表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第2章 支える者 管理栄養士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/140

第21話 静かな帰還

第21話 静かな帰還


 ここはレイアノーティア。


 名は人を座らせ、

 役目は人を歩かせる。


 だが。


 時々、

 世界は。


 人を歩かせたあとで、

 何事もなかったような顔をする。



 森が切れた。


 木々の向こうに、

 開けた土地が見える。


 低い柵。


 小さな見張り台。


 不揃いに積まれた石壁。


 完璧な城壁ではない。


 だからこそ。


 そこには、

 人が暮らしている場所の形があった。



「……着いた」



 誰かが言った。


 喜びより先に、

 身体の中から空気が抜けていくような声だった。



 そこから先は。


 誰も、

 足を止めなかった。


 止まれば。


 今まで歩いてきたものまで、

 全部崩れてしまう気がした。



 見張り台から、

 門番が駆け下りてくる。


 隊列の顔を見て。


 装備を見て。


 荷車を見て。


 何かを言いかけ、

 そのまま口を閉じた。



 煤けた顔。


 割れた唇。


 泥のついた服。


 引きずるような足。


 そして。


 隊列の先頭には、

 まだガルドが立っていた。



 書類の上では。


 比較的安全な街道を使った、

 通常の補給任務だった。


 けれど。


 現実がどうだったのかは、

 説明しなくても分かった。



「依頼の物資を、届けに来た……!」


 冒険者の一人が叫ぶ。



 門が開いた。



 柵の内側へ入った瞬間。


 張り詰めていたものが、

 切れた。



 あちこちで膝が落ちる。


 地面へ座り込む者。


 荷物を下ろしたまま、

 その横へ倒れ込む者。


 笑っているのか。


 泣いているのか。


 自分でも分からない声を、

 漏らす者もいた。



 ガルドだけは。


 最後まで、

 立ったままだった。


 肩で息をしている。


 脚も震えている。


 立っているというより。


 崩れかけた身体を、

 どうにか地面へ固定しているように見えた。



 門が閉じる。


 外の街道が、

 柵の向こうへ隠れる。



 それを確認してから。


 ガルドは、

 ゆっくり膝をついた。


「……着きました」


「ああ」


 トンヌラが、

 その肩へ手を置く。


「もう立たなくていいぞ」


「はい」



 コムギは、

 鍋を抱えたまま荷受け場へ向かった。


 帳簿を開く。


 運んできた物資を確認する。


 受領印を受け取り。


 署名をもらい。


 残った袋の数を、

 最後まで確かめる。



 一つひとつが。


 長い街道から、

 現実へ戻るための儀式のようだった。



 最後の印が、

 帳簿へ押される。



「……完了、です」



 口にした途端。


 胸の奥が熱くなった。


 泣くのは、

 あとにしたかった。


 けれど。


 泣いてもいい場所まで来た。


 そう気づいただけで。


 全身から、

 少しずつ力が抜けていった。



 運び込まれた物資を見て。


 拠点の責任者が、

 深く頭を下げた。


「助かった。本当に……助かった」



 その言葉を待っている者が。


 この柵の内側に、

 何人もいた。


 届かなければ。


 明日から、

 困る者たちがいた。



 けれど。


 コムギの胸へ最も深く届いたのは。


 同じ道を歩いてきた者たちの言葉だった。



 別班の年配の冒険者が、

 ガルドの前へ立った。


 ガルドは地面へ座っている。


 それでも男は、

 立っている時と同じように向き合い。


 深く頭を下げた。


「あなたが立ってくれなかったら、俺たちは途中で壊れていた」



 ガルドは、

 少し困ったように男を見る。


「俺だけでは、止められませんでした」


「それでも。最初に立ったのは、あなただ」



 ガルドは返事を探し。


 やがて、

 小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます」



 男は、

 次にコムギへ向き直った。


 深くかぶった帽子。


 小さな身体。


 大きなリュック。


 鍋とおたま。



 もう。


 誰も、

 子どもとは呼ばなかった。



「コムギさん」


 男は、

 まっすぐ名前を呼んだ。


「あんたがいなかったら、俺たちはここまで歩けなかった。もっと多くの人間が倒れていても、おかしくなかった」



 コムギの身体が固まる。


 鍋を持つ指へ、

 力が入った。


「……でも、私は足りなくて……」



 言いかけて。


 口を閉じる。



 足りなかった。


 それは、

 消えない事実だった。


 けれど。


 足りないことと。


 何もできなかったことは、

 同じではない。



「足りなかったのは、依頼の方だ」


 トンヌラが言った。


 いつものように、

 腕を組んでいる。


「書かれてた話と、実際の道が違いすぎる。お前のせいにしたら、さすがに雑すぎるだろ」



 言い方は雑だった。


 けれど。


 コムギが、

 自分を責める場所から出るための道だけは残していた。



