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衛兵の慟哭

 

 街についてまず目に入ってきたのは、あちらこちらが崩れ落ちている城壁だった。

 見ていると、城壁の門から二人の衛兵が進み出てきた。

 御者のシュバルツが対応している声が、私の耳に届いて来る。


「止まってもらおうか。街に入るための通行税は銀貨二枚だ」

「…何の為にそんなものが?」

「決まっているだろ?俺たちがこの街を守ってるんだ。俺たちに金を払うのは当然だ」


 窓の外からちらりと見れば、シュバルツの問いかけに男たちはそう返して来ていた。

 領地から領地へ渡る為の関税ならばともかく、街に入る為だけに通行料が必要など馬鹿げている。

 いや、よしんばそれは許容したとして、一般的な平民の一ヶ月分の給与を取るなど言語道断だ。

 自然とシュバルツの目が細められる。だが、それを反抗的な態度だと見てとったのか、兵士が馬車を一瞥する。


「随分といい馬車じゃないか。どこぞの商会だろ。金は持ってるはずだ」

「下衆どもが…」

「おいおい、俺たちにそんな態度取っていいのか?」


 視線がきつくなったシュバルツに彼らの瞳がきつくなる。

 私が乗ってきた馬車は、既に王族で亡くなったということもあって簡素なものになっている。

 彼らがそう判断するのも無理はないかもしれない。


 見れば、ぞろぞろと城壁から兵士たちが出て来ていた。

 兵士たちは金属鎧こそ着込んではいるが、鎧はくすみ、布は薄汚れている。

 髭はぼうぼうに生えて清潔さなど微塵もない様子だ。


「まるで山賊ね」


 ぽそりとつぶやく。

 城壁から出てきた彼らはやがてシュバルツと馬車を囲み始め、剣を握る者までもいた。


「俺たちは街の安全を預かっている。通行税を払えないのなら、ここから去れ」

「なぜ貴方達はこのような事を?街を預かっている者は何をしているのです」

「さぁな。俺たちはそんな事知らない。街に入りたければ金を払え。以上だ」


 代表の男が手を挙げると、兵士たちが一斉に剣を抜き放つ。

 無数に煌めく銀の光はシュバルツをあとずらせ、彼はちらりとこちらに目を向けていた。

 それを目ざとく見つけた兵士たちは、私とマリアの影に気づいた。


「女がいるのか。ちょうどいい。そいつと引き換えにしてやってもいいぜ?」

「やめなさい。その方を誰と心得る!」

「知らねぇよ。おい!」


 瞬間、私は動き出そうとしたマリアの手を掴む。

 お嬢様?と目を向けて来る彼女に私は唇に人差し指を立て、立ち上がる。


「イリスお嬢様…!」


 彼女の制止を振り切って、私は内側から馬車を開けた。

 馬車に迫っていた男たちは驚きに目を見開いて動きを止める。


「こいつぁ…」


 呆気にとられている周囲を放っておいて、すかさずシュバルツが手を差し出して来る。

 馬車から降りると、唖然とした周囲に私は胸を張る。


「明日この街に来る予定になっていたイリス・オルタミア=アスセーナよ。この街の新しい領主。()()()()予定より早くなったから今日来ました。さて、貴方たちは誰に剣を向けているのかしら?」

「…っ!」


 シュバルツが王家の紋章を示すと、効果は覿面だった。

 剣を受けていた彼らは青褪めた表情になり、剣を仕舞う暇も惜しそうに膝をつく。


「お、お許し下さい…!まさか明日来るはずの領主様とは知らず…」

「あら、領主じゃなければよかったのかしら」

「…っ」


 私の言葉に兵士たちは青褪めた表情のまま身体を震わせる。

 何を言っても墓穴を掘ると思ったのか、唇を結んだまま何も言わなかった。


「貴方たちが辛い事は知っている。戦争の記録も読んだから、この街で何が起きたかも知ってる」

「…」

「だけど、それで貴方たちが無実の人たちを襲うのは違うでしょう」

「ーーあんたに俺たちの何が分かるっ!」


 私の言葉にたまりかねたのか、彼らのうちの一人が叫んだ。

「おい、よせ!」という仲間の言葉を無視して、彼は続ける。


「王宮で何不自由なく育ち、食べ物に困ったこともない奴が偉そうに語るな!領主?は!お前もどうせ、今までの奴らと同じだ。俺たちを食い物としか思ってねぇお貴族様だ!なぁ、俺たちの税金で食った飯は美味かったか?俺たちの家族の犠牲で守られた街はさぞかし平和だろうよ!」


