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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第1章 立つ者 自宅警備員

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第10話 立っていればいい

 ここはレイアノーティア。


 立つ者がいれば、


 安心する者がいる。


 けれど。


 人は、


 立っているだけでは生きられない。


 食べて。


 飲んで。


 休んで。


 誰かに支えられて。


 ようやく、


 もう一度立つことができる。



 その日の依頼は、


 近隣の集落まで生活物資を運ぶ荷車の護衛だった。


 荷車は二台。


 御者が二人。


 荷運びを担当する若い男が三人。


 積まれているのは、


 穀物。


 布。


 薬草。


 干した豆。


 誰かが今日を暮らすために必要なものばかりだった。



 依頼書には、


 俺たちの名前があらかじめ記されていた。


 戦場守護者バトル・ウォーデン――ガルド。


 同行者――ネームレス・トンヌラ。


「俺だけ扱いが雑じゃないか?」


「俺に聞かないでください」


「お前は格好いい名前まで書かれてるぞ」


「職業ですから」


「俺も職業だぞ」


「前例がないので、書き方が分からなかったのでは?」


「完璧な世界にも、書式で困ることがあるんだな」



 御者の一人が、


 ガルドを見て安心したように笑った。


「戦場守護者さんが一緒なら、心強いですよ」


「……ありがとうございます」


 まだ少し戸惑いの残る返事だった。


 けれど。


 ガルドの肩は、


 以前ほど強く上がらなかった。



 街を出る。


 ガルドは、


 自然に荷車の前へ立った。


 誰かに命じられたわけではない。


 期待されたから、


 慌てて飛び出したわけでもない。


 道を見て。


 周囲を確かめ。


 自分でそこへ立つと決めた。



「俺は、前にいればいいんですよね」


「必要な時だけな」


「今は必要では?」


「道は平和そうだぞ」


「でも、何か出るかもしれません」


「何も出ないかもしれない」


「どちらなんですか」


「知らん」


「役に立ちませんね」


「戦闘能力ゼロだからな」



 荷車が、


 街道をゆっくり進んでいく。


 天気はよかった。


 雲は少なく、


 風も穏やかだ。


 魔物の気配もない。


 ただ。


 日が高くなるにつれ、


 暑さだけが少しずつ増していった。



 昼前。


 御者が一度、


 荷車を止めた。


「ここで休みましょう」


 道の脇には、


 大きな木が立っている。


 その影へ荷車を寄せ、


 全員が水と食事を取ることになった。



 ガルドは、


 周囲を確かめてから腰を下ろした。


 立ち続けようとはしない。


 必要な時に立つ。


 そのために、


 休める時は休む。


 少しずつ。


 自分なりの戦場守護者になろうとしていた。



 俺たちへ渡された食事の包みは、


 今日も妙に細かく分けられていた。


 ガルドの分には、


 豆と干し肉が多い。


 水袋も大きい。


 俺の分には、


 柔らかく煮た根菜と、


 軽く焼いたパンが入っている。


「また、お前だけ多いな」


「身体が大きくなったので」


「筋肉を持つ者ばかり優遇される世界か」


「食べますか?」


「少しくれ」


「嫌です」


「冷たいな」



 包みの端には、


 小さな袋が一つ結びつけられていた。


 普通の食事とは別らしい。


 表には、


 丸い字でこう書かれている。



【急な消耗時用】


【塩と蜜を溶かした水。少量ずつ飲ませること】


【日陰で休ませ、呼吸が戻ってから干し果実を】



「ずいぶん親切だな」


 俺が言うと、


 ガルドも袋を覗き込んだ。


「何かあった時のためでしょうか」


「何も起きないのが一番だ」


「使わずに持って帰りますか」


「そうなるといいな」



 休憩を終え、


 再び街道を進む。


 道は、


 緩やかな上り坂へ変わった。


 陽射しを遮る木も少ない。


 荷車の速度が落ちる。


 荷運びの男たちは、


 後ろから車体を押し始めた。



「少し休みませんか」


 ガルドが声をかけた。


 若い荷運びの一人が、


 汗を拭いながら首を振る。


「大丈夫です。このまま行けば、予定の時間に着けます」


「顔色がよくありません」


「これくらい、いつものことです」



 予定。


 その言葉は、


 この世界では妙に強い。


 決められた時間に着く。


 決められた量を運ぶ。


 遅れず。


 間違えず。


 正しく仕事を終える。


 それは悪いことではない。


 けれど。


 正しい予定に、


 身体がいつもついていけるとは限らない。



 坂の半ばで、


 乾いた音がした。


 何かが落ちたのかと思った。


 違った。


 荷運びの男が、


 道の上へ膝をついていた。



「おい!」


 御者が叫ぶ。


 男は立とうとした。


 だが、


 腕に力が入らない。


 そのまま前へ倒れかける。



 ガルドが駆けた。


 男の身体を、


 地面へぶつかる前に受け止める。


「大丈夫ですか!」


 返事はない。


 呼吸は速い。


 顔は赤いのに、


 唇からは色が薄れていた。



 ガルドは男を抱えたまま、


 周囲を見る。


「どうすれば……」


 魔物なら、


 前に立てばいい。


 荷車なら、


 受け止めればいい。


 けれど。


 倒れた人間の前へ立っても、


 何を防げばいいのか分からない。



「まず日陰だ」


 俺たちは、


 男を街道脇の木陰へ運んだ。


 ガルドは膝をつき、


 男の上体を支える。


「水を」


 御者が水袋を差し出そうとした。


 その時。


 食事の包みに結ばれていた小さな袋を思い出した。



