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19 大賢者、新歓コンパに参加する


 結論だけ言えば、我が住居、大魔導ハイツから“どわあふ亭”までの距離は、さほど離れていなかった。


 しかし私は大学周辺の地理に詳しくない。

 これはソユリも同様だ。

 そのせいもあって、“大学近く”という情報のみを頼りに走り回った結果、入り組んだ路地へ迷い込んでしまったり、散々迷った挙句大学へ戻ってしまったり。

 そういった様々なハプニングの末、結局私とソユリが“どわあふ亭”にたどり着いたのは、完全に日が沈んだあとのことであった。


「ここがどわあふ亭か……!」


 一度見つけてしまえば、今までの迷走がバカバカしくなるほど単純明快な場所に、それはあった。

 大学前の坂を下って、二つ目の大通り。

 この通りにずらりと並んだ建造物の合間に、一際異彩を放つ建造物が鎮座ましましている。

 それこそが“どわあふ亭”であった。


 大魔導ハイツには及ばないものの、いかにも年季を感じさせる店構えだ。

 それに真っ赤な看板に、決して上手いとは言い難い文字で、でかでかと記された“どわあふ亭”の堂々たる様や、店主の豪胆さがひしひしと伝わってくるようではないか!


「明確な時間の指定はなかったが、日が落ちてから相当の時間が経っている……これは遅刻だ! 明らかなる失態だ!」


「……確かに、はぁ……私も誘われたけど……別にわざわざこなくてもよかったと思うんだけどなぁ……」


 たっぷり大学近辺を走り回ったせいだろう。

 例によってソユリは肩で息をしながら言った。

 あれほど勤勉なソユリがそんなことを口にするなど、にわかには信じがたい。


「何故だ? 誘われたからには出向かなければならないだろう」


「だ、だって、サークルの勧誘でしょ……? あの人たち何百人っていう新入生に声をかけてるんだよ……?」


「そうなのか?」


 なるほど、それは確かに考え物だ。

 このどわあふ亭の外観から察するに、一度に収容できる人数はせいぜい30人ほど。

 おそらく今この店内には、天文サークル“星見の森”に対して極めて関心の高い学生のみが厳選されているのだろう。

 そんな中へ、ソユリはともかく私のような未熟者が足を踏み入れるとなれば、躊躇の一つもするはずだ。


 だが


「問題ではない、他ならぬ先輩の頼みとあらば、たとえ門前払いにされることが分かっていようとも、約束を果たす覚悟だ」


「やめた方がいいと思うんだけどなぁ……」


 忠告痛み入る。

 しかし、私は行かねばならぬ!

 入学初日に先輩との約束を違えるようでは、輝かしきキャンパスライフなど送れるはずもないのだ!


 私は威勢よく“どわあふ亭”のドアを開け放つ。

 ドアの向こうには、大学とはまた違った、私の知らない世界が広がっていた。


 まず初めに、肉の焼ける臭い、煙草の臭い、そして大勢の人間が密集することで発散される体臭。

 これらの入り混じった芳香が私の鼻を直撃した。


 続いて喧騒、馬鹿笑いをする客や、何事かを熱く語る客の声、更には厨房から聞こえてくる、怒号にも近い声。

 これだけでつい腰の引けてしまった私であったが、更に店内にひしめく客たちの無秩序な挙動が、膨大な視覚情報となって私を打ちのめした。


 彼らはずらりと並んだテーブルの一つ一つを陣取り、一様に酒を片手にして、顔を突き合わせている。

 その数はゆうに30を超えていた。

 これらの要素が、長年の孤独な生活によってすっかりしぼんでしまっていた私のキャパシティを大きく上回り、ついくらりとしてしまう。

 ソユリもまた同様に、この膨大な情報量に怖気づいてしまったようで、小動物さながらせわしなく辺りを見回している。


 そこに追い打ちをかけたのは、一人の男性だった。


「――おういらっしゃい! 待ち合わせかい!?」


 私は初め、自らが怒鳴られたのかと思ったのだ。

 しかし違う。

 それがこの情報に溢れたこの場において最も合理的な発声方法だと気付くには、少々の時間を要した。


 ちなみにそう尋ねかけてきたのは、おそらくこの店を取り仕切るであろう男性であった。

 きわめて小柄ながらも筋肉質で、いかにも威厳に満ち溢れたその立ち振る舞いは、なるほどかつてお伽噺に語られた“ドワーフ”のイメージとぴたり一致する。

 私は彼に倣い、声を張って応えた。


「すまない! 天文サークル“星見の森”とはいずこか!」


「おお! 兄ちゃん威勢がいいねえ! 星見の森さんだったらあっちのテーブルだよ!」


 店主の指した方向を見やれば、十数人の学生たちが一つの大テーブルを囲み、談笑しているところがうかがえた。

 なるほど、あれが星見の森の面々か!


