プロローグ
これからするのは彼の話。
思い出補正や脚色が入っていても許して欲しい。
出会った時、彼は『ミトラ』と名乗った。
彼には生まれた時から名前がなかった。
名前を与えられないほど虐げられていたとか、記憶喪失だとか、そういうことではない。
当時、彼が住んでいたのは湖のほとりの小さな施設だ。
あの頃はまだ、同じような施設が広く点在していた。
そこではロット番号のような記号で互いを認識していた。
今でも彼の左うなじには識別チップが埋め込まれているはずだ。
残酷なことだ。
上位階級の人間は指先に、一般市民は右のうなじに、下位市民は左うなじにそれは埋め込まれていた。
最下層の者は頭部だった。
そう、名前の話だった――。
名前を名乗れるのは指先と右のうなじにチップのある人間のみ。
しかし、わたし達のパーティーでは名前で呼び合うのがルール。
必要に迫られて彼自身が選んだのが『ミトラ』だった。
彼はキジトラ、サバトラ、茶トラの三匹のネコを飼っていた。
だから、ミトラ。
学のない彼が思いついた精一杯の名前だ。
名前の由来を聞いた時、メンバーは皆笑った。わたし以外。
わたしは当時、任務を淡々とこなすことしか頭になかったが、彼と出会って確実に何かが変わった。
ああ、やっぱりわたしは堅物と呼ばれていただけあって、物語が下手くそだ。
彼がわたしと出会う少し前の記憶から辿ってみることにしよう……。




