第12話 日常無双は地味に強い
ここはレイアノーティア。
名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。
だが世界はよく見落とす。
歩き続けるための“当たり前”が、いちばん強いことを。
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補給任務の二日目は、驚くほど平和だった。
コムギが鍋を振り、ガルドが立つ。そしてトンヌラは腕を組む。何も起きない。それが一番の成果だった。
「おかわり、あります!」
コムギの声だけが元気に跳ね、背中の巨大リュックもいっしょに揺れる。おたまが陽にきらりと光った。
ガルドは真顔で言った。
「体が……裏切らない」
「いい表現ですね!」
コムギは満足げに頷く。
「裏切らない体は、栄養バランスの勝利です!」
裏切らない体という新しい宗教が生まれそうだった。
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コムギの補給は派手ではない。剣が光るわけでも、魔法が唸るわけでもない。ただ疲れが遠のく。
空腹が一段だけ軽くなる。その一段がやけに大きい。
「今日の配分、我ながら完璧です」
胸を張るコムギに、トンヌラはうなずいた。
強いこだわりを感じる圧があった。
ガルドは椀を両手で持ったまま、小さく息を吐く。
「……立ちやすいです」
コムギは即座に反応する。
「はい! “立ち続ける人”は、糖分を切らしちゃだめです。気持ちが折れると、足が止まります」
ガルドの背が、ほんの少しだけ伸びた。
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昼過ぎに街道で小さな揉め事があった。
休憩地点の焚き火跡で、別の冒険者が鼻で笑った。
「補給なんて誰でもできるだろ。鍋と塩があれば終わりだ」
コムギの肩がぴくっと動く。
幼い顔が、ほんの一瞬だけ大人の顔になる。
だが次の瞬間——
ガルドが、静かに前に出た。ただそれだけで、空気が変わる。言い争いの温度が、サーッと下がった。
相手は目を逸らし、ぼそっと言った。
「……やっぱいいや」
去っていく背中は、負けたというより“揉める気が失せた”という歩き方だった。
コムギはぽかんとした。
「今の、守ってくれたんですか?」
ガルドは困った顔で首を振る。
「立ってただけです」
トンヌラが笑う。
「それが効くんだよな」
コムギは眉を寄せる。
「理屈が合ってません!」
「自信持って立ってたら、それっぽく見えるもんだ」
トンヌラは軽く言って、腕を組み直した。
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そしていつも通り、誤解が芽を出す。
通りすがりの冒険者が、ひそひそ声で言う。
「見たか? 今の」
「あのガルドが前に出た瞬間、空気が変わった」
「いや、原因はネームレスだろ。あいつが後ろにいると…なんだっけ」
ガルドが固まる。
コムギも鍋を抱えたまま瞬きをする。
トンヌラは、ため息もつかずに言った。
「知らん。立ったのはガルドだ」
受け流し方が雑だった。
それが逆に、聞いた側の想像を補強してしまう。
「ほら、否定しない」
「やっぱり……」
誤解は静かに、デフォルトに戻っていく。
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夜。焚き火の前。
コムギは鍋を抱えて、ぽつりと言った。
「わたし、戦えないのに……」
肩の力が抜けた声だった。
弱音というより、確認に近い。
トンヌラは薪を放り込むと、火がパチっと音を立てた。
「戦わない役目もあるだろ」
「そんなの、冒険者っぽくないです」
「冒険者っぽさって、栄養あるのか?」
コムギは少し考え、
「……ないです」
小さく笑った。
その笑いは、今日一日の緊張をほどく笑いだった。
ガルドが椀を見下ろして言う。
「でも、今日も……倒れませんでした」
コムギは顔を上げる。
「倒れないのは、正義です。派手じゃなくても、ちゃんと勝ちです」
トンヌラが首をかしげる。
「勝ってないだろ」
「負けてないです!」
コムギは即答した。
勢いだけは、やっぱり戦士だった。
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火が落ち着く頃、コムギはふと二人を見た。
怖い人たちじゃない。
得体が知れないのは、むしろ——優しさの方だ。
ガルドは、立つことで守る。
トンヌラは何もしないと言うが、1日同行してみて、彼が後ろにいるから、ガルドが安心して立てるのがよくわかった。
(……いい人たちだな)
胸の奥でそう思って、鍋を抱き直す。
その抱き方が、昨日より少しだけ自然になっていた。
明日の材料をもう一度数え直した。自分はやるべきことをやるだけだ。
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ここはレイアノーティア。
勝たないことで進む道もある。
——そして日常は、だいたい最強だ。
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第12話 了




