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余韻

 

 セロースの追放を終えた私は再び役人達をひとところに集めていた。

 残留組は私に弓を引くことを恐れた者達と、セロースをよく思ってなかった者達だ。

 彼に排除された者達はざっと見て十五人ほどだろうか。皆、憎き仇敵が消えて満足げな笑み。


「私は貴方たちにメリットを提示できたかしら?」

「えぇ。腐っていた私たちを拾い上げてくれた事、感謝に絶えません。領主様」


 初老一歩手前の男性が私の前に跪く。

 それに習うように、追放組と残留組の全員が膝をついた。


「お礼はいいわ。私が貴方たちに求めるものはこの街の復興。全ては領民たちに余裕のある生活をしてもらうためよ。そのために探し出して、呼び戻したの。分かってるわよね?」

「常に民達を考えるその御心を…なんと、なんと慈悲深い…」


 感謝感激といった様子で彼らは震える。

 畏敬のこもった眼差しに私は怯むけど、すぐに胸を張った。


「当然です。領民たちを豊かにする事が領主の務めですから」


 …言えない。愛する女と一緒になりたいから領地を豊かにしたいとは言えない!


 張り付けた笑みを浮かべた私に彼らは「おぉ…!」とざわめきを強めた。

 口々に私を褒める言葉が飛び交うが、私は「ごほん」と咳払い。


「ともあれ、仕事内容も変わっていないと思うけど、何か分からない事、判断を仰ぎたい事があれば私のところに来なさい。それと、私が間違った事を言ったらしっかりと意見するように」

「…」


 私の言葉に彼らの雰囲気が変わる。彼らは姿勢を正した。


「セロースたちは私を十七歳の小娘だと言った。確かにその通りよ。領主として恥じることのない知識を積んでいるとは自負しているけれど、私も人間。間違えることもあるでしょう。そんな時、民たちにほど近い貴方たちが発言しなければ、領地は豊かにならない」


 ただでさえ王城に引きこもっていた私だ。領民たちと感覚がずれていることもあるだろう。

 私の言葉に、彼らは頷きを返していた。


「よろしい。さしあたって、リチャーズを財務長官に命じます」

「はい!?」


 私の指名に、列の後ろの方にいた男が声をあげた。

 年の頃は二十代後半といったところだろうか。居並んでいる者達で最も若い。


「最初の時、私にまともな意見を言ったでしょう。今後も同じように頼みますよ」

「は、はい…!」

「といっても、最終的な責任は私にあるからそこまで気負わなくてもいいんだけどね。とにかく、改めて、よろしくお願いしますね。皆さん」

「仰せのままに」


 胸に手を当てて礼をした彼らに背を向けて、私は自室へと向かった。



 ◇


「な、なんというか、風神のような方ですね。彼女は」

「そうだな。だが、なんと心地良い方なのだろうか」


 残された役人達は解散しながら新しい領主について話をしていた。

 親の跡を追って役人となっただけのリチャーズは、思わぬ昇進に目を白黒させる。


「彼女はアスセーナを救うために神がもたらした聖女なのかもしれん」

「悪いものを断じ、自らが害となりうることを承知している。彼女こそ領主の器だ」

「どうして彼女ほどの方が王城へ引きこもっていたのか」


 才色兼備な王女がいるという噂はアスセーナにも届いていた。

 だが、噂に反して実績は皆無。その実態は謎に包まれていると言っていい。

 むしろ、悪い噂の方が広まっているくらいだろう。


「あの方についていけば大丈夫だ。私は今日、確信したよ」

「胸が熱くなりますね」


 自分たちをしっかりと評価してくれている、見てくれる上司がいるというのは心地いい。

 アスセーナの新たな領主が吹かせてくれる風に、役人達は期待を高めていたのだった。



 ◇


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜。疲れたわ…」

「お疲れ様です。お嬢様」


 部屋に戻った私は沈み込みそうになるベッドに倒れ込んでいた。

 役人達一人一人の仕事を割り当て、引き継ぎし、落とし込んでいく。

 この作業を四日間でやったものだから、周りにも相当な負担をかけただろう。

 だらりとしたこの体勢は、とても彼らに見せられるものではない。

 マリアがかけてくれた声に、私はハッと顔をあげて、髪を整える。

 にっこりと微笑んだ彼女は微笑ましそうな笑みを浮かべていた。


 …ちょっとくらい、いいわよね?


