30 大賢者、食卓を囲む
アルバイトの手続きも完了し、その日の講義の全てが終了したのちの夜。
大魔導ハイツ111号室――すなわち我が住居の、今日の献立はウオタ鶏の唐揚げにカヨネサラダ、それとコレド芋のスープであった。
勿論全てソユリの手作りだ。
私もいずれかは自分一人で料理が作れるようにと、いつも彼女が料理をしているところを後ろから観察しているのだが、これがまた何度も素晴らしい。
肉の塊が、収穫されたままの姿の野菜が、彼女の手によってあっという間に彩り鮮やかな料理へと変貌してしまう様は、何度見ても飽きない。
しかし特筆すべきは“目分量”というやつだ!
ソユリは味付けの際に使う調味料のたぐいを一切計量せず、己の経験のみを頼りに調合している!
それでいて毎度栄養バランスは完璧、味も良しときているのだから凄まじい!
「別に、皆やってることだよぅ」
それを指摘すると、決まってソユリは照れ笑いを浮かべた。
謙遜も忘れない。その向上心さえあれば、彼女が歴史に名を残す大賢者になる未来もそう遠くないように思う。
ちなみにたいていこの後は
「――というかアーテル君見ちゃダメ! 男子厨房に入るべからず!」
と、キッチンを追い出されてしまう。
何故か、と以前一度だけ問うたことがあったが、その際にソユリは消え入りそうな声で
「だってアーテル君、その気になったら料理とかすぐに覚えて、私より上手くなっちゃいそうだし……」
と、言っていた。
心配せずともそのようなことにはならないと思うのだが、しかしソユリにもソユリの都合があるのだろう。
それ以降、私は背後からこっそりと彼女の手元を覗き込むようになったが、大抵すぐにバレてキッチンから追い出されるのがいつもの流れだ。
余談だが、初日に不本意ながらも“生活感が皆無”と評された我が家は、ソユリが夕飯を作ってくれるようになってからというもの、キッチン回りには調理器具や調味料などが所狭しと並べられており、そこだけ情報密度が高い。
閑話休題。
私は今日もまた厨房から追い出され、渋々椅子に座ると、教授の著書を読み始める。
ちらとベッドの方を見やると、黒竜の娘がうつ伏せになって、ぐるぐると腹を鳴らしながら「死ぬ死んでしまう」と呟いている。
かつての威厳はどこへやら、だ。
ちなみに我が領土は黒竜の娘によって完全に占領されたので、私は毎晩固くて冷たい床で寝ることを余儀なくされている。
しかし若いので別段苦ではない。
このようにキッチンから漂ってくる食欲をそそる香りや音。
そして空腹に呻く黒竜の娘の声をBGMに読書に勤しんでいると、突然ドアベルが鳴らされた。
しかも連続でリンリンリンリンとけたたましい音が響き、私は肩を怒らせて玄関に向かう。
こんな近所迷惑な真似をするのは、一人しかいない。
「――やぁ、こんばんはアーテル、天才魔術師のマリウス・クレイアットだよ、晩御飯ちょーだい」
「帰れ害虫め」
私はすぐさまドアを閉めようとする。
しかしマリウスのヤツはわずかに開いたドアの隙間から靴の爪先を差し込んできて、これを妨害してくる。
「つ、つれないこと言わないでよ、お茶ぐらい出したらどうだい」
「雨水でも飲んでいろ、締め出してくれる」
「はは! 無駄だってことにまだ気付かないかな!」
マリウスは懐からなにやら魔法式の記された紙を取り出し、これをくしゃくしゃに丸めてドアの隙間から投げ込んでくる。
丸まった紙屑は室内へと転がり込み、そしてひとりでに開くと――紙きれからぼんと煙があがって、煙の中からマリウスの姿が。
はっとなって振り返ると、ドアの外にいたマリウスが姿を消している。
クソ! また妙な魔術を!
