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第一章 第三話 レノヴァティオ・インペリイ(帝国再興)

【前回までのあらすじ】

マリアはデーメーテールと共に帝都の活気と食文化を楽しむが、同時に特権階級と一般庶民の修復不可能な分断に、帝国に渦巻く不穏な空気を感じ取る。

 ドカンと鳴り響く鬨の声。

 地響きを立てて突撃する鉄甲騎兵の群れ。


 私、マリアが、プ女子として、この世界を説明させて頂きます。


「レノヴァティオ・インペリイ」……

 つまり「帝国再興」は、この国を統治するお偉いさんたちが本気で掲げている、ガチの国家大戦略、いわば団体最大のメインイベントのタイトルそのものだったりするの。

 そもそも、このロマニアという国の歴史をプロレスの団体抗争風に説明すると、めちゃくちゃ分かりやすいわ。

 かつて世界全土を圧倒的なパワーで席巻し、数々のビッグマッチを制してきた「ローマ帝国」という、文字通りのレジェンド絶対王者団体があったのね。

 向かうところ敵なし、歴史上最強のヘビー級王者だった。

 けれど、あまりに巨大化しすぎた団体は、お約束通り「西」と「東」の二つのブランドに大分裂スプリットしちゃったの。

 そして、あろうことか本家本元だった西ブランドは、周辺から乱入してきた異民族という名の、ルール無用のヒールレスラーたちにボコボコにされて、あっけなく崩壊、つまり完全失神KO負けを喫してしまったの。

 そして残されたのは、私がいま第二の人生を歩んでいるこの東ブランドだけ。

 でもね、こっちの東ローマだって、決して無傷のホワイトベルトじゃないわ。

 東方のササン朝という、ガチガチのレスレスリング技術を持つ超強豪のライバル団体からは四六時中、激しい防衛戦を仕掛けられているし、北方の荒々しいステップからやってくる新鋭のパワーファイターたちにも常にリングを包囲されている状態なの。

 そんな、四面楚歌のデスマッチ状態の中で、いまこの国のトップに君臨している皇帝がぶち上げたマニフェストが、まさにこれ。


「不当に奪われた西のベルトを奪還し、かつての偉大なレジェンド王座を完全統一する!」


 これこそが、国を挙げた一大プロジェクト「レノヴァティオ・インペリイ(帝国再興)」の正体ってわけ。

 じゃあ、この異世界の「戦争」という名の無制限一本勝負が、どんなファイトスタイルで行われているかというと、これがまた凄まじいのよ。

 現代のスマートなプロレスじゃない。

 ガチガチの重低音、一撃必殺のハードヒットスタイル。

 戦場の花形は、人馬ともにギラギラとした鉄甲に身を包んだ「カタフラクト」と呼ばれる超ヘビー級の鉄甲騎兵たち。

 その突撃は、まるでトップロープから同時に百人のレスラーがボディプレスを仕掛けてくるような圧倒的な物理質量。

 大気さえもビリビリと震わせるその破壊力は、まさに規格外のモンスター級。


 ガキィィィン!


