❄❄ 14 ❄❄ 雪しぶきのファランドール
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」
「いやその、なんだかすまないな、エルシー。少し休憩しよう」
「……ぜぇ……そ、そうだね」
みんなで食事を済ませた後。エルシーは再び、アオサンを雪空に掲げて走っていた。
エルシーは『アオサンの訓練』だと言い張っているが、どちらかというと彼女の走り込みになっているのではないだろうか。
そして十本目ぐらいのランを終えた今、彼女は疲労困憊というように雪原へ膝を下ろしてへたりこんでいる。
ちなみに、流石にずっとフードの中で重荷になってるわけにもいかないので、ボクは少し離れたところから応援役だ。
家の中や木の上ならいざ知らず、雪上を走るのは大の苦手なのだから仕方ない。
「それっ……で、アオサン。どっ、どうかな?」
「うむ。どうかと言われれば――よくわからんな!」
「えぇぇぇっ、そっかぁ……」
アオサンのさっぱりとした笑い混じりの答えに、息を整えつつ尋ねたエルシーはがっくり肩を落とした。
彼女の頑張りは認めるけど、ボクとしては言わざるを得ない。
「いや、そりゃそうでしょ」
「えぇ? なんでよぉ、アウロラぁ」
「逆にどうして『いける』と思ったのか、聞きたいぐらいだね」
「はっはっは。まぁそう言ってやるな、アウロラ。ワタシは楽しいぞ?」
「……身にならなきゃ意味ないと思うけどね」
「ふーむ。久しぶりに翼が風を切る感覚は、確かに気持ち良いかもしれんな。あとは強いて言うなら、空中で羽を伸ばす姿勢は綺麗になってきたとは思うのだが。キミから見てどうかね?」
「えぇ? どうって言われても――」
斑模様の翼を凛々しく広げて見せつけられるが、さっぱり良し悪しがわからない。
正直なところ、飛んだこともないボクらにとって『どうやったら再び飛べるようになるのか』というのは、想像すらできない難題だ。
とはいえ、飛べない理由が『身体のせい』でないのは、全員の共通認識のはず。
それを念頭に置いて、髭に纏わりつく雪粒を前足で払いながら、ボクも解決策を考えてみる。とりあえず鍋に放り込むエルシーと違って、ボクは手順を考えてからじゃないと料理が出来ないタイプなのだ。
だから、ボクは息を一つ吐いてから、順番に整理していくことにする。
「――はぁ。とりあえず、飛んでいる状態への抵抗はなさそうだっていうのは、アオサン自身わかったんじゃないかな?」
「そうかもしれんな」
「まずキッカケから考えてみるとさ、第一にアオサンは『飛立つ時』の失敗が心に残ってるんじゃないかな?」
「……であろうな」
「だから、最終的にはそこを取り除かなきゃいけないと思うんだよね」
それが一番難しいんだろうけど、というのは口に出さずに飲み込んだ。
「――で。エルシーがやりたかったのは……えっとたぶん『飛ぶことが楽しいと思い出せれば、トラウマを乗り越えて頑張れるんじゃないか』っていう、動機付けのところだよね?」
「そう、そうそう! そういうことなのっ! さっすがアウロラ!」
わが意を得たり! とばかりに、エルシーが雪をまき散らしながら上体を起こして、輝かせた顔を寄せてくる。でも今だけはちょっと鬱陶しいので、肉球でおでこを叩いておいた。
……まぁ、自分で口に出しながら整理をしてみると、全くの考えなしに思えるエルシーの走り込みにもちゃんと意義があるように感じられたのが悔しい、と言うのもある。
こういう、感覚だけで無意識に正解を手繰り寄せるのは、ボクには到底真似できない彼女の長所なのだ。
「あだっ」
「はいはい。じゃあ今度は、アオサン。それを聞いて、改めてどうかな? 飛ぶ楽しさは感じられてる?」
「いや……わからんな。どうなんだろうか」
「少なくとも、ボクからは楽しそうに見えたかな? ……と言っても、オシドリの顔つき判別にはちょっと自信ないんだけどさ」
「まぁ確かに。現在の状況そのものは、存分に楽しめているかもしれないな」
