表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第3章 治す者 ペットシッター

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/53

第23話 見える人、見えない人

 ここはレイアノーティア。

 名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。


 だが、見えるものが同じとは限らない。

 小さな誤差が、次第に大きな違和感へと変わる。



 フィーが同行してから、魔物のエンカウントが露骨に減っていた。


 先頭に立つガルド、支えるコムギ、団長は相変わらず腕を組んで偉そうにしている。


 その真ん中あたりを歩くフィーだけが、ときどき不意に足を止めた。


 草の倒れ方を見る。

 木の皮の傷を見る。

 地面に残った浅い爪痕を、しゃがんで指先でなぞる。

 そのたびに、ポーチから紙片を出して短く何かを書きつける。


 コムギは最初、それを「すごくまじめな人だな」と思っていた。同行するうちに、印象は変わっていった。


 (この人は、見ている)


 フィーは顔も上げずに答えた。


「こっちへ行きましょう」

「理由は?」


 ガルドが聞く。

 フィーは進む先の藪を見たまま言った。


「そちらの道は、少し荒れてるので」

「荒れてる?」

「機嫌が悪い、の方が近いかもしれません」

「魔物に機嫌ってあるんですか?」


 コムギは首をかしげ、ガルドは眉を寄せ、トンヌラだけが深く頷いた。


「なるほど」

「団長、分かってます?」

「分かったふりはできる」

「正直!」


 だが、そのふりが、わりとこの隊を救っている。


 フィーが選んだ道へ進むと、少し離れた藪の奥で何かが動いた。

 低い唸り声。草の擦れる音。だが、飛び出しては来ない。


 ガルドは身構え、そこで止まる。


「……本当にいたな」

「いましたね」

「いたのかよ」


 フィーは藪を見たまま、小さく息を吐いた。


「今日は出て来ないです。お腹も空いてないようですし」


 普通の冒険者なら、魔物の出現にムラがあると考えたこともなかっただろう。


「満腹なら大丈夫ですね」


 妙なところで納得するコムギをみて、フィーが少しだけ笑った。


 トンヌラはそれをずっと見ていた。


 ずっと柔らかい顔をしているのに、生き物を見る瞬間だけ目の温度が変わる。

 やさしいだけではなく、もっと研ぎ澄まされた専門家の目だ。


 


 昼前、小さな休憩を入れた。


 コムギが慣れた手つきで簡単な食事を配り、ガルドが周囲を見る。

 トンヌラは少し高い岩に腰を下ろして、全体を見ているような顔をしていた。


 実際には、少し眠い。


 フィーは休憩中もじっとしていなかった。

 馬の脚を見て、鼻先を見て、水の飲み方を見て、また紙片に何かを書く。


「フィーさん、休まないんですか?」


 コムギが聞くと、フィーはペン先を止めた。


「休んでますよ」

 

