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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第5章 因果を縫う者 手品師 戦場守護者の赤

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第53話 選択の側へ

 ここはレイアノーティア。

 均衡は、観測される。


 揺れたものは測られ、

 外れたものは記録され、

 誤差はやがて修正される。


 ――そう決めている者たちがいる。


 だが、ときどき世界は、

 観測された答えではなく、

 誰かが選んだ結果の方を先に通してしまう。


 そういう時だけ、正しさは少し遅れる。



 ディザスターの身体は、ゆっくりと形を失っていった。


 黒い膜が裂け、霧のように薄れ、

 その内側を走っていた赤い脈動だけが、最後までわずかに粘る。


 回収は、完了しなかった。


 受けたものを返すはずの構造が、

 途中で意味を書き換えられたからだ。


 ガルドは、大剣を地面へ突き立てた。


 真紅の刀身が、山肌へ深く食い込む。

 そのまま数秒、動けなかった。


 肩で息をしている。

 膝もまだ笑っている。

 だが、立っていた。


 やがて大剣は粒子のようにほどけはじめる。

 刃は光ではない。

 赤い糸だった。


 守った衝撃。

 流さなかった痛み。

 受け続けた記録。


 それらが、静かに背後へ吸い込まれていく。


「……借りは返した」


 ガルドが低く言った。


 言い切った瞬間、膝が折れる。


「ガルドさん!」

 コムギが飛び込むように支える。

「はいもう座ってください! 今すぐです! 補給担当命令です!」

「命令が多いな」

 ミラが言う。

「今日はそういう日です!」

「まあ妥当」

 ミラも反対側へ回る。

「ほら、肩貸すから」

「すみません」

「そういう時だけ素直」

「いつも素直です」

そう答えてガルドは笑った。


 フィーが後ろから呼吸を見ながら、そっとガルドの背へ手を当てる。


「大丈夫です。まだ重いですけど、さっきとは違います」

「戻ってますか」

 ガルドが聞く。

「少しずつ」

 フィーは頷いた。

「ちゃんと、ガルドさんの中へ戻ってます」

「そうですか」

「はい」

 コムギが半泣きのまま言う。

「だから今日はもう無理しないでください!」



 山の空気が、少しだけ軽くなっていた。


 さっきまで張り詰めていた“重力のある空気”が、完全ではないにせよ、一段抜けている。

 風も少し戻り、止まっていた鳥の声も、遠くでようやく一つ鳴く。


 ミラがその音を拾って、小さく息を吐いた。


「……やっと、ちゃんとした静けさ」

「さっきまでのは違ったんですか?」

 コムギが聞く。

「違った」

 ミラはすぐ答える。

「あれは静かっていうか、押さえつけられてるだけ」

「それは分かる気がします」

 フィーも頷く。

「今は、少し戻ってます」

「少し、か」

 トンヌラが低く言う。


 腕を組んだまま、ディザスターがいた場所を見る。


 黒い霧は散り、

 山肌には割れた岩と、薄く残った赤い筋だけがある。


(終わった……のか?)


(いや、終わったにしてはまだ嫌な感じ残ってるな)


 だが、少なくとも最悪は越えた。

 そう思える程度には、場が戻っている。


 ぽめが、大きくあくびをした。


「……ふぁ」


 そして、また丸くなる。


「すぴ」


 ミラが呆れたように笑う。


「ほんと何なの、こいつ」

「犬だ」

 トンヌラが即答する。

「いやそれは知ってる」

「ポメラニアンだな」

「またそれ」

「でも可愛いです」

 コムギが即答する。

「それはそう」

 ミラも認める。

「認めるのか」

「そこは認めるでしょ」

「可愛いは正義です」

 コムギが真顔で言う。

「便利な言葉だな」

 フィーが小さく笑った。



 少し離れた場所で、クラウスは立ち尽くしていた。


 山の上空を見る。

 まだ、いる。


 見えはしない。

 だが分かる。

 観測している気配が、ほんの薄く残っている。


(調停は、見ている)


 当然だ。

 自分も、ずっとそちら側だった。


 収束率を整え、

 確率を固定し、

 犠牲を必要経費と呼び、

 全体の均衡を優先する。


 それが“正しい側”だった。


 だが今、目の前で起きたことは違う。


 解釈の変更。

 意味の再定義。

 負債を、結果へ変える選択。


 クラウスは目を閉じる。


 自分がいた側から見れば、きっと醜い。

 綺麗じゃない。

 順番も崩れている。

 説明もつきにくい。


 だが、それでも。


(こっちの方が、まだ人間だ)


