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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第1章 立つ者 自宅警備員

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第8話 立つ者の重さ

 ここはレイアノーティア。


 一度立った者には、


 次も立つことを期待される。


 期待は、


 信頼によく似ている。


 けれど。


 背負う側にとっては、


 どちらも同じくらい重い。



 翌朝。


 俺たちは、


 山裾の採取地帯へ向かう護衛依頼を受けていた。


 討伐ではない。


 採取人たちが薬草や鉱石を集めている間、


 周辺を警戒するだけの仕事だ。


 危険度は低い。


 報酬も低い。


 昨日までなら、


 誰も俺たちを指名しなかったはずの依頼だった。



戦場守護者バトル・ウォーデンの方ですよね?」


 集合場所へ着くなり、


 採取人の一人がガルドへ尋ねた。


「は、はい」


「よかった。あなたがいるなら安心です」


 男は、


 心から安堵したように笑った。


 悪意はない。


 精いっぱいの信頼だった。


 それでも。


 ガルドの肩が、


 目に見えて上がった。



 出発すると、


 ガルドは自然に列の先頭へ立った。


 誰かに指示されたわけではない。


 自分で、


 そこに立つと決めたからだ。


 へこんだ鍋の蓋を持ち、


 街道の先へ目を凝らしている。


 ただ。


 昨日より、


 少しだけ身体が硬かった。



 森へ入る。


 風は穏やかだった。


 鳥の声もある。


 木漏れ日が、


 道の上で揺れている。


 魔物の気配はない。


 何も起きそうにない。


 だからこそ。


 ガルドは、


 何も見落とさないように前を見続けていた。



「肩、上がってるぞ」


 俺が言うと、


 ガルドは少しだけ振り返った。


「警戒しています」


「警戒というより、固まってる」


「何か出るかもしれませんから」


「出てから考えろ」


「それでは遅くないですか?」


「出ないものまで止めようとする方が無理だろ」



 ガルドは、


 前を向いたまま黙った。


 言い方が少し雑だったかもしれない。


 だが。


 これまでのガルドは、


 怖くても自分で前へ出た。


 今のガルドは、


 失敗しないために前へ立っている。


 同じ場所に見えても、


 立っている理由は少し違った。



 しばらくすると、


 後ろから声が飛んだ。


「ガルドさん、少し先の道を確認してください」


「分かりました」


「右側の林も見てもらえますか?」


「はい」


「休憩する場所も、先に安全を確かめていただけると」


「……はい」



 頼まれるたび、


 ガルドはすべて引き受けた。


 前方の確認。


 周囲の警戒。


 休憩場所の安全確認。


 採取地点の見回り。


 誰も、


 ガルドを困らせようとしているわけではない。


 戦場守護者だから、


 守ることを頼んでいる。


 役割としては、


 何一つ間違っていなかった。



 昼前。


 採取地点へ着いた。


 採取人たちは籠を下ろし、


 薬草や鉱石を探し始める。


 俺は木の根元へ座った。


 ガルドは座らなかった。


「休まないのか?」


「護衛中ですから」


「採取には時間がかかるぞ」


「分かっています」


「ずっと立っているつもりか」


 ガルドは、


 鍋の蓋を握ったまま答えた。


「俺は、立つ係なので」



 その言葉を聞いて、


 胸の奥に小さな引っかかりが生まれた。


 お前は立つ係だ。


 専門職だ。


 それは、


 怖さを軽くするために俺が言った言葉だった。


 けれど。


 軽くするための言葉が、


 いつの間にかガルドを立たせ続けている。



「座れ」


「ですが」


「戦場じゃない」


「護衛です」


「立ち続けて倒れる護衛より、休んで必要な時に立てる護衛の方がましだろ」


「でも、戦場守護者が座っていていいんでしょうか」


「座ったら職業が消えるのか?」


「分かりません」


「なら、試してみろ」



 ガルドは、


 しばらく迷っていた。


 採取人たちを見る。


 道を見る。


 森を見る。


 それから。


 俺の隣へ、


 ゆっくりと腰を下ろした。



 採取人の一人が、


 少し驚いたようにこちらを見る。


 その視線だけで、


 ガルドの背筋が伸びかけた。


「見られてます」


「好きに見させておけ」


「休んでいると思われます」


「休んでるんだろ」


「戦場守護者なのに」


「戦場守護者は休憩禁止なのか?」


「……分かりません」


「お前の職業なのに、知らないことが多いな」


「昨日できたばかりなので」


「なら、今日から決めればいい」



 ガルドは口を閉じた。


 立つことは、


