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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語
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第四十五話 天使にして悪魔

 史上最高の懸賞金——金貨百万枚。犯罪史上最凶にして最悪、三万人を殺した超大量殺人犯。

 それがフランク・フランクリン・フェルディナント。


 この名は、大抵の人間にとって恐怖を意味する。


 神の鉄槌(カール・ハンマー)狂信の魔龍(インセイム・ドラゴネル)


 彼の名は常に畏怖と共に語られるが、その評価は二極化している。


 ガスフォボス帝国においては魔王以上の恐怖と戦慄をもって受け止められている一方、故郷ウィーグ共和国では亡国の危機を救った英雄として称えられ、尊敬されている。


 フランク・フランクリン・フェルディナントは元々、熱砂の(シムーン)大陸のウィーグ共和国にあるマジェスタという村の、ジェタクト聖教会の神父だった。

 大柄な体躯に似合わず温厚な性格で、布教活動以外にも野外学校を開いて児童に字を教えたり、農作業の手伝いに多くの時間を割いたりするなど、村人の信頼は厚かったという。


 しかし運命は、彼に平和な山村の神父としての生涯を許さなかった。


 今から約四十年前、ガスフォボス帝国は突如ウィーグ共和国との不可侵協定を一方的に破棄し、軍事侵攻を開始した。


 シムーン大陸北部に位置し、不毛の砂漠地帯(パイロガロ)が国土の七割を占めるガスフォボス帝国は、穀物を外国からの輸入に頼らざるを得ない。

 当時は強大な軍事力を背景に唯一大世界連盟に加盟しておらず、帝国のさらなる軍事力増長を警戒する連盟の圧力もあって、諸侯会議では穀物に対する関税率の引き上げが議決されていた。


 そこで窮した帝国は、ウィーグ共和国南部の生産力の高い肥沃な大地に狙いをつけた。


 元々ウィーグ共和国は、ガスフォボス帝国成立初期に迫害から逃れてきたジェタクト教徒たちが作った宗教国家であり、その経緯から両国は常に緊張した関係にあった。


 当時の皇帝オーガスタス・ガスフォボス十五世は「世界帝国建立」という大きな野心と、それに見合う智勇を備えた人物で、彼にとって関税率の引き上げは侵攻の口実に過ぎなかった。野望達成への第一歩として、シムーン大陸の統一に乗り出したのだ。


 二十万の軍隊を送り込んできた軍事大国ガスフォボスに対し、ウィーグ共和国の国民軍は二万にも満たなかった。

 装備面でも圧倒的に劣る国民軍と、最新鋭の重装備を備えた帝国軍では到底勝負になるはずもなく、簡単に国境を突破され、国内への侵入を許してしまった。


 そしてその際、国境沿いにあった山村マジェスタが、運悪く帝国軍先鋒部隊の襲撃を受けた。


 物資の提供を拒否したという理由で、村人全員が殺された。その中にフェルディナントとその家族もいたが、彼は身長二メートル十八センチという巨体に応じた生命力を持ち合わせていたらしく、全身に切創を負っていたにもかかわらず、帝国軍が村から引き上げた直後に息を吹き返した。


 それから数時間後のことだった。夜間行軍中の帝国軍先鋒部隊三千名が、マジェスタ付近の山野で全滅したのは。


 三千人全員、脳天から股間まで真っ二つに切り裂かれて即死。


 当時、それが何者の仕業かは誰にも分からなかった。


 国民軍は国境の守備を諦め、首都周辺の守りを固めるので精一杯だった。

 帝国軍首脳部は凶暴化した四頭獣(クオッドヘッド)の仕業かと考えたが、ウィーグ共和国に大型の合成獣(キメラ)の存在は確認されていない。さらに、いくら四頭獣でも人間の骨格を無視したような——脳天から両断するなどという力技は不可能だ。


 その襲撃の真相は、数日後、さらなる惨劇をもって明らかになる。


 先鋒隊の全滅を受けて派遣された後続部隊が、またもマジェスタ近辺で襲撃された。二千人の軽装兵と千人の重装兵、騎馬兵五百人のうち、三千四百人が前回と同様に真っ二つに斬られて即死した。


