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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第3章 治す者 ペットシッター

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第31話 観測と余白

 ここはレイアノーティア。

 名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。


 けれど、ときどき人は、

 役目より先に居場所を見つける。


 名付けるにはまだ早い。

 でも、もう少しここにいたい。

 その気持ちだけで進める日もある。



 補給任務の完了報告を終えたあと、四人のあいだには妙な静けさがあった。


 悪い静けさではない。

 大変だったことが終わった直後にしか来ない、力の抜けた静けさだ。


 受付で必要な書類を渡し終え、荷の確認も済み、ようやく「本当に終わった」と思えたところで、コムギが大きく息を吐いた。


「……もう、ほんとに、今回は大変でした……」

「前回も大変だっただろ」

 トンヌラが言う。

「前回もです! でも今回もです!」

「毎回大変ですね」

 フィーが少し笑う。

「笑い事じゃないですって! 私、そろそろ、こう……ぱーっとしたいです!」

「ぱーっと?」

 ガルドが聞く。

「そうです! 打ち上げです!」

 コムギが胸を張った。

「打ち上げ?」

「頑張ったあとに、美味しいもの食べて、ちょっと気を抜いて、“終わったー!”ってするやつです!」

「雑ですが、分かります」

 フィーが頷く。

「ですよね!?」


 コムギはそのまま勢いよくフィーを見た。


「フィーさんも、いいですよね? 打ち上げしましょ!」

「え、私もですか?」

「当たり前じゃないですか! むしろ主役ですすから!」

「主役側って何です?」

「なんかこう……今回いちばん“やった人”側です!」

「語彙が雑ですね」

「勢いで生きてるので!」


 コムギは開き直った。


 フィーはその勢いに目を瞬かせたあと、ほんの少しだけ笑った。

 前のような、様子を見る笑い方ではない。

 少しだけ、肩の力が抜けた笑い方だった。


「……そうですね」

「おっ」

「いいかもしれません」

「決まりです!」

「決めるの早いな」

 トンヌラが呆れる。

「こういうのは勢いが大事なんですよ!」

「お前は全部それだな」

「だいたいそうです!」


 ガルドが小さく息を吐く。


「俺も、反対はしないです」

「ガルドさんも賛成!」

「賛成というか……せっかく無事に終わったので」

「それを賛成って言うんですよ!」

「そういうものですか」

「そういうものです!」


 こういう時、コムギは強い。



 そうと決まれば話は早かった。


 補給任務の残りをきっちり完了して、そのままヴァルミオン領へ向かう。

 前回は余裕もなく戻るだけだったが、今回は少なくとも任務の完了を噛み締めて、分かち合う余裕があるのだ。それは思っていた以上に大きかった。


 街道を進みながら、コムギは妙に機嫌がいい。


「何食べましょうかねー」

「もう考えてるのか」

 トンヌラが言う。

「当然です! こういうのは考えてる時が一番楽しいんです!」

「本番前がピークのやつですね」

 フィーが言う。

「フィーさん、よく分かってますね!?」

「少しだけ」

「仲間です!」

コムギは依頼の完了で、テンションが上がっているせいか終始満面の笑みだった。

「でも、お腹は空きました!」

「単純だな」

「団長さんにだけは言われたくないです!」


 コムギが言い返す。


 ガルドは前を見たまま、少しだけ口元を緩めた。


「コムギさんが元気だと、安心します」

「ガルドさんその感じ、今すごく欲しい言葉です!」

「そうですか」

「そうですよ!」

「俺は本音を言っただけです」

「その本音が優しいんですよ」

「難しいですね」

「難しくないです!」


 そんなやり取りをしながら進む道は、少しだけ軽かった。