 そう思ってしまった。



 トンヌラが振り向く。


「どうした」


 いつも通りの声だった。

 何もわかっていない顔も、いつも通りだ。


 クラウスは、少しだけ笑いそうになる。


(わかっていないのは、私の方だ)


 ずっとそうだった。

 見えているつもりで、何も選んでいなかった。


「……決めました」


 クラウスが言う。


 コムギが顔を上げる。

 ミラも、フィーも、ガルドも視線を向ける。


「私は、あなたについていきます」


 ミラが小さく口笛を吹いた。


「うわ、重い告白みたい」

「そういう茶化し方しないでくださいよ」

 コムギが言う。

「でもちょっと分かります」

「分かるんだ」

「雰囲気です!」


 クラウスはトンヌラを見る。


「あなたは危うい」

 はっきり言う。

「理解も足りない。構造も知らない」

 トンヌラが少しだけむっとする。

「急に悪口が多いな」

「褒めてもいます」

「どこがだ」

「その危うさごと前へ出るところです」


 一歩、近づく。


「私はずっと、正しい側にいました」

「……」

「だから、間違えた」


 山風が吹く。

 重かった空気が、今は少しだけ通り抜ける。


「今度は、選択の側に立ちたい」


 静かな声だった。

 でも、それは今までのクラウスの軽い笑みとは違う、本当に自分で選んだ声だった。


 トンヌラは数秒黙る。


(なんか重い話きたな……)


(でも、ここで変なこと言ったらたぶんダメなやつだな)