「お前は、足りない中で全員へ回した」


 トンヌラは続ける。


「それで、全員ここにいる。十分だ」



 コムギは、

 周囲を見た。


 座り込んでいる者。


 水を飲んでいる者。


 荷物へ背を預け、

 目を閉じている者。


 誰も。


 欠けていない。



 鍋の中には、

 もう熱は残っていなかった。


 それでも。


 金属の持ち手が、

 少しだけ温かく感じた。



 ガルドも頷く。


「本当に、助かりました。コムギさん」



 緊張のない。


 柔らかな声だった。


 何かを背負わせるためでも。


 役目を押しつけるためでもない。


 ただ。


 一緒に歩いた人間からの、

 正直な礼だった。



 コムギは、

 ようやく息を吐いた。


「……はい」



 それだけだった。


 それだけの返事なのに。


 胸の奥へ残っていた重さが、

 少しだけ下へ落ちた。



 日が沈んだ。


 拠点の水場は小さかった。


 寝床も。


 焚き火の場所も。


 決して広くはない。



 それでも。


 水がある。


 火がある。


 囲いがある。


 外を見張る人がいる。



 それだけで。


 世界は、

 急に静かになった。



 鍋へ触れるおたまが、

 澄んだ音を立てる。


 木皿のぶつかる音も。


 誰かを責める音ではなく。


 ただの生活の音だった。



 誰も怒鳴らない。


 誰も、

 足りない理由を探さない。


 その静けさが。


 コムギには、

 少しだけ怖かった。



 焚き火の近くで、

 鍋を磨きながら。


 コムギは、

 二人の様子を窺った。



 ガルドは、

 火の前へ座っている。


 背筋はまだまっすぐだが。


 肩からは、

 ようやく力が抜けていた。


 立っていなくても。


 今日、

 立ち続けた自分を手放していない。


 そんな座り方だった。



 トンヌラは。


 相変わらず、

 腕を組んでいる。


 けれど。


 さきほどから、

 何度も水を飲んでいた。


 いつもより喉が渇いていることを、

 何でもない顔で隠している。



(……団長も、怖かったんだ)



 そう思うと。


 胸の奥が、

 少しだけ温かくなった。


 怖かったのは。


 自分だけではない。



 それでも。


 二人は、

 諦めない方を選んだ。



 コムギは鍋を抱え。


 トンヌラの近くまで歩いていった。


 隣には座らない。


 けれど。


 以前より少しだけ、

 距離は近かった。



「……トンヌラさん」


「なんだ」


「トンヌラさんは、最後まで私のせいにしませんでした」



 声が震えそうになる。


 コムギは、

 鍋の持ち手を握った。


「こんな小さな私を……最初から、隊の一人として扱ってくれました」


「自分で小さいって言うんだな」


「身長の話です!」


「分かってる」



 軽い返事だった。


 その軽さに助けられながら。


 コムギは、

 次の言葉を探した。



 本当は。


 これからも、

 一緒に歩いていいのかと聞きたかった。


 けれど。


 そのまま口にするのは怖い。



 だから。


 少しだけ遠回りをする。



「……これからも、団長って呼んでいいですか」



 トンヌラは。


 腕を組んだまま、

 焚き火を見た。



 すぐには答えない。


 拒むためではなく。


 どう答えるのが正しいのか、

 分からない顔だった。



 やがて。


「好きにしろ」



 短く答えた。



 コムギの喉が詰まる。


 嬉しいと思った途端に、

 また泣きそうになる。



「……じゃあ」


 声が小さくなった。


 それでも。


 今度は、

 言葉を引っ込めなかった。


「私も、ついて行っていいですか」



 トンヌラが、

 コムギを見る。


 強い目ではない。


 何かを試す目でもない。


 ただ。


 ここから先を決めるための、

 真っすぐな目だった。



「同行を許可する」



 命令の形を借りた。


 受け入れるための言葉だった。



 コムギは、

 鍋を抱えたまま深く頷く。


「……はい。任せてください」



 声が。


 少しだけ、

 明るくなった。


 それだけで。


 夜の空気が、

 ほんの少し軽くなる。



「……よかった」


 ガルドが呟いた。



 誰へ向けた言葉でもない。


 それでも。


 三人の間へ、

 きちんと届いた。



 帰りの街道は。


 不気味なほど、

 静かだった。



 小獣は現れない。


 茂みも揺れない。


 風は穏やかで。


 陽射しも、

 歩く速度も変わらない。



 水の減り方が普通だった。


 塩の減り方も。


 食料の消耗も。


 休んだ後に戻る疲労も。



 すべてが。


 書類に書かれていた通りだった。



 それが。


 何よりも、

 気味が悪かった。



「……なんで、こんなに静かなんだ」


 誰かが呟いた。



 答える者はいない。


 分からないからではない。


 理由を考えれば。


 今までの異常に、

 誰かの意思があったように思えてしまう。



 だから。


 誰も、

 言葉にできなかった。



 トンヌラは。


 腕を組んだまま、

 空を見上げる。


 雲が流れている。


 綺麗すぎるほど。


 何もない空だった。



(あれは、何だったんだ)



