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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
1.回りだした歯車
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7.王子の独白


 口を開いたルシフェルさんに、私は向き直り、姿勢を正す。苦しかった呼吸もだいぶ落ち着いてきて、ほぅと息をついた。

「ディフルジア王女が魔力持ちだということは……その様子だとご存知ですね。これから話すのは彼女がまだ幼かった頃の出来事です」


「ここステンターで魔法が古来より忌むべきものとされ、魔力を持つ者が差別や偏見にあってきたことは貴方も知っているでしょう? 貴方の出身の田舎ではあまり聞かない話かもしれませんし、その風潮は多少改善されてきたとはいえ、今でも力を持った貴族の間では異端を排斥せんとする考えが根強いんですよ。今まで王家の血筋に魔力持ちが生まれなかったこともあるでしょうが……中枢にも私を含め、魔力の有無といった先天的なもので優劣をつけようとするのは古くさいと考える者だって多少なりとも存在はするんですがね。

 ……これは一般には伏せられていますが、ディフルジア王女はステンター王家に初めて生まれた魔力持ちです。しかも、極めて強力な。何せ、産声を上げた途端暴風が起こって、部屋中の物がまるで竜巻に巻き込まれたような有り様になったんですから。

 彼女の出生時には古参の貴族の間でかなり議論が行われましてね。王女は死産だった、そういうことにしようといった話すら持ち上がったのです。……死産だったシュワルツの上の第一王子の件もあって、国王夫妻は頑なにそれを拒みました。それでも納得しなかった排斥派の人間に、シュワルツは彼女が魔力持ちだということを秘匿すること、またその責任は自分が負うと告げたのです。事実、シュワルツがそばにいるとき王女は決して、周囲を傷付けるような魔法を使うことはありませんでした。思えば赤子を取り上げたのは排斥派の人間でしたから、王女は何かしら感じ取っていたのでしょう。そんなこともあって、排斥派の人間は表面上、王女を害しようという動きをすることはなくなったのです」


「まあ、結局は全て、彼のわがままだったのですよ」

「わがまま?」

「王女は彼の(くさび)だったんですよ。王子である以前に、彼がシュワルツという一人の少年であるためのね。シュワルツは完璧な王子という姿を、生まれた頃から望まれてきたんです。彼はその期待に応え、必死で虚像をつくり上げていた。理想の王子、そして理想の子供であり続けた。……子供には酷な話ですよ。そばにいる私の前でも彼はめったに笑わなくなりました」

 遠い目をしてルシフェルさんは言葉を紡ぐ。幼いシュワルツ王子は周囲に求められるまま自分を偽って、いつの間にか本当の自分を見失ってしまったのだ。


(私も、一歩違えば同じようになっていたかもしれないな)

 私には、ありのままの自分を受け入れてくれる家族がいた。お父様やお母様、キースお兄様は亡くなってしまったけれど、おじさま、おばさま、ロゼ、そして何より唯一の肉親であり理解者であるアルがそばにいたのだ。

 どれだけ“完璧な令嬢”を演じようと、必ず帰れる場所がある。遠乗りと剣が好きで、ドレスやアクセサリーを見るよりも森に入って動物や植物を見るほうが好きな私を受け入れてくれる場所がある。それがどれだけ恵まれたことだったのか、今になって私は痛切に感じていた。


「先ほど“楔”と言いましたが、そんな彼をつなぎ止めたのは生まれたばかりのディフルジア王女でした。彼女の無垢な微笑みは、シュワルツにとって衝撃的だったのでしょう」

 多くの人から向けられる羨望の眼差しや愛想笑いは、どれだけ幼いシュワルツ王子の心を苦しめたのだろう。生まれて間もない妹の笑顔が彼を救ったなんて、彼はどんなに孤独だったのだろうか。

「だからこそ、シュワルツは何があってもディフルジア王女を守ろうとしたのです」

 事実、シュワルツ王子のそばにいるときのディフルジア王女は、一度も魔法を使うことはなかったそうだ。周囲も、彼女に魔力があったのは何かの間違いだったと思うようになったらしい。


