第10話 立っていればいい
ここはレイアノーティア。
立つ者がいれば、
安心する者がいる。
けれど。
人は、
立っているだけでは生きられない。
食べて。
飲んで。
休んで。
誰かに支えられて。
ようやく、
もう一度立つことができる。
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その日の依頼は、
近隣の集落まで生活物資を運ぶ荷車の護衛だった。
荷車は二台。
御者が二人。
荷運びを担当する若い男が三人。
積まれているのは、
穀物。
布。
薬草。
干した豆。
誰かが今日を暮らすために必要なものばかりだった。
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依頼書には、
俺たちの名前があらかじめ記されていた。
戦場守護者――ガルド。
同行者――ネームレス・トンヌラ。
「俺だけ扱いが雑じゃないか?」
「俺に聞かないでください」
「お前は格好いい名前まで書かれてるぞ」
「職業ですから」
「俺も職業だぞ」
「前例がないので、書き方が分からなかったのでは?」
「完璧な世界にも、書式で困ることがあるんだな」
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御者の一人が、
ガルドを見て安心したように笑った。
「戦場守護者さんが一緒なら、心強いですよ」
「……ありがとうございます」
まだ少し戸惑いの残る返事だった。
けれど。
ガルドの肩は、
以前ほど強く上がらなかった。
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街を出る。
ガルドは、
自然に荷車の前へ立った。
誰かに命じられたわけではない。
期待されたから、
慌てて飛び出したわけでもない。
道を見て。
周囲を確かめ。
自分でそこへ立つと決めた。
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「俺は、前にいればいいんですよね」
「必要な時だけな」
「今は必要では?」
「道は平和そうだぞ」
「でも、何か出るかもしれません」
「何も出ないかもしれない」
「どちらなんですか」
「知らん」
「役に立ちませんね」
「戦闘能力ゼロだからな」
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荷車が、
街道をゆっくり進んでいく。
天気はよかった。
雲は少なく、
風も穏やかだ。
魔物の気配もない。
ただ。
日が高くなるにつれ、
暑さだけが少しずつ増していった。
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昼前。
御者が一度、
荷車を止めた。
「ここで休みましょう」
道の脇には、
大きな木が立っている。
その影へ荷車を寄せ、
全員が水と食事を取ることになった。
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ガルドは、
周囲を確かめてから腰を下ろした。
立ち続けようとはしない。
必要な時に立つ。
そのために、
休める時は休む。
少しずつ。
自分なりの戦場守護者になろうとしていた。
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俺たちへ渡された食事の包みは、
今日も妙に細かく分けられていた。
ガルドの分には、
豆と干し肉が多い。
水袋も大きい。
俺の分には、
柔らかく煮た根菜と、
軽く焼いたパンが入っている。
「また、お前だけ多いな」
「身体が大きくなったので」
「筋肉を持つ者ばかり優遇される世界か」
「食べますか?」
「少しくれ」
「嫌です」
「冷たいな」
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包みの端には、
小さな袋が一つ結びつけられていた。
普通の食事とは別らしい。
表には、
丸い字でこう書かれている。
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【急な消耗時用】
【塩と蜜を溶かした水。少量ずつ飲ませること】
【日陰で休ませ、呼吸が戻ってから干し果実を】
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「ずいぶん親切だな」
俺が言うと、
ガルドも袋を覗き込んだ。
「何かあった時のためでしょうか」
「何も起きないのが一番だ」
「使わずに持って帰りますか」
「そうなるといいな」
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休憩を終え、
再び街道を進む。
道は、
緩やかな上り坂へ変わった。
陽射しを遮る木も少ない。
荷車の速度が落ちる。
荷運びの男たちは、
後ろから車体を押し始めた。
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「少し休みませんか」
ガルドが声をかけた。
若い荷運びの一人が、
汗を拭いながら首を振る。
「大丈夫です。このまま行けば、予定の時間に着けます」
「顔色がよくありません」
「これくらい、いつものことです」
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予定。
その言葉は、
この世界では妙に強い。
決められた時間に着く。
決められた量を運ぶ。
遅れず。
間違えず。
正しく仕事を終える。
それは悪いことではない。
けれど。
正しい予定に、
身体がいつもついていけるとは限らない。
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坂の半ばで、
乾いた音がした。
何かが落ちたのかと思った。
違った。
荷運びの男が、
道の上へ膝をついていた。
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「おい!」
御者が叫ぶ。
男は立とうとした。
だが、
腕に力が入らない。
そのまま前へ倒れかける。
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ガルドが駆けた。
男の身体を、
地面へぶつかる前に受け止める。
「大丈夫ですか!」
返事はない。
呼吸は速い。
顔は赤いのに、
唇からは色が薄れていた。
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ガルドは男を抱えたまま、
周囲を見る。
「どうすれば……」
魔物なら、
前に立てばいい。
荷車なら、
受け止めればいい。
けれど。
倒れた人間の前へ立っても、
何を防げばいいのか分からない。
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「まず日陰だ」
俺たちは、
男を街道脇の木陰へ運んだ。
ガルドは膝をつき、
男の上体を支える。
「水を」
御者が水袋を差し出そうとした。
その時。
食事の包みに結ばれていた小さな袋を思い出した。
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【少量ずつ飲ませること】
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「一気に飲ませるな」
「分かるんですか?」
「書いてある」
「誰が?」
「知らん」
