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❄❄ インターローグ ❄❄

表紙

挿絵(By みてみん)


口絵

挿絵(By みてみん)

イラスト:ハレのちハレタ 様

挿絵(By みてみん)


『――春。外(そと)の言葉でそんな感じの意味さね』


 セピア色の記憶の中。遠き日の魔女(おばあちゃん)は、静かに言った。


 あれは、いつも通り雪が降る昼下がり。エルシーの留守で暇を持て余していたボクが「アウロラってどんな意味なの?」と無邪気に問いかけた事に対する、魔女の回答(こたえ)だ。

 当時のボクは不明瞭なその答えを聞いても「ふーん」としか思わないで、床に散らばる色とりどりの毛糸玉と戯(たわむ)れる『猫っぽい遊びごっこ』に夢中だったけれど。

 でも時(とき)が経つにつれて、分かってきた気がする。


 ――魔女には常日頃(つねひごろ)から、口癖のようによく使う言葉があった。

 『願(ねが)いが大事。人の、心からの強い願いこそが、常に物事を動かすんだよ』

 それは例えば、村民が何か相談に訪れた時。

 それは例えば、まじない道具に紋様(ルーン)を刻む時。

 それは例えば……エルシーが何かに躓(つまず)いたり迷ったりした時。

 お決まりの呪文のようにその言葉をかけてから、「よく覚えておきなさい」と最後に締めて、彼女の頭へポンと皺くちゃの手を乗せるのだった。


 でも今度は意味が分かるにつれて、ボクは誇らしい気持ちと同時に苦しさも感じ始めていた。

 だってそうじゃないか。『春』は彼女(エルシー)にとって物凄く密接な言葉で、かつ一番遠い存在。

 魔女が『雪解けを探しなさい』の一文だけ書き残して姿を消した時、その苦しさはまさに頂点へ達したと言ってもいい。

 確かに彼女の落ち込んだ姿は、ボクにとって他の何にも代(か)え難(がた)いほどの苦しみだった。でも、それとは別に。

 ――暗(あん)に、彼女の雪を解(と)かす役目はボクに務まらないと、魔女に言われている気がしてしまったのだ。


 どうして? どうして魔女はボクを見限るような書置きを残して姿を消したの?

 ボクが『春』をもたらすだろうと願いを込めたから……あるいは彼女にとっての『春』そのものになれると思ったからこそ、アウロラと名付けたんじゃないのか?

 彼女はあの時し(・)と(・)ど(・)に泣いていたけれど、本当はボクだって同じくらい泣きたかった。でもこういう時、心と涙腺(るいせん)が連動しない『猫』というのは不便で便利である。

 自分の涙が溢(こぼ)れるより前に、背中が濡れる感触を鋭敏に捉えた小さな脳みそは場違いなほどしゃきっとリスタートしてくれた。

 

 そうだ。彼女が辛いときに、ボクが花散らす冷たい雨になってどうするんだ。そんなところばかり春になったってしょうがない。

 彼女を見つめなおし、自分を思い直したボクの苦しさは段々と薄らいでいって。

 そして、魔女の日記の隅で見つけた一節(いっせつ)で完全に振り切れた。

 エルシーにとっては馴染みすぎて何も感じなかった言葉かもしれない。でも、その時のボクにとっては背中を押してくれる大事な一句。


『願うことが大事。強い願いこそが呼び起こす』


 だからボクは願う。彼女の春の訪れを。来(きた)るべき雪解けを。

 ……別に良いんだ、ボクが春そのものじゃなかったとしても。

 ボクがこうやってそばにい続けることで、少しでも彼女が春を引き寄せられることが出来たらそれでいいんだ。


「――ラ」


 だからボクは、心から願う。

 これからもずっと彼女のそばにい続けて、彼女と一緒に雪解けを迎えられたら。それだけでボクは……。


「――ウロラ?」


 あぁもう、うるさいなぁ。今せっかく良い気分に浸(ひた)っているのというのに!