「王女の成長につれ、魔力の出現はなくなっていました。それでも王女のそばを離れない王子に気晴らしをさせようと、ある日、私は市街へ遊びに行くよう持ちかけてみたのです。私の提案に彼はしぶい顔をしつつも喜んで乗ってきました。ディフルジア王女をメイドに任せ、私と二人で王宮の外へ出かけて」


 市街へ飛び出したシュワルツ王子は、まるで人が変わったように明るく振る舞っていたらしい。城から離れ、少し変装すれば、彼が「完璧な王子」でなくたって誰も咎めない。

 目を輝かせて市場で買い物をする王子。不意に姿を消した彼にルシフェルさんが焦ったら、きょとんとした顔で同じ年代の子供と遊んできたのだと告げられたとか。ルシフェルさんも目を丸くしながらも彼の変わりようが嬉しかったという。


「しかし、神はシュワルツに優しくなかった」


 シュワルツ王子が外出したちょうどその日に、ディフルジア王女の魔法が暴走したのだ。

 魔法の暴走はそう珍しいことではなく、思うように魔力を操ることの難しい幼い頃にはよくある話だ。それを繰り返すことによってうまく魔法を扱えるようになっていく。

アルも、雷を呼び込みすぎて電気を帯びてしまったことがあった。触ると感電してしまうため、キースお兄様が試行錯誤し、電気を地面に逃がすことに成功したのだ。セデンタリアにおいて魔法は生活の一部だったため、子供の魔力暴走は日常茶飯事だった。


「長らく使わなかった魔力が、シュワルツ王子がいない心細さから暴走したのか、王宮を中心とした竜巻が起こりました。泣き叫ぶ王女に周囲は手をこまねくばかりで、騒ぎに気が付き、帰ってきた王子が彼女をなだめ抱き締めるまで、それは収まらなかったのです」

 そこから先、事態は急転した。王女の魔力暴走によって城の者が危険に晒されたという事実は排斥派に再び彼女を排する理由を与えるには十分で、そのうちの一人が人を雇い、王女を暗殺しようとしたときにはもう、シュワルツ王子の精神はズタズタだったという。

 彼は無表情のまま、その臣下に国外追放を言い渡すと、国外から手に入れた古書を読み漁り、王女の魔力を駆使して中庭を封じた。ディフルジア王女とシュワルツ王子、そしてディフルジア王女を害さないと彼が判断した者以外が中庭に入ることを禁じてしまったのだ。

 人目につかない場所で魔力を制御する練習ができるようになったディフルジア王女は次第に落ち着いていったが、一方のシュワルツ王子は脱け殻のように仕事だけに没頭した。


「…………」


 知らなかったとはいえ、私は無神経にも彼の気持ちを逆撫でするような言動をとっていた。ディフルジア王女が魔力持ちであることだけを誇張し、無意識のうちに彼を傷付けた。ステンターで魔法が疎まれていることは分かりきっていたはずなのに、そのことがどれだけ彼を、そしてディフルジア王女を苦しめてきたのか考えもしなかったのだ"。