【少量ずつ飲ませること】



「一気に飲ませるな」


「分かるんですか?」


「書いてある」


「誰が?」


「知らん」



 塩と蜜を溶かした水を、


 少しずつ口へ含ませる。


 ガルドは、


 男がむせないよう身体を支え続けた。


 何度かに分けて飲ませると、


 速かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。



 やがて。


 男が薄く目を開いた。


「……すみません」


「謝らなくていいです。まだ動かないでください」


 ガルドが答えた。


 その声は、


 魔物の前に立った時よりも慎重だった。



 しばらく休ませ、


 干し果実を少しだけ食べさせる。


 顔へ、


 ゆっくり色が戻っていった。



「助かりました」


 御者が深く頭を下げる。


「戦場守護者さんがいてくれて、本当によかった」


 ガルドは、


 腕の中にいる男を見る。


 それから、


 空になった小袋へ目を向けた。


「俺だけでは、何もできませんでした」


「ですが、受け止めてくれたのはあなたです」


「水と食事を用意した人もいます。休ませる方法を書いた人も」


 少し考え、


 静かに続ける。


「守るって、俺一人で全部やることじゃないんですね」



「たぶんな」


 俺は答えた。


「俺も、さっき知った」


「知らなかったんですか」


「戦闘能力ゼロだぞ」


「それは関係あります?」


「大体のことへ使える便利な言い訳だ」



 予定より、


 かなり遅れて集落へ着いた。


 けれど。


 誰も責めなかった。


 荷物は届いた。


 倒れた男も、


 自分の足で荷車を降りた。



「遅くなりました」


 御者が集落の者へ謝る。


 年配の女性は、


 荷運びの男の顔を見てから答えた。


「荷物より、人が無事に着く方が大事ですよ」



 正しい時刻には、


 間に合わなかった。


 それでも。


 誰も負けてはいなかった。



 夕方。


 ギルドへ戻ると、


 食堂の入り口で一人の女性が待っていた。


 大きなリュック。


 腰には、


 なぜかおたま。


 柔らかそうな茶色の髪を後ろでまとめ、


 手には帳簿を抱えている。



 俺たちを見つけると、


 女性は真っ先にガルドへ駆け寄った。


「お帰りなさい! 緊急用の包み、使いましたか?」


「あなたが用意したんですか?」


「はい。暑くなりそうだったので、念のため入れておきました」


 空になった袋を受け取り、


 中を確認する。


「一気に飲ませませんでした?」


「少しずつと書いてあったので」


「よかったです。意識が薄い時に無理に飲ませると危ないですから」



 女性は、


 ほっとしたように息を吐いた。


「倒れた方は?」


「無事です。集落まで歩けました」


「本当ですか!」


 心から嬉しそうに笑う。


 自分が褒められたわけでもないのに。


 誰かが無事だったことだけで、


 こんな顔ができるらしい。



「あと」


 女性は、


 ガルドの身体を上から下まで見た。


「食事の量、足りましたか?」


「俺の分だけ多かったのは、あなたが?」


「はい。急に筋肉が増えたと記録にあったので」


「筋肉差別の犯人か」


 俺が言うと、


 女性が目を丸くした。


「差別ではありません。必要量の調整です」


「俺の食事は普通だったぞ」


「トンヌラさんは、山を下りたばかりなので、胃に負担をかけない内容にしました」


「何もしてないから少なかったわけではないのか」


「何もしていない人も、急に動けば倒れます」


「何もしてないは余計だ」


「記録に書いてありました」


「公的な記録が俺へ厳しい」



 ガルドが、


 小さく笑っている。


 俺は無視した。



 女性は、


 帳簿を胸の前で抱え直した。


「申し遅れました。私はコムギです。ギルドの厨房で、冒険者の食事を管理しています」


 少しだけ胸を張る。


「職業は、管理栄養士です」



 管理栄養士。


 剣でもない。


 魔法でもない。


 冒険者らしさからは、


 かなり遠い職業だった。


 けれど。


 今日、


 一人の人間を助けたのは。


 戦場守護者の力だけではない。


 顔も知らない誰かが、


 先に用意していた水と食事だった。



 コムギは、


 俺たちへ笑いかける。


「明日も依頼へ行くなら、ちゃんと戻ってきてくださいね。次の食事を用意しますから」



 立てとは言わない。


 勝てとも言わない。


 ただ。


 帰ってきたあとの食事を、


 用意しておくと言った。



「……分かった」


 ガルドが答える。


 その声は、


 少しだけ嬉しそうだった。



 俺は、


 コムギの背中にある大きなリュックと、


 腰のおたまを見た。


 また。


 冒険者らしくない職業が、


 目の前に現れた。



 ここはレイアノーティア。


 立つ者がいる。


 その者を、


 また立てるように支える者もいる。


 役割は違う。


 まだ、


 同じ道を歩いてもいない。


 それでも。


 次の名前はすでに、


 俺たちの食事を整えていた。



 第10話 了

ガルド


元の職業:自宅警備員

真名:バトル・ウォーデン(戦場守護者)

能力:仲間を守る前衛防壁


最初にトンヌラと出会う仲間。


元の職業は《自宅警備員》。

どう見ても冒険者向きではなく、本人もどこか後ろめたさを抱えていた。


だが、その本質は「動かないこと」ではなく、

そこに立ち続けることだった。


真名バトル・ウォーデンとして覚醒したガルドは、仲間の前に立つことで戦場そのものを支える防壁となる。


派手に敵を斬り伏せる英雄ではない。

けれど、誰かが倒れそうになった時、必ずそこにいる。


彼の強さは、攻撃ではなく防衛。

勝つためではなく、帰る場所を守るための強さである。


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