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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語

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第十八話 熒術士バルバリッチャ

「ふん、かわしたか」


 バルバリッチャは鼻で笑い、ゆっくりと歩を進めた。


 ロベルトは、石畳が剥げて焦げた地面に目をやる。直径一メートルほどの穴から立ちのぼる幾筋もの煙は、すぐ夜風にかき消された。


「炎の増幅系魔術。威力はなかなかだが、命中精度に欠く。広場の大木を燃やしたのもこれだな。――推測だが熒(けい)術系統。実力は中ランクの上、といったところか」


「ほう……少しは魔術に詳しいようだな。だが、僕を“並の上”と見るのは大きな見誤りだ」


 バルバリッチャは立ち止まり、再びロベルトに掌を向けた。今度は低く呟く。


「悲しみの藍(ディープ・ブルー)……」


 誘われるように、青白い炎が掌の前の宙に灯る。


 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。


 五つの人魂が、胸の高さで整然と横一列に並び、揺らめいた。バルバリッチャは掲げた手を、まず右端の鬼火へ滑らせる。


「咲け」


 一瞬、鬼火が明るさを増す。


 次の瞬間、それは吸い込まれるようにロベルトへ飛来した。ロベルトは地を蹴り、大きく横へ跳んでかわす。背後で弾ける音がし、青い火柱が吹き上がった。


「――そして、散れ!」


 バルバリッチャは手を一気に左端までスライドさせる。鬼火が同じように閃き、今度は右から順に、青い残像を引いて矢のように飛んできた。


 ロベルトのつま先が着地した時、すでに一つが眼前まで迫っていた。踵が地面を捉えるのも待たず、ロベルトは上半身を捻って間一髪でかわす。


 だが、残り四つが間合いを侵している。立て直す暇はない。


 ロベルトはそのままうつ伏せに倒れ込み、四肢で地面を蹴って大きく後方へ飛び退いた。


 爆竹が爆ぜるような音が連続し、着地点の数メートル手前に、青い火柱が次々と立ち上がる。


 魔術とは、空間支配の一種である。


 古代支配者(ルーラー)族の血をわずかながら継ぐ種族は、「ものを支配する力」を多少なりとも秘めている。多くの人間はそれを使いこなせないが、訓練によって引き出すことは可能だ。


 その訓練を経て支配の力に目覚めた者――それが魔術士である。


 魔術士は支配した空間に「魔術構成」を組み、精神力をエネルギー=魔力に転化し、構成へ流し込む。構成とは、いわば“何を起こすか”の設計図だ。流し込む魔力の大きさが、現象の規模を決める。


 最後に、意志を含んだ音声――言霊を媒体にし、支配空間に現象を発生させる。


 炎や爆発や凍結といった現象は、魔力そのものが“物質を生む”のではない。支配空間に、プラス(増幅)かマイナス(減少)に統一された精神エネルギーを与えることで、場の状態を偏らせ、現象を誘発するのである。


 炎の魔術なら、増幅魔力(アンプリファイ・パワー)で場の温度を引き上げ、酸素に着火させる。魔力を一気に増やせば膨張と破裂が起こり、爆破となる。逆に減少魔力(ディミニッシュ・パワー)なら、場のエネルギーを停滞させ、凍結や動作制限、衝撃緩和などが可能になる。


 赤土の魔術士同盟(ラテライト・ウィザーズ)の基礎を築いた『始祖魔術士』エドワード・グーツムーツは、この理論を整理し、五元術――熒(けい)・辰(しん)・太(たい)・鎮(ちん)・歳(さい)の五系統へ分類した。


 言霊は呪文ではない。種類ごとに定型句があるわけではなく、意志が乗っていれば絶叫でも発動はする。ただ、集中のために“それらしい言葉”を自分の型として定める魔術士が多い。掌を標的に向けるのもまた、捕捉のイメージを強めるための所作に過ぎない。


「どうだ。僕の力、思い知ったか。これがお前の言う“中の上”に使えるレベルの魔術か?」


 バルバリッチャは口の端で浅く笑い、首を傾けた。


 ロベルトは煙草をくわえ直し、吐き捨てるように言う。


「さてな。精度を上げたぶん、威力を分散させただけじゃねえか。そんな構成なら並の魔術士でも組める。――事実、俺に一発も当たっていない。その程度の腕だから、中の上って言ったんだよ」


 魔術構成の及ぶ射程は精度に関わり、例外はあるが威力とも釣り合う。構成と魔力投下を一瞬でまとめる以上、どちらかに寄せれば片方が薄くなる。


 ロベルトの言葉に、バルバリッチャの顔が歪んだ。


 そして、口が開く。


「怒りの赤(ルビカンテ)!」


 先ほどとは比べ物にならない巨大な火炎弾が、掌から放たれた。


 だが、その時すでにロベルトの姿は――そこにはない。


 爆音が大地を揺るがすのを聞きながら、彼はちょうど反対側に立ち、月へ向けて薄い煙を吐いていた。

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