「ね、マリア」

「何でしょう?」

「私、この五日間、すごく頑張ったと思うのよ」

「そうですね…お疲れでしょう。ですから早く休んでください。お身体に触ります」

「違うのよ。頑張ったのだから、ご褒美があっていいと思うの」

「?」


 心配そうに気遣ってくれるマリアを私は一蹴する。

 首を傾げた彼女を見て私の心臓は波打っていた。


「マリア、私をイリスって呼んで」

「それは…」

「お願い。今だけでいいの。今だけでいいから…」


 本当を言うとずっと呼んでほしい。だけど、いきなり変えるのは難しいだろう。

 私のお願いにマリアが喉を詰まらせているのを見ると、胸が苦しくなってきた。


「そう、よね、やっぱり…」


 いいわ。と言おうとした、その時だった。


「い、イリス…さま」

「…っ!」


 優しく呼びかけられた声に、私は勢いよく顔をあげる。

 もう一度聴きたくて、胸の前できゅっと拳を握る彼女のまあるい瞳を凝視した。


「イリス、さま」

「ぁ…」


 胸の奥底から電流が走ったような衝撃が走る。

 頬を赤くさせながら言ったマリアの言葉は痺れるような甘い心地で、私の胸は蕩けた。


「も、もう一回…様付けはなしで」

「……イリス」

「はう」


 頭がくらくらする。彼女の声は鼓膜を震わせて、頭の中で残響する。

 感動で倒れ込んでしまった私に、マリアが慌てて駆け寄ってきた。


「お、お嬢様!?大丈夫ですか!?」

「し、幸せすぎる…」


 この時のために頑張ってきて本当に良かった。あぁ、もう死んでもいい…

 へにゃりと緩んでしまう口元を抑えようとするけど、止められない。

 その幸せな気持ちはすぐに眠気を呼び起こし、私は頭に暖かな者が触れるのを感じながら眠った。





 ◆




 私の名前はマリアと申します。性はありません。

 私には、一生を捧げたいと思うご主人様がいます。


 イリス・オルタミア様です。

 もっとも、今は王族では無くなり、アスセーナの領主になられましたけれど。

 そんなお嬢様は、今、私の目の前ですやすやと眠っておられます。


「お疲れ様でした。イリスお嬢様…」


 その容姿は陽の光を纏ったような黄金の髪に、理知的かつ愛らしい海色の瞳。

 私の横ですやすやと寝ているご主人様は、同じ女でも息を吐くくらい美しいです。

 十人中十二人の男性は彼女の姿に見惚れてしまうでしょう。


 お嬢様は王宮にいる間、ずっとあの場所を鳥かごのようだとは言っていました。

 何のために生きているのか分からない、とも。


 そんなご主人様の様子に、最近になって変化が起きました。


 どこか生き甲斐を見つけたかのように瞳を輝かせ、その行動は突拍子もありませんでした。

 なにせ、王族の身分を捨てる事を一夜にして決意し、アスセーナの領主になったのですから。

 決意してからたった一日で行動に移し、アスセーナの資料を頭に叩き込んだんですよ?

 幼い頃からずっとお側でお仕えしている私も、さすがに驚きました。


 けれど、王城にいた事よりも生き生きしているので私は嬉しいです。

 ただでさえいつ婚約させられるか分からず、男性の野卑な視線を気にしていましたからね。

 仕方ないです。

 その笑顔はまさに天から降りた女神のように神々しく、私の胸はほっこりします。

 お嬢様の笑顔を見る為なら、私はご飯を三回は我慢する事が出来るでしょう。


 お嬢様が変わられたきっかけを探してみる私ですが、心当たりは一つしかありません。


 建国記念パーティで起きた誘拐未遂事件です。


 あの時、さまざまな男性から言い寄られたお嬢様は一人になりたがり、私を置いて外に出ました。

 そしてその時、お嬢様は何者かに誘拐され、屋敷の離れから火の手が上がったのです。


 この時ほど、お嬢様のお側を離れてしまった事を後悔した事はありません。

 火の手を見た私はいなくなったお嬢様と関連づけ、すぐ様現場に向かいました。


 お嬢様に怪我がなかった事は、天がもたらした奇跡です。


 その翌日から、お嬢様は何かを決意なさり、領地を得るために動き出したのです。

 けど、変化はそれだけではありませんでした。


 お嬢様から私に対して、ちらちらと視線が送られるようになったのです。


 視線が合うと頬を赤らめて逸らされ、私は何かやってしまったのではないかと心配になります。

 その視線はというと、私の胸や唇をいったり来ている気がします。

 どこか男性が私に向けて来る視線と似たものを感じますが、嫌なものではありません。


 けど、胸というなら私の胸よりもお嬢様の方が豊満で、羨ましいと思うのです。

 たぷんたぷんですよ。お風呂の時も揺れていますし。少し、触って見たいと思うのです。


 それと、私が手に触れるとどこか挙動不審になり、子供に戻ったような表情をされます。

 先ほども名前を呼ぶことを頼まれました。

 きっとお母様を亡くされ、お父様に無視されている今が寂しいのですね。

 非常に恥ずかしく、不敬ではありましたが、喜んでくれてよかったです。


 こんな事で喜んでくれるなら、いくらでも…と言いたいところですが、私はメイド。

 領主であるお嬢様とは身分が違うのです。分別はつけなければなりません。


 いくら才色兼備で王国に並ぶ事のない美女だと言っても、まだ十七歳。

 お嬢様は誘拐犯に狙われ、アスセーナの領地に来てからも襲われました。

 お心をお察しする事は恐れ多いですが、怖いことだけは分かります。


「少し不敬かもしれませんが…お許しください。お嬢様」


 私は寝息を立て始めたイリスお嬢様の頭を撫でて、その髪にキスをしました。


 お嬢様を安心させるためにしたことなのに、なぜか胸がどきどきします。

 けど、それと同時に決意がふつふつと湧き上がって来るのです。


 敵が多く、慣れない場所での執務は神経をすり減らすはずです。

 私がお嬢様を守り、お支えしなくてはと。


 …お嬢様に守ってもらった時と同じように、身を挺するのです。


 私だけはお嬢様の味方ですからね。


「おやすみなさい。イリス」



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