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ゴカイ無双-unlimited "gokai"endless  作者: フラグメント水沢
第1章 立つ者 自宅警備員

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第7話 余波

ここはレイアノーティア。


役目は人を座らせる。

だが、一度立った者を元に戻す仕組みはない。



翌朝、ガルドは目を覚ましてから、しばらく布団の中で動けなかった。


腕が重い。

胸の奥が、妙に熱い。


筋肉痛ではない。いや、筋肉痛もあるのだろうが、それだけではなかった。昨日、あの林道で、確かに自分は立った。その感触が、まだ身体の奥に残っている。


逃げなかった。

腰を引かなかった。

前に立った。


ただそれだけのことだ。


だが、その「ただそれだけ」を、今までの自分は一度もできなかった。


ガルドは毛布の上で、そっと拳を握った。握った手には、昨日までよりもわずかに実感があった。


(……本当に、立ったんだな)


そう思った瞬間、胸の奥に小さな怖さも浮かぶ。昨日のことが夢ではなく、本当に自分の選択だったのだと認めたら、今日から先もまた、自分は立たなければならない気がした。



宿を出て、ギルドへ向かう。


朝の街はまだ眠たげで、露店も半分しか開いていない。石畳の隙間にたまった昨夜の湿り気が、朝日を受けて鈍く光っている。そんな、いつも通りの風景の中で、今日だけが少し違っていた。


視線が刺さる。


昨日までとは明らかに違う種類の目だ。


「あれだろ、昨日の」

「立ってるだけで止めたっていう」

「バトル・ウォーデン……」


誇張が混ざっている。いや、かなり混ざっている。ガルドは肩をすくめ、なるべく小さくなろうとした。


「俺、殴ってませんよ……」


隣を歩くトンヌラが、何でもないことのように言う。


「立っただろ」


「それだけです」


「それが効いたんだよ」


簡単に言う。あまりにも簡単に言う。


だが、簡単ではない。


立つと、次も立たなければならない。昨日は一度だけのつもりだった。だが世界は、たった一度のことを見逃してくれない。結果が出た瞬間、それは役目になる。


ガルドは、小さく息を吐いた。



ギルドの食堂に入ると、ざわめきが一段だけ薄くなった。視線が集まり、それから逸れる。昨日なら気づかなかったかもしれないが、今日は嫌でも分かる。


二人分の皿を受け取り、空いている席に座る。ガルドは椅子に腰かけてから、少しだけ迷った。立っていないのに、背筋を伸ばしてしまう。誰に命じられたわけでもないのに、もう「立つ者」として見られている気がした。


トンヌラはいつも通りだった。パンをちぎり、スープを飲み、何も変わっていない顔で座っている。変わっていないように見えるだけかもしれないが、少なくとも周囲からはそう見えている。


「なあ」


ガルドはスープの湯気を見つめながら言った。


「俺、期待されてますかね」


トンヌラはパンを口に入れたまま、少しも考えずに答えた。


「されてるだろ」


「嫌ですか」


「……ちょっと」


本音だった。


期待は重い。好意であっても重い。悪意よりましだとしても、背負う側にはそれなりに堪える。


トンヌラは肩をすくめる。


「じゃあ勝たなきゃいい」


「え?」


「勝とうとするから重くなるんだろ」


ガルドは眉を寄せた。


「でも、立つのは?」


「立つのは、お前の自由だ」


自由。


その言葉は、ガルドにとってまだ馴染みが薄い。家の中にいた頃の自由は、だいたい逃げの別名だった。何もしなくていい理由でしかなかった。


だが今の自由は、少し違う響きを持っていた。やるかやらないかを、自分で選ぶ余地のことのように思えた。



そのとき、近くの席から小さな声が漏れた。


「……でも本当に止めたのは、あのネームレスの方じゃないのか?」

「ガルドだけじゃなくてさ。後ろのあいつ、全然慌ててなかったろ」

「何か知ってる顔だったよな」


ガルドの肩がぴくりと動く。


トンヌラはスープを飲みながら、心底どうでもよさそうに言った。


「知らん。立ったのはあいつだ」


それだけだった。


否定するでも、説明するでもない。自分に向きかけた誤解を、真面目に拾い上げる気が最初からないような返しだった。けれどその雑さが、かえって周囲の想像を刺激してしまう。