 と鋼鉄と鋼鉄が激突する重苦しい金属音が戦場に木霊し、大地が悲鳴を上げる。

「魅せる」要素なんて一切ない、徹底的な中央集権化と、神から授かった絶対的権威という、冷徹なまでのリアリズムで相手を圧殺するファイトスタイルなの。


 このローマ帝国というブランドの価値に対して、周囲の評価は本当に三者三様、思惑がドロドロに交錯しているわ。

 皇帝を始めとする新興勢力派閥と、私たち伝統的名門派閥のユニット闘争。

 一般の国民にとっては、誇りであると同時に、日々の重税という強烈な逆水平チョップを食らい続ける苦しみの源泉。

 そして、周辺の異民族たちにとっては、「いつかその首を獲って、新王者として歴史のメインイベントに立ってやる」と、ギラついた目を向けさせる最大の標的。

 この世界はね、まさに地球規模の巨大な四角いジャングルで、誰もが生き残りをかけて魂を激突させている真っ最中なの。


 そんなロマニア帝国という超過激なメジャー団体を率いる、絶対的なプロデューサーであり、現在の皇帝。

 そのお方が、御年五十歳のユスティニアヌス一世。

 プロレス風に形容するなら、二十四時間休むことなく団体のブッキングと戦略を練り続ける「眠らぬ最高経営責任者(CEO)」といったところかしら。

 彼の出自がまた、超絶ドラマチックなバックボーンを持っているの。

 実は彼、もともとはダルダニアの肥沃な大地で泥にまみれて暮らしていた、しがない農民の子だったのね。

 じゃあ、どうしてそんな彼が、全知全能のトップスターになれたのか。

 それは、彼の叔父さんが元々は「豚飼い」の少年兵でありながら、凄まじいハングリー精神で軍功を挙げまくり、ついに前皇帝の座まで上り詰めたから。

 その叔父さんに帝都へ呼び寄せられた彼は、血の滲むような古典教育と軍事訓練という名の過酷なプロレスの「虎の穴」を生き抜き、見事にその名を受け継いで最高権力者の座に就いたの。

 だからこそ、彼の内面には、生半可なエリート貴族には真似できない、底なしの野心と執念が渦巻いている。

 歴史の解説者風に彼を語るなら、「彼の野心的な西地中海再征服事業は、帝国の国庫という財政ゲージを限界まで枯渇させ、後の破滅的な衰退を招いたワンマンプロデューサーである」という厳しいバッシングの声もあるわ。

 でもね、彼の残した最大の功績は、何といっても「ローマ法大全」の編纂。

 これ、プロレス界で言えば、これまで曖昧だった反則カウントや場外ルールの基準をすべて明文化し、世界共通の「絶対的な公式ルールブック」を完成させたようなもの。

 おかげで、これまでは「伝統」という名のグレーゾーンに逃げ込んでいた古参の特権貴族たちも、彼の作ったルールブックの一言で一発失格にされるようになっちゃった。

 まさに、リング上の法と秩序を支配する、冷徹で完璧主義な鬼検事。

 非公式のスクープ雑誌の中じゃ、「残忍で貪欲、無能な悪魔」なんてボロクソに罵倒されているけれど、それだけ敵に回すと恐ろしい、強権的なワンマン社長ってことよね。

 でも、そんな冷酷な鬼社長が、たった一人だけ、完全にその心を奪われ、マイクパフォーマンスでも頭脳戦でも絶対に勝てない、最強の「タッグパートナー」がいるの。


 それこそが、私の前に立ちはだかる最大の壁、皇后テオドラ様。

 当年三十三歳。

 彼女のカリスマ性は、ハッキリ言って次元が違う。

 彼女の父親は競技場の「熊使い」で、母親はただの踊り子。

 父親が突然死したことで、彼女と二人の姉妹は幼くして奈落の底のような極貧生活に突き落とされたの。

 生きるために舞台女優になったけれど、当時の女優といえば、実質的には世間から軽蔑されるダークな世界。

 全裸に近い姿でリング(舞台)に立ち、観客の容赦ない視線と野次を浴びながら、彼女は生き抜くための「受けの美学」と、どんな逆境からも這い上がる強靭なメンタルを極限まで鍛え上げたのね。