額を摩るエルシーのむくれ顔をチラリと見ながら、アオサンは続ける。
「――しかし、その『楽しみ』が飛ぶことと繋がっているかは……すまないが、よくわからないのだ」
「んもうー、アオサンは本当に真面目だねぇ」
今度は尻の雪を払って立ち上がったエルシーが、アオサンを見つめて言う。
「『楽しい』を丁寧に切り分ける必要もないんじゃない? 今の楽しい気持ちと、目に写る景色だけに集中すればいいんだよっ。無意識が難しかったら、そういう訓練だと思いこんでさ!」
「そういう、ものかね」
「うん……ボクもそれに賛成だよ。まぁエルシーみたいな能天気じゃないと、すぐには難しいかもだけど」
「ちょっとねぇ、それどういう意味⁈」
「いいからいいから。――そりゃ完全に切り替えるのは難しいと思うけど、楽しいことと辛いことは連動しない方がいいと思うんだよね。今のアオサンみたいな場合は、特に」
そういうボク自身も、言いながら色々な事が連なって脳裏を過るが、頭を振って払う。
誰だってどうしたって、辛いことほど鮮明に思い出しやすいのだ。
そんなものに楽しみを邪魔されるなんて、もったいないにも程がある。
「……そうか。楽しいを感じる訓練、か。本当に『ニンゲン』の発想は、突飛だな」
「まぁね! というか、アオサンが辛いと思ったことは、もうたくさん教えてもらったからね。……それともまだ、言い足りないことあった?」
「はっは。いやいや、その心配には及ばない。ありがとう、ふたりとも」
「えへへ、どういたしまして。それで、次はどうしますか? アウロラ監督っ!」
エルシーが、ボクに架空のマイクを差し出しながら尋ねてくる。
ちなみに、村にテレビの類は無かったので、彼女はスポーツ観戦などもしたことがない。だからこれは、赤いキャップがトレードマークで鯉好きの『アンナおばちゃん』の猿真似だったりする。
それにノせられた訳ではないが、彼女が息を切らして駆け回っていた間にボクが考えていたことを、発表してみよう。
「えっと、まぁ、うん。……とりあえず一旦仕切り直して、もう何回か走り込みをしてみよう。それでさっきの『楽しい』を思い出したら、今度は同時に翼を動かす練習をしてみる。飛び立つ事がトラウマになってる可能性があるから、翼を動かしている間も『楽しい』を感じられるようになれば良いんじゃないかなぁと思ったんだけど――」
「うんうん」
「ほう、なるほど。流石だな!」
一通り喋ってからハッとしてふたりの顔を窺うが、ひとまず良さそうな感触だ。
ただ、偉そうにペラペラと語ってしまったことの気恥ずかしさを覚えないでもなかったけど。
――こういう時は、赤面しない猫で本当に助かる。
「そ、そんな感じで、アオサンが翼を動かすことに十分慣れてから、最終的には自力で飛び立つところを目指す。……という感じで、どうかな?」
「異議なーし!」
「まずやってみなくては、だな」
「そうと決まれば。いくよっ、アオサン!」
「うむ! よろしく頼む!」
ボクが顔を掻いて照れ隠しをしている間に、即断即決したエルシーはもうアオサンを掲げて走り出していた。
ふたりの気合満点の掛け声と巻き上がる雪飛沫が去っていくのを見送りながら、ボクはため息をついて雪原で丸くなる。
――あの息が合う感じと同じように、エルシーの前向きとアオサンの頑張りが上手く噛み合うことを願うばかりだ。
風を切って楽しそうに走り回る、エルシーとアオサン。
白い息をたなびかせて、辺りを行ったり来たり、跳んで跳ねてくるっと回ったり。
そんな人間とオシドリのヘンテコな舞踏会を見ている気分でいるうちに、時間はどんどん過ぎていった。
このまま、明るい未来へと飛び立っていく――。
そんな青写真を、きっとみんな思い描いていた。
全速力で走ったら、景色は踊りながら後ろに流れていく。
腕を振れば振るほど、愉快に跳ねて踊る。
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