰かから遊ぼうなんて言われたことなかったから」

 るり子ちゃんは頬に手を当てて、うーん、とうなっていたけど、

「でも、いいよ。とくべつに遊んであげる」

 おしゃまな口調でそう言った。

「お母さんに聞いてこなくっても平気?」

「……いないから」

 ほんの少しだけ寂しそうな顔をするるり子ちゃん。

「ふーん……。ま、いいや。それじゃあ、行こう」

 なんとなく、自分の質問が彼女の顔を曇らせたことがわかったから、俺はあえて元気よく言った。

 そうして、るり子ちゃんの手を握ると、俺は走りだした。


「正直言って、あの時は、うわー面倒くさ! とか思ってたんですよ」

「……あれ? なんか、ちょっといい話っていうか、誘ってもらってすごく嬉しかったとか、そう言う話かと思ったんだけど……」

「はい、それはもう、ものすごく面倒くさかったっていうか、むしろ読書の邪魔すんじゃねー、とか思ってたんですけど。ほら、よくあるじゃないですか? 本のいいところ読んでる時に話しかけられるとすごくイラっとするって話」

「あるけどさ。っていうか、イラっとするけどさ」

 あと十ページで読み終わるとかいう時に話しかけられるのは特に最悪だ。

「でも、あの日の夜、帰ってきてみるとね、なんだか……、すごく楽しかったんです」

 るり子ちゃんはその時を思い出したのか、遠くを見つめた。

「代り映えのしない退屈な日々、それはまるで、お城の城壁みたいなもの。中にいれば毎日を平凡に、でも、安全に過ごすことができていたんです。でも、そこにツグルお兄さんが強引に押し入ってきて、るり子を連れ出してくれたんです」

 はにかむように微笑んで、るり子ちゃんは言った。

「だから、るり子、実はツグルお兄さんのこと大好きなんですよ?」

「なんでそこで、棒読みになるかなぁっ! せめて、今のとこは感情こめて言ってほしかったっ!」

「おや? ツグルお兄さんは若干十一歳の少女に大好きと言われたらまいあがってしまうような、危険趣向の持ち主でしたか?」

 俺をからかうように微笑むるり子ちゃん。

「これは、警視総監にでもチクって社会的に抹殺した方が世のため人のため、ですね」

 そんなことを言いつつ、実際にやったことは一度もない。

 だから、あれはるり子ちゃんなりの照れかくしなんだって、俺にはわかる。

だから、それ自体は気にしない。

 でも……、問題は、なんでこのタイミングでこんな話をしたのか、ってことだ。

 ――まったく、お節介のしがいがあるお姫さまだよ。

「ねぇ、るり子ちゃん……」

 俺はため息まじりに、話しだす。

「実は相談したいことがあったんだよ」

「相談、何でしょう?」

 きょとりん、と首を傾げる彼女に、俺は思いきって提案する。

「あのさ、るり子ちゃんも生徒会に……」

「るり子、言いましたよね? るり子は裏で暗躍するのがとっても好きだって」

 有無を言わさぬ調子で、るり子ちゃんは言った。

「まぁ、聞いたけどさ」

「それはもう、体が火照っちゃうぐらいの愉しみだって」

「そこまでは聞いてないかなっ!」

 頬を上気させ、身をよじらせているるり子ちゃん。

「まぁ、お愉しみのところ申し訳ないけどもっ! ちょっと聞いてもらってもいいかな?」

「あっは、べつに、いいですよ? 一時間、一万円でどうでしょう?」

「お金取るのっ!?」

「相談料です。ほら、弁護士とかよくやるじゃないですか? それとも、なんですか? ツグルお兄さんは、るり子に相談することが、弁護士に相談することより価値が低いとでも言い張りたいんですか?」

 三段論法にすらなっていない強引な理屈である。

「まぁ、ともかく、生徒会に入ってもらいたいんだ」

「だから、それは……」

「書記として!」

「…………書記、ですか?」

 思案するように、るり子ちゃんはつぶやく。

「ほら、生徒会内でも役職があるでしょ? あんまり序列は付けたくないから、副会長とかそういうのは作らないつもりだけど、さすがに書記はね。それに、話す時はともかく、文字だとさすがに読めないからさ、他の種族の人にやってもらうわけにはいかなくって」

「今まではどうしてたんですか?」

「魔族は一応、お付きのアンネリースさんが記録つけてるね。ドワーフとエルフは、書いとかなくっても覚えてられるって言ってたけど、さすがに俺はね……」

「ああ…………まぁ」

「なっ、なんだ! その残念そうな目は!?」

「いえ、実はですね、るり子の手元にはツグルお兄さんの成績表なるものがございまして……」

「って! なんでそんなものがっ!」

「学長ですから、中学校から送られてくる各種資料とかバッチリです。それを少しだけ思い出してしまいまして」

「いやいやいや、そもそも俺、そんなに成績悪くはないし」

 中学の内申点の平均は3.8だ。決して悪いわけじゃないっ!

