❄❄ 1 ❄❄ 高原の都市のアンシャンテ
山道を下り街へ入り、どれくらい走っただろうか。
いつのまにか景色はすっかり宵闇。街灯やネオンサインの光が、舞い散る雪に乱反射しながらボクらの顔を照らす。
――魔女の残した『雪解けを探しなさい』の書置きに従って、生まれ育った村を飛び出したエルシーとボク。
手がかりは殆んどゼロだったし、先の事は今以って全くのノープランだしで、そりゃもう不安しかなかったこの旅だけど……なんだかんだ、前には進みつつあるような気がする。
最初の『湖畔の町』で出逢ったお喋りなオシドリから、僅かながらも『ヒント』を貰うことができたし、たまたま見つけた民宿の老主人からも目一杯背中を押してもらった。そして現在も、不思議な縁で知り合ったケイジとハナの兄妹に助けてもらっている。
彼らが、どれぐらいまでの心づもりで手を貸してくれているのかはよく分からない。普通なら俄かに信じ難いはずの『雪を呼ぶ魔法』も、エルシーが話したらすんなり受け入れてくれているように見える。
それこそ信じ難いけれど、現状ものすごく助かっているのは事実だ。一人と一匹でえっちらおっちら山道を歩いていたら、今頃はまだ山の中腹にも着かないぐらいだったに違いない。
それもこれも、エルシーのひたむきな頑張りこそが全ての合縁奇縁を引き寄せていると言っても過言じゃないだろう。
……などと。
心地よい睡眠を得られたおかげか、やっとしゃっきりしてきた頭でボクはそんなことを巡らせていた。
そして今。一行を乗せたケイジの車は、補給のために大通り沿いのガソリンスタンドで停まっている。
乾いた喉を潤すようにゴクゴクと燃料を飲み込んだ車の中で、響き渡る2つの驚嘆の声。
「えっ、本当に何もアテなかったの⁈」
「野宿って、マ? エルちん、ウケるー!」
ケイジは手にした電子機器を取り落としそうになりながら。ハナは助手席で手を叩いて爆笑し転げ落ちそうになりながら、カラコンとかいうのを着けているらしい青みがかった目で、外の文明の光を吸い込むエルシーのアメトリンな瞳を覗き込んでいる。
ちなみに残りのボクはというと、エルシーの野宿癖自体はいつも通りなので当然驚かず、珍しく照れている感じの目だなと思って彼女の膝からその光景を見上げていた。
「う、うん……だって、いつもそうしてたから、えへ」
「えーもうはにかみエルちんもマジ天使ーっ! っていうか野宿に慣れるってスゴない?」
「見た目に似合わず……といったら失礼かな? 結構野性的なんだね」
「兄貴ぃ。その『野性的』っていうのも失礼っつーかセクハラじゃね?」
「ハナおまっ、別にそそ、そんな変な意味じゃ」
「うわーあからさまに狼狽えちゃって。あやしぃースケベ親父ぃー」
「おい、さすがに『親父』はねぇだろ!」
もはや見慣れた口喧嘩を前に、ボクとエルシーは顔を見合わせて苦笑する。何の話題でもすぐに始められるのは、ある意味尊敬に値する仲だ。
まぁボクらだって、これぐらいのコミュニケーションは日常的にやってる……やってるはず、だけどねっ。
少しして「うりうりぃ!」と脇腹を指で刺突し続けるハナを押し戻しながら、ケイジはこちらに向き直った。
「と、ともかく。裾之原ですぐに手がかりが見つかるとも限らないし、こういうそこそこ都会の街での野宿はオススメ出来ないなぁ」
「そう、なんですか?」
「人が多い分変な輩が居ないとも限らないし、ちゃんと場所を選ばないと警察がうるさく言ってきたりもするしね。かといって、ホテルも今からじゃ厳しいだろうなぁ」
「げぇー、警察っちはめんどいね。でもホテルは何で? 別に旅行シーズンじゃないじゃん、なんとかならんの?」
「んんー、それがなぁ……」
そう言って渋い顔のケイジは、ガソリンスタンドの壁の一角を指差す。指の先には、迸る稲妻を背景に真剣な顔で向き合う男女の写真のポスター。
何やらスポーツの世界大会なるものが開催される、とのお知らせがデカデカと書かれていた。猫の視力でも見えるぐらいなんだから、それはもう極太の文字で。
「国内外から沢山の人が来るらしく、開催日の数日前からホテルが押さえられちゃってるんだよね。交通規制が実施されるぐらいの大会なんてココじゃ久々だし、住民が盛り上がるのは良いことなんだけどさ」
「へーっ、すごいですね」
