20 大賢者、一発芸を披露する
新入生歓迎コンパ、略して新歓コンパ。
大学においてこのような風習が存在するというのは、風の噂には聞いていた。
なんでも在学生の先輩が新入生を歓迎するべく開催する、いわゆる懇親会のような行事なのだと。
具体的に何をする場なのかは私の不勉強のせいでついぞ分からなかったのだが――なるほど、これが噂の新歓コンパか!
ある共通の目的を持った者たちが身分の上下に関わらず一つのテーブルを囲み、酒を酌み交わす。
魔術を究めるために、まずは友好関係の構築から。
良い! 我らが行く先を聖母のごとき慈愛をもって照らし上げる輝かしいキャンパス・ライフが目に映るようではないか!
私は偉大なる先輩方に倣い、カルトルを一息に飲み干した。
――酒も美味い! 上質なカハフプを使っている!
しかし、一つ気がかりがある。
クロウス部長がこのように素晴らしき会合を開いてくれたにも関わらず、新入生男子諸君の表情が暗いことだ。
酒も進んでいないようだし、ずらりと並んだ料理の数々にも、ほとんど手をつけていない。
まるで魂を抜き取られてしまったかのようである。
緊張しているのだろうか?
まぁ、なんにせよ友好的な関係の構築である。
要するにコミュニケーションである。
「すまない、君たちの名前を聞いていなかった、教えてもらってもいいか?」
彼らは、ゆっくりと顔を上げる。
第一印象としては、溢れ出る陰気が質量を持っているかのごとくであった。
初めに、中性的な顔立ちの彼が応える。
「……オルゴ・ノクテルだよ、よろしく」
「サヌハ・フロイグ……」
続いて痩せぎすの彼が呟くように応え
「……カイリ・ルーキンスでござる」
最後に、素晴らしく背丈の高い彼が応えた。
なるほど実に魔術師らしく陰鬱な雰囲気の三人組で好感が持てる。
しかし新入生男子は私を入れて四人、向こうで楽しそうにしている新入生女子は十人前後と、かなり男女比に偏りがあるようだな。
そんなことを考えていると、ふいに中性的な顔立ちの彼――すなわちオルゴ・ノクテルが、声を潜めて言った。
「キミは……僕らと違ってそれなりに顔かたちも良いようだし、肝も据わってるみたいだけど……でも、どうせサークル勧誘であの部長にハメられたクチだろう?」
「ん? 顔かたち? いきなり何の話だ?」
はっ、とオルゴは鼻で笑う。
「とぼけないでよ……どうせ“ウチに来れば可愛い女の子と仲良くなれるよ”とか、そういう餌で釣られたくせに……じゃなきゃこんなとこ来るはずがないよ……くそう……」
「……すまない、君が何を言っているのか本当に分からないんだ」
「ふふ……すぐに分かるよ、すぐに……」
ふふふふふ、とオルゴは意味深な笑いを漏らす。
気のせいかもしれないが、その笑いには自嘲的なニュアンスが含まれているように思えた。
どういうことだ……?
彼の言葉の意味するところが分からず、首を傾げていると――おもむろにクロウス部長が席を立って、皆の注目を集めた。
「やあやあ今日は皆わざわざ星見の森の新歓に来てくれてありがとうな! 後から来た二人のこともあるし、ここでオレが一つ一発芸を披露しようじゃないか!」
新入生の女子諸君から黄色い声があがる。
反対に男子諸君は目に見えて表情がこわばった。
ちなみに向こうの席に座ったソユリはというと、周りの雰囲気に圧倒されているためか、若干表情が硬い。
「マスター! いつものやるからアレ、頼むよ!」
「おう、クロウス君も好きだねえ! はいよ!」
クロウス部長がカウンターに向かって声を張り上げると、例のドワーフじみた店主がトレイに乗せて何かを運んできた。
色鮮やかな液体に満ちた数本のボトルとカクテル・グラスが一つ、更に輪切りになったなんらかの果実が数欠片、最後に金属でできた蓋つきの器である。
「いつもありがとね! じゃあ皆見ててな!」
彼はこれを受け取ってテーブルに並べると、再び皆の注目を集めた。
もちろん私も彼の一挙一動に注目する。
注目の中、クロウス部長は数本のボトルを開封すると、絶妙な配分をもって金属の器へこれを注ぎ込んでゆく。
そしてひととおり注ぎ終わると、彼は容器に蓋をして、これを巧みな手さばきで上下に振り始めたではないか。
主に女子諸君からおおっ、と歓声があがる。
当然私もその一人だ。
クロウス部長はこれを受けて得意満面に容器を振り続け、そして頃合いを見て蓋を取り外し、中で調合された液体をグラスに注いだ。
どこまでも透き通った、翡翠色の液体である。
「すごーい!! お洒落!!」
「カクテル作れるんですか先輩!?」
「まあまあ待ってな、これだけじゃないさ」
女子の拍手と歓声を受けながら、クロウス部長は口唱法にて魔術を詠唱する。
するとどうだろう、魔術の働きによってグラス中に球状の氷が出現したではないか。
しかも、よく見ると氷が淡く発光している。
光が翡翠色のカクテルを通すので、これがなんとも見栄えが良い!
