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34 大賢者、バイトに命をかける


 竜種と鳥類が、進化の過程で分岐したいわば親戚とも呼べる関係性を持つことは、非常に有名な説のひとつだ。

 この説は、唱えられた当初こそ実に多くの批判を受けていたが、ある一匹の“竜”の存在が決定的な証拠となり、否定派は黙らざるを得なくなった。

 いわば生き証人、否、生き証竜か?

 ともかく、それこそがメルトルスという竜なのである。


 別名、彩羽竜。

 爬虫類特有の縦割れの眼やちろちろと覗く赤い舌は紛れもなく竜のソレなのだが、なにより目を引くのは、その名の通り全身を覆った色鮮やかな羽毛だ。

 むろん、羽毛に似た部位があるというだけで竜種と鳥類の相関性を裏付けるものとはなりえない。

 厳密に言ってしまえば、おそらく進化の過程で衰えてしまったのであろう竜種にとって必要のない器官の存在。

 更には羽の付け根の骨格、恥骨の骨格など、多くの部分に鳥類との共通点が、メルトルスから認められたのだ。

 たった一匹の竜の存在が、カビの生えた古臭い学説の数々を一瞬の内に薙ぎ払ってしまったわけである。

 これほど痛快な話があるだろうか。


 さて、ではここでもう少しメルトルスという竜について触れておこう。

 メルトルスは元々グランテシア大陸よりも遥か南の地に生息していたが、先述した色鮮やかの羽毛がたいへんな高値で取引されるため、大量にグランテシア大陸へと密輸された。

 しかしその内の数頭が事故で脱走した上、グランテシアの穏やかな気候と天敵の少ない環境で見る見るうちに大繁殖してしまい、今では害竜として指定され、国から駆除が推奨されるほどになった、という経緯を持つ悲しき竜だ。


 しかもこのメルトルスは、なにより竜の卵を好んで食すという特殊な嗜好を持っている。

 発達した翼をもって、鳥も近付かないような上空に位置する竜の巣へと忍び込み、竜卵の固い外殻を割り、これを食す。

 かの竜の登場によって絶滅したグランテシア固有の竜種も決して少なくはない。


 さて、つい長々と語ってしまったが、そもそも何故今こんなことを思い出しているのか?

 その理由は至極単純である。


 ――我らがバイト先に、くだんのメルトルスが現れたのである。


「な、なんだありゃあ!?」


「竜!?」


 クロウス先輩とトルア先輩が驚いて尻もちをつく傍ら、私は「ほう、これはまた立派なメルトルスだな」と感心した。

 くだんの怪竜は倉庫入り口前からこちらを覗き込み、極彩色の翼を大きく広げてサイレンにも似た鳴き声をあげている。

 メルトルス特有の威嚇行動だ。


「――トカゲ野郎のおでましだ! 各自ワイバーンの卵を適当な金庫にぶち込めるだけぶち込んで速やかに退避しろ! 全部混ざっちまっても構わねえ! 商品優先! 命優先だ!」


 現場監督のグラトンが、メルトルスの咆哮にも負けじと野太い声で叫ぶ。

 すると職員たちはすぐさま手元にある卵を、仕分け済みの物も仕分け前の物も全て一緒くたに手近の金庫へと流し込んで、カギを閉めた。


 しかし、いかんせん職員に対し卵の数が多すぎるのだ。

 職員たちがその半分も回収する前に、メルトルスは倉庫内へ侵入して、再度咆哮をあげた。

 あまりの大音量に箱の中の卵が震え、職員たちは耳を押さえてうずくまる。それは先輩方二人も同様だ。


 きっと、彼らはメルトリスと直接対峙した経験があまりないのだろう。

 確かに不慣れな者にとってこの音は少しばかり耳に障る。

 その点では年の功と言うべきか。

 この場で平然と立っているのは私と、それから黒竜の娘だけである。


「ふん、下品で低俗な南方の竜め、我が弟子が怯えてしまったではないか」


 黒竜の娘は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 その腕にはワイバーンのヒナ――曰く白竜が抱きかかえられており、白竜は彼女の胸に顔をうずめながら震えていた。