「ねーじゃあどうすんの? 野宿ダメって言うだけじゃエルちん可愛そうじゃん」
「ま、そりゃそうだ」
茶髪をガシガシ掻いて思案するケイジの視線が外れる隙に、そうだそうだとボクもこっそり頷いておく。
まぁ正直、エルシーなら何とでもなりそうだとも思っているけど。ただ身の安全が脅かされる地域なんだと聞いたら、流石に心中穏やかでは居られない。
「あの、大丈夫です。きっと探せば一つくらい見つかるから――」
「だーめ。エルちん、そう言って結局野宿する気っしょ?」
「うっ」
「へっへー。あたし、エルちんのこと段々分かってきたよー!」
図星だずっぼしー、と歌って指を振るハナを見て、ボクは思わず感心してしまった。
エルシーはボクから見ても確かに分かりやすい方だと思うけど、それでもこの短い期間の交流だけで癖を感じ取るなんて。もしかしたら、彼女は中々感受性が鋭いのかもしれない。
――なんだか、ちょっと。
本当にちょっとだけ、悔しいようなモヤモヤするような、複雑な気持ちもあるけど……。
「……あ、もしもし? 俺です、ケイジです。いえだから、その『刑事』じゃないですって……はは。はい、懐かしいやり取りですね。ご無沙汰してます」
わちゃわちゃしてる女性陣を他所に、ケイジは何処かに電話をかけているようだった。
恐らく相手は目上であろう丁寧な口調だけど、彼の表情に緊張は無く、声音からは親しみのようなものが感じとれる。
ケイジはそのまま肩でケータイを挟んで話しながら、スタッフへ代金の支払いまで済ませて。
「……はい、じゃあお言葉に甘えて、このまま向かわせてもらいます。何から何まで……ははっ。はい、そりゃもう是非、腕を振るわせてもらいますので。では、失礼します。お疲れ様でーす」
朗らかな声で通話を切ったケイジが、窓を閉めてこちらに振り向いた。声と同じように表情も明るい。
「よし、泊まる場所確保できたよ!」
「マジ? 兄貴やるじゃーん」
「よしよし、もっと褒め称えたまえ、妹よ」
「あっ、ありがとうございます、ケイジさん!」
「いーえ。俺が昔バイト先で世話になった人がさ、市内でグランピング場をやってるんだよ。今聞いたら、雪のせいか唯一の予約もキャンセルになったらしくてね。そこのロッジをタダで貸してくれるってさ」
「あー、あそこね。ぶっちゃけ、真夏以外はいっつもガラ空きじゃね?」
「そう言うなって。ど平日のキャンプ場なんてどこもそんなもんだよ」
「今時キッチンも中じゃないし、ジャグジーぐらいなきゃさー」
「おいおい、それは流石に贅沢だろ」
「あっ、あの! ええっと、グランピング? じゃ、ジャグジーって……?」
どうやらハナも知っている所らしく、すぐに得心したようでケイジと俄かに盛り上がるけど、エルシーはついていけず目を白黒させている。
いつもの彼女だったら『雪のせいでキャンセル』の辺りで眉を下げそうなものだけど、気づかないぐらいの情報過多だったらしい。
お喋りな二人に、こればっかりは感謝しないとだ。
その二人はエルシーの反応に顔を見合わせ、一拍置いてからニヤリと笑みを浮かべた。
「ふっふー。じゃあエルちんには、着くまでナイショーのお楽しみぃーで!」
「少なくとも、野宿よりは数段快適なのは保証するよ。――よし、折角だから、色々食材も買ってくか。エルシーちゃんも居るし、ハナも手伝ってくれな」
「ほいほーい」
相変わらず置いてけぼりのエルシー……とついでにボクを放ったらかし、兄妹の中で何やら結論が出たようだ。
ギュルルンとケイジがエンジンを始動させ、ゆっくりと再びの街中へ動き出す。
そして助手席から振り向いたハナは、エルシーの手を握って歓声と共に突き上げるのだった。
「ひゅーっ! 楽しいグランピングパーリィナイトに向けてぇ、まずはスーパーへしゅっぱーつ! ……ほらほら、エルちんも一緒に。ウェーイ!」
「う、うぇえい?」
「うわぉぉいハナッ! 前向け! 暴れんなー! エルシーちゃんも、良く分からないままノらなくていいからさぁー⁈」
「…………にゃあ」
騒がしい車中とは裏腹に、ボクの溜息と静かに雪を噛む音を後ろに置いて。
ボクらを乗せた車は一路、今夜の寝床へと向かうのだった。
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