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襲撃


「マリアッ!?」


男とマリアが接触しているのを見て、血の気が引いた私は叫んでいた。

彼女の身に何があったらという不安がよぎるが、すぐにそれは杞憂と終わった。

マリアに相対していた男が、がたりと膝をついて崩れ落ちたのだ。

見れば、男は股間を痛そうに握って悶えており、足を上げていたマリアは勢いよくこちらに振り返り、私を馬車の陰に隠した。


「ここで待っていてください」

「ま、マリア…」


そう言って微笑んだマリアに手を伸ばすが、声は届かない。


一瞬で地面を蹴った彼女は馬車の陰から飛び出し、次々と飛来する矢を避け続けた。

彼女が草陰に飛び込んだ瞬間、「ぐぁ!」など悲鳴が連鎖してすぐに静かになる。

しぃんと音がなくなった場所で気が気がない面持ちでいると、ひょっこりとマリアが現れた。


「ひ…お嬢様、お怪我は?」

「だ、大丈夫よ。貴女のおかげで」


手が差し出されるけど、手を見て汚れていることを見た私はお手拭きで拭こうとする。

けど、マリアは私にそれをさせるよりも早く手を掴んで起き上がらせた。


「あ…その、汚れているのだけど」

「お嬢様の汚れならどんな汚れでも大丈夫です。私が綺麗にして差し上げます」

「そ、そう…」


手を撫でて私の身体の異常を確かめた彼女は顎を引いた。

彼女の言葉に若干の気恥ずかしさと嬉しさで頬が熱くなる。


「また守られてしまったわね」

「私はお嬢様のメイドですから」


息を吐いて言うと、彼女はにっこりと笑ってそう答えてくれた。


マリアは実の母からメイド教育の一環として武術を嗜んでいる。

それが本当にメイドに必要かどうかは置いておいて、その腕前は騎士団顔負けだ。

例え五人がかりであろうともそこらの雑魚にはマリアは倒せないだろう。

だからこそ、公爵となった私に護衛は必要なかったのだ。


…かっこよくて可愛くて強いなんて、マリアは私を惚れ死させるつもりなの!?


ともあれ、無事だと信じていても心配になっていた私はほっと胸を撫で下ろした。


「お嬢様。この者は縛り上げて尋問しておきます」

「えぇ、お願い」


手際よく男を縄で縛り上げたシュバルツの言葉に頷き、私は領主の館へ目を向ける。

教会に兵士が張り付いているにも関わらず、領主の館は誰の警護もない。

不自然さに首を傾げ、不安が顔を出した私は、息を吐いて館へと足を踏み入れたのだった。


「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」


扉を開き、沈みそうなほどふかふかのワイン色の絨毯を踏むと、上から声がかかった。

だだっぴろい玄関ホールの奥の階段から一人の男が降りてくる。

その姿を見た私は記憶を辿って、浮かび出た名前を口にする。


「確か、ピエール公爵領の財務官のセロースだったかしら?」

「えぇ、えぇ。そうですとも。姫様…おっと失礼。元姫様、でしたか?」


金髪碧眼、横に伸ばした鼻下の髭を触りながら男は笑う。

それが嘲笑を含んでいる者だと誰でも分かり、自然とマリアの瞳がきつくなっていた。


「そうよ。イリス・オルタミア=アスセーナ。ここの領主になったわ」

「噂に違わぬ絶世の美女ですな。お会いできて光栄です」


眼前まで歩み寄った彼は、私の頭から足先までじろりと眺め、胸元に卑猥な視線を送る。

王宮で幾度も見た貴族たちの下卑た視線を感じて、私の背中に怖気が立った。

膝をつき、私の面持ちを知らない彼は私の手を取ろうとしてくる。

咄嗟に私はマリアが握ってくれた手とは別の手を差し出し、彼は眉を顰めながらも手の甲にキスをした。


…お前などに間接的でもマリアを汚されてなるものか!


彼は立ち上がり、胸に手を当てて大仰に礼を取る。


「初めての土地で分からないでしょう。屋敷を案内させます」

「それは後でシュバルツにしてちょうだい。私は少し休みたいわ」

「かしこまりました」

「明日から執務に入るから、宜しくね」


ぴくり、と彼の眉が震える。


「公爵様が執務をするので…?」

「当然じゃない。領主だもの。何か問題でも?」

「恐れながら…現場を知らない者が上から指示を下すと、民たちが混乱するかと」

「あら、そう…?」

「ご領主様は君臨されるだけでいいのです。貴女のようお美女がいるだけで、民たちは潤うでしょう」

「そんなわけないじゃない。貴方、この領地に住んでいる人たちの顔は見たの?」

「恐れながら、領地に来て一日も経っていない公爵様よりは見ているかと」

「へぇ」

「何も知らない者が権力を使う事ほど迷惑な事はありますまい。聞けば、姫様は王宮から殆ど外出されていなかったとか。民たちの暮らしをしっかりと学んでからにした方がいいでしょう」