「イスいただき~、あ、この匂いはコレド芋のスープだね、懐かしいなぁ、ソユリちょっと味見させてよ」
「おばあちゃんまた来たの」
「ソユリがつめた~い、敬老精神とかないの?」
「勝手に若返って勝手にどこかに行っちゃうようなおばあちゃんに敬老精神なんてありません、というかもう見た目私より若いじゃん」
「はは、これが反抗期かな?」
マリウスの問いかけに応えるような聖母のごとき人間は、残念ながらこの場にはいない。
私はマリウスに椅子をとられてしまったので、仕方なく別のイスに腰をかけ、教科書を読み直す。
そして待つこと数分。
「はい、できたよ」
ソユリがリビング中央のテーブルに大皿に盛り付けられた料理を運んでくる。
先ほどまで「死ぬ死ぬ」と喚いていた黒竜の娘は、飛び上がって食卓まで駆けつけ。
そしてマリウスもまた図々しくも席に着いた。
ここでソユリと私が席について、いつもの面々が食卓に集合する。
「おお、肉だ肉!」
「それじゃ、いただきまーす!」
初めに料理に口をつけたのは黒竜の娘とマリウスだ。
黒竜の娘はいの一番にウオタ鶏の唐揚げを確保し、一方でマリウスはコレド芋のスープとカヨネサラダを貪っている。
「こら、りゅーちゃん肉ばっかり食べないの、おばあちゃんも野菜ばっかり食べないで」
「ボクもう年だから脂っこいものは……」
「こういう時ばっかり年寄りぶらないでよ、ただの肉嫌いでしょ」
「我も青臭いものは……」
「ダメだって、りゅーちゃんは育ち盛りでしょ」
我が一体いくつだと思っておるのじゃ小娘め……
黒竜の娘はぶつくさ言いながら、しかしソユリに従ってどす黒いコレド芋のスープを啜った。
なんだかんだ言ってもヤツは毎日ソユリの作る夕飯を楽しみにしている。
下手に文句をつけて明日から作ってくれなくなる、というのは最も避けるべきところなのだろう。
「いつもすまないな、ソユリ」
「いいって、ほらアーテル君も冷める前に早く食べなよ?」
ではお言葉に甘えて。
私は手を合わせて、料理に手を付ける。
――うむ、今日もまた一段と美味い。
ソユリの日々の研鑽の賜物であろう、学業だけでなく家事にまで気を回せるとは、きっと
「ソユリは将来いいお嫁さんに……」
「おっと! ボクの目が黒い内はそういう発言は許しませ~ん、コレド芋いただき!」
「ああっ、貴様!?」
言いかけたところで、マリウスにひときわ大きなコレド芋をかっさらわれた。
「もう! おばあちゃん行儀悪いでしょ! そ、それに今アーテル君が……」
「アーテルは何も言ってませ~~ん! コレド芋おいし~~~!」
ソユリがマリウスを睨みつけたが、マリウスはわざとらしく言ってコレド芋を咀嚼する。
一方で黒竜の娘はどす黒いスープの中からコレド芋を取り出し、まるで汚いものでも見るかのようだ。
「……なんじゃこの石炭みたく黒い塊は、本当に人の食べるものか?」
「コレド芋だよ、私もそんなに食べたことは無いけど意外と美味しいね、アーテル君のリクエストなんだ」
「アーテル、貴様のリクエストだと? 我の野菜嫌いを見越しての嫌がらせか!?」
黒竜の娘がフォークに突き刺したコレド芋をこちらに見せつけて、捲し立ててくる。
まったく、騒がしい食卓だ。
「そんなつまらない理由ではない、コレド芋には覚醒作用がある、今日はどうしてもその覚醒作用が必要になったのだ」
「む、今夜何か用事があるのか?」
「アルバイトだ、労働だ、万が一でも就業中眠気に襲われてはことだからな」
「え? アーテル君、これからバイトなの?」
「そうだ、日付が変わる頃には家を出る」
「確かにバイトを勧めたのはボクだけど、これまた急だねえ」
「カカカ、人間とは窮屈な生き物よ、労働などというしち面倒くさいものをせんと満足に生きられん、その点我ら竜はいたって単純、弱肉強食だ」
黒竜の娘はそう言って、笑いながら唐揚げを頬張った。
「となれば今日は自習だな、いやぁ残念だ、残念だが仕方あるまい、ああ、留守番は任せるがよいぞ、カカカ」
黒竜の娘はやけに楽しそうに笑っている。
しかし
「何を勘違いしている? お前も一緒に行くんだぞ、アルバイト」
「は?」
黒竜の娘は、頬をぱんぱんに膨らませながら、間抜けな声を漏らした。
更新遅くなってしまいすみません……端的に言えば酔って帰って寝てました……
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