 自分で選べるようになった。


 けれど。


 座ることは、


 まだ自分で選べていなかったのかもしれない。



 配られた昼食を食べる。


 ガルドの包みは、


 やはり俺のものより少し大きい。


 豆。


 根菜。


 干し肉。


 水と塩も多めだ。


「やっぱり、お前だけ多いな」


「筋肉が増えたからでは?」


「世界は露骨だな」


「作った人が調整しただけだと思います」


「誰だ」


「知りません」



 顔も知らない誰かが、


 ガルドが今日も立てるように食事を整えている。


 立てと期待するのではなく。


 立ちたい時に立てるように、


 見えない場所から支えている。


 同じように見えて。


 たぶん、


 少し違う。



 食べ終わった頃。


 近くの茂みが、


 大きく揺れた。


「何かいる!」


 採取人が叫ぶ。


 全員の視線が、


 ガルドへ集まった。



 ガルドは反射的に立ち上がりかけた。


 膝へ力を入れ、


 鍋の蓋へ手を伸ばす。


 けれど。


 身体を半分起こしたところで、


 動きを止めた。



 茂みを見る。


 音を聞く。


 鼻から息を吸い、


 漂ってくる匂いを確かめる。


 すぐには前へ出ない。


 誰かに見られているからでも。


 期待されたからでもなく。


 自分で確かめようとしている。



「魔物ではありません」


 ガルドは、


 腰を浮かせたまま言った。


「小さな獣です。こちらへ向かってくる気配もありません」



 その直後。


 茂みから、


 一匹の小鹿が顔を出した。


 こちらを見る。


 驚いたように耳を動かし、


 すぐに森の奥へ走り去った。



 採取人たちから、


 安堵の笑いが漏れる。


「なんだ、鹿か」


「驚かせるなよ」


「ガルドさんがいてくれて助かった」



 また、


 その言葉だった。


 安心。


 信頼。


 期待。



 ガルドは、


 森の奥を見つめている。


 それから。


 鍋の蓋から手を離し、


 もう一度俺の隣へ座った。



「立たなかったな」


「途中までは立ちました」


「でも、前へは出なかった」


 ガルドは少し考えた。


「全員が俺を見たので、立たなければと思いました」


「でも?」


「それだけで立つのは、違う気がしました」



 誰かが見ているから。


 期待されているから。


 戦場守護者だから。


 その理由だけで立ち続ければ、


 いつか立つこと自体が逃げられない役割になる。



「俺は、立つ者です」


 ガルドは静かに言った。


「ですが、誰かに見られるたびに立つのは、少し違いますね」


「ああ」


「必要な時に、自分で立ちたいです」


「好きにしろ」


「また、それですか」


「便利だからな」



 ガルドは、


 小さく笑った。



 採取が終わり、


 街へ戻る。


 帰り道も、


 ガルドは列の先頭を歩いた。


 けれど。


 肩は朝ほど上がっていない。


 何もかもを見落とさないように、


 全身へ力を入れているわけでもない。


 歩き。


 時々止まり。


 何もなければ、


 そのまま進む。



 街の門が見えた頃。


 ガルドが足を止めた。


「トンヌラさん」


「なんだ」


「期待されるのは、まだ怖いです。次も守れるか、自信もありません」


「ああ」


「それでも、戦場守護者なんですよね」


「そう書かれてるな」



 ガルドは、


 自分の登録証へ触れた。


 戦場守護者バトル・ウォーデン


 その名は、


 ガルドが立ったあとから追いついてきた。


 なら。


 名前の方が先に立ち、


 本人を引っ張っていく必要はない。



「今日立ったからって、明日も絶対に立たなきゃいけないわけじゃない」


 俺は言った。


「明日になって、それでも立ちたかったら立てばいい」


「役割があっても?」


「役割が、お前の代わりに決めるのか?」



 ガルドは、


 しばらく登録証を見つめていた。


 やがて。


 小さく頷く。


「……明日のことは、明日決めます」


「そうしろ」


「でも」


 街へ続く道へ視線を向ける。


「今日は、最後まで前を歩きます」



 自分で決め、


 再び歩き出す。


 俺も、


 その少し後ろを歩いた。



 ギルド奥の水晶には、


 戦場守護者バトル・ウォーデンの文字が、


 安定して浮かんでいた。


 世界は、


 役割が定着したと判断している。


 けれど。


 立つことも。


 座ることも。


 次に何を選ぶのかも。


 まだ、


 ガルド自身のものだった。



 ここはレイアノーティア。


 役割は、


 人を支える。


 けれど。


 役割に立たされ続ければ、


 いつかそれは檻になる。


 だからガルドは、


 立つ時を自分で選ぶ。


 その重さごと、


 自分で持つために。



 第8話 了

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