「僕は、王子に謝らなくてはいけませんね……」

 しゅんとした私に、ルシフェルさんは優しく微笑みかけた。

「大丈夫です、きっとシュワルツは許してくれますよ。それに、貴方が来てくれてから彼は変わったのです」

「へ?」

「よく笑うように、なりました」

 脳裏に、あの意地悪げな笑顔が浮かぶ。

 普段は癇に障るだけのそれが、どれだけルシフェルさんが求めていた「彼の本当」なのか、今の一言だけでも理解するには十分すぎるほどだった。

「そろそろシュワルツも落ち着いたと思いますよ。話をしてあげてください。私では貴方の代わりにはなれそうにない」

 綺麗に微笑み、ルシフェルさんは私の背を軽く押した。……その笑顔はまるで泣いているようにも見えて。

 私は黙って頷き、シュワルツ王子の待つ寝室の扉に手をかけるのだった。


***


 扉を開けた先、シュワルツ王子は一人寝台に腰掛けていた。虚ろな目をして宙を見つめる彼の瞳に私は映っていない。それでも、精一杯の気持ちを込めて彼に頭を下げた。

「ごめんなさい。私、何も知らなかったとはいえ、貴方にひどいことを言ってしまったわ」

 私は今、エドワードとしての仮面は被るべきではない。演じている()ではなく、()として向き合うことが、彼に対する最低限の礼儀だと思った。

 エディリーンとして発した言葉に、シュワルツ王子は視線をこちらに向けた。

「……悪かったな」

 ぼそりと呟かれた言葉は、何に対しての謝罪か分からなかった。首を絞められたことなら、そうさせたのは私なのだから、貴方が謝罪する必要はない。そう口にしたがシュワルツ王子は聞く耳を持たない。息を吐くと私から視線をそらす。

「……魔力を持つというだけでこんな苦労をし続けるなんてこと、お前には分からなくて当然だった。これ以上、憐れまれるのはごめんだ」

「そんなんじゃないッ! 憐れんでなんか、ないわ。貴方に対する憐憫の情なんて、これっぽっちも持ち合わせていないもの! 私が謝ったのは、貴方の気持ちを傷付けたと思ったから。貴方に対する優越感のためだけに、貴方の柔らかい部分に土足で踏み入るような真似をした自分が許せないだけよ!」

 まとまらない気持ちが、どんどん口から溢れてくる。釈然としない思いの中、確かに湧いた自分への怒りだけが私を突き動かしていた。

「貴方のことは嫌い、大嫌いよ。ほら、いつもみたいに意地悪く笑いなさいよ。そんな傷付いた顔なんか見たくない。そうさせたのが私だって理解できるから、余計にたちが悪いじゃないっ!」

 ボロボロと涙がこぼれ落ちた。自分に対して怒っているのか、シュワルツ王子に怒っているのか、これではもう判別がつかない。ただ、まるで蝋人形のように表情を変えないシュワルツ王子に、胸が張り裂けるような痛みを感じていた。


 下を向き、服の裾を握りしめていた私を影が覆った。頬に伸ばされた手に、思わず体が固まる。

「ディー……?」

 不思議なものを目にしたように、シュワルツ王子は目を丸くしていた。その瞳には確かに私の姿が映っていて。私は思わず頬に添えられた手を握りしめ、彼に向かい合った。

「そう、ディーよ。私、貴方にひどいことをしてしまったから、謝らなきゃって思っ」

 その言葉はシュワルツ王子に遮られた。彼は私を抱きすくめると、安堵したように深く息をつく。

 予想外な王子の行動に、私はなすすべもなく両腕に閉じ込められた。きつく締められた腕の力は強く、ちょっとやそっとの力では外れてくれない。文句を言おうとした私の肩に、シュワルツ王子は顔を埋めた。

「……よかった、生きてる」

「王子?」

「俺の手で、ディーを壊してしまったかと思った……」

 そう言ってシュワルツ王子は私の頭に手を添え、彼のほうへと倒す。普段とはまるで違う、壊れ物を扱うようなその手つきに戸惑うも、今にも泣きだしそうなその声色に、私は黙ったまま背中に手を回し、あやすように撫でたのだった。


 しばらくの間そうしてから、彼は我を取り戻したのか、ひどくばつの悪そうな顔をして私から離れた。

「……取り乱した。今のは忘れてくれ」

「非があるのは私だから。忘れてあげるわ」

 思わず苦笑するとシュワルツ王子は怒ったように目をそらす。微妙な空気をごまかすためか、彼はそのまま話し始めた。

「お前がルシィに何かしたなんて、普通に考えればありえない話だった。すまない、さっきの言葉で昔を思い出してしまってな。……セデンタリアの人間は、魔力持ちを蔑んでなどいないのに」


 それはルシフェルさんから聞いた話の通りだった。ディフルジア王女の魔力の暴走と、彼女の暗殺未遂事件。私はルシフェルさんの話を聞いたときからの疑問を彼にぶつけることにした。

