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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第4章 最後の戦い――女神の復讐
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第73話 悪魔に魂を売る瞬間

 <アフリカ>がその巨体を挺したことで、地球軍は全軍崩壊の危機から救われた。だが地球軍が全身に受けた傷は生半可ではなかった。擦り傷、切り傷、刺し傷が到る所に見受けられたのだ。

 こうした傷は深かったのだが、修理や改装や再生産で傷を癒せるといえた。しかし、核による放射線障害はそうはいかなかったのだ。

 全身から反重力シールドをはなった<アフリカ>はなんの問題もなかった。だが、大小様々の艦艇はそうはいかなかったのだ。

 見えない悪魔の粒子がひき起こした地獄は戦場を離脱した数分後からはじまった。大量の粒子に貫かれた者たちはバタバタと倒れ、体を内側から破壊されて死んでいったのだ。

 急性白内障で視力を失い、締めあげられた獣のような叫びをあげて死んでいったもの。頭髪がぼとぼとと抜け落ち、全身に赤紫色の斑点を浮かび上がらせて死んでいったもの。

「おい、そこのシステムは作動してるのか!?」

 と、話しかけた視線の先にいた男が、さっきまで普通だったというのに、いきなり精神に異常をきたした表情を浮かべて上官に喰ってかかるといったことが、船内のあちこちでおこった。

 突如気絶するもの、嘔吐するもの、喀血するもの、免疫機能を破壊され、全身から血や膿を滲み出させるもの、凄惨な光景と悪臭と恨みつらみの声に船内を支配された艦艇が続出したのだ。地獄を胎内に抱えこんでしまった船は、短くても三ヵ月以上にわたって悪魔の粒子によって釜茹でにされたのである。

 もちろん、生き残った者たちが、その後、一生にわたって苦悶したり、次の世代に影響を残していったことは言うまでもない。それ以前に、次の世代さえ残せなかった者たちもいたのだが……。

 地球軍の士気は著しく低下した。ムーシコフをはじめとする艦隊司令や幹部たちは戦闘終了後、全艦隊の撤退を検討したほど、悪魔の触手は地球軍の肉体を深々と切り裂いていったのだ。

 重度の被爆をこうむった艦艇、軽度で済んだもの、被爆しなかった<アフリカ>。こうした落差が悲劇を拡大してもいた。悪魔に深々と傷つけられた者たちは助けを求めて、仲間たちに腕を伸ばした。だが、軽度の者たちがその手を掴むことは、自らも被爆の危険に晒されることであったからだ。

 悪魔に息をかけられた者たちは、それ以上悪魔に近づくこともできず、「すまん、許してくれ……」と、慰めの言葉をかけることしかできなかった。悪魔に抱擁をうけた者たちは、そうした慰めに怨嗟の言葉で礼をかえすしかなかったのだ。

 唯一の救いは、かつて<アフリカ>が医療ステーションだったことにあった。放射線障害に対する治療設備を持っていたことだった。しかしこれとても、被爆者たちを全て収容できるような規模ではなかったのだ。ではあっても、地球軍が全面撤退するという事態を招かなかったのは、じつに<アフリカ>の存在ひとつにあったのだ。


「酷いな、これは……」

「ええ……」

 ムーシコフからの報告を確認し終わったニクスとシノーペは、なんとか口を開いたが、沈黙からの支配を逃れることはできなかった。

 ヘプタゴンにある参謀総長室の空気は沈滞し、空調がとまってしまっているような息苦しさがあった。

「で、どうするつもり?……」

 重苦しさを破ろうと、先に口を開いたのはシノーペだった。

「きみはどう思う?」

 率先して自論を披瀝するタイプのニクスが、意見の先に質問をすることは異常なことだった。

「あたしは……賛成できないわ……」

 シノーペが答えるまでには、数秒の沈黙があった。

「正直にいえば、俺だって反対だ。これから俺たちが戦場に運び込もうとしている兵器が、これと同じ、いやこれ以上の地獄を生みだすのはわかりきっていることだからな」

「でも……」

「ああそうさ、でもなんだよ。でもこいつを使わなかったならば、俺たちは勝ち目のない戦いを続けるしかなくなるんだよ。確実に迫りくる餓死にむかうような戦争を続けざるを得なくなる。それもまた問題だ……」

 ニクスの顔に張り付いた悪魔が微笑みかけていた。緩んだ口元からは、「はやくしろ……さっさと黒い槍を手に取ってしまえ……」といっているようだった。

「ユピが開拓している外交ルートのほうはどうなの?」

 悪魔の誘惑に負けじと、シノーペは思わず最後の希望を口にしていた。

「……まだ連絡はない。彼女も必死なんだがね……」

 部屋を満たしている大気は重く、二人を窒息させかねいほどの圧力になっていた。

 どこか遠くから嬰児みどりごが泣く声が聞こえてきた。アインスの叫びだった。

「あたし、様子を見てくるわ」

「…………」

 踵が床を打つ冷たい足音が、砥いだ切先のようにニクスの心臓を突き刺していた。

 ――『目には目を、歯には歯を』か……。だが俺はそれを望んでなどいない。そもそも、ハンムラビ法典は抑止力のために言葉にされたものだ。それを誤読するつもりは毛頭ない。やられたらやりかえす。だがそれが戦争というものだ。無間の連鎖を止めるのは力しかないというのか?……他に何がある?

 ニクスの傍らにあるデスクに腰かけた悪魔が、小さな翼をはためかしていた。

 ――話しあい……それがあることは百も承知だ。だが、相手が拒否している今、ルートがない状況で何が出来るというんだ……他にどんな方法があるというんだ。力を行使しない限り、俺たちだけが一方的に被害者になるだけだ。そんな不条理を俺は許せるのか?

 「はやくしろ……」、といった不満顔で、デスクに寝そべった悪魔がニクスを直視していた。

 冷厳な足音が近づいてきた。

「アインス。お腹が減っていたみたい。もう大丈夫よ」

「シノーペ……」

「…………」

「ゴーサインだ……」

「…………」

 悪魔が満面の笑みを浮かべて、手にしていた三叉になった槍――トライデントの切先を――ニクスの心臓に突き立てる音がした。

 シノーペは何も語らずに胸中で呟いた。

 ――あなただけを地獄にはいかせないわ。あなたが地獄にいくというのなら、悪魔に魂を売り渡したのなら、あたしもそうするわ。けっしてあなたを一人にはしないわ。……でも、アインスは別よ。ごめんなさい、あなた。それだけは受け入れられないの……。

 ニクスとシノーペは時の感覚を失ったまましばらく互いを抱擁しあっていた。

 それからシノーペが、工場に「生産開始」という指示を下したのは、数分後のことだった。

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