 ふーっふーっと落ち着かない様子で肩を切らす兵士は、仲間が引っ張った事で収まった。

 だが、その瞳は全く納得などしておらず、むしろ周りの兵士たちは気持ちは分かるといった表情。

 私は沈痛な空気が流れた彼らの間を割るように口を開く。


「確かに私は王宮で育った。食事に苦労した事もないわ。そこは分からない」

「…」

「けど、親がいない事の寂しさは…分かるわ」


 つぶやいて、私は彼らに背を向けて馬車に乗り込む。

 扉を閉める寸前、後ろ目で彼らを見ながら「見てなさい」と宣言する。


「私がこの街を変えてあげる。口だけかどうかは…見てのお楽しみね」


 目を丸くした彼らに何も言わず、私はマリアとシュバルツを促して馬車を進めた。

 暗い城門をくぐり、窓から見える景色が一変する。


 通りこそ整えられてはいるが、硝子はひび割れ、塗装は剥がれ落ち、窪みが乱立している。

 灰色と黒色の街並みは葬式でもしているかのように静かで、道行く人々は痩せており、笑顔を見せている者は殆どいない。廃墟と言われればなるほど、と納得しそうなほどだ。商会もいくつか残っているはずだが、看板が崩れ落ちていたり、洋燈が割れている。


「これは酷いわね…」

「お嬢様」


 物憂げにつぶやく私に、マリアから声がかかった。

 どきり、と胸が高鳴る。すぐ後ろにいる彼女の顔を早く見たくて、私は振り返った。


「ま、マリア?」


 振り返ったのだが、彼女の表情に私は背筋に悪寒が走った。

 にこにことしているのは変わらないのだが、目が全く笑っていない。

 まるで企みをしている貴族のような張り付いた笑みに首を傾げるが、


「あのような危険な真似、二度となさらないでください」

「あれ…あぁ、さっきの」

「剣を突きつけている者達の前に立つなど、引き摺り下ろされてもおかしくはない所業でした。私、心臓が止まるかと思ったんですよ」

「それは…」


 怒り口調から一転、心配そうな表情のマリアに申し訳なさが募った。

 先ほどのあれは、自分の目で彼等と相対したかったからという理由が大きい。

 私がいくら領主の椅子から指示を出そうと、彼等には届かないからだ。


「姫様の気持ちも分かります。ご立派だと思いますが、貴女は領主。私たちと違ってかけがえのない人なのです。決して、これからはあのような真似はしないよう…」


 私の目を見て、きゅっと唇を結ぶマリアを見て私は俯いた。

 そう言ってくれるのは心から嬉しいし、彼女の言っている事も最もだと分かっているのだ。


「分かったわ…善処する」

「そこは絶対と言ってください」


 そう言って、ようやく頬を緩めた彼女に私の心も暖かくなる。

 弛緩した雰囲気に安堵し、再び窓から見える領地の様子を眺めた。

 がたがたと揺れる馬車は坂道を通り、街の奥にある領主の屋敷へと向かっている。

 右に左にと、複雑な道行を進んでいると、一つだけ整えられている場所があった。


「あれは…」


 白い石造りの壁を門扉の向こう側に立ってい教会。

 屋根の上に立っている十字架は煌びやかに光っている。

 門扉の前には兵士たちが五人以上詰めており、警備の厳重さを伺わせた。


「平民は来ていないようだけど」


 一瞥してそれだけ見て取った私は、そっと息を吐く。


 そうして馬車の旅も終わり、目的地に到着したのは私たちが日も暮れる頃だった。

 茜色の光が差し込み、街並みが一望出来る領主の屋敷は貴族らしい豪華な屋敷だ。

 何階建かも定かではない屋敷は塀に囲まれ、神殿じみた荘厳さを醸し出している。


「無駄に豪華ね…まぁ、いいけど」


 つぶやき、私はマリアに手を引かれて屋敷の前に立つ。

 広場のようになっている屋敷の前立った私は息を吐く。その瞬間だった。


「ーー姫様ッ!」


 切迫したマリアの声が鼓膜を震わせる。直後、私の身体は突き飛ばされていた。


「きゃッ!?」


 弓弦の音が耳に届く。


 何が起こったのか分からず尻餅をついた私が見たものは、武器を持った男と接触しているマリアの姿だった——。


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