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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語

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第十七話 怒りの赤

「……たたずだ」


 その引きつった声は言った。ロベルトにはよく聞こえなかったが。


「あ? 何だって」


「役立たずだ、と言っているのだよ。どいつもこいつも役立たずだ。この僕がいないとろくな収穫も上げられないくせに、この僕が指示しなければ統率もままならないくせに――いざという時になってこの有様だ。まったく使えない。それが役立たずだ」


 ロベルトは吐き捨てるように言うキノコ頭の魔術士を一瞥し、煙草入れから新品の一本を取り出した。


 足元にはのされた男が数人、口から泡を吹き、あるいは白目をむいて、冷たい石畳に四肢を投げ出している。


「たかが素手の筋肉バカと木刀のガキに、何というざまだ」


 バルバリッチャが言い切る、その瞬間。レイの木刀が最後の一人の背骨に水平にめり込んだ。


「……くそ。兄上に合わせる顔もない」


 歯軋りとともに呻き、バルバリッチャはローブの胸元の留め金を指で弾いた。黒い布がずるりと肩を滑り落ち、分厚いローブが足元に落ちる。


「まあいい。僕がすべて片付ければ、同じことだ」


 バルバリッチャは怒りを押し殺し、ゆっくりと顔を上げた。


 月光に晒された胸部が、鋭く光る。


「へえ、甲冑かよ。かさばる布切れを着込んでると思ったら、そういうことか」


 ロベルトは煙を吐きながら、コートの内ポケットから革手袋を取り出した。


「そうだ。銃弾すら弾く、特注の鋼のプロトアーマーだ。この前ではお前の馬鹿力も意味を成さない」


「なるほど。そりゃ正論だな」


 頷きつつ手袋をはめ、ロベルトは振り返る。レイが木刀を持ったまま駆け寄ってきた。


「おい、おっさん。大丈夫か」


「見りゃ分かるだろ。かすり傷ひとつ負ってねえよ。お前こそ自分の心配をしろ」


 ロベルトはレイの全身を見下ろす。たいした傷はない――が、両腕と右肩に切り傷が走っている。


 レイは横に並び、木刀を構えた。


「よし、あいつで最後だな。おっさん、俺も加勢するぞ」


「駄目だ」


 ロベルトは即答した。


「な、なんでだよ。一人より二人のほうが有利だろ」


「あいつは魔術士だ。いくらお前の腕でも、刀じゃ魔術は防げない」


「なっ、魔術士かよ。おー、魔術士なんて初めて見たぞ」


 レイは大げさに驚き、銀の甲冑を着たバルバリッチャを凝視した。しばらく見てから、ロベルトを見上げる。


「……魔術士って、みんなあんな髪型してんのか?」


「んなわけねえだろ。ありゃ個人の嗜好とセンスの問題――」


 その瞬間、ロベルトの瞳孔に、バルバリッチャが右手をこちらへ向ける動きが映った。とっさにレイの襟首を掴む。


「来るぞ。跳べ!」


怒りの赤ルビカンテ!」


 バルバリッチャの叫び声と同時に彼ら目がけて風圧が飛んできた。瞬間にそれは熱を帯びて炎の塊となる。


 火炎弾が爆音を上げ、彼らの立っていた石畳を吹き飛ばした。


「――な、なんだあ」


 レイが地面に伏せ、口元を押さえながら素っ頓狂な声を上げる。背後でロベルトが立ち上がった。


 彼はレイを掴んで横に跳び、煙の向こうに霞むバルバリッチャを見据える。


「さて、始まりだ。レイ、お前はニコラ――いや、町長を安全なところに運べ」


「お、おう……分かった」


 レイは悔しそうに唇を噛むが、すぐ立ち上がって通路へ駆け出す。ロベルトが呼び止めた。


「これを町長の両脇の傷に塗り込んで包帯しろ。血止めの丸薬は飲ませたが、念のためだ」


 黄色い軟膏の入った平底の瓶を投げる。レイは慌てて受け止め、落としかけてから何度かお手玉して持ち直した。


 壁にもたれていた町長のもとへ駆け寄り、ロベルトの背を一度だけ振り返る。


 そして町長の脇を抱え、引きずるようにして路地の闇へ消えた。

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