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31 大賢者、バイト先にて集合する


 ケポの花も開く時期――とはいえ、まだまだ夜は冷え込む。

 親切なことに、バイトの募集要項にも「当日は暖かい服装でお越しください」とあったので、私はこの文言に従い、革製の上着を羽織って先輩方との待ち合わせ場所に出向いた。

 ちなみに黒竜の娘はというと、どうやら寒いのは苦手らしい。

 厚着に厚着を重ね、今や鉄甲虫もかくやというほどの驚異的“丸さ”を記録している。


「何故、こんな夜更けに我が労働など……」


「もうこれで六度目だが、理由を知りたいのなら何度でも教えてやろう、第一にお前は居候だ、そして第二にお前の食費が最も家計を圧迫している、以上の理由からお前には労働の義務がある」


「こんな年端も行かぬ女子になんと酷な」


「都合良いときだけ子どものフリをするんじゃない」


 待ち合わせ場所に集合してもなお未だぶつくさ言っている往生際の悪い彼女をたしなめた。

 まぁたしなめたらたしなめたで、今度はぱたぱたと足踏みをしながら「寒い寒い」とぶうたれている。

 竜のプライドとやらは一体どこへいったのだ。

 私は白い溜息を吐き出した。


 そんな風に、彼女が足をぱたぱたやるのをなんとなく眺めながら突っ立っていると、しばらくして前方からトルア先輩とクロウス先輩の並んで歩いてくるのが見えた。

 どちらも見るからに暖かそうな上着を羽織り、ポケットに手を突っ込んで、襟巻まで巻いている。 


「ああ、アーテル君随分と早いね」


「こんな寒い中よく待ってたな」


「先輩との待ち合わせだ、失礼があってはいけない」


「律儀だねえ、他の後輩に見倣わせたいぐらいだよ」


「その律義さのせいで凍え死ぬところだったぞ!」


 黒竜の娘が、またも文句を垂れた。

 ええい、こいつはまた……


「? そこのチビがバイトに誘いたいって言ってた、もう一人か?」


 クロウス先輩に“チビ”と呼ばれ、黒竜の娘はあからさまにむっとしていたが、また余計な事でも言われようものなら敵わない。

 私は彼女に先回りして答える。


「そうだ、ええと……りゅーちゃんとでも呼んでくれ」


 りゅーちゃん、と口にした途端、黒竜の娘の怒りの矛先がこちらへ向いた。

 なにやら恨みがましい目でこちらを見上げている。

 無視だ無視だ。


「へえ、りゅーちゃんっていうんだ、アーテル君の妹かなにかかな? 可愛いねぇ、ほら飴玉あげよっか?」


「気やすく呼ぶな女たらしが」


 黒竜の娘は吐き捨てるように言って、トルア先輩から差し出された飴玉をひったくると、すばやく包み紙を開き、そのまま口の中へ放り込んでしまった。

 トルア先輩が怪訝な目でこちらを見つめてくる。


「ねえアーテル君、この子、ボクとは初対面だよね?」


「………………そうだが」


 実は彼女は一週間前まで先輩が部長を務める騎竜倶楽部の竜舎に封印されていた黒竜であり、今は私の魔術で人間の少女の姿になってウチで居候をしている。

 それが事の顛末であり、厳密には初対面ではないのだが、まぁ人の姿での対面は初だろう。

 とりあえずそういうことにしておく。


「そ、そっか、そうだよね……はは、コラりゅーちゃん、年上のお兄さんにそんなこと言っちゃダメじゃないか、もう飴玉あげないよ?」


「しのごの言わずに寄越せ、ありったけの飴玉を献上しろ、さもなくば貴様が新入生女子と親密になるため使っている卑劣な手法の数々を暴露するぞ」


「ねぇアーテル君!? この子本当に初対面だよね!?」


「自慢げに語っていたな、大学に入って遠距離恋愛になった女こそ最高のカモだと……恋愛相談ができる先輩というのはさぞモテるそうではないか」


「トルア、お前まだそんなベタな真似を……」


 クロウス先輩が、トルア先輩に冷ややかな視線を送る。

 一方でトルア先輩はわざとらしく「ははは」と大きな声で笑った。


「じょ、冗談に決まってるじゃないか! はは! 最近の子どもはませてるなぁ!?」


「あと、さも自分は今まで交際相手に恵まれなかったかのような雰囲気を醸し出して女子の保護欲をかきたてる手法もどうかと思うぞ、もっと男らしくいくが良い」


「……元カノにチクってやろうか」


「あげるから! 飴玉全部あげるから!」


 こうして黒竜の娘はトルア先輩からありったけの飴玉を搾取することに成功し、それを全て頬張って勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「ふん、初めからそうすればいいのだ、二度と子ども扱いするでない、我にしてみれば貴様の社会的地位などこの飴玉と同じでいつでも噛み砕ける、カカカカカ」


 私は「調子に乗るな」と黒竜の娘に拳骨を食らわせた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 さて、気を取り直してこの四人で集合場所として指定された倉庫へと向かってみたところ、私たちを出迎えたのは、野生の獣にも似た大柄で毛むくじゃらの男性であった。

