第7話 余波
ここはレイアノーティア。
借りた勇気は、
いつか返せる。
けれど。
その勇気で立ったという事実は、
もう、自分のものだ。
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翌朝。
ギルドの食堂へ入ると、
ガルドはすでに席についていた。
昨日まで細かった肩は、
明らかに幅が増している。
服は窮屈そうで、
袖の縫い目が今にも負けそうだった。
「……おはようございます」
「お前、その服で大丈夫か?」
「大丈夫ではありません。腕を上げると、破れそうです」
「世界は筋肉だけ増やして、服までは用意してくれなかったんだな」
「気が利きませんね」
「世界にも予算があるのかもしれん」
「何の予算ですか」
知らん。
適当に言っただけだ。
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ガルドの前には、
俺より少し多い食事が置かれていた。
豆の煮込み。
干し肉。
根菜。
水も、俺のものより一杯多い。
「なぜお前だけ多い」
「俺に聞かないでください」
「筋肉差別か」
「昨日までなら、トンヌラさんと同じ量だったと思います」
名前も知らない厨房の誰かが、
俺たちの記録を見て調整したのだろう。
世界は役割を決めるだけでなく、
食事の量まで変えるらしい。
完璧とは、
意外と細かい。
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周囲から視線を感じる。
昨日までなら、
誰も俺たちを見ていなかった。
今日は違う。
赤く光った男。
魔物を止めた自宅警備員。
水晶へ触れずに職業を得た前例なし。
事実と噂が混ざり、
どこまでが本当なのか、
俺にも分からなくなり始めている。
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ガルドは、
食事へ目を落としたままだった。
「昨日のこと、夢じゃなかったんですね」
「その腕を見れば分かるだろ」
「そうなんですけど」
太くなった指を、
ゆっくり握る。
「俺が立ったのも、本当なんですよね」
「ああ」
「トンヌラさんに言われたから」
「最後に決めたのはお前だ」
「でも、俺一人だったら逃げてました」
「なら、半分くらい俺のおかげだな」
「何もしてないって言ってませんでした?」
「都合によって変わる」
「ずるいですね」
「便利だろ」
ガルドは、
少しだけ笑った。
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食事を終えると、
ガルドが一枚の依頼書を差し出した。
「今日は、これへ行きたいです」
近郊の集落まで、
生活物資を運ぶ荷車の護衛。
討伐ではない。
危険度も低い。
森の奥へ入る必要もない。
「自分で選んだのか?」
「はい」
「怖くないのか」
「怖いです」
即答だった。
「でも、昨日立ったことを、昨日だけで終わらせたくありません」
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俺は、
依頼書を受け取った。
昨日は、
俺が一緒に来いと言った。
今日は、
ガルドが自分で依頼を持ってきた。
小さな違いだった。
だが。
たぶん、
こういう小さな違いを、
選択というのだろう。
「行くか」
「はい」
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荷車は一台。
御者が一人。
荷運びを手伝う若い男が二人。
積まれているのは、
布。
穀物。
乾燥させた薬草。
誰かが今日を暮らすための物ばかりだった。
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街を出ると、
ガルドは自然に荷車の前へ立った。
俺は何も言っていない。
御者から頼まれたわけでもない。
それでも。
最初に道を見られる位置へ、
自分から歩いていった。
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「そこに立つのか」
「はい」
「後ろの方が楽だぞ」
「知っています」
「なら、なぜ前だ」
ガルドは少し考えた。
「何か来た時、最初に気づけるので」
「昨日までのお前なら、最後に気づける場所を選びそうだけどな」
「俺も、そう思います」
自分で言って、
少し困ったように笑う。
「変わるって、怖いですね」
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道は穏やかだった。
魔物は出ない。
盗賊の気配もない。
荷車の車輪が、
一定の音を立てながら回っている。
何も起きない。
昨日とは違う。
立つ必要のない時間だった。
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それでも。
ガルドは前を歩き続けた。
何かを止めているわけではない。
誰かに見られているわけでもない。
ただ。
自分で選んだ場所に立っている。
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集落まで、
あと少しというところだった。
道が緩やかな下り坂へ変わる。
御者が手綱を引き、
荷車の速度を落とした。
その時。
乾いた音がした。
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車輪を固定していた金具が、
道の上へ弾け飛ぶ。
荷車が大きく傾いた。
「危ない!」
荷運びの若い男が、
車体の横で転ぶ。
積み荷の重さに引かれ、
荷車がその男へ向かって滑り始めた。
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俺が声を出すより早く。
