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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第5章 因果を縫う者 手品師 戦場守護者の赤

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第42話 帰還をやめた道

 ここはレイアノーティア。

 名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。


 だが道だけは、時々こちらの都合を聞かない。

 帰るつもりで進んでいたはずなのに、

 気づけば別の場所へ向かわせていることがある。


 そういう道は、だいたい静かに始まる。



 ここはアークレイド王国へ帰還する道。


 空は高く、雲は薄い。

 風も穏やかで、陽の光はやわらかい何の問題もない街道だった。


 荷馬車が通るには少し狭いが、馬で進む分には悪くない。

 道端の草も荒れていない。

 森も深すぎず、穏やかな景色が広がっている。


 ――に、見えた。


 フィーが足を止めたのは、森の入口を半分ほど過ぎたあたりだった。


「……止まってください」


 声は静かだったが、迷いがなかった。


 先頭寄りを歩いていたガルドが、すぐに立ち止まる。

 コムギも大きな荷を抱えたまま足を止め、ミラはギターを背負い直した。

 トンヌラだけが一歩だけ進んでから、いかにも最初から分かっていたみたいな顔で振り返る。


「どうした」


 フィーはすぐには答えない。


 耳を澄ませるように目を細め、馬の鼻先へ視線を落とす。

 木々の奥。

 枝の揺れ。

 鳥の高さ。

 風に混じる獣の匂い。


 それらを一つずつ拾ってから、ようやく口を開いた。


「この森、前より騒がしいです」


「騒がしい?」

 コムギが聞き返す。

「とても静かで、穏やかに見えますけど」


「静かすぎる場所って、だいたい何かあります」

 フィーは馬の首筋にそっと手を当てる。

「呼吸が浅い。歩幅も少し短いです」


 馬は鼻を鳴らした。

 怯えるほどではない。

 だが落ち着いているとも言いきれない反応だった。


 フィーは顔を上げる。


「鳥の声も高いです」

「高いと何が違うんです?」

 コムギが素直に聞く。

「落ち着いていない時の鳴き方です」

「へえ……」

「魔物がまた増えてます」


 その一言で、空気が少しだけ変わった。


 ガルドが自然に一歩前へ出る。


「仕事、増えそうですね」


 低い声だった。

 諦めにも似た落ち着きがある。


 ミラが肩をすくめる。


「うわ、そんなこともわかるの」

「多分ですが、恐らく普通じゃありません」

 フィーが言う。

「もっと嫌」


 コムギは背負い袋の紐を握り直した。


「でも、ここ通るしかないんですか?」

「正面から行くなら、そうなります」

 フィーは森の奥を見たまま答える。

「ただ……」


目を細め遠くを見つめた。



「避ける方が無難です」


 ガルドがフィーを見た。


「やり過ごせない程ですか」

「というより……」

 フィーは少しだけ言葉を選ぶ。

「無理して進まない方が無難です」


 その言い方に、トンヌラは小さく頷いた。


「なら迂回だ」


 即決だった。


 コムギがぱちぱちと瞬きをする。


「早っ」

「安全を取るのは当然だ」

「団長さん、たまに妙に判断が早いですよね」

「たまにとは何だ」

「いつもではないです」

「微妙な言い方をするな」

「事実です」

 ガルドが静かに補足した。

「ガルドさんまで乗らなくていいです!」


 ミラが吹き出す。


 だが、その笑いも長くは続かなかった。

 森の奥から、葉擦れにしては少し重い音がしたからだ。


 ガルドの肩がほんのわずかに固くなる。


 フィーは首を横に振った。


「いま行かない方がいいです」

「分かった」

 トンヌラは短く返す。

「なら、別の道を取る」



 誰も知らない。


 確率が、ほんの少しだけ傾けられていることを。

 森の魔物の力が、わずかに調整されていることを。


 遭遇しやすくなる角度。

 避けにくくなる密度。

 目立たない程度に引き上げられた凶暴性。


 どれも致命的ではない。

 ただ、“面倒ごとが起こりやすい”方へ寄せられているだけだ。


 だが、それを知る者はこの場にいない。


 一行が知っているのは、

 森の空気が良くないこと。

 そして、今は正面から入るべきではないことだけだった。



 街道脇で地図を広げる。


 コムギが指先で道筋を追った。


「だったら、メルグラフ連邦を経由しましょう」


 全員の視線が集まる。


「補給を整えておきたいです」


 言い方は軽くない。

 真面目だった。


「このまま無理して森を抜けるより、一回ちゃんと物資を見直した方がいいです。水も、保存食も、回復用の材料も」

「ちょうどいいかもしれませんね」

 フィーが頷く。

「はい。あと、美味しいものもあります」

「最後のやつが本音では」

 ミラが言う。

「本音と合理は両立します!」

 コムギが胸を張る。

「補給担当として、そこは譲れません!」


 ガルドは地図を見たまま、静かに言う。


「連邦経由なら、道も広いです。馬を休ませるにも悪くない」

「賛成が増えました!」

「食材は豊富です」

 フィーも続ける。

「最近補給に余裕がなかったので、コムギさんにはちょうどいいかもしれません」

「フィーさん、その言い方キュンとしました」

「合理的です」

「今日はやたらサクサク決まるな」

「団長さんが言うとちょっと面白い」

 ミラが笑う。


 トンヌラは腕を組んだまま、遠くを見た。


 山脈が、薄く青い影になって見えている。

 まだ遠い。

 だが、目を引く山だった。


「なら決まりだ」


 声はいつも通り、妙に偉そうだった。


「メルグラフ連邦を経由する」

「よし!」

 コムギが小さく拳を握る。

「補給、立て直します!」

「食べる気まんまんですね」

 ミラが言う。

「当然です!」

「ぶれないなあ」

「大事ですから!」


 ぽめはその間、道端で丸くなっていた。


「……すぴ」


 相変わらず、何一つ緊張感がなかった。



 進路は決まった。


 森を避け、

 物流国家メルグラフ連邦へ。

 原初の山脈を遠くに見ながら、五人と一匹は道を変える。


 帰るための道だったはずなのに、

 もうその道は、少し違う意味を持ち始めていた。


 まだ誰も知らない。


 その山で――


 調整が、すでに始まっていることを。


 ここはレイアノーティア。

 道は、ときどき人より先に答えを知っている。


 だから帰るつもりで曲がったはずの道が、

 気づけば、次の物語の入口になっていることもある。



 第42話 了

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