ゴンドーナ大陸東域汎国家総合教育学校・東部アザトフィア校:(1)
仮想ゲーム世界の設定に基づく異世界の物語。
大陸東域汎国家総合教育学校・東部アザトフィア校。
ユウタは数多ある教室棟のひとつ、N四四棟五階の教室から新入生達が初等部区画へと向かう姿を見ながら ぼんやりと思いを巡らせていた。
世界唯一の大陸ゴンドナ(の東域)では もう十数世紀にも渡って群雄割拠の時代――戦国時代ともいう――が続いている。そんな中、この全寮制総合学校は自治を守り続けている。
今から四百年くらい前、大陸東域――ヒトの領域に関してだけではあるが――を分割統治していた三つの大国が滅び、ひとつに統一された。
その国は分裂、統合を何度も繰り返しながらも現在まで続いている。その初期、三百年ほど前に この学校の前身である塾が創設されたそうだ。
その後、何度も権力者の横槍などに翻弄され、廃校寸前にまで追い込まれたことも何度かあったらしいが、大陸内ではなく島であったのと、人外域が含まれていたのも幸いして、現在まで続いている。
大陸の東にある このアザトスフィア本校は、二百棟を超える校舎と寮棟、多くの設備棟やグラウンドからなる学校本体と、それを取り巻く市街地で構成されている。
広大な校区は、分校二校を合わせれば 東域の八分の一ほどを占有するもので、中程度規模の国土に匹敵する。
どの国も、例え全ての国が結束したとしても太刀打ち出来ない戦力も有している。
挑まれない限り戦争は起こり得ない中立地帯ではあるが、攻められて黙っているほど甘くはない。
ユウタは ふと気付いたように教室内を見回した。
雑多な者達の寄り集まりだ。種族、年齢に統一性がないのも当然で、この学校においては王・公・貴族・庶民の区別はおろか、ヒトであることだけが条件――それすらも少々怪しいのだが――となっており、完全に平等な勉学の環境が保証されている。
そして教師をはじめ学校関係者は、国や信条・宗教などの権力・権威が全く通用しない究極の実力主義者ばかりが集まっている。
ああ、そうだった。この学校の関係者は全員、この学校の卒業生であるらしい。当然といえば当然ではあるのだが。
担任教師の新年度における決まり文句についてはユウタは右から左へサラリと聞き流したが、翌日の注意事項だけは、しっかり耳に届いていた。そう、しなければならないことだけは理解した。
「……が能力検定に来る。かなり危険なので今日中には魔力を封じておくように。
そして、チラリとユウタを見て、「特に新規に高等部に来た者は注意するように。念のためこれを配布する」と結んだ。
配布されたのは、魔力封じの魔道具である。
ユウタは暗い顔で ここからは見えない位置にある北の方を窺った。
この学校は大きく二つに分類されている。『魔法学部』と『一般学部』である。
彼が所属しているのは魔法学部だ。
その学力は一般学部とは比べるべくもないほど低い。勉学に勤しむ者も いないではないが、ここでは自分の魔力に応じた、その制御法を学ぶのが目的だ。当然、最低限の学力は必要なのだが。
ユウタは高等部二学年。
もう五年間同じ学年にいるけれど、……もう少しかかりそうだ。
この学校では所定の能力が得られない限り進級できない。
途中での退学もできない。
彼が高等部に在籍しているということは、少なくとも高等部相当の魔力値を持ちながら、その制御が『未熟』だということなのである。
中等部で卒業した者は、中等部相当の魔力を持ち、それを制御できた。ということである。彼等には そのまま卒業するか、一般学部に転籍するかの選択肢がある。
新学期初日から授業がある。
実際には教科書配布や関連装備の更新が主だが、全科目の該当教室を本日中に回る必要がある。それに、教師によっては本格的な授業を開始する場合もある。この場合、指定時間に遅れると遅刻、あるいは欠席になる。
そのような訳で、彼が全科目を回って帰路についた頃には夕方になっていた。
例年通りの行事ではあるのだが、翌日が一般学部の能力検定に選ばれているのには理由がある。
初等部の生徒、新入生+留年生が所定の区画に缶詰になり、中等部生徒が全員校内に居ない状態だからである。
ちなみに 中等部の全員は、五日前から樹海の探索という名目の遠足、もとい臨海・林間学校に行っている。四週間の校外授業に強制参加中である。
ユウタは、寮棟に着く直前になって、慌てて魔力を封印した。
一瞬で、背中に冷や汗が滲んでいる。
危ない 危ない。彼は以前に一度、この作業を失念して大怪我を負ったことがあったのだ。
彼は、その時のことを、あの少女のことを思い出した。『一般学部の魔法使い中で、いや、多分 全学校中で最凶で最強、推定危険度3S――未だ確定していない――の人物、マドカ・ナルラトフ』今年も きっと来るだろう。
制御不能な人型破壊兵器だ。
一般学部の魔法使い、通称『オカルト系魔法使い』は、この時期を狙って定期的に能力検定が行われる。
サイ能力者などの特異能力者がこれにあたる。が、とんでも能力の持ち主や、彼は たったひとりしか知らないけれど――もちろんマドカのことだ――複数の特殊能力の持ち主さえいるのだ。
四年前までの ユウタの常識では『呪詞』のない魔法など、とても考えられない、ありえない事象だった。
しかしそれは、あの日、完膚なきまでに 完全に打ち砕かれた。それこそ砂粒ほども、いや微塵も残っていない。埃となって消えてしまった。
四年前の、一般学部・オカルト系魔法使いの能力検定日。
魔法学部の中等部卒業試験に相当するものだ、もちろん魔法に関してだけである。彼女は その時点で大学の遊び人、院生見習いであったのだから。
もっとも、彼女の魔法値で中等部卒業などありえないのだが……。
あの状態で果たして卒業など できるだろうか。
そう、四年前。
ユウタが高等部に進級した年の、一般学部能力検定の日。