命の重み 5
燃え盛る炎を思わせる翼を羽ばたかせて、ゆったりと降下してくる影が一つ。
距離があるうちは小さく見えていたそれは、近付くにつれて大きくなり、すぐに数倍にまで膨れ上がっていく。
最近、何度か遭遇してるワイバーンってやつだね。
しかもまた尻尾がないってことは同一個体? ……まさかストーカーじゃないよね?
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
そして、おそらく初対面であろう借金取りくんは、驚いて尻もちをついていた。
無駄に大きいから強そうに見えるんだよね、コレ。でも実際は強くないというか、弱いというか、雑魚というか……。
おっと、そういえば帰ろうとしてたんだ。次々と集まってくるから困っちゃうよ。
「それじゃあボクはこれで。あなたもそんなところで座り込んでないで、逃げた方がいいですよー」
「こ、腰が抜けて……うっ、動けないんだよぉ……!」
走って逃げてくれたらいい囮になると思ったのに。まったく期待外れな人だよ。
まあ、そこにいれば自然とエサになるから、時間稼ぎくらいにはなるか。
「みーーーーつけたぞっ! このクソチビが!!」
背を向けて一歩踏み出したところ、上空から品のない声が響いてきた。
って、上空? 後ろの人じゃないってことは、もしかして…………。
「えっ、しゃべれたの? ぎゃおぎゃお五月蠅いだけじゃなかったんだ……」
「おうおう! オレっちのことバカにしたか、アァ?? 調子に乗んじゃねぇぞ、テメェ!!」
考えてみれば、ゴブリンやコボルトだって話せるんだから、ワイバーンに出来ない方がおかしいのかも。
けど、話し方は流暢なのに何でこうもバカっぽいというか、雑魚臭がするんだろう?
いっそ鳴き声のみだった方が、賢そうだったまであるんじゃないかな。
「ビビっちまったのか? だがよ、オレっちはキレちまってんだ、生きて帰れると思うな!」
「いや、この前逃げ出したのはそっちでしょ。
もう帰りなよ。後ろから攻撃したりしないからさ、ね?」
「う、うるせえっ!! 貧弱な人間風情がっ!!!」
挑発スキルを使ったわけでもないのに、ブレス攻撃の準備モーションに入るワイバーン。
あっちも僕のことをちゃんと認識してるみたいで、借金取りくんには目もくれないよ。
それなら、ただ火を吹くだけじゃ効果がないって、きっと分かってるよね?
仕方ないなぁ。一回くらい当たってあげるか。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
お馴染みの鳴き声に続いて、視界が赤一色で染まる。
うわー、完全に前と同じだよ。
<火耐性>スキルが優秀過ぎるから、暖かいだけでノーダメージだね。
「う、うわあああああああああ!? 助けてくれぇぇぇぇっ!!?」
違うのは野太い悲鳴と、走って逃げようとする足音が聞こえることくらいかな。
腰が抜けたとか言ってたけど、逃げてるじゃんね。
そんなのんびりした事を考えていたが、実はもう一つ。
僕の頭から抜け落ちている事があって――――。
「なんでだよっ!? オレっちの炎が効かないなんておかしいだろっ!!」
「……全く効いてないわけじゃないよ。見てよコレ、黒焦げになっちゃったじゃん」
手元に視線を落としたら、包んでいた布ごと炭になったリーゼがいた。
中身は無事かもしれないと捲ってみたところ、ボロボロと崩れ出したのでこのままにしておこう。
僕の服とかは何ともないし……なんなら、盗賊の頭もそのままだね。
となると火耐性スキルの効果は装備品には及ぶけど、生きてる人間は装備品判定されないから及ばない、ってことかな?
ま、ここら辺のシステムはだんだんと分かってくるでしょ。
「うるせえっ!! それがどうしたって――」
「<サンダーランス>、うるさいのはそっちだよ」
魔法の雷で構成された槍が、ピカっと光ってワイバーンの胴体を貫く。
時間的には瞬き一つの出来事で、彼は地面に伏せて動かなくなった。
「ちょっとした衝撃で崩れちゃうから、静かにしてね」
手を抜いたからなのか、それとも耐久値が高かったからなのか、炭にはなってないね。
というかコレ、いい感じに焼き目がついた? 香ばしい匂いもするし。
さてと、リーゼにはまた蘇生魔法をかけないとね。まったく、すぐに死んじゃって~。
そういうか弱いところがヒロインって感じだな~。
「――――っ!!」
「ん? 今、何か聞こえたような?」
耳を澄ませても、既に虫か動物達の鳴き声しかしないけど、確かに誰かの声が聞こえたと思う。
うーん、帰ってもいいんだけど、ここまでくると気になるし……。
「まあ、ちょっとだけ。ちょっとだけだから……あっと、リーゼはここに置いてった方がいいよね」
炭の塊なら誰も持って行かないだろうし、蘇生は後回しかな。
じゃあ行ってくるよ。戻って来たら色々と遊ぼうね~。
***
「あれ? キミって、前に召喚したレイス? こんなところでどうしたの?」
声が聞こえた方へ向かうと、ゆらゆらと揺らめく靄状のモンスター――レイスが浮かんでいた。
その後ろには虚ろな目をした借金取りくんが立っているから、おそらくは彼が先程の声の主なのだろう。
また、彼だけではなく、周辺にも百人程度が同じような表情でただただ突っ立っている。
「ウオォォォン! ウオォォォン!」
「そっちの、生命反応ないね。もしかしてゾンビにしたの?」
初めてレイスに会った時は、大量のゾンビを引き連れていたっけ。
死者をゾンビ化させる能力があるって、ノラかエルネ辺りから聞いた覚えもあるよ。……それともユリアだったかな?
そこは朧気だけど、これを召喚した時にも、そういった能力があるってことは伝わってきたから!
間違ってない! 間違ってない……はず? たぶん、そうだった。
「ウオォォォン……」
「ん? いや別に、知り合い未満って感じだから構わないよ。
もちろん、その後ろの人達も、ね」
相変わらず何を言っているのかなんて分からないはずなのに、考えている事が伝わってくるから意思の疎通は問題ない。
そういえば、やってほしい事が思いつかなかったから放置したんだったね。
防具とか付けた人は冒険者だとして、何の装備もしてないのはどっかの村人かな? それとも迷子?
ま、何でもいいや。興味もないし、好きなようにやってくれれば――いやでも待って?
ゾンビ……ゾンビかあ。フフ、イイ事を思いついちゃったかも。
「ねえ、ちょっと協力してくれる?」
「ウオォン!!!」
どこか力強さを感じさせる呻き声と共に、ぴょこぴょこと靄のようなものが上下している。
多分激しく頷いてるってことなんだろうね。
レイスもやる気みたいだし、存分に手伝ってもらおうかな。