「そうですね、そんなに悪くないですね。はい、大丈夫です、るり子、こんな紙切れで人間の価値を図るような真似はしませんから、安心してください」

 なだめ口調でるり子ちゃん。

「ただ、ツグルお兄さんが会議の内容をすべて記憶しておけないということだけは、この書面から読み取れるなと思っただけですから」

「まぁ、そりゃあ、そうなんだけどさ……」

 なんとなく、釈然としないものがあるんだよなぁ!

「とまぁ、そういうわけだからさ、できればるり子ちゃんに書記をやってもらえたら嬉しいなって」

「それはつまり、るり子と、“会議室で絡む社長と秘書”的プレイをやってみたい、とそう言う話ですか?」

「いやいや、子どもがプレイ、とか言ったらダメだよっ!」

「それはつまり、るり子と“診療室で戯れるナースとお医者さん”ごっこをしたいという意味ですか?」

「“ごっこ”自体は子ども言葉なのに、お医者さんを頭につけると、なんか、卑猥な感じになる不思議っ!」

 ……とまぁ、そんなお馬鹿な話は置いておくとして、だ。

「それで、どうかな?」

「んー、こう見えてるり子もあまり暇ではないのですが……」

「頼むよ。この通り」

「んー、つまりるり子にも、生徒会という名のツグルお兄さんのハーレムの一員になれと言うわけなんですね。あっは、この女の敵❤」

「誰がだよっ! っていうか、ハーレムとか、言いがかりも甚だしいっ!」

 人聞きが悪いことこの上ない。

「そうですか? なんか噂によると、もうすでに何人か籠絡してるって聞いてますけど?」

「籠絡してないからっ! っていうか、どこの筋の情報だよ、それ!」

「えーっと、大気精霊シルフより、って書いてありますけど」

「あんのエア精霊がっ!」

 野郎! 今度、カステヘルミにお願いして、消し飛ばしてもらおう。

「それはまぁ、冗談として、そうですね。確かに書記ぐらいだったら、裏舞台から暗躍できるかもしれませんね。それに、考えてみれば書記になれば議事録の改竄なども思いのままですし」

 なんて物騒なことをつぶやいているるり子ちゃん。まぁ、これも半分は照れかくしなんだろうけど。なにせ、彼女ならばその気になれば、議事録の改竄なんかせずとも、世界を動かせるわけだから。

「わかりました。それでは、とくべつに、ツグルお兄さんのお願いを聞き入れるという形で、るり子、書記になってあげます」

「そうか。そう言ってもらえると助かるよ」

 言葉とは裏腹に、なんだかすごく楽しそうな顔をしているるり子ちゃん。ちょっと目を離すとスキップでも始めそうな勢いだ。

 たぶん、るり子ちゃんが表舞台に出るのが得意じゃないっていうのは、本当のことだろう。

 けれど、それならば一人でずっといたいかというと、それもまた違うのだろう。

 はじめて出会った時から、早六年。るり子ちゃんは変わった。

 どこをどう間違えたのかはよくわからないけど、もともとよかった頭脳は謀略方面の能力をめきめき伸ばし、元から日本国内を裏から牛耳っていた九瑠璃家の権力を、国連を裏から動かせるほどにまで押し上げた。