 辛うじて本隊まで生きて逃げたのは十数人。そのうち、まともに話ができる状態だったのはわずか数名だったが、彼らの証言で襲撃者が判明した。


 後続部隊を襲撃し、三千四百余人の死者を出したのは——一人の大男だった。


 四メートル近い長さの異様な騎士剣を両手で真っ直ぐ天に掲げ、たった一人、街道の真ん中で軍隊を塞ぐように立っていた。


 この正体不明の命知らずを追い払おうと、隊列の最前方にいた兵士数人が剣を構えて近づいた。惨劇の始まりだった。


 彼らが駆け出した直後、胴の中央に赤い線が縦に走った。次の瞬間、線から血しぶきが吹き上がり、身体は左右真っ二つに分かれ、破裂するように切断面から脳漿と臓腑が飛び散った。


 男は剣を天に向けたまま、一歩も動いていなかった。


 ——いや、実際は動いていた。掲げた剣を向かって来る兵士それぞれの脳天めがけて振り下ろし、また振りかぶり、そして振り下ろす。その動作を繰り返していた。


 ただ、その動きは速すぎ、リーチも長すぎた。

 兵たちには、近づいた者が次々と一瞬で、「両断」されたというより得体の知れぬ力で「分解」されたように見えた。


 隊列に衝撃が走った。


 動揺した伝令隊長が馬上から徒歩の部下に何か命令しようと、手にした伝鐘を振り上げる。だが鐘の音が鳴り響く前に、彼は乗っていた馬ごと真っ二つになって地面に落ちた。


 重装兵隊が一斉に腰の騎士剣に手を掛けたが、その刃が鞘から抜かれる間もなく、彼らもまた分厚い甲冑ごと頭蓋から両断され、道端の草むらに血肉となって転がった。


 男は駆け出していた。


 剣を頭上に掲げたままの格好で、折り重なった軍隊へ一直線に。


 マジェスタの街道は周囲を山に囲まれ、道幅が狭い。三千五百人の軍隊ともなれば、その隊列は一キロ以上になる。前方で起こっていることが後方の兵士まで伝わるには、少し時間がかかる。


 しかし、この場合は違った。


 前方で次々と血しぶきが吹き上がり、まるで押し寄せる真紅の津波に呑み込まれるように、兵士の姿が次々と消えていく。


 フェルディナントの剣の長さと腕の長さを合わせると、およそ六メートル。そこが彼の攻撃が届く範囲だ。

 つまり、剣を掲げた頭上の一点を頂点とした半径六メートルの半球——それが彼の間合いだった。


 魔剣の力で異常に研ぎ澄まされた彼の神経は、その間合いの内側すべてを支配していた。

 武術の達人が目をつぶったままでも敵の位置を把握できるというが——それどころではない。高揚した精神と魔剣の力が空間認知能力と五感を、人間の限界まで、あるいは限界すら超えて押し上げていた。

 空気の流れだけで、砂埃ひとつが間合いに侵入しただけでも、その位置と形を正確に判断できた。


 これはもはや「間合い」と呼べるものではない。「結界」だ。


 言うなれば「剣の結界」。


 この結界を少しでも侵したものには、高みから恐るべき速度で分厚い刃が振り下ろされ、文字通り両断される。


 精緻な技術ではない。

 ただ剣を力任せに振り下ろし、そして元の位置へ振りかぶるだけの単純な斬撃。


 しかし、誰も防げなかった。


 六メートル近いリーチ、正確で無慈悲な——目にも映らない剣撃の速さ。骨格ごと人間を両断してしまうほどの剣圧。さらに、高速で飛来する銃弾や魔術すら切断し霧散させてしまう魔剣の能力。


 それは後代に「結界剣」という名で畏怖された、絶対不破の剣技。


「ちょっと待ってくれよ」


 レイが不意に口を挟んだ。

【更新情報】

『56テールズ人物紹介』に№4【ロベルト・ディアマン】を追加しました。

併せてご覧くださいませ。

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