 そんな彼女が、北アフリカでの大失恋を経て、帝都の片隅で慎ましく羊毛を紡いでいたとき、当時将軍だったユスティニアヌスの目に留まった。

 彼は彼女の圧倒的な美貌と、修羅場をくぐり抜けてきた天才的な知性に一目惚れ。

 当時の法律じゃ、トップ貴族である元老院議員が、舞台女優と結婚するなんて一発で出場停止処分の反則行為だったの。

 だけど、恋に狂った未来の皇帝は、叔父の皇帝に泣きついて法律そのものを書き換えさせ、力ずくで彼女を正妻としてリングに迎え入れた。

 そして戴冠した彼女は、単なる王妃の枠に収まらない、独自の印章と諜報網を持つ「影の最高執行責任者」として国政を支配し始めたの。


 彼女は自分のダークな出自を、絶対に隠さない。

 それどころか、かつての自分と同じように、社会のどん底で泣いている女性たちのために、離婚した女性の保護や強制売春の禁止といった、現代でも通用する先駆的な女性保護法案を次々と可行動議プッシュしていったの。

 まさに、虐げられた者たちの声を体現する「ダークヒーロー・アンチヒーロー」の元祖。


 そんな最強の二人が進める「帝国再興」という大いなる野望の裏で、リングの下、つまり現実の社会はもう、限界を超えて悲鳴を上げていたの。

 果てしない遠征戦争。

 ハギア・ソフィア大聖堂をはじめとする、天を突くような巨大建築プロジェクト。

 これらを維持するための、容赦のない超重税の嵐。

 これには、日々のパンにも事欠く一般庶民フミリオレスだけでなく、既得権益をガリガリと削り取られている私たち伝統的名門貴族オネスティオレスの不満も、完全に臨界点に達していた。

 街のあちこちで、燻る煙のような不穏な空気が漂っている。

 いつ暴動という名の、ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチが始まってもおかしくない、最悪の緊張感が帝都を包み込んでいたの。


 そんな、明日をも知れない過酷な現実の中で、疲れ果てた民衆が、唯一その魂を解放し、狂ったように熱狂できる娯楽が、この街には存在した。

 それこそが、帝都の中心に鎮座する巨大競技場「ヒッポドローム」で行われる、宿命の戦車競走チャリオット・レース

 収容人数、なんと驚愕の七万人!

 すり鉢状の巨大なスタンドを埋め尽くした大群衆が、地鳴りのような大歓声を上げる。


 パカパカパカパカ!


 と激しく砂塵を巻き上げる四頭立ての戦車たちが、急カーブのコーナーギリギリを猛スピードで駆け抜けていく。

 一歩間違えれば、車体ごとクラッシュして命を落とす、まさにガチの極限モータースポーツ。

 そして、この競技場は、単なるスポーツの場じゃない。

 観客たちは「ヴェネトイ」と「プラシノイ」という、二大サーカス派閥に完全に分かれて、血で血を洗うような激しい代理抗争を繰り広げていたの。

「青」は、私たち伝統的な名門貴族や正統派の秩序を支持する、いわば団体の正統派ベビーフェイス陣営。

 対する「緑」は、新興の民衆や変革のエネルギーを背景に持つ、混沌のヒール陣営。

 人々はこの二色に己のすべての情熱、日々のストレス、そして政治的な不満を乗せて、喉がちぎれんばかりに叫ぶ。


「ニカ! ニカ!(勝利せよ!)」


 その地響きのような合言葉が競技場に響き渡るとき、民衆の目は完全に血走っている。

 エンタメが政治と直結し、一瞬で国家を揺るがす暴動へと反転する、歪で熱狂的な「パンとサーカス」の社会。

 今日もこのヒッポドロームに渦巻く民衆の熱狂がコンスタンティノープルに響き渡っている……


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


【次回予告】

 物語の時間は、マリアが十四歳の時に遡る。

巨大競技場ヒッポドロームの皇室専用席で、マリアは新興勢力の頂点である皇后テオドラと出会う。

プロレスオタクの直感のままに、テオドラへ「ルクタ・フェミナ」を熱弁したマリアだったが、皇后の微笑みの裏には底知れぬ漆黒の深淵が広がっていた。


次回、第一章 第四話「皇后テオドラとの出会い」


聖域の白と、奈落の黒。

泥を啜りながらも天を睨むその瞳は、神の定めたシナリオさえも焼き尽くす。

運命のゴングまで、あと……

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