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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第4章 最後の戦い――女神の復讐
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第74話 対峙する両軍――再会する純粋

 パンチドランカーのようになった地球軍に対して、ヒドラは鋼鉄の爪をふるい続けた。士気のうえからも、戦力のうえからも、地球軍は防御一辺倒にならざるをえなかった。

 なんとか艦隊を再編成して聖戦団が浴びせてくる数の暴力に耐えてはいたが、それすらもムーシコフの目には時間の問題に見えていた。だが、救いの神は意外なところにいたのだった。

「ヘルメス。お前は戦団ごと急いで土星のマックスウェル泊地にゆけ。そこで、高次元砲を可能なかぎり装備して戻ってこい」

 ヒドラの指令が、地球軍を物量の恐怖から救ったのだ。しかし、それは地球軍の破滅を一時的に先延ばしにしただけだった。

 ムーシコフの指示で、地球軍は救護と戦闘のあいまに艦隊を四つにまとめていった。重被爆艦隊。軽被爆艦隊。この二つの艦隊は、<アフリカ>で応急処置をうけたあと、地球へと帰還していった。

 ウルカヌスとミマースの第二、第三艦隊は合流して、第二艦隊となった。ミマース司令のもとには副司令として旧知の友、ウルカヌスが参じることになった。

 核攻撃の目標となって大損害を受けたモイラの第八艦隊は、トレチャコフの第六艦隊に編入されて第六艦隊となった。

 損害が軽微だった、セキの第五艦隊とマックールの第七艦隊は現状維持とされたが、第七艦隊が<アフリカ>の防衛艦隊としてに拘置されることはなく、外戦艦隊として出動することになった。

 総兵力、四個艦隊。艦艇数、約五〇〇隻。兵員一二〇万人だった。地球軍はここまでの戦いで、一〇〇万人の死傷者を生みだしていたのだ……。

 一方のツァオベラー勢力の傷も浅くはなかった。開戦時各団とも二〇〇隻あった戦力は減少の一途をたどり、各戦団の戦力は一三〇隻程度まで撃ち減らされていたのだ。

 総兵力、四個戦団。艦艇数、おおよそ五〇〇隻。兵員三九万人。死傷は二五万人あまりであった。

 聖戦団総旗艦、<ケイローン>の艦橋には各戦団の司教が参集していた。

「ヘルメスが戻るまで、おおよそ一週間だ。そのあいだ、ゲリラ戦で奴らに圧力をかけ続ける。よって被害を最小限にとどめることを最優先とする。いいな!」

「御意のままに!」

 覇気が沸騰していたところの指令であった。どの司教も士気が下がることを苦慮したが、現実には問題にすらならなかった。グラッジ・コントロールによって怨念が増強されたツァオベラーたちは、ゲリラ戦という狩りを楽しみだしたのだ。まるで、弱った獲物をなぶり殺しにするかのように……。


「なぜよ! なぜ今一歩のところでアイツらは講和を避けるの。結局は頭首を掴まえるしかないってわけ?……。無理よ。あいては海王星にいるのよ。いくらなんでも……。そもそも相手の名前すら掴めていないっていうのに……」

 バベルの執務室でユピテールは苦渋の声をあげていた。

 ――洗脳のせいね、きっと。かれらは粛清を恐れているのよ。これでは打つ手がないわ。ラインが繋がったところで、話になる相手は皆無。酷い話ね。PETUなんて全く当てにならないし、どうすればいいの……。