 ヴァルミオン領へ向かう途中、フィーは馬の歩幅を少し緩めた。


 自然と、トンヌラの隣に並ぶ形になる。


 トンヌラは気づいていたが、何も言わなかった。

 フィーも、すぐには口を開かなかった。


 少しだけ風が吹く。

 馬の足音が遠くで重なる。

 コムギの声は前の方で、まだ打ち上げの内容を考えている。


「……団長さん」

 フィーが呼んだ。


「何だ」

「ありがとうございます」

「急だな」

「そうですね」


 フィーは少しだけ笑う。

 それから前を向いたまま、静かに続けた。


「私、ずっと抱えてたものがあったんです」

「……」

「それが、何というか……つきものが落ちたみたいに、少しだけすっきりした気分で」

「そうか」

「はい」


 トンヌラは短く返した。

 短い。

 短いが、今はその短さがちょうどいい。


 フィーは少しだけ目を細める。


「昔のこと、なくなったわけじゃないんですけど」

「なくならんだろうな」

「はい」

「だが、変わった」

「……はい」


 その一言が、妙にまっすぐ入ってきた。


 なくなってはいない。

 でも、変わった。


 それはフィー自身、なんとなく分かっていたことだった。

 傷が消えたわけじゃない。

 過去が赦されたわけでもない。

 助けられなかった事実が書き換わったわけでもない。


 それでも、自分の手が“届かないだけ”ではなくなった。その違いは大きかった。



 フィーは少しだけ迷ってから、また口を開いた。


「私、あの時以来誰ともちゃんとパーティを組まなかったんです」

「……」

「組めなかった、の方が近いかもしれません」

「そうか」

「はい。迷惑をかける気がして。見えてるだけで、結局助けられないなら、一緒にいる意味がないんじゃないかって思ってました」


 言いながら、フィーは自分で少しだけ苦笑した。


「今思うと、ずいぶん極端ですよね」

「極端ではあるな」

「否定はしてくれないんですね」

「事実だろ」

「団長さん、やっぱり雑です」

「知ってる」


 フィーはそこで、ほんの少しだけ息を吸った。


 次の言葉は、さすがに少し緊張する。


「……だから」

「何だ」

「もう少し、ここにいてもいいですか」


 言ってから、フィーはそっと顔を上げた。


 上目遣いだった。

 意図しているのか、していないのか分からないくらい自然な角度で。

 その拍子に、胸元がやわらかく揺れる。


 トンヌラは一瞬だけ視線を向けて、すぐに外した。


 本当にすぐ外した。

 あまりにも露骨に外したので、むしろ不自然なくらいだった。


「……好きにしろ」

「それ、許可ですか?」

「許可だ」

「雑ですね」

「細かく言い直すか?」

「いえ、それで十分です」


 フィーは小さく笑った。


 その笑い方は、前のものと少し違う。

 様子見でもなく、遠慮でもなく、ただ嬉しい時の笑い方だった。



 少し前を歩いていたコムギが、後ろを振り向く。


「何話してるんですかー?」

「別に」

 トンヌラが即答する。

「それ絶対別にじゃないやつです!」

「何でもない」

「何でもない顔してないです!」

「どんな顔だ」

「ちょっとだけ、誤魔化してる顔です!」

「見抜くな」

「やっぱり!」


 コムギが勝ち誇った顔をする。


 フィーは肩を揺らして笑った。

 その笑い方に、コムギが気づく。


「あっ」

「何です?」

 フィーが聞く。

「今の、ちょっと違います」

「何がですか」

「前より、ちゃんと笑ってます」

「……そうですか?」

「そうです!」


 コムギは全力で頷いた。

 ガルドも少しだけ振り返る。


「俺も、そう思います」

「二人とも、そういうところ鋭いですね」

「えへへ」

「コムギさんはとても嬉しそうですね」

「嬉しいです!」


 それでいいのだろう。


 こういう軽さがあるから、重いものが少しだけほどける。



 ヴァルミオン領の街が見えてきた頃には、夕方の光が道を少し赤くしていた。


 前回とは違う。

 あの時は、とにかく戻るだけで精一杯だった。

 疲れ切って、張りつめて、余裕なんてどこにもなかった。


