エピローグ レノヴァティオ・インペリイ(帝国再興)ベルトへの道
魂が震えるような、割れんばかりの大歓声が、石造りの巨大なコスモロジーコロッセオを激しく揺るがしていた。
熱狂、興奮、そしてほんの少しの硝煙の香り。
これ、これ!
前世でプ女子として、そして新人レスラーとして追い求めていた「奇跡の空間」が、今まさに私の目の前に広がっている。
異世界ロマニア帝国に転生した時はどうなることかと思ったけれど、私のプロレス愛は時空も、世界線の壁すらも軽々と飛び越えてみせたのだ。
「はぁ、はぁ……っ!」
私の呼吸に合わせて、全身を包む「ソーラ・シュリンガル」が、まるで生き物のように青く神秘的な輝きを放っている。
頭の先から足の先まで、エネルギーの要所を宝石や紋様で保護する十六の装飾。
ダメージを受ければ輝きを失い力が落ちるけれど、魂を燃やしてレベルを上げれば、その輝きは無限大の領域へと到達する。
たった今、激闘を終えた私の肉体は、心地よい疲労感とともに、プロレスの神様が微笑むような達成感に満たされていた。
しかし、私の戦いはここで終わりではない。
いや、むしろここからが本当の地獄であり、同時に最高の見せ場なのだ。
「マリア様……
本当に、戦い続けるのですね?」
花道から駆け寄ってきたのは、黄金のセミロングをなびかせた、優しくも凛とした美貌の持ち主――デーメーテールだった。
彼女の眼差しには、私への深い心配の念が滲んでいた。
「勿論よ、デーメーテール。
やらなきゃ、今を変えられないのだから……」
私はぐっと拳を握りしめ、コロッセオの最上階、あの傲慢な絶対権力者が鎮座する極彩色のVIP席を見上げた。
そこには、農民出身ながら冷徹な独裁者となった皇帝ユスティニアヌス一世と、その傍らで不敵な微笑みを浮かべる、美貌と知性の化身たる皇后テオドラの姿がある。
ニカの乱……
帝都の半分を灰燼に帰した、あの史上最大の危機。
民衆に担ぎ上げられてしまっただけの、優しい私の婚約者ヒパティウス様は、今や反逆者として首を刎ねられる寸前の絶望の淵に立たされている。
「テオドラ皇后が発案した、あの歪なポピュリズムの象徴『花の戦争』……。
あれは単なる流血の格闘技じゃない。
大衆の『推し』の数と、興行的な成功が、国家の法律すらもひっくり返す貴族代理戦争なのよ!」
私は自分に言い聞かせるように、熱く、ケレン味たっぷりに叫んだ。
そう、プロレスとは魂の対話であり、同時に過酷なポイントレースでもある。
テオドラ皇后がルクタ・フェミナを利用して作り上げたこの「花の戦争」には、五つの眩いベルトが存在する。
一つ、帝国グランプリを制したシングルナンバーワンに与えられる「宝石のベルト」
一つ、運と実力と適応力が求められる八人乱戦のバトルロイヤルを生き抜いた王者の「花のベルト」
一つ、最強の絆を証明したコンビに輝くタッグ王者「星のベルト」
一つ、各所属サーカス内の顔、筆頭女性闘士の証である「サーカスのベルト」
そして――
「年間の個人、そしてサーカスが獲得する総合得点のナンバーワンが戴冠できる、最高峰の王座……『レノヴァティオ・インペリイのベルト』!」
そのベルトを手に入れ、年間王者になること。
それだけが、ヒパティウスの死刑執行猶予を本物の「無罪放免」へと変え、全てを変える、唯一無二のウイニングロードなのだ。
だが、その道のりは果てしなく険しい。
花の戦争の勝敗は、スリーカウントのフォール勝ち、ノックアウト、ギブアップ、リングアウト、反則負けといった通常の決着だけでは決まらない。
トーナメントでの純粋な順位ポイント――優勝すれば百ポイント、準優勝なら五十ポイント。
それに加えて、各試合での観衆の人気投票によって、ゼロから百ポイントが容赦なく加算される。
つまり、ただ強いだけでは駄目。
圧倒的な「華」と「物語性」で大衆を狂熱させ、興行として大成功を収めなければ、あの最高峰のベルトには指一本触れることもできないのだ。
「でも、そのためには、まず……」
私は「祝祭」の仲間たちを見渡した。
悪友であり超高さを誇るハイスピード・テクニカルのバステト。
反則も辞さないパワー・デストロイヤー、巨躯のバンバ。
一癖も二癖もある、愛すべき最強のプロレスラー(グラディアトリクス)たち。
「サーカスの筆頭グラディアトリクスにならなきゃいけない。
対戦メンバーの決定権や戦略の決定権は、そのベルトを持つ者にしか与えられないんだから……」
そう、まずは身内の、この「祝祭」の中での頂点
――デーメーテールが持っていた「サーカスのベルト」を奪取しなければ、皇后テオドラの所有する最強ユニット「プルクリトゥード」や「モルス」といった敵勢力と戦う土俵にすら立てないのだ。
バステトとバンバが不敵に笑う……
ゾクゾクする。
これこそがプロレスの、サーカスの連帯感の中に宿る「極上のドラマ」だ。
皇帝が派遣した実況養成機関の解説者たちが、往年の名実況さながらに、怒涛の言葉の連弾で会場を煽り立てている。
「まさに運命のゴングが鳴り響いた!
名門の青き血を引く少女が、今、底辺からの逆襲を誓う!」
と、過剰なまでの形容詞を並べ立てている……
「いやあ、素晴らしい根性ですね、
お互いの魂がぶつかり合っています!」
と、温かくも熱いメッセージ……
舞台は、これ以上ないほどに整っている。
前世ではパッとしない新人レスラーだった。
でも、今の私には、前世で培った無限のプロレス知識と、この胸で燃え盛る誰よりも熱いプ女子の魂がある。
「見ていてね、ヒパティウス様。
必ずそのレノヴァティオ・インペリイのベルトをこの腰に巻いて、あなたを助け出してみせるから!」
大観衆の、地響きのような「ニカ(勝利)!」の合唱が、私の背中を強く押し出す。
これは、ただの命をかけた戦いじゃない。
世界を巻き込む、最高にドラマチックで、最高にエモーショナルな、世紀の異世界プロレス大興行だ。
伝統の名門派閥のプライドと、新興勢力の野望が激突する、美しくも過酷な「花の戦争」。
愛する人の命と、ブルーブラッドのプライド、ルクタ・フェミナへの愛と未来をかけた、私の果てなき、そして誰よりもワクワクする戦いが――今、ここに幕を開けるのだった!




