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ゴカイ無双-unlimited "gokai"endless  作者: フラグメント水沢
第2章 支える者 管理栄養士

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第14話 重くなる空気

ここはレイアノーティア。

名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。


だが世界は、ときどき“歩く速さ”だけを先に変える。

理由は後から整う。整う頃には、だいたい余裕がない。



補給任務の四日目。

道は相変わらず書類の上では「比較的安全」だった。


一匹ずつは弱い。致命傷にはならない。だからこそ厄介だった。


追い払い進む。また追い払う。切り替えからの切り替え。集中を切らされる回数が増えるほど、苛立ちが募る。

刃物が当たらない苛立ちではない。自分の呼吸が乱れる苛立ちだ。


別班の冒険者が短剣を振り、舌打ちをする。


「……ちっ、またかよ」


小獣は逃げる。

次の影が茂みで揺れ、「またか」が重なる。



休憩。


誰も大きな声を出さない。

その代わり、空気だけが重い。重い空気は捌け口を探す。


――そしていちばん弱そうなところへ落ちる。


もちろんコムギだった。

見た目は小柄な女の子だ。男たちも文句を言いやすい。


――だから狙われる。


「なあ、補給」


別班の男が言った。

声は荒れていない。けれど、言葉が荒い。


「今日の飯、少なくないか」


コムギが顔を上げる。

一瞬、目が揺れる。揺れたまま、背筋を伸ばす。


「消耗が増えてるので、少し我慢してください」


「それはわかってる。だからどうにかしろって言ってんだろ」


別の男が被せる。


「塩が足りねえ。甘いのも足りねえ。つーか、腹が減る」


それは要望ではなく、八つ当たりだった。

八つ当たりは理屈じゃない。コムギは言葉を選ぶ。正論を言えば燃えるし、黙れば潰れる。どちらも嫌だ。



そこで、トンヌラが腕を組んだまま言った。


「文句があるなら、前に出て食材でも守れ」


声は低い。

怒鳴っていない。命令でもない。

ただ、“線”だけが引かれる。


別班の男が、視線をトンヌラへ向ける。

渋い顔になる。苛立ちが、別の形へ変わる。


――ネームレス。

――前例なし。

――名を預かる者。


彼らの中では、もう誤解が出来上がっている。

「強いに決まっている」という誤解が。


逆らって何か起きたら面倒だから、逆らえない空気があった。トンヌラがこの集団の中心に落ち着いていた。何が起きるか分からないのが、いちばん怖い。


「……ちっ」


男が舌打ちして、目を逸らす。


「分かったよ。変な責任押しつけて悪かった」


謝罪の形はしているが、納得はしていない。

ただ、従っただけだ。


コムギが小さく息を吐く。

助かった、ではない。燃え広がらなかった、という息だ。



苛立ちの火は、完全には消えない。

消えないまま、足だけが前へ進む。


ガルドは前に立つ。

いつもより口数が少ない。立つことでしか、空気を支えられない顔だ。


コムギは歩きながら荷を見直していた。

荷の中身より、自分自身を。


(減らせるの、私しかない)


そういう目をしている。


昼の鍋は気づかれないように、さりげなくコムギは自分の椀を、半分だけにした。トンヌラは、すぐに気付いた。何もしてないから周りの変化にも気づくのだ。


「おい」


トンヌラが言う。


コムギがびくっとして振り向く。


「……何ですか」


「お前の量、減らすな」


コムギは一瞬、言い返しかけて止まる。

言い返したら、また“重い空気”が動く。


「でも……材料が……」


トンヌラが被せる。


「俺の量を減らせ」


「え」


「俺は何もしてない。減らしても影響がないだろう」


雑な理屈だった。でも不器用な優しさの言葉だった。コムギは即座に首を振る。


「団長……」


「団長じゃない」


即答。


その上で、トンヌラは続けた。


「お前は要だろ」


短い一言で、逃げ道を塞ぐ。


「食べれる時に食え。食うのも仕事だ」


コムギの目が丸くなる。

言われ慣れていない言葉だった。


“食べるのが仕事”。


誰もそんなふうに言ってくれなかったのだろう。

褒められるより、ずっと効く言い方だ。


「……でも」


まだ迷いが残っている。


トンヌラは、いつもの雑さで押し切る。


「お前が倒れたら、全員が倒れる。そういう状況になっている」


配置と役割。

世界の言葉で、コムギの価値を言い直す。


コムギは、小さく息を吸って――椀を持ち上げた。


「……分かりました」


そして、ちゃんと食べた。

食べる動作が、少しだけ震えている。



夜。


火が落ち着き、鍋の匂いが薄くなった頃。

コムギがトンヌラの隣へ来た。


近くに座らない。わざと少し離れて立つ“距離を守る癖”が見える。


「……トンヌラさん」


声が小さい。


「想像以上に消耗が激しいです」


黙って頷く。


「材料が……足りないかもしれません」


言った瞬間、彼女の肩が落ちた。

弱音を吐くのは、負けだと思っている落ち方だ。


トンヌラは腕を組んだまま、あっけらかんと言う。


「じゃあ休憩のたびに、野草でもキノコでも拾えばいいだろ」


「……え?」


「食えるやつ探せばいい。山育ちだし、俺」


自慢でもないし作戦でもない。

ただ、“足りないなら足す”という乱暴な直線。

その乱暴さが、妙に効いた。


コムギの目の端の力が、少しだけ抜ける。

笑うほどではない。けれど、固まり方が緩む。


「……そんな簡単に」


「簡単じゃないけど、やることは増やせる」


トンヌラは空を見上げる。


「お前はよくやってくれている。俺はまだ何もしてないからな」


根拠はない。

でも、彼はいつもその言い方をする。

そして今のところ、問題は起きていない。


コムギは鍋を抱き直した。

抱き方が、昨日より少しだけ自然だった。


「……分かりました。探します。食べれるやつ」


「ちゃんと食うんだぞ」


「そこはちゃんとします!」


怒る元気が戻った。

その元気が戻るだけで、夜の空気は少し軽くなる。



火が消えかける。


別班の方ではまだ誰かの舌打ちが聞こえた。

苛立ちの余熱は残る。

だが、少なくとも“今日のぶつけ先”は変わった。


コムギへ落ちるはずだった重みが、

トンヌラの雑な一言で、少しだけ横に逃げた。


その逃げた先が、明日どこへ向かうのか。

トンヌラは分かっていない。


分かっていないのに、喉だけが乾く。



トンヌラたちから離れた班の冒険者がぼやく。


「こんなに荒れている街道、今まで経験したことがない。どうしちまったんだろう」


その違和感はまだ違和感でしかない。しかし、確実に一行の体力を蝕んでいった。



ここはレイアノーティア。

不足は、誰かの責任にされやすい。


だからこそ、足りないまま進むには、

“責任の受け皿”が必要になる。


その受け皿に、今――小柄な補給担当がなりかけている。



第14話 了


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