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❄❄ 21 ❄❄ はじまりのラフイール

「エルシー! キミの『雪を呼ぶ』話を聞いて、ずっと引っ掛かっていたのだ。どうも何か覚えがあると……」

「えっ?」

「はぁっ⁈」

「ワタシがまだ小さかった頃――それこそ、怪我をするより少し前のことだ。そういえばあのときもまだ暖かかったのに、急に雪が降ってきたのだ。物を知らなかったワタシは気にしていなかったが、大きい仲間たちが随分と騒いでいたのを覚えているぞ」


 全く予想していなかった彼の言葉に、ボクらは驚愕の顔を見合わせて言葉を失ってしまった。

 しかしその間も、アオサンは目を細めて記憶を絞り出すように、話を続けていく。 


「えーっと……そうだ、そうだった! あのときは、ずっと降っていたのではなく、雪と黒い雲が(ここ)を撫でるように通り過ぎていく感じだったのを覚えている。そのせいか、雪の筋のようなものが地面に出来ていてなぁ……」

「ど、っどどどういうこと?」

「すまない、ワタシも曖昧な記憶なのだ。何せ随分と古い体験だから――あぁ、確かその雪の中で『ニンゲン』を見かけたのだ! エルシー(キミ)のように、どこか引き寄せられるような雰囲気があった、気がするな。そのまま、あっちの方から……こっちの山の方へと移動していった。うむ、確かそんな感じだった」

「それって――」


 ボクはエルシーと顔を見合せたまま、小さい脳みそをフル回転させる。

 アオサンが赤い嘴で指した方角――『こっちの山の方』とは、まさしくエルシーの住んでいた村の方向に違いなかった。

 だとすれば、十数年前に雪を連れて歩き去った人間。

 それが、エルシーと無関係なはずがない。


「そ、その『人間』ってどんな感じの人だったとか……」

「いや、そこまでのハッキリとした記憶ではないな。これ以上は……うーむ、何か思い出せそうな感じは無いな」

「そ、そっか」

「うん、でも……」


 思わぬところで手に入った、十分すぎる手がかりだった。

 何せボクらは、情報についてはほぼ手ぶらで飛び出してきたようなものなのだ。エルシーはどうせ、風の向くまま気の向くまま虱潰(しらみつぶ)しにでもするつもりだったに違いない。

 そして、アオサンが指したもう一つの方向、『あっちの方』。

 もしかしたら、そこに何か更なる手がかりがあるのかもしれない。


 ――そこまで考えを(めぐ)らせてからエルシーへ意識を向けると、どうやら彼女も同じようなところに思い至ったらしい。


「……エルシー」

「うん、決まったね! ――アオサン、ありがとう! とっても役に立ったよ!」

「そうか? ならばよかった。……おっと、()がこちらに来そうだな。では、ワタシはこれで失礼しよう」

「えー? せっかくなら会っていけばいいのに」

「はっは、もう決めたことだ。では、さらばだっ!」


 白い粉雪を巻き上げながら、アオサンは力強く空へと飛び立っていった。

 そしてそんな後ろ姿を見送りながら、今度は老主人と男女が近寄ってくる。


「……行ってしまったんだね」

「はい、行っちゃいました」

「うわやっば、めっちゃキレーに飛んでんじゃん! 朝の下手っぴは何だったのって感じぃー」

「ふんふん、そうか。オスのあの美しい羽も繁殖期を終えると地味なエクリプス羽に変わっていくのか。それにしてもこうして見ると肩羽の緑色も風切の銀杏羽も本当に鮮やかで見事だな。さらに差し色の――」