「私はどうして中庭に入れたのかしら」

 シュワルツ王子の許した者しか入ることのできないはずの中庭に、私は普通に入ることができた。それを問うとシュワルツ王子は「あぁ」と頷く。

「お前がルシィに危害を加えないなんてことは、昔から分かっていたんだ。中庭に入れたのはそのせいだ。それにしても俺がわざわざ許可したわけではないから……まあ、無意識のうちにお前は大丈夫だと判断していたんだろうな」

「昔から? どういうことよ」

「お前、セデンタリアが滅びる前にステンターに来た記憶はあるか?」

 聞けば、お父様とお母様に連れられ、私たち兄弟はこのステンター城に遊びに来たことがあるらしかった。シュワルツ王子以外の人間に心を開かなかったディフルジア王女に、同じ魔力持ちのアルとその姉である私、そしてキースお兄様は大人の目を掻い潜り、話しかけていたらしい。

「それが普通の人間なら俺も何も思わなかっただろうが、アルアレン王子はルシィと同じ魔力持ち、しかも三人はセデンタリアの人間だった」


 彼が私に目をつけたのはそのときだったという。

 同じ魔力持ちの兄弟を持ちながら、自由奔放に生きている私、そして周囲にがんじがらめにされたシュワルツ王子。

 自分も、そして妹も、セデンタリアに生まれていれば、そうすれば苦しまなかったのだろうかと何度も考えたという。セデンタリアが滅亡し、私とアルがヴィスケリ家に引き取られたときに、王子はアルの魔力持ちを危惧してくれたらしい。幸いにも、彼が想像していたような大事には至らなかった。

 その後、ディフルジア王女の魔力暴走や暗殺未遂事件などが次々と起こり、彼の中で私の記憶はいったん薄れたが、転機は彼が十七歳のときに起こった。


「暇潰しに参加した舞踏会でエディリーン、お前を見かけたんだ。……そう、十五歳。お前の初めての舞踏会だ。足を運んだのは気紛れだった。でもそこでお前の噂を聞いてな」

「ヴィスケリ侯爵令嬢が舞踏会デビューする」という話はかなり広まっていたらしい。それを小耳に挟んだシュワルツ王子は、私のことが気になって、会場でそれとなく探していたそうだ。

「入ってきたときはすぐに気付いた。なんたって、あれだけ騒がしかった会場が一気に静まり返ったんだ」

 そのときのことは私も鮮明に覚えている。まだ舞踏会には出られない年齢のアルを、おじさまにわがままを言って無理やり連れてきてもらったのだ。アルに手を預け広間に入った私は、完璧な演技ができていたように思う。

 大勢の人は、私のその姿を見て、素晴らしい令嬢だと褒めたたえた。しかし、シュワルツ王子は違っていたらしい。

「城に来たとき、あれだけ野生児だったお前がたった数年であそこまで変わったことに、単純に驚いた。そして一気に不安に駆られた。お前が、俺と同じような顔をしていたから」


 彼の目の前にいるヴィスケリ侯爵令嬢は、普段の王子と同じように絶えず笑みを浮かべていた。その姿に自分の境遇を重ねたシュワルツ王子は、すぐにヴィスケリ家での生活で、私に何かあったのではないかと案じたらしい。

 筆頭貴族であるヴィスケリ家から私を引き離すことは王子の権力をもってしても容易ではない。だから王子は、一年以上待って、結婚という形で私を家の外へ出そうとしたのだ。王位継承権第一位の王子からの求婚にはさすがのヴィスケリ侯爵も手放しで賛成するだろう、そう考えていた。

「そうしたらあのオッサン、『仕事しない』だのなんだの……」

 宰相であるヴィスケリ侯爵の仕事放棄宣言のため、急遽行われた舞踏会。そこでも私は仮面を被り、立っていた。

 王子である自分が近付いても、きっと態度を変えないだろう。そう踏んだシュワルツ王子は私に鎌をかけ、その仮面を引き剥がそうとした。

「……まあ、少し言い過ぎたのは否めないが」

「アホ面なんて言われたら、そりゃ誰でも怒って逃げ出すわよ」

 目の前の王子に怒りをあらわにしたことで、私が完全に演技にのみ込まれていないと気付いた彼は、あの手この手を使ってヴィスケリ家から私を救いだそうとしていたらしい。セデンタリアを引き合いに出したのも、小姓として働くように命じたのも私を自分の近くに置くためだった。