 ……すっかり師匠気分だな。私はまだ認めていないぞ。


「あんちゃんたち! 意地汚ねえ卵泥棒がワイバーンの卵をかぎつけてきやがった! 卵は放っておいて早く逃げろ!」


 皆が身を竦める中、グラトンは一人卵を運び出しながらこちらへ向かって言った。

 なによりも商品の無事を優先し、我々の安否まで気遣うとは、なんと見上げた雇い主なのだろう。


「よし! 雇い主の許可も出たことだし逃げるぞお前ら! たかがバイトに命までかけられるか!」


「ま、待ってくれよクロウス! 腰が抜けて……!」


「ああ! ったくこのチキン野郎が! ほら早く立て! アーテル! あとそこのチビ! ぼーっとしてねえで早く逃げるぞ!」


 クロウス先輩はトルア先輩を引き起こすと、こちらへ呼びかけてきた。

 我々の身を案じてくれるとは、まったく良い先輩に恵まれたものだとしみじみ実感し――しかし私は不動を貫いた。

 真正面からメルトルスを見据え、仁王立ちを続ける。


「聞こえなかったのか!? 早く逃げろ!」


 クロウス先輩が再び声を荒げる。

 だが、たとえ先輩の頼みとはいえ、従うわけにはいかない。

 なぜならば


「――まだ陽は昇っていない。退勤時間ではないのだ」


「はぁ!? 何ねぼけたこと言ってやがる!? 逃げろって言ってんだ! 竜が出たんだぞ!?」


「しかし私たちがここで逃げ出せばメルトルスが残った卵を食いつくし、グラトン現場監督、ひいてはその部下たちが顧客の信用を失ってしまう」


「バカ野郎! オレらはただのバイターなんだよ! 雇い先のことなんざ知ったことか! 与えられた仕事だけこなして、金さえもらえりゃそれでいい!」


 なるほど至極真っ当な意見だ。

 しかし――


「――先輩方は逃げてくれ、これは私のけじめの問題なのだ。多少のトラブルがあったところで、初めてのバイトを途中で投げ出すことはできない」


 先輩二人にそう言い残して、私はメルトルスへ向かって駆け出した。

 メルトルスは大きく開いた翼を収納し、臨戦態勢に移る。


「バカ野郎! オレたちは帰るからな!」


 背後からクロウス先輩の怒声が聞こえてくる。

 これを聞いて、私はひとまず胸を撫でおろした。

 尊敬する先輩方に万が一怪我でも負わせてしまったとなれば、私は申し訳なさで死んでしまう。


 そして駆けながら、頭の中で魔法式を構築する。

 攻撃魔術は使えない。何故ならばメルトルスの足元には回収されなかったワイバーンの卵がある。

 もしも私の魔術の余波で卵が割れようものなら、元も子もない。

 だからこそここで構築するのは、身体強化の魔術だ。


 メルトルスが大きく口を開き、鋭く尖った牙をぎらつかせながら私を待ち受けている。

 私はそこへめがけて一直線に突っ込んだ。


「あんちゃん! なにを――!?」


 グラトンが声をあげる。

 その次の瞬間、メルトルスの口が勢いよく閉じられ、彼は私の残像に牙を突き立てる。

 私は大きく跳躍し、メルトルスの頭上を飛び越えたのだ。


 おおっ!? と周囲から声があがった。

 目を丸くする彼らを見下ろしながら、私はメルトルスの背後へ着地する。

 そしてヤツが私の姿を見失っている間に、空中で構築しておいたある魔法式を証明する。

 ――マリウス式隔絶魔術。


 これをもって、ヤツの背後で箱詰めにされていたワイバーンの卵を包み込む。

 無詠唱の脆弱な魔術ゆえ、一度の詠唱につき箱一つ分しか覆うことが叶わないが、これでメルトルスはあの箱に詰まった卵へ手を出せなくなった。

 残りの箱はあと6つ!

 ヤツを倒すよりも、まずは卵の安全が最優先だ!


「た、卵を守って……! あんちゃんやめろ! 殺されるぞ!?」


「問題ない! 仕事をこなさないのはこの世で最も重い罪なのだろう!」


 私の声に反応して、メルトルスが振り返りざま尻尾で薙ぎ払う。

 尻尾の軌道上にはまだ回収されていない、箱詰めのワイバーンの卵が。


 私はすかさず無詠唱の隔絶魔術を証明し、軌道上にあった箱を泡で覆う。

 これによりメルトルスの尻尾は隔絶魔術の泡に弾かれるが、その代わり、私はこの尻尾での一撃をマトモに食らってしまう。


「ぐっ!」


 腐っても竜だ、その力は凄まじい。

 あまりの衝撃に私は後方へ弾き飛ばされ、そのまま倉庫の壁に背中から叩きつけられる。

 私のダメージを肩代わりした魔護符が、胸ポケットの内で僅かに破けるのを感じた。


「あ、あんちゃん大丈夫か!?」


「問題ない……!」


 あと5つの箱に隔絶魔術を施すまで、諦めるわけにはいかない……!

 私はすぐさま態勢を立て直し、再びメルトルスを見据える。

 すると、絶望的な光景が私の目に飛び込んできた。


 空腹に耐えかねたメルトルスが、私という邪魔者を排除するよりも先に痺れを切らしてしまったらしく、目の前にあった箱詰めの卵へ狙いを定めていたのだ。

 箱ごと呑み込んでしまうつもりなのか、頭を下げて口を大きく開いている。


「まずい!」


 私は咄嗟に駆け出し、頭の中で即座に隔絶魔術の魔法式を構築した。

 だが、これでは間に合わない!

 エンドマークを打つよりも早く箱詰めの卵がヤツの口中に収まってしまう!


 万事休すか――!


 私を含め、その場にいる誰もがそう思った時、視界の外から一つの人影が現れた。

 “彼”の手には倉庫の備品である麻紐を何重にも束ねたものが握られている。

 そして彼はたっぷり助走をつけると、メルトルスの大きく開いた口へ麻紐を引っ掛け、そして低くなった頭部を踏みつけて跳躍――実に華麗にメルトルスの背中に跨った。


 メルトルスが突然のことに驚き、目の前の卵から注意を逸らして、彼を振り落とすべく暴れ回る。

 対して彼はしっかりと手綱を握り、暴れ竜から振り落とされまいと必死で持ちこたえていた。


 その様は私がかつて戦場で目に焼き付けた騎竜士の雄姿――そのものである。


「――ああ、もう、チクショウ! 後輩にばっかり良い格好させてたまるか!」


 騎竜倶楽部部長、トルア・リーキンツは竜の背中に跨り、今にも泣き出しそうな顔で高らかに宣言した。


遅くなってすみません! もしよろしければブクマ・評価・感想・レビュー等お願いします! 作者のモチベーションが上がります!

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