❄❄ 20 ❄❄ 祝福のシュープリーズ
「んんッ……いてて」
「――あ、アウロラっ。大丈夫?」
「むむっ、申し訳ないアウロラ! いや、おかげ様で飛立てたは良いものの、とまり方を思い出すことを忘れていたのだ!」
薄っすら目を開けると、目の前には心配そうに覗き込むエルシーと、申し訳なさそうな顔をしているアオサン。エルシーが優しく抱き起しながら、頭を摩ってくれる。
もしかしなくても、後頭部への衝撃の主はアオサンだったのだろう。
その証拠に嘴は赤く濡れて……いやいや、彼の嘴は元から赤かった。
「……もうほんと、気を付けてよ、ね」
「いやはや、本当にすまなかった。だがしかし、とまる練習はそこまで難航することもなかろう! なぁに、すぐに勘を取り戻して見せるさ!」
「そりゃよかった。ボクがいなかったら、エルシーの顔面に突っ込んでたところだよ?」
「うぐっ、それは痛そう……あ、ありがとうアウロラ」
「どういたしまして。はぁー、まぁ何はともあれ――おめでとう、アオサン」
「……うむ」
ボクの溜息交じりの祝福に、アオサンは神妙な面持ちで頷き応える。
「エルシー、アウロラ。本当に、キミ達には感謝してもしきれない」
「ううん、アオサンが頑張っただけだよ」
「いやいや。キミ達がいたからこそ、飛んでみようという気持ちになったのだ。忘れていた気持ちを取り戻すというのは、中々難しいものだ」
「でもどうして、いつもの場所じゃなかったの?」
「むっ、そ、それはだな……」
首を傾げたエルシーに対して、アオサンは言いにくそうに視線を下げた。
「……まぁその、なんだ。飛んでキミ達の前に颯爽と現れたら、カッコいいだろうと思って、だな? 結局間に合わなかったのだが……は、ははっ」
「……あははっ、あはははっ! なにそれっ!」
「ぷふっ、そ、そんなこと?」
いつもは老成すら感じるアオサンのその言葉に、ボクらは思わず吹き出してしまった。
飛び方と一緒に、若い気持ちまで思い出したのかもしれない。
「わ、笑う事無いではないか!」
「あはははっ。ごめんごめん。でも、探すの大変だったんだからねぇ?」
「……ここまで追って来てくれたことも、感謝している。実は最後に飛び立つ間際、目の前を何かが通り過ぎたと思ったら……今度はここに立つキミ達が目に入ったのだ。その瞬間なんというか、こう……力が湧いてきてな」
「うふふ。そっか」
「それで。久しぶりの空はどうだった?」
「うむ。なんというか――『普通』だったな」
ボクの問いを受けたアオサンは、今まで飛んでいた湖の上へと目を移して続ける。
「今まで、躊躇していたのが馬鹿らしくなるぐらい、『普通』だった。まぁ当然と言えば当然か、オシドリとは元々飛ぶ生き物なのだから」
「そっか」
「でもその『普通』を取り戻したという事は、やはり嬉しいものだな。体の一部を呼び戻せたような……そんな感覚だ。すまないな、もっと感動してやるべきなのかもしれないが」
「ううん、そんなことないよ」
「おそらく、これからこの『普通』が馴染んでいくのだろう。そうしたらその時は……また、久しぶりに仲間の下に戻ってもいいのかもしれないな」
「すぐには戻らないの?」
「ははっ。私は『普通』のオシドリに戻るには、ちょっとばかり『ニンゲン』に近づきすぎた。少しずつでいいのだ。……まだまだ他に、こちらでやりたいこともあるしな」
「うん。……頑張ってね」
「あぁ、頑張ろう」
「――ねぇ、呼んでこようか?」
エルシーが優しい口調で訊く。いつの間にか、アオサンの視線の先は空から作業着姿の人影へと移っていた。
彼はこちらの事を知ってか知らずか、あの男女と共に随分と盛り上がっているようだ。
「いや、良いんだ。ワタシが飛ぶ姿は、見ていたんだろう?」
「……うん」
「ならそれで十分だ。これからも、そうするさ」
「アオサンが――ふたりが、それで良いなら」
「うむ。まぁ……もう一度くらい、飛ぶ姿を見せてくるとするか」
「あはは、喜ぶよきっと」
「それで、キミ達は行くのか?」
アオサンからの問いかけに、ボクはエルシーの顔を見上げた。
そして彼女は間髪入れず、晴れ晴れとした眩しい笑顔で答える。
「うん。今夜にでも出発しようかな」
「……そうか、寂しくなるな」
「あはは、そうだね。短い間だったけどありがとうね、アオサン」
「こちらこそ」
「――あっ、そうだ。ちょっといいかな? アオサン、脚出して!」
「うむ?」
そう言うと、エルシーは鞄から一本のペンを取り出す。それは『魔女の日記』に挟んであったペンだった。普通のインクと違うのか、ほんの少し緑がかった発色なのが特徴だ。
そして言われるがままアオサンが差し出した脚を手に取り、管理タグへと筆先を付ける。とてもゆっくりと、力をこめてエルシーが筆を動かす。
ほどなくして。小さく青い足環に、小さく書き足された文字。
『アオサン』
「……おばあちゃんが言ってたの。強い想いを込めた『文字』には、強い力が宿るんだって。だからこれは、私から友達へのちょっとした贈り物。アオサンを守ってくれますように、私の願いを込めたから」
「そうか、そうか。……ありがとう。ありがとう、エルシー」
「えへへ、どういたしまして」
「私からも何か贈りたいが……んん? あぁっそうだそうだ! ワタシとしたことが、何でこんなことを忘れていたのだ!」
いきなり、何か重大な事に気が付いた様子で、アオサンは翼をバサバサとさせて飛び上がり叫んだ。
その余りの勢いのせいか、羽が数枚抜けてひらひらと雪の上に散っていく。
「エルシー! キミの『雪を呼ぶ』話を聞いて、ずっと引っ掛かっていたのだ。どうも何か覚えがあると……」
「えっ?」
「はぁっ⁈」
青天の……いや、雪天の霹靂。
突然降りかかったアオサンの思わぬ告白に、ボクらは叫ばずにいられなかった。
幸運が幸運を呼ぶ。縁が縁を繋ぐ。
為したことが繋がっていくのが、きっと営みということなんだろう。
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