「俺なら、そんな演技なんてしなくてもいい生活をさせてやれると思っていた。──自分のように周りに潰されるところなんて、見たくなかった。まあ、全て杞憂だったんだな」

「ええ。もちろん、この国でなじむためにこうした外面をしているのは事実よ。他国の王家からの養子だなんてめったにないでしょう? ……でも私は私の意思で演じているから。おじさまもおばさまも、私にとって大切な家族。私を潰すどころか、演技ばかりする私を心配してくれるもの」

 彼は彼なりに、私を守ろうとしてくれていたのだ。そのやり方は強引で、理解できないものだったとしても私のことを思っての行動だったことに変わりはない。

 それなら私がとる行動も、一つだけだ。


「感謝するわシュワルツ王子、ありがとう。今言ったことは全部、私のことを心配してくれていたからでしょう?」

 心から微笑み、彼に礼を告げた。シュワルツ王子は、なぜか口をポカンと開けたままこちらを凝視している。

「なあに、私の顔、そんなに変なの?」

「……いや、何でもない」

「何なのよ一体! 言いたいことあるならハッキリ言いなさいよ!」

「あーあー騒ぐな、お前は鳥か。まずその緩んだアホ面をどうにかしろ」

「またアホ面って言ったわね!?」

 わめく私の頭を片手で押さえつけ、遠ざけるシュワルツ王子に、余計に腹が立ってじたばたと手足を動かした。

 どうやって反撃しても馬鹿にするばかりで取り合ってくれない王子に怒った私は、プイッと背中を向け、寝室から外へ飛び出し、彼の机に手をついて書類の山を傍らに高らかに言い放つ。

「僕に仕事しろ、仕事しろと言うなら、子供みたいに泣いてないで、自分の仕事もしっかりやってくださいね! 僕もう帰りますから! ワガママ王子には付き合ってられませんっ!」

 唖然としているルシフェルさんに頭を下げ、私は足早に執務室を後にした。


***


「おいルシフェル、何を笑っているんだ」

 エドワードが去った後、寝室からのろのろと這い出してきたシュワルツの前で、ルシフェルは腹を抱えて笑いを堪えていた。

「何にかって? 記憶力の悪いシュワルツのために再現してあげましょうか……ぶふっ」

 そう言ってルシフェルはおもむろにシュワルツに近付くと、その頬に手を伸ばした。シュワルツの肩がびくりと跳ねる。

「ディ」

「おっまえなぁ……!」

 シュワルツはルシフェルの手を叩き落とすと大音量でそう叫ぶ。紅潮した顔のシュワルツを見るルシフェルは、至極冷静に椅子に座り直した。

「シュワルツのデレなんてめったに見られませんからね。しばらくはネタにさせていただきますよ」

「覗き見なんて趣味悪いにもほどがある……」

「貴方が言いますか。初恋の相手が忘れられず職権濫用して身元を突き止め、挙げ句の果てには求婚を断られたからと小姓としてそばに置く? どの口がおっしゃっているのか、ぜひお聴かせ願いたいですね、ネロ(・・)くん?」

 黒歴史を羅列し責め立てるルシフェルに、シュワルツは白旗を上げ、机に突っ伏した。ルシフェルはその頭を面白そうに撫でる。

「まあせいぜい頑張ってくださいね。アホ面言ってる時点で好感度はマイナスからのスタートですよ」

「うるさい……」

「いっそ無理やり唇でも奪ってみたらどうです? まあ張り手で伸ばされる覚悟がおありなら、ですけど」

「黙れ妻子持ち……」

「勝ち組と呼んでください、このヘタレ王子」

 ルシフェルだけは敵に回したくない。シュワルツは顔を隠しながら深く深くため息をついたのだった。


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