 口には出さない。


 言葉にすれば。


 何かが、

 本当に存在したことになってしまいそうだった。



 コムギは。


 鍋を抱えたまま、

 材料を数える。


 何度数えても。


 予定通りにしか、

 減っていない。



 ガルドは、

 隊列の前へ立っている。


 何も来ない道を、

 見続けていた。



 立つ必要がないのに。


 立ち続けている姿が。


 今は、

 最も不安そうに見えた。



 街道は。


 そのまま。


 何事もなく、

 三人を送り返した。



 世界調停機構コンダクターズ


 第二観測室。



 水晶卓に並んだ波形が、

 静かに元の形へ戻っていく。



【局所負荷:解除】


【遭遇偏差:収束】


【環境補正:終了】


【中継拠点稼働率:維持】



 ノインは。


 表示された結果を、

 上から順に確認した。



 既定されていた損失は、

 発生していない。


 任務の遅延も、

 許容値を下回っている。


 補給物資は、

 目的地へ到着した。


 誰一人。


 帰還不能者には、

 記録されなかった。



 リリカが、

 端末を胸へ抱えた。


「……うまくいってしまいましたね」



 ノインは答えない。


 表示の端へ残った記録を、

 見つめている。



《KMG:管理栄養士》


【職業定義:拡張】


【再定義職:戦線維持者】


【発生原因:未特定】



《G-ARD:バトル・ウォーデン》


【境界維持時間:既定値超過】



《N-LESS:ネームレス》


【固有出力:未確認】


【周辺因果線:拡大】


【暫定分類:誤植】



「計算が合いませんでした」


 ノインが言った。



 リリカの指が止まる。


「何が、違ったんでしょう」



 ノインは、

 水晶の記録を拡大した。


 調整は実行されている。


 環境負荷も。


 遭遇の偏りも。


 休息効率の低下も。


 すべて、

 既定の範囲で作用していた。



 それでも。


 予測された結果へは、

 届かなかった。



「特定できません」



 波形の途中に。


 本来なら存在しない変化が、

 いくつも残っていた。


 誰かが立ち。


 誰かが食事を配り。


 ばらばらだった者たちが、

 同じ方向へ進んだ。



 現象は記録されている。


 けれど。


 それらがなぜ、

 既定結果を変えたのか。


 観測卓には、

 説明するための項目が存在しなかった。



「対象N-LESSから、何らかの出力があったのでしょうか」


 リリカが尋ねる。


「検出されていません」


「では、対象KMGの新しい能力が?」


「能力の確定は、結果より後です」



 リリカは黙った。



 原因と結果の順序が。


 記録の中で、

 噛み合っていない。



「……誤植ですか」



 ノインは。


 《N-LESS》の表示を見る。


「現時点では、それ以外に分類できません」



 水晶卓へ、

 新しい記録が加えられる。



【観測対象:N-LESS】


【評価:監視継続】


【周辺影響:緩やかに拡大】


【発生原理:理解不能】


【次工程:別系統からの観測を検討】



 リリカは。


 水晶の中に映る、

 三人の背中を見た。


 先頭を歩くガルド。


 その後ろで、

 鍋を抱えているコムギ。


 腕を組み。


 何もしていないような顔で、

 二人と同じ道を歩くトンヌラ。



「……分からないですね」


「はい」



 ノインは、

 記録を閉じた。


 理解できないものは。


 理解できないまま、

 観測を続けるしかなかった。



 ここはレイアノーティア。


 完璧で。


 正しくて。


 少しだけ、

 狭い世界。



 その中で。


 誰にも理解されない誤解は。


 今日も。


 静かに、

 息をしていた。



 第21話 了


 第2章 完

ガルド


元の職業:自宅警備員

真名:バトル・ウォーデン(戦場守護者)

能力:仲間を守る前衛防壁


最初にトンヌラと出会った仲間。


元の職業は《自宅警備員》。

どう見ても冒険者向きではなく、本人もどこか後ろめたさを抱えていた。


だが、その本質は「動かないこと」ではなく、

そこに立ち続けることだった。


真名バトル・ウォーデンとして覚醒したガルドは、仲間の前に立つことで戦場そのものを支える防壁となる。


派手に敵を斬り伏せる英雄ではない。

けれど、誰かが倒れそうになった時、必ずそこにいる。


彼の強さは、攻撃ではなく防衛。

勝つためではなく、帰る場所を守るための強さである。



コムギ


元の職業:管理栄養士

真名:ミリタリー・サスティナー(戦線維持者)

能力:補給・回復・戦線維持


大きなリュックとおたまを背負った、小柄な補給担当。


元の職業は《管理栄養士》。

戦闘職ではなく、本人も「自分は前に出る存在ではない」と思っていた。


だが、戦場で本当に人を生かすものは、剣や魔法だけではない。


水。

塩。

食事。

休息。

そして、もう一度立ち上がれるだけの心。


真名ミリタリー・サスティナーとして覚醒したコムギは、仲間の消耗を支え、戦線を維持する存在となった。


彼女の能力は、単なる回復ではない。

人が倒れる前に支え、心が折れる前に温める。


つまり、補給は正義である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