 私はともかく、同年代の男子と比べても比較的長身の部類に入るトルア先輩とクロウス先輩が見上げてしまうほどなのだから相当だ。

 獣じみているのはその風体だけでなく、針金のごとし髭の合間から覗く、鋭い眼光もまた然りである。


「お前さんたちが、今回応募してきたバイトか?」


 獣じみた男が、こちらを値踏みをするように言った。

 その声があまりにも低いものだから、聴きとるのに難儀してしまう。

 しかしこういった時に頼りになるのはやはりコミュニケーションスキルの高い先輩方だ。

 トルア先輩がいつも通りに柔和な笑顔を作り、極めて友好的にこれに応えた。


「は、はい! ラクスティア魔法大学からきましたトルア・リーキンツです!」


 続いて、クロウス先輩が


「クロウス・ケイクライトです」


 遅れて私


「アーテル・ヴィート・アルバリスだ」


 最後にたっぷりと時間をとって、黒竜の娘がためらいがちに


「りゅ、りゅーちゃんだ」


「ああん?」


 男は顔をしかめて、背丈が腰の高さほどしかない黒竜の娘を覗き込んだ。


「なんだお前、まだガキじゃねえか、バイト舐めてんのか?」


「! ま、また子ども扱いを……」


 黒竜の娘がわなわなと肩を震わせて、今にも男に食ってかかろうとしていたので、私はすかさず彼女の言葉を遮って応える。


「舐めてなどいない、彼女は私が誘った」


「ほう、お前さんが?」


 男はのっそりと身体を動かし、今度はこちらを睨みつけてくる。

 ふむ、なかなか並外れた迫力だ。

 私が以前暮らしていた山奥の人食い猪といい勝負である。


「どういうつもりだ?」


「どういうつもりも何もない、募集要項に経験性別年齢不問とあったのでそれに従った」


「こんなチビに仕事がこなせるとでも思ってんのか?」


「看板に偽りがないことを願うばかりだ」


 私がそう応えると、男は驚いたようにそのぎょろりと剥いた目を丸くした。

 隣の先輩方を横目で見ると、なにやら表情がこわばっていたようだったが、しかしややあって男は


「――はっはっは! 今時珍しい肝の据わった野郎だなぁオイ!」


 彼は豪快に笑い、そのフライパンにも勝る巨大な手のひらで、私の背中をばしばしと叩いてきた。

 何もおかしなことを言ったつもりはないのだが、なにやらお気に召したようだ。


「上等だ! 最近の若者、特に学生ってヤツは甘ちゃんばっかりで、少し脅かしただけで泣きそうな顔になる! 労働をナメてやがんだな! いいかよく聞けお前ら!」


 男は高らかに宣言する。


「――俺は現場監督のグラトン・ディペル! 要するにお前らのボスだ! テメェらは今日一日適当にやりすごせば金が入るとでも思ってバイトに応募したのかもしれねえが社会はそんなに甘くねえぞ!」


「俺は雇い主としてのルールは死んでも守る! 仕事は与える、残業代も払うし、休憩だってきっちりくれてやる!」


「だが、そうする以上お前らも労働者としてのルールは守るのが筋だ! ただ突っ立ってるだけのカカシはすぐに蹴り出してやる!」


「承知した」


 私は獣じみた男改めグラトンの言葉に深く頷いた。

 金銭が発生する以上、バイトに応募した時点でその覚悟はできている。

 要するに契約なのだ、なんと単純明快なことか。


 グラトンは「よし!」と一言、私たちにそれぞれ一部ずつ、書類の束を押し付けてくる。


「これは?」


「顧客のチェックリストだ! お前らにはこれを見ながら作業をしてもらう!」


「さ、作業とは具体的に何を?」


 恐る恐る言ったのはトルア先輩だ。


「ああそうか! まだ言ってなかったな! お前らの仕事は、ワイバーンの卵の仕分けだ!」


「……ワイバーン? ワイバーンって、あのワイバーンか?」


 クロウス先輩が眉をひそめて繰り返す。


「そうだ! 竜種のはしくれの、あのワイバーンだ! 今はちょうど産卵期(シーズン)だからな! 凄まじい数の卵が入ってきてとてもウチの社員だけじゃ捌けん! そこでお前たちだ!」


「ふむ……見たところこのリストに記されているのは小売店、もしくは飲食店のようだが、このリストで指定された数を店ごとに分け、出荷の準備を整えるのが私たちの仕事、というところか?」


「呑み込みがはええな! おおむねその通りだ! あとはサイズも指定の通りに分けて、不良品は弾く! これを日が昇るまでにでかしてもらうぞ!」


「こ、このリストを全部ですか!?」


「心配すんな! 普通にやってりゃ朝までには終わる! ……あとトラブルがなけりゃな」


「……今トラブルって言いました?」


「気にすんな! そうそう起こるもんじゃねえ! じゃあ頑張れよ! 学生さんたち!」


 がっはっは、と夜の闇すら吹き飛ばしてしまえそうな豪快な笑い声と共に、グラトン・ディペルはその場を去った。

 トルア先輩とクロウス先輩と心配そうに顔を見合わせ、黒竜の娘は未だに子ども扱いされたことを怒っているらしく口を尖らせている。


 なにはともあれ、私のキャンパス・ライフ初のアルバイトが、今始まった。


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