「きゃーーーーっ!?」
黄色い歓声ここに極まれり。
クロウス部長の仕事に、女子はほとんど半狂乱の状態であった。
私もつい興奮してしまい、「素晴らしい!」と一言、惜しみない拍手を送る。
「最後にこれで仕上げさ」
そう言って、彼は氷の上に輪切りの果実をちょんと乗せる。
そしてこの素晴らしき芸術作品を、どこか引きつった笑いを浮かべるソユリの前へと差し出した。
「え……?」
「歓迎の印だよ、記念にどうぞソユリ君」
「い、いえそんな……! 私にはもったいないですって!」
「気にしない気にしない、先輩の奢りだから」
「ソユリちゃん、せっかくだからもらっちゃいなよ~」
「いいな~」
ソユリは初め両手をぶんぶん振ってこれを遠慮するような素振りを見せていたが、クロウス部長の強い勧めと周りの女子の声に押されて
「……じゃあ、いただきます」
実に遠慮がちにグラスを取り、この翡翠色の液体をちびりと口に含んだ。
「お、美味しいです」
「ウチにもシェイカーがあるんだ、是非とも家まで遊びにきてくれれば、いくらでも作ってあげられるよ」
「は、はあ……」
再びクロウス部長に向けて女子諸君からの割れんばかりの拍手が送られる。
次は私に作ってください! という声も上がり始め、いよいよ大変な騒ぎだ。
しかしクロウス部長はこれを制し
「まあ待ってよ、オレばっかり目立っちゃ悪いだろ? ――オルゴ君、キミも何かやってみなよ」
向かいの席に座るオルゴの肩が、びくりと跳ねた。
目が泳いでいる。
「い、いえ、ボクはちょっと……そういうのは……」
「おいおい、先輩にだけやらせておいて、自分がやらないっていうのはないだろう?」
……自分で勝手にやったんだろ。
とは、隣に座るサヌハの言だ。
「でも、あの、ボク、本当に……」
「いやいや、アレをやればいいじゃないか、ほらアレ、新歓が始まる前にボクに見せてくれたアレだよ、すっごく面白いんだよ、彼の一発芸」
ええ、本当に面白いのぉ? と女子連中から嘲笑混じりの声があがる。
すると見る見るうちにオルゴの顔色が悪くなってきた。
真っ青、を通り越して真っ白だ。
やがて、オルゴはグラスを片手にゆっくりと席を立ち、そして口唱法にて詠唱を開始した。
グラスを持つ手が震えている。
そして詠唱が終わるなり、彼は一気にグラスをひっくり返す。
すると、グラスより溢れ出た液体が、球形に固定された状態で空中に留まったではないか。
ふむ、これもまた大した一発芸ではないか。
そう思って拍手を送ろうと思ったのだが、直前になって場を包む雰囲気が妙であることに気付いた。
簡単に言えば、静まり返っているのだ。
なんというかしらけ切った空気が流れている。
ややあって、クロウス部長ははっと鼻で笑い。
「――からの?」
そう、オルゴに問いかけた。
オルゴはいよいよ泣きそうな顔になりながらも震える声で詠唱し、そして――空中に浮かんだ液体を操って、その全てを自らの口の中へ突っ込んでしまったではないか。
「がぼぼごぼがぼぼぼごっ!!!」
「きゃあ!!」
「ヤダ! 汚い!」
女子連中から先ほどの黄色い声とはまた違った、甲高い悲鳴が上がる。
オルゴは目に涙を溜めながらこれを飲み下し、崩れ落ちるように着席する。
クロウス部長は、この様をみて一人けたけたと笑っていた。
「ははははは、いいねいいね、やっぱり面白い、女子諸君には少し刺激が強かったかもしれないけど」
「もう、クロウス先輩やめてくださいよ!」
「可哀想じゃないですかぁ~」
彼を囲む女子諸君は、そう言いつつもどこか楽しんでいるように見える。
唯一ソユリだけが苦虫を噛み潰したような表情なのだが、彼がこれに気付いた気配はない。
そしてクロウス部長はひとしきり笑うと、今度は私の姿を見つけ、にやりと口角を釣り上げた。
「じゃあ、次は遅刻した罰でそこのキミ、アーテル君? だっけ、の番だね」
この言葉を皮切りに、女子たちの視線が、それに加えて心底心配するようなソユリの視線が、私の下へと集まった。
オルゴ、サヌハ、カイリの三人は更に深く俯く。
「一発芸か……」
私は、ひとりごちる。
思い返してみれば、他者を楽しませることを目的とした魔術なぞ、300年生きてきて一度も考えたことがなかった。
だが、まぁ、新入生代表としてオルゴが先駆けを務めてくれたのだ。
それに他ならぬ先輩の頼みとあらば私もやぶさかでない。
「生憎手持ちのものがないので即興になるが、それでもいいだろうか?」
「いいよいいよ全然、面白ければね」
クロウス部長は、むしろ楽しげな風だ。
私のような未熟者にこのように重要な役目を与えるとは、懐の深い先輩である。
「では、僭越ながら――店主! アシヘミとギギの蜜、それとモヨルの乳はあるか!」
「アシヘミとギギの蜜とモヨルの乳ぃ? 一応あるが……そのままでいいのかい!?」
「ああ! そのままで頼む! あとは角砂糖を一つとスプーン一つ、それとシェイカーとやらをくれ! グラスはいらない!」
この注文に、クロウス部長が訝しげに眉をひそめた。
いや、彼だけではない、新入生の男子三人組も顔をあげて、驚いたように目を丸くしている。
そんなに期待されても大したことなどできないのだがな……
そして店主は、例によって驚異的な早さで注文の品を用意し、私の前に並べた。
私はシェイカーとやらの蓋を外して、アシヘミ、ギギの蜜、モヨルの乳を注ぎ始める。
これを見て、クロウス部長が肩をすくめた。
「おいおい、オレの真似か? いくらネタがないからってそりゃきついぜ、素人が即興でできるわけ……」
「いや、素人ではない」
「へ?」
クロウス部長が間抜けな声をあげる。
一応言っておくが、私は前にソユリにも伝えた通り料理に関してはずぶの素人である。
しかしこの分野に関しては別だ。
――要は、調合なのだろう?