流石のマリアも堪忍袋の尾が切れかけたのか、足を踏み出しかけた。

ただならぬ怒気を感じてセロースはびくっと肩を震わせるけど、私がマリアを制する。


「確かに、私が領地に来てから一日も経っていない事は事実ね」

「えぇ、えぇ。そうでしょう」


私の賛同を得た事がよほど嬉しいのか、彼は何度も首を曲げた。


「王都での誘拐騒ぎはこちらにも聞き及んでおります。先ほども物騒な音が外から聞こえましたが…」

「えぇ。いきなり襲われたわ」

「それはそれは!ご無事で何よりでございます。して、襲撃者たちは…?」

「シュバルツが縛り上げているところよ」

「左様でございますか…よろしければ、私の方でその者らの処分もいたしますが?」


丁寧な物腰ながらも、彼は油断なく私を観察し、落とそうとしているのが分かる。

自分が持っている権力を奪われるのが嫌なのかしら。

ともあれ、襲撃者の身元を割らせるのを任せては置けない。


「いいえ。結構よ」

「左様でございますか…執務などという雑務は私たちに任せてくれればいいので」

「私がこの領地に来て間もないから?」

「恐れながら」

「そう。なら、領地を知るために明日は休養に当て、明後日から執務を始めるわ」


ぴくぴくっと彼の眉が震える。まだ諦めてなかったのか、という表情だ。


「私は領主よ。領地の経営をしなくてどうしますか。異論は認めません」

「なるほど。公爵様のお覚悟はしかと受け取りました。ならばどうでしょう?引き継ぎも兼ねて、今夜は私と一緒に食事でも…?」

「言った通り、私は疲れてるの。お断りするわ」


下卑た視線が気持ち悪すぎて無理。一秒でも長く同じ空間にいたくないタイプ。

私はなおも言い募ろうとする彼を置き去りにして、マリアと共に館を進んでいく。


「公爵様。案内は…」

「要らないわ。マリアがいるから」


背中からかけられた声を一蹴する。

見知らぬ館に来るのだ。ここに来るまでにマリアは屋敷の配置も見取り図も頭に入れている。

彼が仕えている者たちの案内よりもよほど優秀だし、安心出来る。何より…


「マリア、手を拭いて頂戴」

「もちろんです」


ーーこうしてマリアといちゃいちゃする事の方が、元気百万倍なんだから!

誰もいない廊下で、マリアがセロースにキスされた私の手の甲を丁寧に撫でていく。

念入りに拭き終わると、暖かい手が徐々に離れていった。


「ぁ…」

「終わりました。お嬢様」

「そ、そう、ならそのハンカチは燃やしておきなさい」

「もちろんです」


名残惜しさに唇を噛み締めるが、私の気持ちを知らない彼女は涼しげな表情だ。


「お嬢様。先ほどの者の事はどうなさいますか?」

「とりあえずは放っておいていいでしょう。視線が気持ち悪いわ」

「お嬢様に対してあのような物言い…言ってくだされば、すぐにでも摘み出したのですが」

「ふふ。物騒よ。マリア」


二の腕に力こぶを作って目を向けて来るマリア。可愛い。可愛すぎる。

抱きしめたい衝動に駆られた私はかろうじて抑えて息を吐く。


そうして部屋に辿り着くと、あつらえられていた部屋に辿り着く。

そこは執務室の横に位置している部屋で、既に見慣れた家具が整理整頓されていた。


「さて、と。本当に疲れたわ。マリア、貴女は怪我とかしてないわよね?」

「勿論です」

「そう、ならいいのだけど」


私に向かって矢を放っていた者達を制圧したのはマリアだ。

怪我がない事はさすがとしか言えないけど、だからといって危ない真似はして欲しくはない。


「お嬢様…?」

「え?」


ベッドに座った私にマリアが声をかけて来る。首を傾げると彼女は、


「その、急に私の手を握られて、如何されましたか?」

「え」


気づけば、私はマリアの手を握って離さないようにしていた。

ベットの横に立っている彼女は困ったように微笑んでいて、私の頬は一気に熱くなる。


…な、何してるの、私!?


「ご、ごめんなさい!どうしちゃったのかしら、ほほほ…」


その後、なんとか誤魔化して、私は旅の疲れを取るために休むのだった。


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