「ありがとう! 注文はあとで頼む! 行こうソユリ!」


「う、うん……」


「おう! 楽しんでいってな!」


 ふむ、なんと豪快な店主であろう!

 しかし今は星見の森だ!


 私とソユリは並みいる人の群れをかわしながら、やっとの思いで星見の森が陣取るテーブルへとたどり着いた。


「すまない! 遅くなってしまった!」


 星見の森の面々が、一斉にこちらを見やった。


「ええと、君たちは……?」


 恐らくリーダー格なのであろう眉目秀麗の青年がこちらに尋ねかけてきた。

 私がこれに応える。


「今日の入学式後、ニーア・アリアケオスという先輩にここへ来るよう誘われて、先ほど到着した次第だ!」


「ニーア……? あの幽霊部員に……? 今日も来てないけど……」


「うん?」


 言われてみれば、確かにあの“ラクスティア魔法大学の魔女”を名乗る先輩の姿がない。

 どういうことだろうか……


 青年は疑わしげに私のことを見つめていたが、しかし、私の背後で縮こまるソユリの姿を見つけると、途端に目の色が変わった。

 端的に言えば、その整った目鼻立ちを駆使して、きわめて友好的な雰囲気を発散し始めたのだ。

 なるほど、一つのサークルを統括する人間ともなれば一目見ただけでソユリの溢れ出る優秀さが分かるらしい!


「まぁ、それはともかく、来てくれたからには歓迎するさ! ようこそ天文サークル“星見の森”新歓コンパへ! オレは部長のクロウス・ケイクライト! よろしくな!」


「アーテル・ヴィート・アルバリスだ」


「そ、ソユリ・クレイアットです……」


 よろしく! とクロウスがソユリに対して握手を求めた。

 しかしソユリはその引っ込み思案のせいで、これを躊躇する。

 クロウスはこれを見て取ると、少し顔を歪めたような気がしたが、やがてその手を引っ込めて


「じゃあ男子はこっち! 女子はこっちね!」


 そう言って、私を、おそらく新入生男子の固まったテーブルの隅へ。

 そしてソユリはテーブルの中央、女子の集中した場所――すなわちクロウス部長の近くの席へと案内した。


 なるほど、男子と女子を分けることで円滑に会話を勧めようというはからいか!

 サークルの部長ともなれば、後輩に対する気遣いも一流なのだな!


「ではソユリ、お互いこの時間が有意義なものとなるよう努めようではないか」


「で、でも、あのアーテル君……」


「――さあさあ早く席に着こうじゃないか! 改めて乾杯をしよう!」


 クロウス部長にせかされ、私とソユリは指定された席に着く。

 周りには新入生と思しき男子学生たち。

 私は彼らに敬意を払い、改めて自己紹介をする。


「総合魔術科1年、アーテルだ。よろしく頼む」


「あ……うん……」


「よろしくね……」


 うむ? 思ったより反応が芳しくないな?

 というより向こうの女子学生、ひいてはクロウス部長の表情が明るいのに対して、こちらは全体的に雰囲気が沈んでいるように見える。

 これを疑問に思っていると、店員の一人が私の下へ注文を取りに来る。


「ええと、一応確認なんですが、18歳以上ですよね?」


 300歳である、とはあえては言わない。


「無論だ」


「はい、では注文を……」


「とりあえずカルトルを頼みたいんだが、あるか?」


「ええ、もちろんございますよ!」


 カルトル、とはカハフプの実を発酵させることで作られる炭酸入りの酒である。

 昔はよく飲んだものだが、最近ではめっきり飲まなくなった。

 しかし郷に入っては郷に従え、である。


「えと……私は、このスズレ? を、一つ」


 一方でソユリは私の知らない飲み物を頼んでいた。

 これを受けて、店員はにこやかに微笑んで店の奥へと引っ込み――驚くほどの早さで戻ってきた。


「はい、こちらカルトルとスズレです!」


 私とソユリの下へ、注文した飲み物が届けられる。

 クロウス部長はこれを確認すると、高く杯を掲げて。


「では、改めて今年の輝かしい新入生たちを歓迎して――乾杯!」


 乾杯!

 私も声高らかに言って、杯を交わす。

 しかしこのようなめでたい席にも関わらず、私を囲む新入生男子諸君の表情は依然浮かなかった。


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