 腕を組み直してから、言う。


「勝手についてこい。同行を、許可する」


 クラウスは、初めて心から笑った。


「はい」


 その瞬間。


 上空の気配が、ほんのわずかに揺らいだ。

 観測値がぶれたような違和感だった。



 同じ頃。


 メルグラフ連邦、アルディウスの屋敷。


 天蓋の下で、エリシアの指がぴくりと動いた。


 使用人は気づかない。

 医師もまだ分からない。


 だが、薄く抜けていた“何か”が、ほんの少しだけ戻っている。


 時計は、もう逆回転しない。


 アルディウスが娘の手を握る。


「……?」


 気のせいかもしれない。

 でも、頬にほんの少しだけ色が戻っていた。


 呼吸も、さっきまでよりわずかに深い。


 削がれていた活力の流れが、少しだけ弱まっている。


 完全に戻ったわけではない。

 だが、止まっていた何かが、ほんの少しだけ動き出した。


「エリシア……」


 その呼びかけに、娘の睫毛がかすかに震える。


 返事にはならない。

 だが、無ではなかった。



 山では、ディザスターの残滓が最後の霧となって崩れ落ちていた。


 回収は不完全。

 帳尻は、まだ揺れている。

 それでも一部は返された。


 クラウスはその気配を感じ取っていた。


 全部ではない。

 だが確かに、何かひとつは持ち直された。


「未来は固定されない、か」

 小さく呟く。


 誰に言ったのでもない。

 だが、その言葉は自分の中へよく落ちた。



 トンヌラはガルドの方を見る。


「立てるか」

「少しなら」

「なら十分だ」

 トンヌラは頷く。


 コムギがすぐに言う。


「十分じゃないです! 今日はもう休みです!」

「厳しいな」

「当然です!」

「でも、そうだね」

 フィーが静かに言う。

「今日はここまでです」

「さんせーい」

 ミラも即答する。

「さすがに今日はもうお腹いっぱい」

「食べてないのに?」

 コムギが聞く。

「そういう意味じゃないのよ」

「ややこしいですね」

「そういう日」


 ガルドが小さく息を吐いた。


「……助かります」

「でしょうね!」

 コムギが胸を張る。

「補給担当、今日はすごく働いてます!」

「今日も、です」

「フィーさん……!」

「それはそう」

 ミラも笑った。


 こういう時だけ、少しずつ空気が戻る。

 誰も綺麗にはまとまらない。

 でも崩れもしない。


 クラウスは、その温度を見ていた。


 正しくない。

 でも、息ができる。


 それだけで、前にいた場所とはだいぶ違った。



 そして遠く。


 世界調停機構コンダクターズ第一中枢。


 水晶の表面へ、ほんの髪の毛ほどの亀裂が入った。


 青い光が、わずかにぶれる。


 ノインが顔を上げる。

 リリカが首を傾げる。

 だが、その傷はあまりにも小さかった。


 まだ、誰も気づかない。


 けれど確かに、それは入った。


 “正しさ”の側へ生まれた、最初の矛盾だった。



 ここはレイアノーティア。


 均衡は観測される。

 だが――

 選択は、観測を裏切る。


 正しい側から見れば誤差でも、

 生きる側から見れば、それが初めての答えになることがある。


 山を越えた先で、

 まだ新しい災いは待っている。


 だが今、少なくともひとつだけ確かなのは、

 この旅がもう“管理された順番”の中には戻らないということだった。



 第53話 了


第5章完

ガルド


元の職業:《自宅警備員》


真名:《戦場守護者バトル・ウォーデン


能力:仲間を守る前衛防壁


最初にトンヌラと出会った仲間。


元の職業は《自宅警備員》。

文字だけを見ると、どう考えても冒険者向きではありません。


けれど、彼の本質は「動かないこと」ではありませんでした。


逃げずに立つこと。

誰かの前にいること。

帰る場所を守り続けること。


真名《戦場守護者バトル・ウォーデン》として覚醒したガルドは、仲間の前に立つことで戦場そのものを支える防壁となりました。


彼の強さは、敵を倒す強さではありません。


誰かが倒れそうになった時、

誰かがもう一歩進みたい時、

その前に立って、受け止める強さです。


勝つためではなく、帰るために守る。


それがガルドの真名です。


《赤い帰結クリムゾン・リコレクション》について


ガルドには、《戦場守護者バトル・ウォーデン》とは別に、もう一つの力があります。


それが、

《赤い帰結クリムゾン・リコレクション》です。


《戦場守護者》が「仲間を守るために受け止める力」なら、

《赤い帰結》は「受け止めた痛みを、どう返すかを選ぶ力」です。


ガルドはずっと、誰かの前に立ち、傷を受け続けてきました。


けれど、ただ耐えるだけでは守れない時もある。

かといって、怒りのまま返せば、ただの復讐になってしまう。


だからガルドは、受けた痛みを憎しみに変えるのではなく、守るための力として返す道を選びました。


《赤い帰結》は、

「守るだけでは足りない」と知ったガルドが、初めて“返す意味”を選んだ力です。


「守るのは、自宅だけじゃない」



コムギ


元の職業:《管理栄養士》


真名:《戦線維持者ミリタリー・サスティナー


能力:補給・回復・戦線維持


大きなリュックとおたまを背負った補給担当。


元の職業は《管理栄養士》。

戦場で剣を振るう職業ではありません。


けれど、戦い続けるために必要なものは、剣や魔法だけではありません。


水。

塩。

食事。

休息。

体温。

そして、もう一度立ち上がれるだけの心。


真名《戦線維持者ミリタリー・サスティナー》として覚醒したコムギは、仲間の消耗を支え、戦線を維持する存在となりました。


