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ゴカイ無双-unlimited "gokai"endless  作者: フラグメント水沢
第2章 支える者 管理栄養士

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第11話 補給はだいたい正義

ここはレイアノーティア。

名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。


だが世界はよく忘れる。

歩く前に——人は腹が減るという、どうしようもなく単純な真理を。



ギルドの食堂は、昼の戦場だった。


鍋の蓋が鳴り、木の皿がぶつかり、冒険者たちの胃袋が理不尽に吠えている。

その隅で——コムギは世界で一番まじめな顔をして立っていた。


姿だけ見れば、どう見ても「子ども」だ。

だが本人は、紙面の数字しか見ていない。


「塩分足りない。水、多すぎ。糖分…少なすぎる……」


まるで魔王軍と戦うみたいな目で、鍋とメモを交互ににらむ。


《ガルドさん:水多め》

《何もしてない人:よく分からない》


「……何もしてない人って、どういうこと?」


世界の七不思議みたいな疑問だった。



その“何もしてない人”は、宿の前であくびをしていた。


「今日も依頼だな、ガルド」


「はい……できれば軽いやつで……」


ガルドはまだ昨日の出来事を信じ切れていない。

“立ってるだけで魔物を返した男”——という妙な称号だけが、先に一人歩きしている。


「俺、本当に立ってただけなんですけど……」


「世界ってだいたい、立ってるだけの奴を伝説にするからな」


トンヌラは腕を組む。

本人が一番、その言葉を信じていない顔で。



ギルド本部からの呼び出しがあったのは、そんな朝だった。パーティに補給担当を同行させて欲しいとのことだ。


「新人ですが……現場の食糧管理を彼女に任せてください」


そのすぐ後ぴょこん、と小柄な少女が現れる。

髪はショートで、深く帽子を被っている。小柄で幼さの残る容姿だ。

背中にはバランスの悪い大きなリュック。口のあたりから、おたまが一本、堂々とはみ出している。


「はじめまして!」


元気よく頭を下げる。


「コムギです! 職業は管理栄養士です!」


胸を張った。

戦士でも魔法使いでもないのに、やけに誇らしげだ。


「栄養管理なら負けません。お腹と気持ちは、私の管轄です!」


トンヌラは、コムギを見下ろして固まった。


(子ども……?)


口が勝手に出る。


「……おい。子どもを同行させられたんだが」


コムギの額に青筋が一本立つ。


「子どもじゃありません!」


リュックの揺れを押さえ、真っすぐ言い切った。


「心も体も立派な大人のレディです!」


勢いだけは立派な戦士だった。


ガルドが慌てて頭を下げる。


「す、すみません……」


トンヌラも、遅れて咳払いをする。


「……悪い。見た目が反則だ」


「褒めてませんよね!?」



依頼は単純な補給任務だった。

アークレイドから南へ。ヴァルミオン寄りの拠点まで、早くて4、5日。

比較的安全な上、最近魔物の出現も少なく街道は安全な経路である。

書類だけ見れば、眠気を誘うほど地味な仕事。


——の、はずだった。


歩き始めて数時間。

コムギが突然、世界の終わりみたいな顔で止まった。


「だめです」


「何が?」とガルド。


「この配分、だめです」


荷袋を開き、真顔で宣言する。


「このまま行くと、到着前に三人とも“やる気の栄養失調”になります」


「そんな病名あるのか?」とトンヌラ。


「今つくりました!」


作るのは食事だけではなかった。



コムギはその場にしゃがみ込み、手早く荷を仕分け始める。


干し肉。

乾燥豆。

塩。

麦粉。

保存の利く根菜。


あり合わせだが、あり合わせでも組み方はある。


「ガルドさんは水多めで塩は控えめ。でも切らさない。立ち続ける人は緊張で喉が渇くので、先にそこを守ります」


ガルドが目をぱちぱちさせる。

自分のことを“立ち続ける人”として扱われるのに、まだ慣れていない顔だった。


「トンヌラさんは――」


そこでコムギの手が止まる。


じっと見る。


細いわけではないが、かといって筋肉質でもない。無駄に堂々としているが消耗の癖がまるで読めない。


「……よく分からないので、全部普通で」


(雑じゃない??)