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塩と蜜を溶かした水を、
少しずつ口へ含ませる。
ガルドは、
男がむせないよう身体を支え続けた。
何度かに分けて飲ませると、
速かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。
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やがて。
男が薄く目を開いた。
「……すみません」
「謝らなくていいです。まだ動かないでください」
ガルドが答えた。
その声は、
魔物の前に立った時よりも慎重だった。
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しばらく休ませ、
干し果実を少しだけ食べさせる。
顔へ、
ゆっくり色が戻っていった。
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「助かりました」
御者が深く頭を下げる。
「戦場守護者さんがいてくれて、本当によかった」
ガルドは、
腕の中にいる男を見る。
それから、
空になった小袋へ目を向けた。
「俺だけでは、何もできませんでした」
「ですが、受け止めてくれたのはあなたです」
「水と食事を用意した人もいます。休ませる方法を書いた人も」
少し考え、
静かに続ける。
「守るって、俺一人で全部やることじゃないんですね」
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「たぶんな」
俺は答えた。
「俺も、さっき知った」
「知らなかったんですか」
「戦闘能力ゼロだぞ」
「それは関係あります?」
「大体のことへ使える便利な言い訳だ」
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予定より、
かなり遅れて集落へ着いた。
けれど。
誰も責めなかった。
荷物は届いた。
倒れた男も、
自分の足で荷車を降りた。
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「遅くなりました」
御者が集落の者へ謝る。
年配の女性は、
荷運びの男の顔を見てから答えた。
「荷物より、人が無事に着く方が大事ですよ」
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正しい時刻には、
間に合わなかった。
それでも。
誰も負けてはいなかった。
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夕方。
ギルドへ戻ると、
食堂の入り口で一人の女性が待っていた。
大きなリュック。
腰には、
なぜかおたま。
柔らかそうな茶色の髪を後ろでまとめ、
手には帳簿を抱えている。
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俺たちを見つけると、
女性は真っ先にガルドへ駆け寄った。
「お帰りなさい! 緊急用の包み、使いましたか?」
「あなたが用意したんですか?」
「はい。暑くなりそうだったので、念のため入れておきました」
空になった袋を受け取り、
中を確認する。
「一気に飲ませませんでした?」
「少しずつと書いてあったので」
「よかったです。意識が薄い時に無理に飲ませると危ないですから」
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女性は、
ほっとしたように息を吐いた。
「倒れた方は?」
「無事です。集落まで歩けました」
「本当ですか!」
心から嬉しそうに笑う。
自分が褒められたわけでもないのに。
誰かが無事だったことだけで、
こんな顔ができるらしい。
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「あと」
女性は、
ガルドの身体を上から下まで見た。
「食事の量、足りましたか?」
「俺の分だけ多かったのは、あなたが?」
「はい。急に筋肉が増えたと記録にあったので」
「筋肉差別の犯人か」
俺が言うと、
女性が目を丸くした。
「差別ではありません。必要量の調整です」
「俺の食事は普通だったぞ」
「トンヌラさんは、山を下りたばかりなので、胃に負担をかけない内容にしました」
「何もしてないから少なかったわけではないのか」
「何もしていない人も、急に動けば倒れます」
「何もしてないは余計だ」
「記録に書いてありました」
「公的な記録が俺へ厳しい」
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ガルドが、
小さく笑っている。
俺は無視した。
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女性は、
帳簿を胸の前で抱え直した。
「申し遅れました。私はコムギです。ギルドの厨房で、冒険者の食事を管理しています」
少しだけ胸を張る。
「職業は、管理栄養士です」
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管理栄養士。
剣でもない。
魔法でもない。
冒険者らしさからは、
かなり遠い職業だった。
けれど。
今日、
一人の人間を助けたのは。
戦場守護者の力だけではない。
顔も知らない誰かが、
先に用意していた水と食事だった。
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コムギは、
俺たちへ笑いかける。
「明日も依頼へ行くなら、ちゃんと戻ってきてくださいね。次の食事を用意しますから」
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立てとは言わない。
勝てとも言わない。
ただ。
帰ってきたあとの食事を、
用意しておくと言った。
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「……分かった」
ガルドが答える。
その声は、
少しだけ嬉しそうだった。
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俺は、
コムギの背中にある大きなリュックと、
腰のおたまを見た。
また。
冒険者らしくない職業が、
目の前に現れた。
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ここはレイアノーティア。
立つ者がいる。
その者を、
また立てるように支える者もいる。
役割は違う。
まだ、
同じ道を歩いてもいない。
それでも。
次の名前はすでに、
俺たちの食事を整えていた。
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第10話 了
ガルド
元の職業:自宅警備員
真名:バトル・ウォーデン(戦場守護者)
能力:仲間を守る前衛防壁
最初にトンヌラと出会う仲間。
元の職業は《自宅警備員》。
どう見ても冒険者向きではなく、本人もどこか後ろめたさを抱えていた。
だが、その本質は「動かないこと」ではなく、
そこに立ち続けることだった。
真名として覚醒したガルドは、仲間の前に立つことで戦場そのものを支える防壁となる。
派手に敵を斬り伏せる英雄ではない。
けれど、誰かが倒れそうになった時、必ずそこにいる。
彼の強さは、攻撃ではなく防衛。
勝つためではなく、帰る場所を守るための強さである。