「ほらな」

「やっぱ何かあるんじゃ……」


勝手な声が、また小さく広がる。


ガルドは横目でトンヌラを見た。本人は本当に何も気にしていないようだった。というより、自分がどう見られるかそのものに、あまり興味がなさそうだった。


(……そういうところなんだよな)


得体が知れない、というのは、強そうに見えることよりもずっと厄介なのかもしれない。



昼からは、小さな護衛依頼を一つ受けた。戦闘の気配はない。町の外れまで商人を送るだけの簡単な仕事だった。


それでも、ガルドは自然と前に立つ。


誰にも言われていない。トンヌラも何も言わない。それでも足が前に出る。昨日は命じられて立った。今日は、自分で立った。


(……ああ)


歩きながら、ガルドはようやく気づく。


“立つ”は、命令ではなくなっている。


昨日は他人に言われてやった。今日は自分で選んだ。小さな違いだ。だが、自分の中では決定的に違う。


商人は安心したように二人の後ろを歩いている。何も起きない。道も平和だ。だが、その「何も起きない」が、昨日までより少しだけ違う意味を持ち始めていた。



帰り道、小さな魔物が道の脇から姿を見せた。


弱い。脅威と呼ぶには足りない。だが、商人はびくりと足を止めた。


ガルドの体が、先に反応する。


一歩前へ。


構えない。叫ばない。ただ、立つ。


魔物は様子を見るように首を振り、やがて踵を返した。何も起きない。誰も傷つかない。だが、それが逆に証明してしまう。


立てば止まる。


そんな法則が、本当にでき始めているみたいだった。


トンヌラが隣でぼそりと言う。


「ほらな」


「いや、今のはたまたまですよ」


「世界は、たまたまを積み上げて決めるんだよ」


適当なのか本質なのか、よく分からないことを言う。だが、言われた方は妙に否定しきれない。



ギルドへ戻る頃には、陽が傾いていた。


ガルドは足を止めずに門をくぐる。昨日の自分なら、たぶんここで一度立ち止まり、深呼吸をしていた。中に入ればまた誰かに見られるからだ。


けれど今日は、その一歩ぶんだけ進み方が早い。


ギルド奥の水晶では、《バトル・ウォーデン》の文字が静かに安定していた。表示は揺れず、波形も昨日より落ち着いている。記録係が紙束をめくりながら、訝しそうに首をかしげた。


「……定着が早いな」


その横で、《ネームレス》の波形は相変わらず細く、捉えどころなく揺れていた。だが、周辺の線だけが、ほんのわずかに歪んでいる。誰も気づかない程度の微差。だからまだ、誰も問題にしない。



夕暮れの宿へ戻る道で、ガルドが言った。


「トンヌラさん」


「なんだ」


「俺、昨日は本当に怖かったです」


「ああ」


「でも今日は……少しだけ、ましでした」


トンヌラは空を見上げる。夕焼けの色が、雲の縁に薄く残っている。


「慣れだ」


「そんなもんですか」


「そんなもんだ」


根拠はない。だが不思議と、それで十分だった。



ここで一つ、静かな事実がある。


ガルドは昨日、名を得た。


だが今日得たのは――自分の選択だ。


それは水晶には映らない。記録にも残らない。けれど、今後のすべてを少しずつ変えていく種類のものだった。



夜。ギルド裏の厨房。


帳簿が一枚、めくられる。


トンヌラ。

ガルド。


二つの名前の下に、まだ何も書かれていない空欄が一つだけ残っている。名はない。だが、行だけは最初から用意されていたかのように、きちんとそこにある。



ここはレイアノーティア。


立った者は、次も立つ。


世界はまだ何もしていない。

だが、余波は静かに広がっている。



第7話 了


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