顔に出てしまったのか、コムギは続ける。


「わからない時は無理にいじらないのも大事なんです!」


それは核心をついた判断だった。

補給は攻めるだけが正解ではない。分からない相手には下手に調整しない方がいい時もある。


鍋に火がかかる。

湯が鳴り、香りが立つ。


ただの即席鍋だが、手つきには無駄がなかった。



一口目にトンヌラが、思わず呟いた。


「うまい」


「でしょ!」


ガルドも目を丸くする。


「体が軽い……立ちやすい……!」


立ちやすい、という新概念が増えた。


コムギは胸を張る。


「補給は正義です」


正論すぎて反論できない。



その直後だった。


街道の向こうから、いかにもな盗賊の集団が現れた。

刃こぼれした短剣。汚れた革鎧。そして他勢による薄い自信。


「おい、その荷物置いてけ」


コムギが小さく息を吸う。


「ご飯は……渡しません」


強いのか弱いのか分からない台詞だが、意思は強かった。


ガルドは反射で前に出る。

トンヌラは腕を組む。

コムギは鍋を抱えたまま睨む。


——いつもの布陣。


盗賊が一歩踏み出す。

そして、止まる。


「……なんだこいつら」


先頭の男が低く呟いた。


ガルドが立ち、その後ろでトンヌラが無駄に偉そうに腕を組んでいる。

その後ろでコムギは鍋を抱えたまま、一歩も引かずに見返している。妙な圧だった。


強者の圧ではない。

だが、何かを間違えると面倒なことになりそうな圧である。


(あっちいけ、あっちいけ)


――トンヌラの心の声である。


誰にも聞こえていないはずだったが、空気が一拍だけ揺れた。


盗賊たちは顔を見合わせる。

踏み込むべきか、引くべきか。そんな迷いが、妙に長く続いた。


本来なら、こんな小さな迷いで引く場面ではない。人数は向こうが上だ。武器もある。こちらは鍋と棍棒と偉そうな男でしかない。


それでも、世界はどちらに転ぶかを少しだけ間違えた。


「……くそっ、覚えてろ!」


結局、盗賊はそのまま引いた。

圧に負け、本当に帰ってしまった。



何も起きていないのに、結果だけが転がっている。


コムギはぽかんとした。


「……今の、戦闘ですか?」


トンヌラは腕を組む。


「補給の勝利だ」


「それで盗賊が帰るわけないですよ!?」


正論だった。


ガルドが小声で言う。


「俺、立ってただけなんですけど……」


「多分……それが効いたな」


「どういう理屈ですか!?」


誰にも分からない。


ただ一つだけ確かなのは——

世界の方が、勝手に辻褄を合わせ始めていることだった。



帰り道。近くを歩いていた別の冒険者たちが、ひそひそ声を漏らす。


「見たか、今の」

「立ってるだけで止まるって……」

「いや、あれは——後ろのネームレスだろ。あの“圧”……」


ガルドが固まる。

トンヌラは空を見上げたまま、心底どうでもよさそうに言った。


「知らん。立ったのはガルドだ」


否定ではない。説明でもない。

ただ、線を引いただけの言い方だった。


それが逆に、噂の形を整える。


「ほらな」

「やっぱり……」


誤解が、静かに「デフォルト」になっていく。



コムギは鍋をぎゅっと抱いた。


(この人たち……もしかして、本物……?)


誤解はまだ小さい。

けれど確かに芽を出した。


「わたし、役に立てました?」


ガルドはうなずく。


「立ってるだけより、すごかったです」


「比べる対象がおかしいです!」


トンヌラは空を見上げる。


「……俺、今日も何もしてないな」


コムギは首をかしげた。


「それが役割なんじゃないですか?」


また哲学だった。



その夜、ギルド。


水晶がかすかに揺れた。


《コムギ:――――》


文字はまだ読めない。

だが何かが、書かれようとしている。


受付嬢が小さくつぶやく。


「また……後から?」



ここはレイアノーティア。

名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。


——そして補給は、だいたい正義。



第11話 了

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