ガルドが動いた。
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転んだ男と荷車の間へ、
自分から踏み込む。
へこんだ鍋の蓋を前へ出す。
足を開き、
大地を踏みしめる。
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「ガルド!」
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赤い光が、
その身体を包んだ。
昨日ほど激しくはない。
筋肉がさらに膨らむこともない。
ただ。
ガルドが立つ場所へ、
薄い盾の輪郭が重なった。
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荷車が衝突する。
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鈍い音。
土が大きく削れる。
ガルドの足が、
地面へ深く沈んだ。
押される。
腕が震える。
歯を食いしばる。
それでも。
後ろへは下がらなかった。
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「動け!」
ガルドが叫ぶ。
倒れていた男が、
慌てて道の端へ転がる。
御者ともう一人の荷運びが、
荷車へ飛びついた。
全員で押さえ込み、
ようやく動きが止まる。
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静かになった。
誰も潰されていない。
積み荷も、
一部が崩れただけで済んでいる。
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ガルドは、
荷車へ手をついたまま息を切らしていた。
赤い光は、
すでに消えている。
「……大丈夫か」
「はい」
声は震えている。
「怖かったです」
「それでも出たな」
「考える前に、身体が動きました」
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助けられた男が、
ガルドへ頭を下げた。
「ありがとうございます。あなたがいなかったら……」
ガルドは、
少し困った顔をした。
昨日までなら、
きっと視線を逸らしていた。
けれど今日は、
頭を下げた男を見たまま答えた。
「立っただけです」
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その言葉は、
昨日と同じだった。
けれど。
意味は違っていた。
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昨日は、
俺に言われて立った。
今日は、
誰にも言われず立った。
名がそうさせたのか。
役割に従ったのか。
俺には分からない。
だが。
少なくとも、
ガルドは自分で前へ出た。
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「昨日は、俺の言葉を借りた」
俺は言った。
「でも今のは、お前のだ」
ガルドが顔を上げる。
「俺の……」
「ああ。返せと言っても返せないぞ」
「借りた覚えはありませんけど」
「なら最初から、お前のだったんだろ」
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ガルドは、
しばらく何も言わなかった。
それから。
へこんだ鍋の蓋を見下ろし、
小さく笑った。
「……そうかもしれません」
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壊れた金具を応急処置し、
荷車は再び動き始めた。
ガルドは、
また前へ立つ。
今度は、
誰も理由を尋ねなかった。
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夕方。
ギルドへ戻ると、
水晶には戦場守護者の文字が変わらず浮かんでいた。
赤い波形は安定している。
世界は、
ガルドの役割が定着したと判断しているらしい。
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けれど。
水晶には映っていないものがある。
今日。
ガルドが誰にも言われず、
自分で前へ出たこと。
役割に命じられたからではなく、
目の前の誰かを守ろうとしたこと。
世界が記録したのは、
戦場守護者という名前だけだった。
その名前を選び直した瞬間までは、
どこにも刻まれていない。
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宿へ戻る道。
ガルドが言った。
「トンヌラさん」
「なんだ」
「俺、明日も立ちます」
大げさな宣言ではない。
誰かに聞かせるためでもない。
自分で決めたことを、
自分の耳へ聞かせる言葉だった。
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俺は肩をすくめる。
「好きにしろ」
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命令ではない。
期待でもない。
ただ。
選ぶ場所を、
ガルドへ返す言葉だった。
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ここはレイアノーティア。
世界は、
ガルドへ役割を与えた。
けれど今日。
ガルドは、
その役割を自分でもう一度選んだ。
その選択は、
水晶には映らない。
だからこそ。
誰にも奪えない。
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第7話 了




