第8話 立つ者の重さ
ここはレイアノーティア。
一度立った者には、
次も立つことを期待される。
期待は、
信頼によく似ている。
けれど。
背負う側にとっては、
どちらも同じくらい重い。
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翌朝。
俺たちは、
山裾の採取地帯へ向かう護衛依頼を受けていた。
討伐ではない。
採取人たちが薬草や鉱石を集めている間、
周辺を警戒するだけの仕事だ。
危険度は低い。
報酬も低い。
昨日までなら、
誰も俺たちを指名しなかったはずの依頼だった。
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「戦場守護者の方ですよね?」
集合場所へ着くなり、
採取人の一人がガルドへ尋ねた。
「は、はい」
「よかった。あなたがいるなら安心です」
男は、
心から安堵したように笑った。
悪意はない。
精いっぱいの信頼だった。
それでも。
ガルドの肩が、
目に見えて上がった。
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出発すると、
ガルドは自然に列の先頭へ立った。
誰かに指示されたわけではない。
自分で、
そこに立つと決めたからだ。
へこんだ鍋の蓋を持ち、
街道の先へ目を凝らしている。
ただ。
昨日より、
少しだけ身体が硬かった。
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森へ入る。
風は穏やかだった。
鳥の声もある。
木漏れ日が、
道の上で揺れている。
魔物の気配はない。
何も起きそうにない。
だからこそ。
ガルドは、
何も見落とさないように前を見続けていた。
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「肩、上がってるぞ」
俺が言うと、
ガルドは少しだけ振り返った。
「警戒しています」
「警戒というより、固まってる」
「何か出るかもしれませんから」
「出てから考えろ」
「それでは遅くないですか?」
「出ないものまで止めようとする方が無理だろ」
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ガルドは、
前を向いたまま黙った。
言い方が少し雑だったかもしれない。
だが。
これまでのガルドは、
怖くても自分で前へ出た。
今のガルドは、
失敗しないために前へ立っている。
同じ場所に見えても、
立っている理由は少し違った。
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しばらくすると、
後ろから声が飛んだ。
「ガルドさん、少し先の道を確認してください」
「分かりました」
「右側の林も見てもらえますか?」
「はい」
「休憩する場所も、先に安全を確かめていただけると」
「……はい」
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頼まれるたび、
ガルドはすべて引き受けた。
前方の確認。
周囲の警戒。
休憩場所の安全確認。
採取地点の見回り。
誰も、
ガルドを困らせようとしているわけではない。
戦場守護者だから、
守ることを頼んでいる。
役割としては、
何一つ間違っていなかった。
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昼前。
採取地点へ着いた。
採取人たちは籠を下ろし、
薬草や鉱石を探し始める。
俺は木の根元へ座った。
ガルドは座らなかった。
「休まないのか?」
「護衛中ですから」
「採取には時間がかかるぞ」
「分かっています」
「ずっと立っているつもりか」
ガルドは、
鍋の蓋を握ったまま答えた。
「俺は、立つ係なので」
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その言葉を聞いて、
胸の奥に小さな引っかかりが生まれた。
お前は立つ係だ。
専門職だ。
それは、
怖さを軽くするために俺が言った言葉だった。
けれど。
軽くするための言葉が、
いつの間にかガルドを立たせ続けている。
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「座れ」
「ですが」
「戦場じゃない」
「護衛です」
「立ち続けて倒れる護衛より、休んで必要な時に立てる護衛の方がましだろ」
「でも、戦場守護者が座っていていいんでしょうか」
「座ったら職業が消えるのか?」
「分かりません」
「なら、試してみろ」
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ガルドは、
しばらく迷っていた。
採取人たちを見る。
道を見る。
森を見る。
それから。
俺の隣へ、
ゆっくりと腰を下ろした。
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採取人の一人が、
少し驚いたようにこちらを見る。
その視線だけで、
ガルドの背筋が伸びかけた。
「見られてます」
「好きに見させておけ」
「休んでいると思われます」
「休んでるんだろ」
「戦場守護者なのに」
「戦場守護者は休憩禁止なのか?」
「……分かりません」
「お前の職業なのに、知らないことが多いな」
「昨日できたばかりなので」
「なら、今日から決めればいい」
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ガルドは口を閉じた。
立つことは、
自分で選べるようになった。
けれど。
座ることは、
まだ自分で選べていなかったのかもしれない。
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配られた昼食を食べる。
ガルドの包みは、
やはり俺のものより少し大きい。
豆。
根菜。
干し肉。
水と塩も多めだ。
「やっぱり、お前だけ多いな」
「筋肉が増えたからでは?」
「世界は露骨だな」
「作った人が調整しただけだと思います」
「誰だ」
「知りません」
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顔も知らない誰かが、