昔、魔術を学ぶ過程で薬草学にも手を出したため、うろ覚えだが知識はある。
そもそもアシヘミというのは、今でこそこんなこじゃれたボトルに入っているようだが、元はカォヌを始めとした数種類の薬草・香草から作られた薬用酒である。
それにギギの蜜には多分の栄養が含まれており、疲労回復、精力増強などなど素晴らしい効能の塊だ。
最後にモヨルの乳だが、これもまた栄養価が高く、なによりクセの強いアシヘミとギギの蜜を調和させるという大きな役割を持つ。
この三種類を一滴単位で調整しながら、シェイカーに注ぎ込んで蓋をする。
そして部長に倣い、これを数十回ほど上下に振って調合は完了だ。
「ふ、ふうん、なかなかサマになってるみたいだけど、グラスもなしにどうするんだい?」
「問題ない」
私は頭の中で魔法式を組み、エンドマーク。
無詠唱の魔術により、テーブル上に氷でできたグラスを出現させる。
おおっ!? と歓声があがった。
今度のは女子だけでなく、ソユリや男子諸君も加わったもの、である。
ただ一人クロウス先輩のみが、顔を引きつらせていた。
私は氷のグラスに、シェイカーとやらで調合した液体を注ぎ込む。
白濁したルビー色の液体が氷のグラスに満ちた。
さすがに見栄えの面ではクロウス部長には劣ってしまうが、最後の仕上げだ。
私はスプーンの上に角砂糖を乗せると、これをアシヘミに浸し、氷のグラスの上に置く。
そして無詠唱式魔術で角砂糖に着火した。
火種が角砂糖に染み込んだアルコールに反応して、青い炎を上げる。
これはかつてグランテシアの一部地域で流行った飲み方なのだが、どうやら今では珍しいものらしい。
このテーブルだけでなく、店主を始めとした従業員、ひいては店内全ての客の注目を集める結果となる。
皆が見守る中、角砂糖が原型を失って飴色になると、私は焼けた角砂糖をスプーンごとグラスの中へ落として、軽くかき混ぜた。
これで、特製オリジナル・カクテルの完成だ。
「クロウス部長の素晴らしいカクテルと、夕焼けに染まるラクスティア魔法大学からインスピレーションを受けて作ってみたのだ、さあ飲んでくれ」
私はこれをソユリに差し出す。
ソユリはしばらくきらきらした目で氷のグラスに満ちる白濁したルビー色の液体を見つめていたが、やがて口に含み。
「……美味しい!」
まるで花の蕾が開くかのごとく、ソユリはぱあっと表情を明るくさせて、言った。
その瞬間、店内からおおおっ! と歓声があがる。
「すげえな兄ちゃん!? もう店開いちまえよ!」
「マスター! あれメニューに加えてよ! 私も飲みたくなっちゃった!」
「無理無理! あんなこじゃれたもんウチじゃ出せねえよ!」
大変身に余る光栄なのだが、拍手を送ってくれる者までいる。
今日はやたら人に注目される日だ。
「グラスの氷は内側からゆっくりと溶け始めている、時間が経てばまた味わいが変わるはずだ……あと、美容に効果がある」
「――マジ!?」
私が最後に付け足した一言で、新入生の女子諸君が一斉にソユリへ群がった。
一発芸とは、こんなもので良かったのだろうか?
そう思ってクロウス部長へ目をやると、彼は一言で表すことのできないような複雑怪奇な顔をしていた。
どうやらお気に召さなかったらしい。私もまだまだ未熟だ。
反省の意を込めて手元のグラスにアシヘミを注ぎ、ストレートで飲み干した。
この味は何百年経っても変わらないな。





