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第二話 リナリアの目的

 訪れた町は穏やかで、優しい人がたくさん住む過ごしやすいところだった。

 三日前に来たばかりだというのに、リナリアはもうその町に馴染んでいた。

 道を歩けばたくさんの人に話しかけられる。今日はうちに泊まらないかという誘いに、この衣服を役立ててくれという声。パン屋さんからは売れ残ったパンを無料で提供され、頬を染めた男性からは綺麗な真珠のアクセサリーを貰った。

 中でも一番多いのは、やはり歌を求める声だろう。

 リナリアは旅芸人でもあったのだ。

 旅のする中で必ず必要になるのはお金だ。お金がなければ宿屋に泊まるどころか食料の調達さえ不可能だ。

 そこでリナリアは幼いころから称賛されてきた歌を売り物にすることにしたのだ。

 果たしてその行動は正解であった。

 彼女の持つ透き通った声は多くの人々の心を震わし魅了した。三曲歌う頃には足元に用意していた麻袋が銅貨、銀貨でいっぱいになるほど。まれに貴族が金貨を投げてくれることもあった。

 瞬く間に彼女は有名となり、透明の声を持つ歌姫と至る所で話題にされた。頼まれるままに歌を披露すると、すぐに多くの人に囲まれる。それをリナリアは嬉しく思い、誇りにも感じた。旅はいつしか楽しいものに変化していた。

 だが、リナリアの本当の目的は歌を歌って旅することではなかった。旅芸人はお金を稼ぐための行為。やりたいことはまた別にあったのだ。

 それが、ようやく実現できそうな状態に彼女はいた。


 今日も朝に町の広場で二曲披露した後、リナリアは集まった人々に聞き込みを行っていた。

 彼女には探している人物がいた。その男の名前を口にして、知らないかと尋ねてみる。

 けれど返ってくるのは見たことないという返事のみだった。

 お礼を言って、去っていく人たちを見送ったリナリアはベンチに座ってため息をついた。うなだれたまま首を捻る。


「おかしいなあ。ここにいるって聞いたのに」


 脳裏に蘇るのは来る途中で出会った商人の言葉。彼はリナリアが探している人物がこの町に入るのを見たと話してくれたのだ。もう八年くらい前の話だと言っていたが……。


「八年も前だもんね……もうここにはいないのかなあ」


 しかし、リナリアが耳にした情報がそれしかないのだ。他は誰も見たことないと言う。名前は知っていても、どこにいるかまではわからないと。

 だから、今はこの唯一の情報を信じるしかなかった。

 ないのだが……やはりというべきか、八年前に見た記憶があるという人物は今のところ皆無だった。

 はあっ、とまた深く息を吐いてしまう。いけないいけない、と頬を軽くたたき、背筋を伸ばした。


「よしっ、今日はもうやめにしよう!」


 一昨日、昨日もこの作業を続けている。正直疲れてきた。息抜きも大切だ。

 リナリアはバッサリと悩みを切り捨てると、その足を町の外に向けた。

 向かうのは近くのある丘の上。その森の中だ。

 一回は行ったことのある森。あの時は迷ってしまったが、今日は大丈夫だろう。

 記憶を頼りに中に入って歩を進めると、すぐに思い浮かべていた小屋は見えてきた。

 リナリアは笑顔を浮かべて扉を叩く。そして声が返ってくる前に小屋の中に突入した。


「やっほー! カールさん、遊びに来たよ!」

「おい、勝手に入るな。まだ返事してないだろ」


 飛んできた声は三日前と同じもの。素っ気ないながらもなんだか落ち着く声にリナリアはさらに笑みを深めた。

 カールと名乗ったこの男はリナリアが三日前、森の中で迷った際に助けてくれた人物だった。

 最初は低い声でぶっきらぼうにしか話さないので怖いと感じたが、今は全然そんなことは思っていなかった。むしろ安心感を覚えている。彼といるとリナリアはどうしてか自然体でいられた。この地で初めてあった人だからだろうか。

 とにかく、人探しに疲れたリナリアは彼と話して癒されようと考えたのだ。

 椅子に座ってプラムを片手に持つ彼の向かい側に座り、リナリアも机に置かれていたプラムを手に取る。許可を得る前に齧り付いた。


「……お前、なんか前よりも遠慮がなくないか?」


 呆れた視線を感じたが気にしない。

 だってこの家にある果物美味しいんだもん。

 笑みを浮かべたまま美味しいと口にするとカールは息を吐き、けれど優しい目でリナリアを見つめてきた。その緑色の瞳は見ていて本当に癒される。しばしの間魅入っていると、彼の方が視線を逸らしてしまった。

