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第28話 僕はひ弱で情けなくて

━━━その時の僕は本当に情けなかったんだ。いま、それを思い出しても自らの愚かさで眉をしかめるよ。僅かな期待にすがるただのガキであった自分自身にさ。


「冗談はよしてくれよ。離してくれ! リリー! リリー!?」


 後ろから羽交い絞めにされながらも、僕は必死にそう叫んだ。


「うるさい奴だ。もっと締め付けろ!!」


 彼女が僕の首を絞める手にさらに力を入れたようだ。彼女の柔らかな腕の感触からは考えられないような力で僕の首を締め上げてきた。くそ、呼吸がし難くなってきた。


「そうだ。そうだ! もっと締め付けろ! そう、もっとだ!!」


 僕の悲鳴のような叫び声は彼女に届かなかったのに。リリー、君はこんなクソみたいな父の命令は聞くのか!?


 悔しい。悲しい。なんで、こんなことにナッテシマッタンダ!?  彼女が自発的にこんなことをするなんて思えない。いや、思いたくない。小さいころからずっと僕の世話をしてくれた彼女が…


「フロイデンベルク公爵。き、貴様、彼女に何をした」


 苦しい呼吸の中で、捻り出すようにそう発した後に怒り任せに父を睨み付ける。


「何をそんなに怒っておるのだ。それに声が小さくて何を言っているか聞こえなかったぞ? 公爵家の嫡男ならもっと大きな声で言ってみたらどうだ?」


 もちろん、陰謀、謀略に長けた貴族社会のトップに君臨する公爵である父には芋虫のような状態の僕のガン飛ばしなど心地よいそよ風みたいなものなのだろう。その証拠に父の顔にはイヤラシイまでに嘲りの微笑が見て取れたよ。くそ、この状況はどうやったら、打破できるんだ!?


「か、彼女に何をした!!」


 く、苦しい。息ができなくなってきた。だけど、何とか言葉を紡ぐことができた。父はそんな僕を見て、こちらの眼前まで歩み寄ってきた。そして、羽交い絞めにされている僕の顔を覗き込んで、


「ッチ、まだ、諦めてないのか。早く、絶望すればよいモノを。まったく、なにがそんな傀儡などがおまえに力を与えるのだろうか…」


 と不快そうな顔でそんなことを呟いた。


 傀儡!? 嘘だ! 彼女が人間から意識を奪った奴隷である傀儡なはずがない。か、彼女は僕にさきほどまで微笑んでいたんだぞ。感情がない傀儡なはずがない!!


「おっ、さらに険しい目になってきおったわ。いや、実に愚かだ。わしを睨んでどうにかなると思っているのか? 傀儡は傀儡だ。ほら、見ろ。おお、実につぶらな瞳に艶めかしい唇だのう。うーん、これはおまえがお熱になるのもわかるのう」


 そう言うと父は彼女の微動だにしたない顔を自らに近づる。そして、父のクチビルを彼女に這わした。


「彼女から離れろ。このゲス野郎!!」


 僕の口からその言葉がでると共に体を締め付けていた腕を力ずくで振り払い、父の顔を全力で殴った。思わぬ僕の反撃を受けた父は無様に吹き飛んだ。


「貴様!? 実の父親に対して、なんてことをしてくれたのだ! 出来の悪いゴミの分際で!!」


 吹っ飛ばされた父は憤怒で顔を真っ赤にし、こちらに駆け寄ると実の息子である僕を罵った後に殴りつけてきた。


 もう、ダメだ。指すらも動かせない。先ほどの力が限界だったのだ…


 まったく動けない僕は避けることすらできずに顔に思いっきり、父の拳が入った。


「おっ、ついに大人しくなったか。ふふふ、そろそろ死にそうだのう」


 ああ、どうやら意識はまだあるのか。くそ、気がついたら地べただ。起き上がれそうもないな。そんなことをしばらく考えていたら、血の味が舌から伝わってきた。きっと、口内が切れたのだろう。鉄のようなイヤな味が広がってきた。


「おい、まだ生きているな? ふん、どうやら意識はあるようだな。ふふふ、もっと、わしを楽しませよ」


 そう言って大地に倒れる僕の頭を持ち上げ、顔を覗き込んできた。楽しませろだと? ああ、こんな奴にいつまでも遊ばれるくらいなら、

 

「くそが放せ!!」


 と暴言を奴に吐いた後に唾を飛ばしてやった。もう、これが僕にできる最大の嫌がさせだ。さぁ、ひとおもいにやるがいいさ。


「くっ、唾を吐くとは!? このわしに!!」


 僕が嫌がらせで吐いた唾が顔にかかり、どうやら怒りが心頭のようだ。フン、いい気味だ。ああ、でも、彼女のことだけが心残りだな。結局、彼女は…


「まったく、ふざけた奴だ。高貴なるわしに唾をかけるとわ! ただで、殺してはわしの腹の虫が収まらんぞ。うーん、何かコイツをいたぶる方法でもないかのう。おっ、よく考えたらあるではないか」


 そう言うと奴はこちらを一瞥いちべつした後にアランの亡骸の頭を掴むと片手で、まるで汚れたゴミのようこちらに放り投げた。


「この宝石を見ろ。これが一介の魔術師であったフロイデンベルク一族が公爵家にのし上がれた本当の理由だ。まぁ、おまえにはその理由は教えぬがな。今はタダのう。このわしにその生意気な顔を絶望で染めあげた所をよく見せて、そして喜ばしてくれよ」


 父が懐から出したその石。僕は最初はそれをタダ美しいだけの石だと思っていた。でも、父がアランにその宝石を触らせた途端に彼は吸い込まれるように消えた。まるで、そこには始めからアランなど存在していなかったかのように。ありえない。人間が消えた!? 石に吸い込まれるようにだと? ど、どういうことだ?


「フォフォフォ、どうだ! 絶望したか? うん? 疑問に満ちた表情だのう。ふむ、思ったよりも絶望しておんのか。実の弟の亡骸が消滅したのにか。フーム、これはどうしたものだろう」


 そう言って、しばらく黙考した後、突如として無邪気に笑い出した。いったい奴は何かを思いついたのだろうか。クソ、嫌な予感しかしない。


「ああ、考えて見れば、おまえを絶望の表情で染めるのは簡単だったな。この石はそこそこ貴重なのだがな。まぁ、このわしに唾を吐いたクソ虫をどうしかしないと腹の虫がおさまらんわな。そうだ。そうだとも!!」


 何を言っているんだ。いや、まさか。ああ、どうか勘違いであってくれ。僕の愚かな予想など外れてくれ。このクソ野郎に慈悲の心があるなら自分の味方である彼女に対してなにもしないでくれ…


「さぁ、傀儡よ。こちらにこい。そうだ」


 今まで待機していたように棒立ちしていたリリーを自らの側に呼んで、


「よし、よし、よくきたな。さぁて、そこの知能が足りない屑でも、もうわかっただろう?」


 と彼女を僕に見せつけるように抱きしめた後、こちらを口汚く罵った。そして、その後に奴は悪魔のようなイヤラシイ顔で、


「次はおまえの大好きなこの傀儡を消してやるわ」


 と言って微笑んだのであった。

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