 けれど、もしかしたら、それは彼女の望むことではなかったのかもしれない。

 だから、彼女は自分が通いたくなるような学校を作りだした。

 そして、俺を呼びつけて、この学校に入れた。

あるいは彼女は、俺に引きずりだしてもらいたかったのかもしれない。

 裏舞台で暗躍するのが得意という、自分自身で作り上げてしまった檻の中から。

 と、まぁ、ここまでは正直、俺の勝手極まる想像であり、むしろ創造というか、創作と言ってしまってもいいようなお節介な話、なのかもしれない。

 けどまぁ、それでもいいんだ。

 るり子ちゃんが楽しそうに笑ってるんだから、俺としてはお節介しがいがあるというものである。

「あっ、そうだ。るり子の方でもツグルお兄さんにお話があったんでした」

「うんっ? ああ、そう言えば呼び出されたんだっけ。なんだい?」

「はい、それなんですが……」

 るり子ちゃんはちょこん、と頬を人差し指でつつきながら、首をかしげた。

「あっは、そうだ。それじゃあ、ツグルお兄さん、ちょっと後ろ向いていてもらえますか?」

「うん? そりゃ別に構わないけど……」

「ちなみに、振り向いたりしたらぶち殺しますけど、それも問題ないですか?」

「いや、それはちょっと問題あるかなっ! なんだったら、外に出てようか?」

「あっ、そうですね。それじゃあ、少しの間待っててください」

 なにやら、わけもわからずに、部屋から追い出されてしまう。まぁ、るり子ちゃんの気まぐれはいつも通りのことだけどさ。

「あら? ツグルさま、こんなところにいたんですの?」

「うん?」

 振り向くと、そこには生徒会の面々が揃っていた。

 その格好を見て、俺は少しだけ驚く。

「みんな……、どうしたの? その制服……」

 いつもばらばらの服を着ていたみんなが、全員同じ服を着ていた。

 それは、白を基調としたブレザータイプの制服だった。

「あの……、ツグルさん、これ、その、どうでしょうか?」

 おずおずと、俺を上目遣いで見上げてきたのは、ニノンだった。

 折り目正しいプリーツスカートをギュッと掴み、恥ずかしげに体をよじっている。

「うん、よく似合ってると思うけど……、なんで、そんなにスカートギュッと掴んでるの? あ、もしかして、寒いとか?」

 ドワーフ族の暮らす大火山は、比較的気温の高い世界だ。

 彼女たちにとって、この地はいささか寒いらしい。現に、夏前だというのに、ニノンは膝上までを覆う黒いニーソックスを着用している。

「いえ、その……、スカートをはくのは、その、久しぶりでしたので、落ちつかなくて」

「ああ、なるほどね」

 ドワーフ族には、魔族や人間ほどではないにしろ、ファッションという概念が存在する。

 自然、服の形にもある程度の多様性があり、女性は人間と同程度にはスカートを好んではいているらしい。

「そっか。この前、家でも、半ズボンみたいなのはいてたもんね」

 そもそも、男の俺としてはあのスカートなる代物をはいた感覚がよくわからないけど、きっと慣れてないと落ちつかないんだろうな、ということはなんとなく想像はできる。

「ツグルさん、ニノンさんばかりではなく、わたくしも見てください!」

「えっ? あ、ああ……」

 ぐいぐい、と俺の腕を引くのはアスセナだった。そのたびに黄金色の髪が揺れて、キラキラ輝きを放っている。

「どうですの? わたくしの制服、似合ってますの?」

 ニノンとアスセナとの制服に違いはない。強いて言うならば、靴下が黒いニーソックスか、白いハイソックスかという違いぐらいだろうか。

「いや、まぁ、アスセナは可愛いから、基本的になに着てても可愛いし……」

「なんですのっ! その適当な感想はっ!」

 アスセナは心外そうな顔で俺を見上げてくる。

「あっ、その髪のリボンは可愛いね」

 むしろ、彼女の場合、そちらの方が目を引く気がする。

「えっ、あっ……、そうですの? 先日、見かけて試しにつけてみたんですけど……」

「うん、アスセナは髪がきれいだからなにもつけなくっても可愛いけど、そのリボンはよく似合ってると思うな」

「きっきき、きれいな髪っ!」

 野に咲く花のように美しい頬に、ほのかに桜色が花開く。

「あ、あの、ツグルさん、その、もう一度……」

 ほんの少し、可愛い瞳をうるうるさせて、アスセナが俺を見上げて来た。

「うん? アスセナのきれいな髪に、そのリボンが、よく似合ってるねって……っと!」

 きゅう、などと言いつつ、倒れてしまうアスセナを慌てて抱きとめる。