 この車の小刻みな振動と暖かく柔らかな感触の最高の寝床(ふともも)を、もう少し堪能させてくれたって……。


 ガタッドタッ!


「ちょっ、マジぶつかるぶつかる! もっと左(ひだり)左ひだりぃ!」

「ハナ、うるせぇぞ! 助手席から見るより余裕あるんだから、黙って座ってろ!」

「あーっトラック来てる来てる! 殺されるぅー! ごめんエ(・)ル(・)ち(・)ん(・)……こんなバカ兄貴を捕まえちゃったばかりに……旅はこれで終わりみたい」

「終わらねぇよ!」

「……くすっ、あははっ」

「ぎゃーっ何なに今の音! なんか踏んだ? ぶつかった⁈ イノシシかなんか轢(ひ)いたっしょ!」

「縁起でもねぇ、ただの小石だ小石! 大体、イノシシがどんだけの大きさだと思ってるんだ……」

「ねぇエルちん、どー思う? ゼッタイ今の、イノシシだよね⁈」

「お前、ていうかシートベルト締めろ! 捕まるのは俺なんだぞ? ――ごめんなエルシーちゃん、こんな騒々しい珍道中(ちんどうちゅう)になっちゃって」

「ううん。とっても楽しいです! ……ケイジさんとハナちゃんは、仲良しさんなんだね」

「……エルちん、もっかして兄貴の運転で頭打った? そうっしょ? ほらやっぱり馬鹿兄貴のせいじゃん!」

「だぁーこら! 運転中に腕を叩くな!」

「ふふっ、ほら仲良しじゃない。――ねぇ、アウロラ?」


 ――前言撤回。全然心地いい振動じゃないし、本当にうるさい。でもまぁ彼女に直接呼びかけられたんじゃ、もう無視はできない。家主もとい膝主(ひざぬし)には誠実に対応しなければ。

 ボクは心底嫌々ながらも瞼(まぶた)をゆっくり薄(う)っすらと開(あ)けて、頭にポンポンと優しく当てられる手のひらの感触に応えるよう、上を見遣(みや)る。

 するとそこには、耳に入った声音(こわね)通りエルシーの楽しそうな笑顔。紫黄晶(アメトリン)色の瞳がボクを見つめ、頭の横では車体の振動に合わせて蝶の髪飾りがヒラヒラと揺れていた。


「――んにゃあ」

「ほら、アウロラもそう言ってるよ?」


 いや言ってない。仕方なく適当に返事をしただけだ。

 ……でもまぁ、エルシーが楽しいならそれでいいか。

 笑顔のその向こう側。窓の外には、ビュンビュン流れる景色と見慣れた雪の粒。

 雲間からわずかに差していた日の光も陰(かげ)りをみせ、段々と薄暗くなりつつある。


「……あっ! ほら、見て見て!」

 ケイジに頭を強めに叩(はた)かれてようやく前を向いたハナが、弾んだ声を上げて前方を指差(ゆびさ)す。

 つられてボクとエルシーが、座席の間から前を見る。そして――。

「……うわぁ!」


 エルシーが思わず感嘆の声を漏(も)らす。


 ここまではずっと、木々が鬱蒼(うっそう)と生い茂る山道(やまみち)をひた走ってきた。

 それが一気に開けた景色となり、視界いっぱいに広がっていたのは数多(あまた)の建物と照明の灯(あか)り。それは、湖畔の町とはまた全然違う文明の気配。


「――街だ! アウロラ、おっきい街だよ!」


 こうしてボクたちは、次なる『新世界』へと足を踏み入れたのだった。


「うぇーい! ようこそ、あたしたちのホームタウン。裾之原(すそのはら)へーっ!」

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挿絵(By みてみん)

超絶素敵なイラストは「ハレのちハレタ」様より

 └ Pixiv:https://www.pixiv.net/users/1079498

声優・船戸ゆり絵様による朗読動画も、Youtubeにて公開中!

▼Part1▼

https://youtu.be/-ymWI-OtTBE?si=gebAx3Jl4YF_cBvm


❄❄❄❄❄

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