ガルドが今日も立てるように食事を整えている。
立てと期待するのではなく。
立ちたい時に立てるように、
見えない場所から支えている。
同じように見えて。
たぶん、
少し違う。
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食べ終わった頃。
近くの茂みが、
大きく揺れた。
「何かいる!」
採取人が叫ぶ。
全員の視線が、
ガルドへ集まった。
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ガルドは反射的に立ち上がりかけた。
膝へ力を入れ、
鍋の蓋へ手を伸ばす。
けれど。
身体を半分起こしたところで、
動きを止めた。
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茂みを見る。
音を聞く。
鼻から息を吸い、
漂ってくる匂いを確かめる。
すぐには前へ出ない。
誰かに見られているからでも。
期待されたからでもなく。
自分で確かめようとしている。
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「魔物ではありません」
ガルドは、
腰を浮かせたまま言った。
「小さな獣です。こちらへ向かってくる気配もありません」
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その直後。
茂みから、
一匹の小鹿が顔を出した。
こちらを見る。
驚いたように耳を動かし、
すぐに森の奥へ走り去った。
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採取人たちから、
安堵の笑いが漏れる。
「なんだ、鹿か」
「驚かせるなよ」
「ガルドさんがいてくれて助かった」
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また、
その言葉だった。
安心。
信頼。
期待。
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ガルドは、
森の奥を見つめている。
それから。
鍋の蓋から手を離し、
もう一度俺の隣へ座った。
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「立たなかったな」
「途中までは立ちました」
「でも、前へは出なかった」
ガルドは少し考えた。
「全員が俺を見たので、立たなければと思いました」
「でも?」
「それだけで立つのは、違う気がしました」
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誰かが見ているから。
期待されているから。
戦場守護者だから。
その理由だけで立ち続ければ、
いつか立つこと自体が逃げられない役割になる。
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「俺は、立つ者です」
ガルドは静かに言った。
「ですが、誰かに見られるたびに立つのは、少し違いますね」
「ああ」
「必要な時に、自分で立ちたいです」
「好きにしろ」
「また、それですか」
「便利だからな」
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ガルドは、
小さく笑った。
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採取が終わり、
街へ戻る。
帰り道も、
ガルドは列の先頭を歩いた。
けれど。
肩は朝ほど上がっていない。
何もかもを見落とさないように、
全身へ力を入れているわけでもない。
歩き。
時々止まり。
何もなければ、
そのまま進む。
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街の門が見えた頃。
ガルドが足を止めた。
「トンヌラさん」
「なんだ」
「期待されるのは、まだ怖いです。次も守れるか、自信もありません」
「ああ」
「それでも、戦場守護者なんですよね」
「そう書かれてるな」
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ガルドは、
自分の登録証へ触れた。
戦場守護者。
その名は、
ガルドが立ったあとから追いついてきた。
なら。
名前の方が先に立ち、
本人を引っ張っていく必要はない。
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「今日立ったからって、明日も絶対に立たなきゃいけないわけじゃない」
俺は言った。
「明日になって、それでも立ちたかったら立てばいい」
「役割があっても?」
「役割が、お前の代わりに決めるのか?」
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ガルドは、
しばらく登録証を見つめていた。
やがて。
小さく頷く。
「……明日のことは、明日決めます」
「そうしろ」
「でも」
街へ続く道へ視線を向ける。
「今日は、最後まで前を歩きます」
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自分で決め、
再び歩き出す。
俺も、
その少し後ろを歩いた。
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ギルド奥の水晶には、
戦場守護者の文字が、
安定して浮かんでいた。
世界は、
役割が定着したと判断している。
けれど。
立つことも。
座ることも。
次に何を選ぶのかも。
まだ、
ガルド自身のものだった。
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ここはレイアノーティア。
役割は、
人を支える。
けれど。
役割に立たされ続ければ、
いつかそれは檻になる。
だからガルドは、
立つ時を自分で選ぶ。
その重さごと、
自分で持つために。
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第8話 了