 相変わらず髪を褒められると、感極まってしまうアスセナである。というか、いささか将来が不安になるな。

「そんなに心配ならば、貴公がアスセナ殿を嫁にもらいうければよいのではないかな?」

 ぶぉうと風を巻き起こし、現われる大気精霊、シルフ。

 紳士然とした顔に穏やかな笑みを浮かべて、俺たちを見下ろす。

「あのなぁ、シルフ。だから、それは……、っと、そう言えば……」

 ふいに先ほどのるり子ちゃんとのことを思い出し、俺はカステヘルミを振り返る。

「カステヘルミ、こいつ、吹き飛ばしちゃって?」

「ふむ? それは構わんが……、サウザンドダークウェーブ!」

 カステヘルミはぱちん、と指を鳴らした。次の瞬間、

「ぬはぁああああああああっ!」

 荒れ狂う暗黒の嵐に飲み込まれるようにして、告げ口精霊シルフが霧消した。

「まぁ、しかし、英雄色を好むというが、さすがじゃな。そちのその行いは音に聞く勇者そのものじゃ」

「カステヘルミまで、そんなことを……。そもそも勇者がそんなのじゃないんだけどな……」

 カステヘルミもまた、同じ制服を着ていた。ただし、彼女の場合、背中に翼があるため、きちんとそれが出せるようにとの工夫がされているらしい。

「なにはともあれ、カステヘルミもよく似合ってるよ」

「うむ、そう言われて悪い気はせぬな。余としては、制服にはもっと魔族に相応しい禍々しいものを所望したいところなのじゃが……」

 カステヘルミの言う魔族に相応しい服が一体どんなものなのか、いささか興味があるところではあるんだけど。

「ああ、そういえば、アンネリースさんも普通に制服なんですね」

 いつもカステヘルミデザインのいささか目に毒な服を着ていたけど、今後あれが見れなくなるということは、ほんの少しだけ寂しい気がしないでもない。

「どうです? 殿ヶ池殿、似合ってますか?」

 よほど、普通の可愛い服が着れたのが嬉しいのだろう。常になくにこにこ顔のアンネリースさんは、弾んだ声で聞いてきた。

同じ魔族とはいえ、カステヘルミとは違い、彼女には大きな翼もないし、こうしているとごくごく普通の女子高生のように見えてしまう。

 いや、もっとも、その容姿に関して言えば、日本中探してもいるかいないか、というぐらいハイレベルなものなんだけど。

「はい、すごくよく似合ってますよ」

 と、そんなことを話しているところに、

「じゃーん、どうですか? ツグルお兄さん、この学校の制服なんで……すけど?」

 学長室からるり子ちゃんが出てきた。俺の周りの面々を見て、目を丸くする。

 どうやら、俺を追いだした理由は、服を着替えたかったかららしい。

 髪をカチューシャでまとめたるり子ちゃんは、真新しい制服を身にまとっていた。

 きっと、本来ならば、もっと驚いてしかるべきことなのだろうとは思う。なにしろ、お願いしていた全種族共通の制服がこんなに早く完成したのだ。しかも、できは上々。

 だから、もっと驚いて、喜んで見せなければいけない場面……なんだとは思うんだけど。

 いかんせん、すでに生徒会の面々から見せてもらっているので、俺の反応はいささか薄かった。

 そして、それがるり子ちゃんにはこの上なく気に障ったらしい。

「確かに……、るり子は学長として、制服着る気なかったし、生徒会のメンバーに先に制服を渡してサプライズをするつもりではありました……。しかし、このタイミング? るり子がせっかく新制服を着て、ツグルお兄さんをびっくりさせてやろうと思ったとたんに、この仕打ち、納得いきません。こんな理不尽な話があっていいんですか!」

 珍しく、機嫌を損ねているるり子ちゃん。

 そりゃあまぁ、せっかく新制服を見せようと着替えて出てきて、この状況では、しょんぼりである。文句も言いたくはなるだろう。

 彼女にしてみれば、これを理不尽と言わずして、なにを理不尽と言うか、という話なのだろう。が……、実のところ、俺としてはさほど理不尽だとも思わないのだ。なぜなら、

「んー、でもまぁ、ほら、よく言うじゃないか」

 目をぱちくりさせるるり子ちゃんに、俺は万感の思いをこめて言う。

「世界というものは理不尽で満ちてる、ってさ」


ということで、エピローグです。連日投稿だとあっという間に終わってしまいますね。

とりあえず、ここでいったん幕とさせていただき、気が向いたら続き書くという感じでしょうか。

では、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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