 ニッコリして馬の頭を撫でた。


「無理しすぎるなよ」



「今、ちょっとだけ笑いましたよね?」

「はい」

「やっぱり無表情な人じゃなかった!」

「無表情ではないです」

「でもずっと落ち着いてます」

「仕事中なので」

「かっこいい……」


 素直に感心するコムギの横で、ガルドがぽつりと呟く。


「落ち着いてる人間が一人いると助かるな」

「お前も落ち着いてる側だろ」

「俺は緊張してるのが顔に出ないだけです」

「ややこしいな」

「団長にだけは言われたくないです」


 それはそうだった。



 休憩を終えて進んでいくと、街道沿いの空気が少しだけ濃くなった。


 魔物の気配、と一言で言ってしまえばそれまでだ。

 だがフィーはそこで速度を落とし、手のひらを軽く上げて合図した。


「少しだけ、ゆっくり」

「いるのか」

「近いです」

「何匹くらい?」

「……三、四」


 コムギはキョロキョロしながら身構える。

 それを見てフィーは困ったように言い直した。


「三匹は確実で、四匹目がたぶん、です」


 言いながら、フィーは道の端へ寄る。

 真ん中を堂々と歩くのではなく、茂みとの距離を測りながら、馬の歩幅まで合わせて速度をずらす。


「なんか……避けてるっていうより、譲ってます?」

「そうかもしれません」

「魔物に?」

「刺激すると面倒なので」

「会話が成立してるのが怖いです……」


 コムギがリュックを抱え直し、おたまがカチャリと音を立てた。

 ガルドは前を見たまま低く息を吐いた。


「戦わなくて済みそうです」


「戦ったら負けですもんね」



 そんなやり取りをしている間に、道の脇の藪が一度だけ大きく揺れた。

 全員の肩が固まる。


 しかし、それだけだった。


 飛び出して来ない。

 威嚇もしない。

 ただこちらを窺い、やがて気配が引いていく。


 フィーはしばらくその方向を見て、それからようやく歩き出した。


「大丈夫です」

「ほんとに?」

「はい。今は」


フィーの"今は"という言葉に、妙な説得力がある。


「怖いですよね。私もです」


 その返事だけが、少し意外だった。


 コムギが目を丸くする。

 フィーはその視線を受けて、少しだけ困ったように笑った。


「怖くない方が、おかしいでしょう?」

「……たしかに」

「でも、怖いならまだ間に合います」


 コムギが真顔で頷く。

 トンヌラは腕を組んだまま、フィーを一瞬だけ見た。


 この人は、強がっていない。

 ちゃんと危険を理解した上で、堅実に進める人間なのだと、何となく分かった。



 夕方が近づく頃には、奇妙なことがひとつはっきりしていた。


 今日はまだ、一度もまともな戦闘になっていない。


 それ自体はありがたい。

 ありがたいのだが、コムギは少しだけ拍子抜けしていた。


「……ほんとに戦わないんですね」

「その方がいいだろ」

「いいですけど、ここまで避けられると逆に不思議で」

「不思議ですよね」

「フィーさん、そこ他人事みたいに言います?」

「他人事ではないです」


 フィーはまた紙片を取り出し、何かを短く記した。

 風向きでも書いているのか、草の様子でも書いているのか、それともまったく別のことなのか、見ただけでは分からない。


 分からないのに、無駄には見えなかった。


 道の先で、別の冒険者たちとすれ違う。

 向こうは二組の護衛付きで、見るからに疲れていた。


「……あれ?」

「お前ら、街道のこっち回ってきたのか?」

「ええ、まあ」

「戦闘、なかったのか?」


 フィーが答えるより早く、ガルドが少しだけ間を置いて言った。


「避けました」

「避けた?」

「避けられるものは」

「そんなに簡単に言うなよ……」


 相手の目が、ガルドからトンヌラへ移る。

 そしてまた、妙な納得をしたような顔になる。


「……ああ、そういうことか」

「何がですか?」

「いや、いい」


 よくない。


 トンヌラは内心でそう思ったが、口に出すと面倒なので黙っていた。

 こういう時の沈黙は、だいたいロクな誤解を育てない。


 案の定、去っていく相手の背中から、ひそひそ声が漏れる。


「やっぱり、ネームレスがいる隊は違うな」

「前に出る前に空気変わるって聞いたぞ」

「怖……」


 ガルドが固まる。

 コムギは鍋を抱えたまま瞬きをした。

 トンヌラは腕を組んで、空を見た。


「知らん。避けたのはフィーだ」

「今の、ちゃんと訂正した方がよかったのでは?」

「しただろ」

「全然足りてません!」

「足りないくらいがちょうどいい時もある」

「それ団長が言うと余計怖いです!」


 そのやり取りの横で、フィーだけは少し不思議そうな顔をしていた。


「……いつも、ああなんですか?」

「だいたいああです」

「理不尽だな」

「そうなんですよ!」


 コムギため息をつきながら歩いた。

 フィーはそこでようやく、声に出して笑った。


 ほんの短い笑いだった。

 だが、その短さだけでも十分だった。ずっと張っていた空気が、一枚ぶんだけやわらいだ。



 日が落ちる前に、四人は小さな野営地点へ入った。


 火を起こし、鍋をかけ、水を整える。

 ガルドは立つ場所を確認し、コムギは食材の数を見て、トンヌラは腕を組んで全体を見ているふりをした。


 フィーは少し離れたところにしゃがみ、今日一日の記録をまとめていた。


 紙片に書かれた短い言葉。

 印の数。

 矢印。

 それらを見ている横顔は、昼間より少しだけ静かだった。


「それ、何を書いてるんですか?」


 コムギが覗き込みかける。

 フィーは紙を軽く伏せた。


「この辺りの、魔物の分布をまとめています」

「お仕事ですね」


 また少しだけ笑う。

 そして、紙をたたんでポーチへしまった。


 トンヌラは火の向こうからそれを眺めていた。一つだけ、昼間よりはっきり分かったことがある。


 フィーには見えている。

 自分たちには見えていないものが。


 火が小さく鳴る。


 コムギの鍋からは、今日も生きるための匂いが立っていた。

 ガルドは無言で前方を確認している。

 フィーは記録を終え、ようやく手を止めた。

 トンヌラは腕を組み、いつものように偉そうに座っている。


 見える人と、見えていない人。

 それでも今は、同じ火を囲んでいる。


 ここはレイアノーティア。

 強い者が生き残るとは限らない。

 正しい者が先に気づくとも限らない。


 ただ、見えたものを見えたままにしておける者だけが、

 ほんの少しだけ、壊れる前の気配に触れられる。


 そしてそういう者ほど、

 何でもない顔でメモを取る。


 まだ言葉にするには早いものを、

 ひとまず失わずに持っておくために。



 第23話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