 眺めるのを諦めてリナリアはごくんとプラムを飲み込む。笑みをそのままにカールに話しかけた。


「じゃあ……何して遊ぼっか」

「お前、何しにここに来たんだよ」


 その問いにリナリアはんーと考える。特に用があったわけではない。会いたかったから会いに来たのだ。それをそのまま口にする。


「来たかったから来たんだよ。ちょっと人探しに疲れちゃったんだもん」


 身体を机に寝そべらて彼の様子を伺ってみると、彼は目を瞬いた。


「人探し? 誰か探しているのか?」

「うん」


 頷いてからリナリアはハッと身を起こす。

 もしかしたカールなら何か知っているかもしれない。


「ねえ、カールさんはどのくらいこの森にいるの?」


 突然のリナリアの問いにカールは少し考えこむようにしてから、視線を遠くにやったまま言った。


「十年前からだな」

「十年前!」


 リナリアは身を乗り出す。彼に顔を近づけて探している人物の名を上げた。


「じゃあさ、カールさん。アンデルスって人知ってる? その人を探してるの」


 ピクリと彼の眉が動いた。その口がアンデルス、と呟かれる。

 長い沈黙が続いたかと思うと、彼はいや、と首を横に振った。


「聞いたことあるが、どこにいるかは知らないな。俺はずっとこの森にいるが、人が入ってきたことはなかったから」

「なんだ、そっかあ……残念」


 しゅん、と肩を落とす。そううまくはいかないか。

 背もたれに身を預けて落胆していると、今度はカールの方が前かがみになって聞いてきた。


「そのアンデルスってやつをずっと探しているのか?」

「うん。七年前くらいからかな」

「七年前!?」


 カールが目を剥く。まじまじをリナリアを凝視し、感嘆の声を上げた。


「お前、すごいな。七年前というと……いくつだ?」

「五歳!」


 言いながらリナリアは自慢げに胸を張る。

 自分でもすごいと思っていた。五歳の時一人で故郷を飛び出したのだ。誰もつれずに。無鉄砲にもほどがあるが、こうして生きてこれていた。自分には旅をする才能があったのだろう。

 すごいでしょ? という目線を送ると深く頷かれた。それから、彼はさらに質問を重ねてくる。


「けどどうしてそこまでして探してるんだ? アンデルスは、お前にとってそんなに大切なやつなのか?」

「違うよ。大切なんかじゃない」


 思わず放った言葉は予想に反して冷たくなってしまった。カールが声を失うのがわかる。

 だけど言ってしまったものは取り消せなくて。視線を送ってくるカールに、リナリアは言葉を続けた。


「アンデルスはね、わたしの元の故郷、アイスベルグを滅ぼした人なの」


 淡々と声にする。そこに感情は灯っていない。なぜなら、その話はリナリアを育ててくれた義理の母から聞いたものだったからだ。だけど、滅ぼされたことはリナリアの心に闇を作っていた。

 だって、そのせいで自分は、唯一の家族であった兄を失ったのだから。

 彼が、恐る恐る口にする。


「じゃあ、お前がアンデルスを探しているのは……」


 多分、彼の予想は当たっている。けれど、その続きを口にするのをリナリアは躊躇ためらった。隠す必要もないのだが……アンデルスに行おうとしていることは一般的に見ていいことだとは言えなかったのだ。

 しかし。リナリアは答えを待つ彼を見やる。

 彼になら……どうしてかリナリアはカールになら話してもいいのではないかと思えた。彼と会うのは二日目。初対面といってもいいほどだったのだが、三日前に過ごした時間が誰と一緒にいた時よりも楽しくて。リナリアは彼には心を許していた。ここまで話してしまったのも、彼だからだったのかもしれない。

 心の中で一つ頷くと、リナリアはカールと目を合わせた。そして口にする。その雰囲気からは全く想像もできない言葉を。


「アンデルスはね、仇なの。故郷と、わたしの兄さまの仇。だから探してる。復讐を果たすために」


 殺す、ために。


 案の定、彼は愕然と目を見開いた。緑色の瞳が大きく揺れる。

 失望されただろうか。嫌われてしまうだろうか。言ってしまってから、そんな不安に襲われた。

 彼は何かを噛みしめるように、リナリアの言葉を受け止めるようにして目を瞑ると、ゆっくりと言葉を発した。


「お前は、まさか……」


 もしかして、彼はわかったのだろうか。リナリアの正体を。いや、わかるだろう。国名を出して、滅びたとまで言ったのだから。アンデルスの名を聞いたことあるとも言っていたし、気づくのも当然だ。

 ここで誤魔化すことはできない。リナリアは覚悟を決めて自分の身分を明かした。


「わたしは、リナリア・グランデ。旧アイスベルグの国王、ヴェルメリオ兄さまの妹、だよ」

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