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「ヒッッ!!」
いくら人口の多い都会は他人への関心が薄いとはいえ性別・人種不詳の形をした人物がド派手なピンクのキャリーケースを激しく引いて閑静な住宅街から一般道へ出てくれば悲鳴を上げる者は少なからずいる。
しかしその要因となっている人物はそんな周囲の様子など気にも止めず速度を落とすことなく人の隙間を縫うようにして歩を進める。
〝まったく沖野のヤツめ。人のキャリーケースにアレやコレや詰め込みおって〟
昼前
民族・考古学研究室に訪れた男はそのまま奥に進み札の掛かった部屋の前まで来るとノックをした後返事をまたずにドアを開ける。
「教授〜。頼まれた資料を...って何してるんです?」
「んあ?..ああ沖君か。わざわざ持って来てくれたんだ。ありがとね。そこのデスクにでも置いといて」
「教授」
「ヤメてよ〜教授なんて。今まで通り先生呼びでいいよ〜」
「いや。そういう訳にはいきませんって(何をしているのかは完全にスルーか)」
姿見の前で何やらポージングをとる教授に沖君と呼ばれた沖野翔太は持って来た資料を散らかり放題のデスクに僅かばかりのスペースをつくって置くと適当にそこにあった人形の置物を重石にした。
その際人形の頭が首からもげたが慌てず騒がずそっと添えなおす。
「で?新しい部屋をもらって数日でコレはいくらなんでもマズのでは?足の踏み場もないじゃないですか」
この部屋にもとからあった1番大きなガラス戸付きの棚も他の収納ラックにも教授がこれまで訪れた先で収集した世界各国の民芸品や骨董品が陳列され空きがない。
しかし足元にはまだまだ大量の本に動物の骨格標本が広がったままあると沖野は未だ槍を片手に姿見の前にいて頭に被ったウォーボンネットの羽を触る教授を胡乱気に見た。
顔には主張が強めの面をつけ
首には荒布を巻くと余りを垂らし
全体的に刺繍の施されたガウンを羽織って前身頃をロープで縛っている。
この様々な国の民族衣装の寄せ集めを身につけ鏡の前で満足気にしている森野春子という人物は少し前に准教授から教授になった。
そしてこんななりだが民族学の他にも考古学、動物行動学の分野でそこそこ有名な人物なのだ。
(見えないけど。)
「まぁ。気分よく仕事したいじゃない?だから自宅から持って来た。でもこの部屋収納棚が少ないのが問題だよね〜」
面を外し鏡越しに沖野にそう返した教授はデスクに面を置いて資料を手にする。
「あぁぁ!!呪いの人形の頭がッ!」
「な、呪いの人形!!?」
ポロリと落ちた頭を拾い上げた教授は自分以上に驚いた声を上げた沖野に視線を向ける。
「何。沖君..。君そんな怖がりだった?」
「い、いえ。ただそんな曰くつきだと思ってなかったというか...大体何でそんな物がここにあるんですか?」
「ん〜?確か随分前に古代遺跡調査に行った際少数民族の族長がコレを呪いの人形だって話してた..と思う」
「は?それを貰ったんですか?」
「いや。貰った記憶は無いんだけど日本についてキャリーケース開けたら奥の方に入ってたんだよねぇ」
でもさ呪いなんつってもその族長元気そうだったよ?
だからそんな気にしなくても大丈夫だって
教授は軽い口調で話しながら手にしている槍を忙しなく動かし散乱した物を掻き分けソファーに移動する。
...まったくこの人は。その族長が呪いの人形なんて物扱いに困っていただろう事は想像するまでもない。そしてこれ幸いと教授の持ち物に忍ばせたのだろうが、コレが仮に薬物だった場合知らないでは済まずその国で実刑にでもなっていたらと思うとゾっとする。
「教授__ 」
〝気をつけてくださいね〟と言葉にする前に視線を落とした沖野は今つま先に触れた物を見て固まる。
なんだこのキャリーケース...さっきまでは無かったはずだが?
いやそれよりもだ。
まだこんな人形を持っていたのか。
まさか全部が呪いの人形??
開かれた状態で放置されたキャリーケースには先程デスクに置かれた面とはまた違ったデザイン性のある面や材質の異なる陶器と布製の人形がパッと見5、6体は入っている。
それから他にも彩色豊かな民族アクセサリーに畳まれた布の何かとそして..鎌?のように見えなくもない棒切れ。
「...教授。コレらはどうするおつもりで?」
「ん〜?この部屋に合うだろうと思って持って来たんだけどスペースがね〜自宅に持って帰るしかないかなぁ」
そう教授が資料に目を向けたまま答えると、沖野は内心ガッツポーズをとる。
「ま、まぁそうですね。ではコレらの大切なコレクションを誤って破損させるといけないのでキャリーケースは閉じておきますね。」
沖野はつとめて冷静にそう言うと、教授の視線が自身に向いていないのをいいことに壁に飾られた武器やら壺、そして先程教授がデスクに置いた面にも手を伸ばし、そそくさとキャリーケースに詰め込んで蓋をしロックをかける___と同時に資料から視線を上げた教授と目が合った。
「いい事思いついたよ沖君!このソファーとテーブルを捨てて収納を増やそう!」
「教授。この部屋にはお客様を迎える事もありますからその案は却下で」
そう言うと沖野は教授の手から資料と槍を取り上げ、〝さ。もうお昼ですから教授はコレを一旦自宅に置いて来てはいかがですか?〟と空いた手にキャリーケースをしっかり掴ませる。
「...そう?じゃあそうしようかな」
壁に掛けられた時計に目をやったあと教授は前身頃のポケットから折り畳まれた一万円札を取り出す。
「沖君さコンビニ行ったり「行きます!今日のお昼はコンビニに行くと決めてたんです!今すぐにでも行きたいのでさぁ教授も立って!一緒に出ましょう」
ちょっと前から内心焦っていた沖野はつい被せ気味に意味不明な宣言をすると、教授が差し出したお金をむしり取るように奪い取る。そしてそのまま誘導という体を保ったままドアの外まで連れ出し鍵をかけた。
「沖君」
「...何でしょう教授」
背後から声を掛けられた沖野は、一拍置いて振り返ると思いの外近い距離にいた教授に驚き仰け反る。
しかしそんな沖野に教授は至極真面目な顔をつくると更に一歩近づき少し背伸びをして耳打ちをする。
「一番くじは自腹でね。」
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「は?」
それに沖野が思わず教授の方を向くと何故か納得顔をした教授がコクリと頷く。
どうやら先程の〝今日はコンビニに行く〟宣言によって
凄く思い違いされているのはわかったが沖野が何か言う前にスッと離れた教授は「じゃあお昼よろしく」と告げると多民族コーデのまま去って行った。




