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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第5章 因果を縫う者 手品師 戦場守護者の赤

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第51話 お前もだ

 ここはレイアノーティア。

 均衡は、分配される。


 誰かひとりが全部を背負えば、美しく見えることがある。

 誰かひとりが黙って受ければ、その場は静かに収まることがある。


 だが、それはたいてい長くは続かない。

 背負われたものは沈み、

 押し込められたものは歪み、

 やがて別の形で噴き出す。


 分けなければ、壊れる。

 預けなければ、届かない。

 そういう場面が、人生にはたびたび訪れる。



 「オオキク……カエス」


 ディザスターの腕が、ゆっくりと持ち上がる。


 赤い糸が膨張する。

 太く、濃く、脈打つ。


 ガルドの身体が、さらに沈んだ。


 盾が震える。

 地面がひび割れる。

 膝はもう、立つための形を保つだけで精一杯だった。


「……っ」


 立とうとする。

 だが、立てない。


 コムギがまた袋を握る。


「まだいけます、たぶん!」

「たぶん多すぎ!」

 ミラが叫ぶ。

「でも今はそれしかないじゃないですか!」

「それはそうだけど!」


 フィーはガルドの背中へ手を当てたまま、低く言う。


「呼吸が削られてるわけじゃない」

「じゃあ何です?」

 コムギが聞く。

「支える意味ごと、ずらされてます」

「もっと嫌な言い方しないでください!」

「でも、たぶんそこです」

「うわあ……」


 ディザスターの赤が、また大きく脈打った。



 クラウスの指が、わずかに動く。


 糸を引ける。

 ずらせる。

 解釈を変えられる。


 ほんの少しなら今の自分でもできる。


 だが――


(また、私が処理するのか)


(また、“正しく”整えるのか)


 足が止まる。


 頭の中には、白い廊下と青い水晶がまだこびりついていた。

 正しい調整。

 美しい補正。

 必要な犠牲。


 あの言葉を、もう一度自分に許すのか。

 そう思っただけで、喉が締まる。


「足りないんですよ!」


 思わず叫んでいた。


 トンヌラが振り向く。


「あなたの覚悟は強い! それは認めます!」

 クラウスの声が震える。

「ですが構造を理解していない!」

「因果は意思だけでは動かない!」

「理解なき覚悟は、暴走です!」


 空気が止まる。


 トンヌラは黙って聞いていた。

 ディザスターの圧は増している。

 赤は濃くなる。

 ガルドの呼吸は浅い。


 それでも、視線だけは逸らさない。


「なぜあなたは!できると思うのか!」


 クラウスの声が裏返る寸前で踏みとどまる。


「世界を敵に回す覚悟だけで、世界を壊せるとでも!」


 その言葉に、トンヌラの顔が一瞬だけ崩れた。


(え、怒られてる?)


 だが次の瞬間、目がまっすぐになる。



「わからん」


 はっきりと言った。


 クラウスが止まる。


「お前の言ってること、全然わからん」


 正直だった。

 雑でも、逃げでもない。

 ただ、本当にわからない顔だった。


 ミラが目を見開く。


「そこでそれ言う!?」

「今そこが一番大事です!」

 コムギが半泣きで言う。

「大事なのか……」

ミラは呆れ半分に固まる。

「もうそういう日なんです!」


 トンヌラは一歩、前へ出た。


 圧がかかる。

 足元の石が沈む。

 だが退かない。


「構造も知らん、調整も知らん、帳尻も知らん」


腕を組んだまま、空を見上げる。


「……俺は無力だ」


 山は静まりかえっていた。


 コムギが固まり、フィーが目を見開き、ミラが息を止める。

 ガルドだけが、膝をついたまま顔を上げた。


「俺は、何もできん」


 それは諦めではなかった。

 ようやく本当に、自分の位置を認めた声だった。


「だが!」


 トンヌラが叫ぶ。


「仲間がいる!」



 その声が、山肌へ反響する。


「ガルドは守る!」

「コムギは支える!」

「フィーは整える!」

「ミラは揺らす!」


 言葉が一つずつ、場へ置かれていく。


 コムギが目を見開く。

 フィーの手が動く。

 ミラがギターを構える。

 ガルドの指がわずかに盾を握り直す。


 トンヌラは、まっすぐクラウスを見た。


「そして――」


 一瞬の静寂。


「……お前もだ、クラウス!」


 声が山に反響する。



 クラウスの呼吸が止まる。


 耳の奥で、昔の言葉が切れる。


 必要な犠牲。

 美しい調整。

 正しさの側。


 それら全部へ、いきなり別の言葉が叩き込まれる。


 お前もだ。


 管理する側ではなく。

 測る側でもなく。

 切り捨てる側でもなく。


 ここにいる側として。


 トンヌラの声は荒い。

 だが、逃げていない。


「なぜ全部自分で解決しようとする!」

 拳を握る。

「俺は無力だ!」

「だから預ける!」

「仲間に!」

「名前を!」

「そして……!」


 糸が震える。


 世界が、わずかに揺らいだ。


 クラウスの胸に、何かが深く刺さる。


(預ける)