彼女の力は、単なる回復ではありません。


倒れてから助けるのではなく、倒れる前に支える。

心が折れてから励ますのではなく、折れる前に温める。


つまり、補給は正義です。


そしてコムギは、その正義をおたまと鍋で実行する、心もからだも立派な大人のレディです。



フィー


元の職業:《ペットシッター》


真名:《生命調律者バイオ・チューナー


能力:生命反応の調律・異常状態の修復


生き物の呼吸や変化に、誰よりも敏感な女性


元の職業は《ペットシッター》。

命を預かり、見守る側の職業です。


彼女は最初から、命の異変に気づくことができました。


けれど、気づけることと、助けられることは同じではありません。


だからこそフィーは、長く自分を責めていました。


理解できたのに、届かなかった。

異常に気づいたのに、救えなかった。


その後悔が、真名によって力へと変わります。


真名《生命調律者バイオ・チューナー》として覚醒したフィーは、乱れた生命反応を読み取り、本来の律動へ整える力を得ました。


ただし、彼女は命を作り替える神ではありません。

失われた命を戻すこともできません。


それでも、まだ届く命があるなら。

まだ整えられる呼吸があるなら。


フィーは、その命に手を伸ばします。


彼女の力は、治癒ではなく調律。


命がもう一度、自分自身の鼓動を取り戻すための力です。



ミラ


元の職業:《バンドマン》


真名:《拍動支配者リズム・ドミネーター


能力:拍・場・戦意の支配


音楽で生きてきた者。

そして、かつて“揃えられなかった”者。


元の職業は《バンドマン》。

冒険者の職業として見れば、やはり異色です。


けれど、戦場にも音があります。


足音。

呼吸。

剣の振り。

恐怖の伝わり方。

誰かが踏み出す瞬間。


それらはすべて、ひとつの拍を持っています。


真名《拍動支配者リズム・ドミネーター》として覚醒したミラは、敵味方のリズムを読み、場そのものの拍を奪い返す存在となりました。


彼女は、全員を無理に揃えるのではありません。


自分の拍で立つ。

自分の音で進む。

その結果、周囲が引き寄せられていく。


かつて揃えられなかった彼女は、誰かに合わせることで救われるのではなく、自分の拍を取り戻すことで立ち上がりました。


ミラの力は、音楽を武器にする力ではありません。


乱された世界に、もう一度「自分たちの拍」を刻む力です。


「私は世界で1番、ロックなバンドマンなんだ」



クラウス


元の職業:《手品師》


真名:《因果縫合者パラドックス・テイラー


能力:因果の縫合・矛盾の接続・現象のつなぎ直し


最後に加わったのが、クラウスです。


元の職業は《手品師》。


手品とは、相手の目を欺く技術です。

本当のことを隠し、ありえないことが起きたように見せる技術です。


けれどクラウスの場合、その本質はただの目くらましではありませんでした。


彼が見ていたのは、物事の順番。

結果に至るまでの流れ。

人が見落とした小さなズレ。


つまり、因果のほころびです。


真名《因果縫合者パラドックス・テイラー》として覚醒したクラウスは、矛盾した出来事や途切れた流れを“縫い直す”力を得ました。


彼の能力は、単純な攻撃でも防御でもありません。


本来なら届かないものをつなぐ。

崩れかけた結果を縫い留める。

矛盾しているはずの現象に、一本の糸を通す。


それは手品の延長でありながら、もはや手品ではありません。


クラウスは、世界の裏側にある“仕掛け”を見る者です。


ただし、彼はすべてを語る者ではありません。

見えているからこそ、黙っていることもある。


だからこそ、彼はこの先の物語において、ただの便利な仲間ではなく、物語そのものの鍵になっていきます。


派手な英雄ではない。

けれど、因果の針を持つ者。


それがクラウスです。


「意味が縫い直された」



そして、トンヌラについて


ここまでで、五人の仲間が真名を得ました。


ガルドは、守るために立つ者。

コムギは、倒れないよう支える者。

フィーは、乱れた命を整える者。

ミラは、奪われた拍を取り戻す者。

クラウスは、ほころびかけた因果を縫う者。


では、彼らを導いたトンヌラは何者なのか。


最強の剣士なのか。

偉大な魔術師なのか。

すべてを見通す賢者なのか。


本人いわく違います。何もしていません。


ただ、名を呼びました。

ただ、その者が立ち上がる瞬間に、そこにいました。

ただ、ものすごくそれっぽい言葉を言いました。


少なくとも本人は、本気でそう思っています。


けれど世界は時々、本人の認識とは違うところで動いてしまいます。


トンヌラが名を呼ぶたびに誰かの役目が変わる。


誰かが自分の弱さを、別の形で受け取り直す。


そして、世界の帳尻が少しずつ狂っていく。


ここまで来て、パーティはようやく形になってきました。


守る者。

支える者。

整える者。

刻む者。

縫う者。


そして、名を預かる者。


この先、彼らの力はさらに大きな世界の仕組みへ触れていきます。


役に立たないと思われた職業たちが、どこまで世界を揺らすのか。


そして、トンヌラの“何もしていない”は、どこまで通用するのか。


引き続き、レイアノーティア(いたずらの構造)の旅を見守っていただければ幸いです。


「同行を、許可する」



ここはレイアノーティア。

名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。


けれど時々、

名前を呼ばれただけで、人はもう一度立ち上がる。

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