 今回は違う。


 大変だった。

 危なかった。

 まだ全部が終わったとも思えない。


 それでも今は、少しだけ滞在する余裕がある。

 打ち上げをしよう、と言える余白がある。


 それはたぶん、思っていた以上に大きい。


 コムギが元気よく言った。


「よーし! 着いたらまず美味しいものです!」

「そうだな」

 トンヌラが言う。

「大事な順番です!」

「俺も、腹減りました」

 ガルドが静かに頷く。

「ガルドさんまで!」

「ですよね!」

「フィーさんも、いいですよね?」

 コムギが振り向く。


 フィーは少しだけ目を細めた。


「はい」

「よし、全員賛成です!」

「団長がまだ言ってないですけど」

「団長さんはどうせ流されます!」

「決めつけるな」

「じゃあ反対ですか?」

「……してない」

「ほらー!」


 コムギが勝ち誇る。


 トンヌラは小さく息を吐いた。

 言い返すのも面倒だったし、たぶん本当に反対ではなかった。


 隣で、フィーがまた少しだけ笑う。


 ここはレイアノーティア。

 観測される世界。

 整えられようとする世界。


 その中で、それでも人は、

 少しだけ余白を作る。


 打ち上げをしようと言う者がいて、

 それに流される者がいて、

 もう少しここにいてもいいかと尋ねる者がいる。


 そんな小さな余白があるから、

 たぶん次の傷にも、人は立ち向かえる。


 そして誰かが、

 もう少しここにいたいと思えたなら。


 その章は、きっと悪い終わり方ではない。



 第31話 了


第3章 完

ガルド


元の職業:自宅警備員

真名:バトル・ウォーデン(戦場守護者)

能力:仲間を守る前衛防壁


最初にトンヌラと出会った仲間。


元の職業は《自宅警備員》。

どう見ても冒険者向きではなく、本人もどこか後ろめたさを抱えていた。


だが、その本質は「動かないこと」ではなく、

そこに立ち続けることだった。


真名バトル・ウォーデンとして覚醒したガルドは、仲間の前に立つことで戦場そのものを支える防壁となる。


派手に敵を斬り伏せる英雄ではない。

けれど、誰かが倒れそうになった時、必ずそこにいる。


彼の強さは、攻撃ではなく防衛。

勝つためではなく、帰る場所を守るための強さである。



コムギ


元の職業:管理栄養士

真名:ミリタリー・サスティナー(戦線維持者)

能力:補給・回復・戦線維持


大きなリュックとおたまを背負った、小柄な補給担当。


元の職業は《管理栄養士》。

戦闘職ではなく、本人も「自分は前に出る存在ではない」と思っていた。


だが、戦場で本当に人を生かすものは、剣や魔法だけではない。


水。

塩。

食事。

休息。

そして、もう一度立ち上がれるだけの心。


真名ミリタリー・サスティナーとして覚醒したコムギは、仲間の消耗を支え、戦線を維持する存在となった。


彼女の能力は、単なる回復ではない。

人が倒れる前に支え、心が折れる前に温める。


つまり、補給は正義である。



フィー


元の職業:ペットシッター

真名:バイオ・チューナー(生命調律者)

能力:生命反応の調律・異常状態の修復


生き物の呼吸や変化に、誰よりも敏感な女性。


元の職業は《ペットシッター》。

魔物と戦う者ではなく、命を預かり、見守る側の人間だった。


だが、フィーの本質は「弱い生き物の世話」ではない。


乱れた呼吸に気づくこと。

痛みに気づくこと。

言葉にならない異常を見つけること。


真名バイオ・チューナーとして覚醒したフィーは、生き物の内側にある生命の律動を読み取り、乱れた反応を本来の形へ整える力を得た。


ただし、彼女は命を作り替える神ではない。

失われた命を戻すこともできない。


それでも、まだ届く命があるなら。

まだ整えられる呼吸があるなら。


フィーは、その命に手を伸ばす。


彼女の能力は、治癒ではなく調律。

傷をなかったことにする力ではなく、命がもう一度自分の鼓動を取り戻すための力である。

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