「ちょっ、えっ、兄貴キモっ⁈ 流石に影響されすぎじゃね? てか、おじーさん何モノよ!」

「ふふふ……彼はとっても良い生徒になりそうだねぇ。どれどれ、もっと野鳥観察の神髄を教え込んであげよう!」

「やべぇって、兄貴逃げようっ!」


 ……うん。よくわからないけど、ほんの少し見ない間に随分と仲良くなったみたいだ。

 そんなじゃれ合っている三人に割って入るように、エルシーが強い意志の瞳で声を上げる。


「――おじさんっ! 私、決めました!」

「おや? ……うん、そうか。そうかい。それで、いつだね?」

「はい。もう今日中には。『あっちの方』に行こうと思います」

「そりゃまた随分と急だね。あっちというと――南の方か。でも、足はもう大丈夫なのかい?」

「休みながら歩くので、大丈夫です! 足腰は丈夫なので!」

「はぁ? ちょっとおねーさん、マジぃ⁈ 南の方つったって、ほっとんど山道だよ! ねぇ、兄貴?」

「あぁ、うん。そうだよ。俺たちだってこれから車で何時間か(くだ)って行こうかと……あ、そうか」


 (いさ)める言葉を言いかけた男性が、ポンと拳を(てのひら)で打つ。


「よし、ウチの車に乗っていきなよ!」

「よく言った、アホ兄貴!」

「……おい。アホとはなんだ、アホとは」

「ええっ、でもそんな、見ず知らずの私達をそんな――」

「いいのいいの! それに、さっきもう一回乗ってるじゃん、今更っしょ!」

「うんうん。怪我した女の子が山道歩いていくと聞いて置いていくなんて……そんなの(あと)で山神様のバチが当たるよ」

「あの、じゃあ――すみません、お世話になりますっ!」

「へっへーん、そうこなくっちゃ!」

  

 金髪の女性が、頭を下げたエルシーの背中をバシバシ叩く。

 何だか立て続けに都合の良い出来事が起きすぎな気もするが――そんな時ふいに、ボクはアオサンの言葉を思い出した。


『――引き寄せられるような。そんな、妙な感じがあったんだ』


 エルシーに宿った力。

 それはもしかしたら、『雪を呼ぶ』以外にも何かあるのかもしれない。


「じゃ、どうする? もう行く?」

「あっ、宿に少し荷物を置いてきていて――」

「……老いぼれの勘も、たまには役に立つもんだね。なんだかそんなことになる気がしてね。荷物、持ってきておいたよ」


 そう言うと、老主人は少し離れたところに停めてあった『ようこそ、とりみ荘へ!』と書かれた白い車を指さす。


「宿泊予定は今日までだったしねぇ。というか、次に行くところがあるのなら送っていこうと思ったのだが……まぁそこは、彼らに譲るとしよう」

「おじさん……ありがとうございます。本当に、お世話になりましたっ!」

「いやいや、こちらこそだよ。キミ達に出逢えてよかった。詳しいことは知らないが……良い旅になることを、心から祈っている」


 老主人は、皺まみれのゴツゴツした手を差し出し、涙を浮かべたエルシーと力強く握手を交わしたのだった。


 ――こうして、ボクらは慌ただしく出発の時を迎えた。


 老主人とは荷物とカメラを交換し、男女の車へと乗りこむ。

 ふと空を見上げると、そこにはゆったりと旋回して見せる、白雪模様のオシドリ。彼は『普通』だなんて言っていたけど、実に気持ち良さそうだ。

 遠くて何も聞こえやしないが、きっと別れの挨拶を口にしてくれていることだろう。

 あんなにお喋りだった彼の事だ、間違いない。



❄ ❄ ❄



「さよーならー‼ またねぇー‼」


 窓から身を乗り出して、大声で手を振るエルシー。

 同じく手を振って応える老主人が、どんどん小さくなっていく。


「……ありがとう。私、行ってくるね」


 エルシーの小さな呟きは、誰に向けたものだったのだろうか。

 最後に拾った黄金色の銀杏羽を鞄にしまい込む彼女の膝で、ボクはそっと丸くなる。


 ガタガタと車に揺られながら。


 ボクらは一路、山道を下って南へと向かったのだった。

新たな旅のはじまりを見届けて。

新たに旅がまた、はじまる。


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 └ Pixiv:https://www.pixiv.net/users/1079498

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❄❄❄❄❄

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