 その発想が、今まで自分の中にほとんどなかった。


 整えるか、切るか。

 残すか、捨てるか。

 必要か、不要か。


 そういう側にしかいなかったからだ。


 でもこの男は、

 自分で全部はできないと認めた上で、

 それでも前へ出ている。


 そして、他人へ預けることを恥じていない。



 ディザスターの圧が増す。


「カエス」


 ガルドの背後の赤がさらに膨張した。


 コムギが叫ぶ。


「ガルドさん、まだ倒れないでください!」

 粉を差し出す。

「補給担当命令です!」

 ミラが吠える。

「リズム保つから、せめて意識は飛ばすな!」

 フィーが低く言う。

「まだ戻せます! 少しずつでも!」


 それぞれが、自分の役目で支えている。


 ガルドは震えながら、かろうじて呼吸をつなぐ。


 その中心で、クラウスだけが止まっていた。


 止まっていたが、もう前と同じ止まり方ではなかった。


「何度でも言おう」


 トンヌラは深く息を吸う。


 圧を飲み込む。

 恐怖を飲み込む。

 自分の未熟さも、すべてを飲み込んで。


「……お前もだ、クラウス」


 今度は静かに言った。


 確信だけを込めて。



 クラウスの中で、何かが崩れる。


 必要な犠牲。

 その言葉が、初めて“必要だった側”の論理に聞こえた。


 自分はずっと、受け入れる側だと思っていた。

 見通す側だと思っていた。

 正しさを支えるために、感情を畳んできた。


 けれど、本当は違った。


 ただ、選ばなかっただけだ。


 切ることを。

 捨てることを。

 正しいと言い切ることを。


 ずっとどこかで、間違っていると知っていた。


 トンヌラは目を閉じる。


「覚悟、完了……」


 宣言ではない。

 これは、選択だった。


 腕を振りかざす。


「《パラドックステイラー:クラウス》」


 山が鳴る。


「因果を観る者よ――」

「お前は管理者ではない」

「選択者だ」


腕を組み直した。クラウスは、それを真っ直ぐに見ていた。


「矛盾を壊せ。意味を……縫い直せ」



 空気が震える。


 “名”が世界へ刻まれる。

 世界が後から意味を追いかける。


 クラウスは理解する。


 私は事実を受け止めるだけの存在だった。

 正しい流れを整えるだけの存在だった。


 だが――


 守りたいものがあるなら。

 ただ観るだけでは足りない。


 解釈を変えろ。

 選べ。

 縫い直せ。


 そういう名前だ。


クラウスは息を吸った。

静かに、ゆっくりと。


「覚悟……完了」



 コムギが粉を流し込む。


「まだガルドさんは倒れません!」

 フィーが背後へ立つ。

「支えます。間に合わせてください」

 ミラがギターを鳴らす。

「リズム取るから、早くやりなさいよ!」


 クラウスは目を開く。


 赤い糸が見える。


 散らばった衝撃。

 蓄積された因果。

 受け止めただけの結果。


 今までなら、それを処理していた。

 消していた。

 流していた。


 でも違う。


 それを、束ねる。


 切らない。

 消さない。

 押し付けない。


 “意味”を縫い直す。


 その瞬間。


 赤い糸が、初めて“方向”を持った。


 散らばっていた衝撃が、

 一点へ収束し始める。


 ディザスターが首を傾げる。


「……ナニ?」


 処理が遅れる。


 クラウスの指が震える。


 見える。

 赤い軌道。

 蓄積された因果。

 今まで“受け止めただけ”だったもの。


(これは負債じゃない)


今ならはっきりとわかる。


(守った証だ)


 ディザスターが低く唸る。


「マダ……タリナイ」


 だが、その声はもう揺れていた。


 ガルドが歯を食いしばる。


 まだ立てない。

 だが背後で赤い因果の糸が集まり始める。


 薄く。

 血の色で。

 しかし血ではなく、守ってきた記録の色として。



 ここはレイアノーティア。


 背負うのではない。

 分けるのだ。


 預けるのだ。

 選ぶのだ。


 赤い糸はまだ結果にならない。

 だが確実に、形を求めている。


 守るだけでは足りなかった。

 だが、守ってきたこと自体は間違いではない。


 その意味が変わるまで、あとほんの僅か。



 第51話 了

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