 ツァオベラーにしても、PETUにしても、極度に中央集権化した組織だった。ユピテールが下から這い上がって頂点を目指すことはほぼ不可能だったのだ。

 ユピテールの苦悶した表情は、日課となったトロイヤとの面会のときにあっても押し隠すことができなくなっていった。

「ユーピ、怖い顔……。大きな声ださない。……トーヤ、怖い……」

 絵本を読み聞かせていても、突然湧いた怒りに支配され、ユピテールは声に毒気を孕ませてしまったのだ。


 星々の輝きは過去と現在をへだてることなくそこにあった。海王星のドゥオーモにあっても星々は時の流れに無頓着に醇乎じゅんこたる光を投げかけていた。

「待ちにまった日がきたわ!」

 <フィーリア>号の両親から知己を得ていたマレイカが父母の体内ともいえる通路を走っていた。

「なんでしょうかね、あの子はあんなに急いで」

「さあねー。でも何か嬉しそうな足取りではあるね」

 マレイカの足から床へと伝わる振動をキャッチしていた人格型コンピューターのメールにもフィメールにも、彼女の喜びは伝わっていた。

 ――あたし、ずっと待っていたの。あの方と会える日を。そのために生きてきた。

 マレイカにとって七年の歳月は永遠に訪れない時を待つ日々だった。全身に喜びのオーラを纏ったマレイカはもう少女ではなかった。十七歳の美しい娘になっていたのだ。

「あそこ、あの角を曲がったところだわ」

 マレイカは風のように、いくつもの別れ道を駆け抜けていくと、目的の部屋の前で足を止めた。

「エロス様……」

 文字や言葉では表現しようのない喜びがマレイカの淡褐色ヘーゼルの瞳にはあった。

 ドアのロックが外れる音がした。それはマレイカの爆発しそうな心臓の音のようだった。扉がスライドして視界が開けると、冷気が肌を刺したが、マレイカは寒さも痛みも感じていなかった。

「エロス様……」

 催眠カプセルにあるシールドはすでに透明化していた。中の人物を覚醒させる段階にあることは明白だった。

 息切れがおさまらないせいなのか緊張のせいなのかもわからず、マレイカは息苦しさを感じたままカプセルに近寄っていった。近づけば近づくほど愛慕の念で胸を絞めつけられて苦しさは募るばかりだった。

 メールとフィメールはマレイカの大きく長い吐息を聞いた気がした。事実、彼女はあまりの苦痛に耐えかねて大きな歎息を吐いていたのだ。

 ――エロス様。あたくし、両親に教えてもらいました。エロス様がどんな方なのか。どんな苦労をされた方なのか。マレイカはエロス様がされた苦労からすれば何も知らない愚鈍な者なのです。それでも純粋でいられたエロス様に、マレイカは色々教えて頂きたいのです。はやく、はやく目を覚ましてください。

「……寒い、さむいよ……」

「エロス様!」

 マレイカは長く伸びた黒い髪をおおっていた淡い水色のスカーフを外して、エロスの胸元にそっとかけた。

「こんなことしか出来ません……どうぞ、お許しを……」

「……誰だい? そこにいるのは? ……ここは、どこだい? ……あたしは?」

 瞼をあげたエロスには、冷凍睡眠コールド・スリープによる意識障害があったが、しだいにそれは消え失せていった。

「……お前か、マレイカか……今、いま、何年だい? 何月だい?」

「エロス様、いまは……」

 マレイカが日付を告げると、エロスは安堵した表情を見せた。

 ――二年前か。ならなんとかなりそうだね。けど、急がないとアメミットのためにメールたちが運び去られるってわけだね……。

 エロスは腕のブレスレットで時間の進み具合を確かめようとしたが、まだ体に力が戻っていないことを感じとった。

「マレイカ、すまない。あたしの腕を少し持ち上げてくれるかい」

「はい……」

 時計にある「:」は通常の二倍ほどの速度で点滅していた。

 ――なんとかなりそうだね、この程度なら……。

「なにか仰いましたか?」

「いや、なんでもない。もうしばらく覚醒には時間がかかるだろう。ここは寒い。お前は部屋を出ていろ。風邪を引く」

「でも……あたくしはここにいたいのです」

「わがままをいって、あたしを困らせるな、マレイカ。あたしは死にはしない。一時間の辛抱さ。さあ、いうことをお聞き」

「はい……エロス様……」

 遣えるべき主の力強い声を聞いたとたん、マレイカは急に肌寒さを感じはじめて、くしゃみをひとつして、あたりの空気をかき混ぜた。

「いったこっちゃない……それにしてもお前、大人びたな」

 エロスの顔に優しげな微笑が浮んだ。

「はい。……では、一時間したら、またまいります」

 マレイカは深々と礼を返すと、名残り惜しそうにして部屋を出ていったのだった。

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